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2009.01.01

呂刀姫追放

呂刀姫追放

  

 建安15年、春――。
 南蛮にとってひさびさに穏やかな年明けであったといってよい。
 やはり南蛮王・呂布が皇女のひとりを得、事実上の覇者となった慶賀の気分が、群臣たちの心を軽くさせているようだ。

 年明けとともに、呂布は文武の官、とくに将軍たちの階位を明らかに定め、本格的な軍団改変を行おうとしていた。後漢王朝ではなく、南蛮王国内における階級を定めるというのだ。


陳 宮:えーと、とりあえず藩国の立場ですから、前後左右将軍から決めていきましょうか。

呂 布:却下。せっかく王様になったんだから、いっぺん大将軍とかを決めてみたいぞ。

陳 宮:…まー、別にいいですけどねえ。今さら飾る必要もないんだし…。 

呂 布:何か差し支えあるのか?大将軍とか車騎将軍と任命するのって。 


 漢の制度では、常設将軍は7名。驃騎・車騎・衛・前・後・左・右である。
 これに臨時任官の大将軍が加わって、8人体制が基本となっていた。驃騎は騎兵の、車騎は戦車の元帥であり、衛将軍は内国軍の総帥とするべきだが、称号の一種といってもよい。
 が、いずれにしてもこれらは天子の軍における編成であり、一藩王が臣下どもに名乗らせる類のモノではない。


陳 宮:と言う具合なんですが…。

呂 布:気にするな! そんなこと言われたら余計(;´Д`)ハァハァしてしまうだろうが!

陳 宮:帝王の楽しみですな。案外、古の帝王たちもマジにこうやってハァハァしてたかもしれません。 

呂 布:はっはっは。

 というわけで、選考が始まった。
 が、一人目でいきなり躓く羽目になる。
 戦功第一の高順が、頑として大将軍就任を拒むのだ。武徳薄い自分が大将軍を名乗るのは、南蛮の旌旗に疵をつけることになろうし、だいたい漢家に障りがありましょう、と、彼らしい一徹ぶりで、にべなく打診は退けられた。


呂 布:融通きかん奴だな…。

陳 宮:でしょうねえ…。他に誰かいますかね。

呂 布:うーむ。

 

 多士済々と思われがちな南蛮王国軍だが、実は高順の他に大将軍のなり手がいない。
 高順自身が、陥陣営とよばれる勇将だが、あきらかに局地戦向きの戦師であるし、馬超、張遼らにしても将帥としてのタイプは似通っている。
 要するに典型的な戦バカの集まりなのだ。
 孟獲は、これでもけっこう吏才はあるのだが、まず漢字を覚えることから始めねばならず、公孫楼は大将軍になるくらいなら北平に帰ってしまうであろう。
 ざっと軍中を見回して、いま南蛮でまともに大将軍がつとまりそうなのは諸葛亮か李厳くらいだが、両人とも若い上に、人格にアクがありすぎる。
 さらに体制上の問題も考えられる。呂布の筋肉に振り回されながら今日に至るこの軍閥は、慢性的なナンバー2不足であった。
  史実における呉が、周瑜→魯粛→呂蒙→陸遜と、君主の全権代理人たる荊州方面都督職を見事にリレーさせたのにくらべると、人材の薄さを思うほかない。

 …結局、大将軍は置かないと言うことで結論を先延ばしにする。
 

呂 布:じゃあ、次、四将軍。

陳 宮:驃騎将軍は高順殿で?

呂 布:ダメだ!驃騎将軍は馬超だ!何となくだけど。

陳 宮:はあ…まあいいですけど…。

呂 布:順番逆になるけど、高順は車騎将軍だろうなあ…。衛将軍は孟獲でいいだろう。南蛮本土の王様だし。

 
 こうして、元帥級の席次がアバウトに定められる。さらに勇将・張遼は前将軍。後将軍は呂刀姫、黄忠は左将軍、右将軍には一躍徐晃が、という顔ぶれが続く。
 例によって、公孫楼は無位無冠のままである。
 その後その後、呉懿・呉班クラスの重鎮達の考査が進められ、それぞれに応じた位階が割り振られてゆく。
 呂布、楽しそうである。
 とにかく、朝廷より遙かに強大な呂布の「私兵集団」は、形を明らかにしようとしていた。
 ………
 
 初春の凛とした風が、和かな暖かさを帯びつつある季節――
 天下に目立った動きはない。
 それぞれの勢力が、前線防衛都市の兵力を増強し、かるい膠着状況のような形に成りつつあるのだろう。
 南蛮勢力もまた、得て間もない中原の掌握に、その国力をつぎ込んでいる。
 長安太守の韓遂の采配でもたらされてくる西方面の豊富な物資が、戦災地の傷痕をすこしずつ覆い隠しはじめていた。
 そのような中――
 南蛮に大事件が起こった。
 昼前、珍しく帳簿と向き合って政務を執っていた呂布の元へ、一個の、途方もない報せがもたらされたのだ。

 曰く、

「劉王后、懐妊の可能性あり――」

呂 布:へ――!?


 さすがに、南蛮王、愕然として筆を取り落とす。


呂 布:け、今朝…普通だったぞ…!?

劉 循:…確報でしょうか? 

呂 布:い、いや、解らないけど…あれ…? ええと、どうしよう。

劉 循:とりあえず落ち着きなされ。

 

 やおら手元の筆を三つ折りにし始めた呂布をたしなめる劉循。
 宮中のごく限られた人々の中で、想像以上に素早く情報が駆けめぐり、すぐさまきわめつけの内官たちがあちこちを行き交って確認をとって回る。
 確報がもたらされたのは、夕刻もちかい程のことであった。
 劉王后――胡姫を最初に看た医師と、確認のために密かに呼ばれた産科医が、揃って呂布の前へ叩頭した。


呂 布:で!? ど、どうなんだよ!

医 師:殿下と天下のために、まずは御祝い申し上げまする。 

呂 布:マジかよおい!

医 師:は… 

 ――医師が言い終わるより早く、呂布の巨大な身体は風を切って空中を飛び、そのまま宮殿の窓から飛び出していった。 


劉 循:ワイヤーアクションでもやってるのか、あの人は…。


 劉循は呟いた。

 呂布の駆る赤兎は、迷惑にも民家の屋根という屋根を踏み抜きつつ、宮殿から私邸までの直線コースをひたすらに駈け飛んだ。
 その蹄が呂布邸の門前へ降り立つよりも早く、呂布の巨体は軽々と門扉を飛び越え、庭先に着陸している。
 そこには、いつもと変わらぬ装束で庭掃除をしている胡姫の姿があった。


胡 姫:あれ!? 奉先さま!? 早いですねー!

呂 布:早いですねじゃねえ!オマエ、庭掃除なんか忠吉さんに任せて!と、とにかく休め!  

胡 姫:えーと、あれ…? あはは、――ひょっとしてもう…?

呂 布:さっき知ったぞ!いいから! 横になれ横に! 家事禁止っ!

胡 姫:そ、そんなにしなくても大丈夫ですよー。

 呂布の必死の形相へ、静かに微笑み返す胡姫。
 小間使いであった頃とほとんど代わりのない夭さだが、言われてみれば、全体的に柔らかな曲線を帯びてきていると言えなくもない。


胡 姫:……大丈夫ですよ、奉先さま。

呂 布:お、おう…。

胡 姫:今日、晩ごはんの時にびっくりさせようと思ってたんですけど…えー、本日、お医者さまにかかりまして…三ヶ月だそうです。

呂 布:あ…ああ。

 にはは、と笑った胡姫は、不意に呂布へ背を向けた。 

胡 姫:…不思議です…信じられないんですよ…。

呂 布:……

胡 姫:もう、赤ちゃん産めないってあきらめてたのに…

呂 布:…ああ…。

胡 姫:私が、お母さんになるんですか…?

呂 布:……。

胡 姫:私なんかが…お母さんになれるんですか…?

呂 布:当たり前だろう!俺様の妻だ!俺の子の母親だ!

 震える小さな肩を、しっかりと後ろから抱きしめる。
 胡姫は呂布にいっさいの過去を語らなかったし、呂布も敢えて尋ねようとしなかった。が、身体を見れば、幼少時、どのような目に遭っていたかは嫌でも想像がついていた。
 ――その、明らかに機能を失っていた彼女の母胎が、また新たな生命を育む。
 この事実に、驚きよりも戸惑い、そして恐怖を覚えているのが、今の胡姫ではなかろうか。地上にあっては最強の生物である呂布でさえ、途方に暮れ、ただ幼い妻を抱いてやるしかなかった。
 だが――同時に思うのだ。
 胡姫が過酷な人生を送ってきたからこそ、天は彼女に幸福を与えようとしたのではないか、と。
 懐中の子犬のような、儚げな温もりを感じながら、呂布は天の遣わした気まぐれな奇跡に、知らず感謝するのであった…。

 翌朝――
 呂布が切り出すまでもなく、宮中では万事了解済みであった。


陳 宮:はっはっは! さすがは御大将! 子孫汁も武力100と見えますな!

呂 布コンチクショー!(ばきっ)

 吹っ飛んで床へたたきつけられる陳宮。 


陳 宮:…い…いま、マジで殴ったでしょう…

呂 布:何だッてんだ畜生! どいつもこいつも人の顔みるなり武力100がどうこう同じよーなオヤジギャグいいやがって!

陳 宮:あ…やっぱり…?

呂 布:俺様の武力100が何か貴様らに迷惑かけたんか!? そうだよ俺様のせーしは武力100だ! 人よりタンパク質強いから108だ! ソレで満足か!? ああっ!?

陳 宮:お、落ち着いて……

 後継問題の絡みもあって、胡姫の体質については、主立った重臣達には薄々知れ渡っている。だからこそ、今回の懐妊を、皆して冷やかすのが流行っているのであろう。
 そんな中で、公孫楼だけはさすがに真面目に呂布を祝福し、強い視線で言ったものだった。


公孫楼:……殿下。王后は、常の人より、ずっと苦労してこられた。

呂 布:ああ…

公孫楼:だから、人より二倍も三倍も幸福になる権利がある。殿下でしか、今それを叶えることができない。

呂 布:…ふん、わかっている。

公孫楼:うん…。殿下はきっと彼女を幸せに出来ると思う。

 ふっと笑って見せた公孫楼の透き通った表情が、呂布にとっては印象的であった。
 …さて、とにかく王后懐妊の報は、むろん当初箝口令が布かれていたが、すぐに宮殿中の噂となり、あっというまに洛陽中へ知れ渡った。
 各方面の支軍から御祝いの品が届き、さして広くない呂布邸はそれだけで溢れそうであった。

 一日、ひさびさに快晴の休沐日を得て、院子で忠吉さんを洗っていた呂布夫妻は、思いがけない訪客をうけた。


教 母:あらあら――。仲睦まじいことで~。妬けますわね、呂布様。

呂 布:げ…

胡 姫:あ…

教 母:聞きましたわよー殿下。さすがは天下無双の飛将軍。御子胤のほうも武力100、というところでしょうかー♥

呂 布:……。いや、もういいんだけどね。

 げんなりする呂布を見て、口元に手を当てコロコロ笑う教母。
 二人の新婚さんに、型どおりの挨拶を述べた後、胡姫の脈を取って容態を確認する。 


教 母:大丈夫。もう安定されてますねー。

呂 布:ほっ…

胡 姫:ありがとうございます!

教 母:…ところで呂布様、ちょっと外してもらえますかー♥

呂 布:へ?

教 母:ちょっと女同士で話すことがありますからー。。

呂 布:お、おう…。てーか、思えばその台詞って無敵だよな。

 口の中でぶつぶつ言いながら、その場を離れる呂布。
 結局、二人の間でどのような事が話し合われたかについて、男は蚊帳の外であった。

 ――暦が盛夏を越す頃、王后の出産はすでに決定事項となり、南蛮王国全体がそわそわと浮き足立っている。
 そんな笑貌が華やかに交換される宮中において、ただひとつ、禁忌とされる名があった。
 後将軍・呂鳳刀姫である。
 女子ではあるものの、呂布の後継者として男以上に武芸を修め、いまや国でも有数の使い手となっている。
 さらに真面目で責任感が強く、芯の強さを包む優しさをもつ彼女は、軍中でも、あるいは国民の間でも根強い人望を持ち、すでに魏延ら青年将校を中心にひとつの閥を形成するほどの存在となっていた。
 …が、理想の王太子というべきその後継者が女児であることが、まさに問題となっていた。
 ――もし、王の正妃が産む次の子が、男児であった場合は…?
 誰もがそれを思い、だが口に出すことをはばかっているのが、現在の状況である。
 刀姫も、そんな空気を知らないはずはないだろうが、日々、雑念を追い払うような精勤を黙々と続けている。

 …そんな中、にわかに天下が騒々しくなる。
 長く黄河沿いの防衛ラインを攻めあぐねていた袁紹軍が、7月に入ってから本格的な渡河攻撃を開始し、官渡城塞をしばしば痛撃するようになっていた。
 これに手当てするため、陳留を本拠とする曹操は、自ら十万規模の守備軍を指揮して防戦にまわり、局地的な軍事空白地帯が、徐州から州にかけて生じることになった。

 普段の呂布であれば、これ幸いと伐り獲り稼ぎを起こすところであるが、さすがに心ココにあらずで、目立った行動を起こそうともしない。
 思えば、降嫁さわぎからこの方、南蛮王国軍は一切の軍事行動をおこなっていない。
 絶えることなく増幅を続けてきた南蛮軍にとって異常な事態と言ってよく、それだけ現在の呂布がフニャフニャしているということであろう。
 1月はともかく、4月でも、南蛮軍は曹操軍の前衛を撃破し、兵を進める余裕はまだあったはずで、攻勢限界点の前に矛を収め、今なおぬくぬく事態を傍観していることは、呂布軍の常勝伝説にいささかの翳を投げかけるものであるかもしれない。
 そうこうしているうち、瞬く間に9月が過ぎ、厳しい冬が訪れる季節になってしまった。
 確かに、この時期の呂布は、普段通りの精神状態ではなかったようである。
 
 ある軍議の席上で、こういう出来事があった。
 何かと理由を付けて出陣を渋る呂布に対し、呂刀姫がその奮起を促すべく、謎かけめいた質問を発した。


呂刀姫:父上! いや、殿下。こういった話をご存じでしょうか?

呂 布:何だ…?

呂刀姫:ある地に、鳥がおります。この鳥は、長いあいだ鳴きもせず、飛びもしておりません。さて、この鳥の名前は何でありましょう?

呂 布:ム…ム…。みなまで言うなよ、刀姫。

 悟るところがあるのか、呂布、眉間にしわを寄せて娘の顔を見返した。
 やがて、満面の笑みを浮かべて答えた。


呂 布わかった! 答えはペンギンだ!

呂刀姫:違――――うっ!

徐 晃:畏れながら、ペンギンは種によって鳴くものと存じる。

呂 布:え?そうなの? ――えーと…あ、わかった! ダチョウ!?

呂刀姫:なぞなぞじゃありませんっ!

 ………
 ……
 とにかく、こういう事が幾度かあって、呂布と呂刀姫の間にまたがる溝が、少しずつ深さを増しているようであった。
 王国として、これは健全な状況ではない。
 そう憂慮する者もいたであろうが、彼らが争臣としての度胸を試すヒマもなく、それこそ突然ひとつの布告が宮廷を駆けめぐった。
 
 ――第二軍団を創設し、後将軍をその総帥とするべし。
 ――第二軍団は、三輔および長安以北の雍涼二州の軍政をことごとく掌管し、王には報告の義務のみを負うものとする。
 ――第二軍団は、盟友袁紹の軍と合力し、黄河沿いの曹操軍を駆逐して青州へ至れ。同地を得るまで、許へ帰参するに及ばず。

 要するに、南蛮のほぼ北半分を分立して一個の組織とし、呂刀姫がその総帥に選ばれたということだが、この時期、この情勢でのこの布告は、人々の動揺を買うに十分であった。


張 遼:これでは、姫様を追放すると言っているようなモンじゃないか!

高 順:……。

馬 超:義兄上らしくないな…

 
 名目を設けて呂刀姫を中央から遠ざける――そうとられても仕方のない指令である。
 だいいち、麾下の将帥が何者であれ、単独で曹操軍主力をうち破り、青州までを掌中に収めるなどできっこない話である。
 やはり。
 やはりこれは、刀姫追放の前触れなのではないのか…
 ひそやかに、だが確実にその声が、文武百官の中で広がってゆくなか、正式な任命式が行われた。


呂 布:――刀姫よ! すでに王命は下った!すぐにその準備をして、年内に行動を開始せよ。

呂刀姫:御意…。


 ただ一言。
 父子のあいだの会話は、常になく短い。
 群臣らの視線を背中にうけつつ、呂刀姫は白い戦袍をひるがえして堂を出た。

 季節は、冬―― 
 剣把を握り、きっと天を睨み付けると、呂刀姫は大声で仲間たちを呼ぶ。


呂刀姫:張任! 馬岱! 魏延! 張嶷! 張翼! 廖化! 張虎!

一 同:はっ―――!  


 鎧音を響かせ、呂刀姫のかけがえのない仲間たちが、次々と拝跪した。
 みな、若い。長老格の張任を除けば、みな20代そこそこの青年将校ばかりである。
 刀姫は、全員の顔を見回すと、ふっと肩の力を抜いて、微笑んだ。


呂刀姫:みんな、頑張ろう!

 応っ! と声をそろえる彼らが、時代の南蛮を支える主動力となるか否か、まだこの時点で知るものはいない。
 建安15年10月。呂布は第二軍団を創設し、25万の軍兵をそれへ配した。

 すでに天下の趨勢をかためた南蛮王国! この第二軍団創設は吉と出るか凶と出るか!? 呂刀姫とその仲間達の運命は? そして胡姫の子の行く末は?
南蛮王呂布、第6部のスタートです!

南蛮王の嫁取り物語

南蛮王の嫁取り物語

  

「――南蛮公の爵位を進め、南蛮王に封ずる」
 皇帝のミコトノリが下ったのは、建安14年の盛夏7月のことである。支配年数が25に達したのだ。
 呂布はその報を、本貫・南蛮の地で受けた。建寧・雲南あたりでバカンスを楽しんでいた南蛮公は、急遽、許都へ引き返すこととなった。  


呂 布:フン、俺様はもともと南蛮王を名乗っていたのだ。今さら追認されたところで嬉しくとも何ともない。

陳 宮:まあまあ、これで堂々と正史にも南蛮王と記載されるではありませんか。

 
 呂布は陳宮と張、呂刀姫を引き連れて参内した。
 すでに宮城は儀礼用に装飾され、新たなる王者の誕生を寿ぐが如く、荘厳にみちた礼楽が奏でられていた。
 文武百官がズラリと居並ぶ中、呂布は例の触覚を揺らめかせつつ、天子に拝謁する。


献 帝:――朕は不徳にして…(中略)…汝を南蛮王に封じ、以て世の民の安寧を願い、先祖の偉大なる霊へ(中略)…。南蛮王、ゆめこれを拒む事なかれ。

呂 布:おう。

献 帝:……。

呂 布:……。

献 帝:えーと。

呂 布:だから何なんだ。

献 帝:…いや、その、どうぞ。

呂 布:うむ。  

 呂布は南蛮公の印璽と綬、および符と冊を返上した上で、王錫を拝領し、晴れて漢南蛮王を頂戴した。大司馬・丞相の兼任はそのまま、私封地は南中全域におよび、文字通りの南蛮王ということであった。

 実に久しい劉姓以外の王として、古来例を見ない程の権勢を掌握した呂布であったが、いまひとつ腑に落ちない顔をしている。


呂 布:……うーん。何で、みんなあの時ヘンな顔してたんだろうなあ。

陳 宮:……。

 :……。

呂刀姫:……父上、普通ああいう場合、三回辞退することになってるんですよ…

呂 布:へ? そうなの?

呂刀姫:…私は恥ずかしくて死にそうでしたよっ…。

 

 思い出すだけで赤面するらしく、さっきからうつむいている呂刀姫は、このたびの人事で五官中郎将に任じられている。
 半歩遅れた位置を歩いている陳宮と張は、それぞれ南蛮国の宰相に擬せられているが、後漢王朝においても尚書令、相国という大任を仰せつかっていた。
 呂布の王位承認により、呂布軍団の連中も、大なり小なり顕官に任じられ、そこかしこで印綬の色の自慢風景が散見できた。
 
 ――その夜行われたパーティーの二次会会場は、相変わらず呂布の邸宅であった。
 パタパタと忙しそうに走り回る小間使いや、お手伝いにきたご近所の婦人方以外は、みな酒杯を手に、思い思い談笑の花を咲かせていた。 


呂 布:はっはっは。楽しそうで良いよなあ。 

陳 宮:なンか懐かしいですよね、こーゆー雰囲気。

呂 布:ココのとこ、みんな忙しかったからな。


 瑠璃杯を手に上機嫌の呂布、劉備と陳宮、公孫楼を相手にしみじみと呑んでいる。
 と――


呂刀姫:――虎っ!あんたでしょうコレ! 

張 虎:うあ…ごめんなさいい! 

呂刀姫:――ここに正座っ! 


 視界の端に、呂刀姫が張虎をガミガミ叱責してる光景が映る。
 どうやら茶目っ気を出した張虎が、忠吉さんに眉毛を描いてしまったらしい。魏延と張嶷が擦り落とそうとしたのだがなかなか取れず、そのうち忠吉さんが迷惑そうに逃げ出してしまったので、会場中追っかけ回す騒ぎとなっていた。
 そんな喧噪の中。
 やや緊張した面持ちの少女が、呂布の前に立った。
 キリッとした眉目が、兄たちの面影をよく残している。
 西涼の戦姫、馬雲緑である。


馬雲緑:殿下。このたびは誠におめでとうございます。

呂 布:ん…? 何だ、あらたまって。

 常にない緊張の度合いである。馬雲緑と言えば、呂布に対してタメ口を叩く数少ない存在であり、そのフランクさから幾度と無く関係が噂されるほどの仲であった。噂自体はあながち間違いでもないのだが、所詮は一過性であり、寵に狎れてのフランクさではない。
 ――さて、その馬雲緑。
 呂布の怪訝な視線を受け、居心地悪そうな表情で、珍しくももじもじとしていたが、やがて意を決したように切り出した。

馬雲緑:その、南蛮王。近く私は――その、け、結婚したいと思っているんだ。

呂 布:はっはっは! OK解ってるよ雲緑ちゃん。だがな、俺様は――

馬雲緑:いや、そうじゃなくて…。

呂 布:……?

馬雲緑:その、ちょっと前なんだけど、…趙子龍と、生涯をともにしようと、誓い合ったんだ…。

呂 布:………。

陳 宮:……。

劉 備:……。

公孫楼:……。

呂 布:ところで前のK-1見た? ボブ・サップって強いよな? でも俺ならワンパンで殺っち――

公孫楼:…おめでとう、雲緑。趙将軍は誠実な武人だ。きっと貴女を幸せにしてくれると思う――。

馬雲緑:公孫楼さま…。ありがとう…。

呂 布:ていうかさ、サップをK-1に呼んだの間違いなんだよ。ホーストで倒せないなら誰が倒すんだ? まあ俺ならワンパ――

劉 備:…(ポン、と肩を叩く)。殿下、向こうで飲まへんか…? 可愛い娘いっぱいいてるで…

呂 布:ダークホースはアーツかもしれないぞ? ホーストより打たれ強いから、ラッシュさえ凌げば活路が――

 ………

陳 宮:――あいたたたたたたた…

 ――こうして宴の夜は更けてゆく…。

 …つわものどもの夢の跡というか、閉会後のパーティー会場とは、独特の寂しさがあるものだ。
 院子までぶちぬいて設営されたパーティー会場は、いまやたったひとつの人影を止めるのみであった。
 薄い灯が揺らぐなか、呂布の小間使いが、せっせと会場の後かたづけをしている。食器をまとめて重ね、お膳にのせて一カ所に集め、地面に散らばった塵を拾い集め、手際よく分別している。
 と、そこへ、ノソリと呂布が巨体をあらわした。


呂 布:……。

小間使い:あー、まだ起きてらしたんですか!?

呂 布:…オマエこそまだ寝ないのか?

小間使い:あ、もうすぐ終わりますから。…それより呂布さま、ちょっとそこのお席に座っていただけますかー?散らばってますけど…。

呂 布:ん?ああ…

小間使い:あの、今日はほとんどお給仕できませんで、申し訳ありませんでした。というわけで! ささ、一献どーぞ。

呂 布:…。

 小間使いの酌をうけて、呂布はなみなみと酒杯を満たした。呂布、黙ってそれを空ける。 


呂 布:やっぱり、あっちの方が幸せになれるんだろうなあ……

小間使い:はー。よく分からないんですけど、馬将軍と趙将軍が好き合ってらっしゃるなら…そっちの方が…。

呂 布:――ふん。…耳にょんめの監督不行届は、あとでたっぷり咎めてやろう。

小間使い:まあまあ…。もう一献どうぞー。

 

 …
 ……
 秋・10月
 呂布の身辺がずいぶんと騒がしい。
 与太話の一種として笑い飛ばされた、いつぞやの皇女降嫁の話が、ずいぶんと本格的になってきたのである。
 その話を周旋しているのが陳宮ら謀臣グループであり、呂布はつい最近まで、その噂を耳にすることさえなかった。全てが極秘のうちに、しかも迅速に進められていたのだ。
 呂布、洛陽で事の次第を聞き及び、激怒して陳宮らを召還した。が、逆に鋭い反問を受けることになった。
 

陳 宮:――ならば、何故拒まれるかをお聞かせ願いたい!

呂 布:やかましい!結婚のことくらい、俺様が自分で決めるわ!

諸葛亮:殿下!事は国事に属するです!王妃として迎えるからには、ゆゆしい血縁を選ぶのが筋。

陳 宮:然り!今回それを朝廷の方から持ちかけてきているのです!コレを断るバカはおりますまい!

呂 布:バカ言うな! いや、ともかく俺様は何も聞いておらん!断固反対する!

陳 宮:もう結納の段取りまで決まってるんです!今さら殿下ひとりの都合で止めるわけにはいきません!

呂 布俺様は当事者だ――っ!

 不毛である。
 こういう結婚話は、当事者の意思なぞ介在せぬに等しい。ただ周囲親族が決め、ただ周囲親族が進め、本人達は結婚式当日まで蚊帳の外であるのが、今も昔も代わらない姿のようである。
 とにかく呂布、寝耳に水どころではない。かれ自身が知らぬ内に、人生の最大の選択である結婚相手まで決められようとしているのだから。

献 帝:まあまあ、王よ。正妻を迎えるのは男子の努め。王もいまや1000名を数えるオルドの主と言うではないか。何も変わらぬだろう。

呂 布:人ごとだと思って勝手を言うな、皇帝陛下。だいたい、このクソ忙しい時に何の用で人を呼びつける!

献 帝:うむ…。実は、最近幻の存在と言われた「ふたりエッチカードバトル」を入手してな。コレがなかなかの出来なのだ。

呂 布:は?

献 帝:つまりだな、イロイロとカードを組み合わせて、こちらの攻め技とか、体位とかを決めるわけだな。で、お互い技を出し合って、先にイった(ポイントを失った)者が負けというルールで…

呂 布:ンなもん、奥さんとやれ奥さんと! 

献 帝:ふゥ…。察せよ南蛮王。わが后とこんなカードゲームをするなんて、恥ずかしいではないか…

呂 布:男同士でやるほうがよほど恥ずかしいという結論に、なぜ到達しないのだ…?

 無駄に時間を費やしている間にも、事態はジェットコースターに載せらているかのように、全てがレールに沿ってもの凄い勢いで進行してゆく。
 さすがに祝言もちかいという頃には、噂は津々浦々、文字通り中国全土を駆けめぐるほどの周知となった。
 ――ここまでくれば、もはや呂布とて逃げ隠れできぬ。


呂 布:ていうか皇帝陛下、結局、その皇女というのは陛下の娘か何かか? 

献 帝:いや、そうではない。孝桓皇帝陛下の弟君、亶公の娘にあたる。

呂 布:なんだ、えらい遠縁だな。

献 帝:董卓の禍のおり、一族離散して、ずいぶんと苦労をしたようだ。言っておくが、そうなった責任の一端は王にもあるのだから、その罪滅ぼしを兼ねると思え。 

呂 布:ふん、バカバカしい。 

献 帝:ま、ソレは置こう。で、どうするか? 顔を見たいなら、参内させるつもりだが…

呂 布:興味ないな。美人だったらめっけもんだが。 

献 帝:はっはっは。それは保証する。安心するがよい。 

  
 ――さらに数日が過ぎると、もはや婚儀の式も実務レベルに移行しており、呂布身辺はいよいよ騒がしい。
 言うまでもないが、当時の結婚というモノは、夕方から夜間にかけ、黒衣あるいは青衣を着て行われるものだ。概念からして、縁起物というよりは忌事にちかい慣習であり、歌舞音曲はいっさい無く、ひっそりと通夜のような空気で行われる。
 …が、呂布周辺においては、結婚式は華やかなものにせねばならぬ、という暗黙の了解があった。これは呂布が辺土の五原あたりで生育した事もあるし、漢民族とは違う南蛮独自の風習のせいもある。
 とにかく、南蛮王呂布の結婚式は、晴れやかに、晴天の下、天下万民で祝うべきものであるという方針が定まっていた。要するに、現在の結婚式とおなじようなスタイルで行うわけである。具体的な日取りも決定し、二次会の幹事の人選などもリストアップされてきた。
 もはや当日を待つばかりと言うことで、呂布も落ち着かない日々を送っている。

 そしていよいよ結婚式の前日――
 屋敷にいてもどうも落ち着かない呂布は、当番の日ではないのだが、忠吉さんの散歩に行く。
 そしてその帰り、買い出しから買ってくる途中の小間使いとバッタリ出くわした。
 小間使い、学童疎開にでも出てゆくのではないかという程の荷物を背負い込んで、フラフラしながら歩いていた。

呂 布:うわ…何だ、その物資の量は。

小間使い:あれ、呂布さま何で? …あはは、ちょっと頑張りすぎました。

呂 布:諸葛亮が土産にくれたリアカーがあっただろう。アレ使えよ。

小間使い:はあ。

呂 布:まあいい、片方持ってやる。…で、この量は何なんだ?

小間使い:いえ…これが最後のお買物かと思うと、つい…

呂 布:最後? …何の話だ?

小間使い:ですから、あたらしく王妃がお屋敷に入るのですから、小間使いと入れ替わりになるんです。

呂 布:はあ? 聞いてないぞ。

小間使い:…そういう、仕様なんです。 

呂 布:おいおい、そんな必要は無いぞ。屋敷に残れ。

小間使い:……。


 寂しそうに微笑む小間使い。ちょっと腰を落として、忠吉さんの頭を撫でた。
 ふたりが屋敷に戻ると、門前で劉循が待っていた。城からの連絡事項があるとのことだった。


呂 布:わかった。すぐに行こう。…おい、今日の晩は遅くなるから、早い内に戸締まりしておけよ。

小間使い:はい、わかりましたー。――では、呂布さま。 

呂 布:ん? 

小間使い:行ってらっしゃいませ!

呂 布:おう。 


 小間使いは、いつものようにニコニコ微笑みながら、呂布の広い背中を見送っていた。
 

 ――夜。
 マリッジブルーになるヒマもない激務をこなし、南蛮王呂布は、クタクタの身体をどうにか屋敷まで運んで帰ってきた。 


呂 布:おーい!帰ったぞ――っ!

 いつもの元気のよい出迎えが無い。屋敷は、暗く、静かであった。

呂 布:おーい…。 

 ポツンと、玄関前に立ちつくす呂布。

呂 布:あ…。

 忠吉さんの白い大きな体が、のしのしと近づいてきた。 


呂 布:おい、オマエの主人はどうしたんだ?

 忠吉さんは、ピスピスと鼻を鳴らして、呂布のあしもとにまとわりついた。
 呂布も、さすがに悟るモノがある。 


呂 布:出て…いっちまったのか…

 呂布はなかば呆然と呟くと、ゆっくりと屋敷に入る。手燭をともして、部屋部屋の獣灯に明かりを点じてまわった。
 二人住まいにしては広壮すぎる屋敷だったが、手入れはよく行き届いていた。
 最後の日である今日、小間使いは念入りに掃除をしていったのだろう。塵ひとつ落ちていない。


呂 布:……。

 奥室には、夕食の支度が出来ていた。簡素だが、いつもの小味の効いた料理である。
 季節の幸のなかに、椎茸が混ざっている。呂布でも食べられるように、細切れにして、濃い味付けがしてあるようだった。
 手紙がある。

 ――たくさん、ありがとうございました。

 細く美しい字で、呂布の読解力に気を遣ったのか、簡潔にひとことだけ書かれている。
 呂布は、膳と酒瓶を持って院子に出ると、忠吉さんを傍らにまねいて、縁側に座り込んだ。
 月の光が、煌々と中庭の樹木を照らし出している。
 忠吉さんと背中を並べ、呂布は凝とその風景を眺めていた。

 ……
 …
 ――婚儀がはじまった。
 さすがに皇族の真っ昼間の結婚式というのは前代未聞であり、洛陽の大街は数万人の群集で埋め尽くされた。
 あらゆる意味で礼と対極に進行する婚儀は、すべてが異例である。
 婿が嫁の家まで迎えに行くという形式は、市井レベルの礼通りだが、ふつう黒馬黒車で行うべきモノを、よりによって真っ赤っかの赤兎馬に車を牽かせている。しかも馬車ではなく、金づくりの戦車であった。
 自ら御者をつとめる南蛮王が、傲然、馬上で胸を反らしている様は、まさに天子の御林へ略奪婚に現れた夷蛮の王者の如し。
 ちなみに露払いは、炬火をもった従者などではなく、金細工と真紅の天鵞絨で装飾された巨象4頭であり、それぞれ孟獲、孟優、祝融夫人、木鹿大王という南蛮の大渠帥が搭乗している。
 洛陽市民にとっては、たとえば宇宙大帝が宇宙艦隊を率いてリプたんフィギュアを買いに来たのと同じくらいの驚きでもって、その光景を眺めていることだろう。
 ――花嫁たる皇女は、昨夜のうちに許から洛陽へ到着し、旧北宮の宣明殿跡で婿を待っているという。
 媒氏は、これは呂布近辺しか知らされていないが、皇帝劉協その人であるという。
 つまり花嫁とともに、極秘のうちに御幸しているわけであって、このことを天下が知れば、呂布の南蛮王即位なぞと較べものにならない騒ぎになるだろう。

 南方の物騒がしい音曲にあわせ、嫁取り行列は洛陽北宮に到着する。
 驚くべきことに、二基の衝車が物凄い勢いで突進し、南宮門(朱雀門跡)を撃ち開けるパフォーマンスを見せ、騒然となる観衆の目の前で、呂布の戦車が宮殿へ侵攻してゆく。

陳 宮:ちょっと演出過剰だったかなあ…。

公孫楼:何を今さら…。

 北宮二十数殿のうち、宣明殿は中央奥の方にある。殿とはいえ、呂布の屋敷数個がすっぽり入るサイズである。
 中では、すでに媒酌人たる皇帝が、親役も兼ねて、婿の到着を待っていた。
 呂布、呆れたことに下車さえせず、見事な馭で戦車を横付けした。

呂 布:南蛮王たる我が、履のみを持ち、母君に贈るべき玉も持参ぜず、花嫁を迎えに参った!

 と、途方もない事を怒鳴る。が、媒氏はニヤリと笑い、すぐに切り返した。

献 帝:瑞玉無用である。わが族妹は幼少より母を亡くして流浪し、胡地に長く傅育され、故に胡姫という。もとより婦道を納める暇も少ないが、殿下に嫁しては必ず慎んでお仕えするであろう。

呂 布:はっはっは――!上等だ!で、花嫁は。

献 帝:…これより呂氏に嫁ぎ、よく夫君に真心を以て仕えるように。


 皇帝がそう囁き、受け取った履をはかせ、手を取って呂布の元へ送り出した女性こそが、南蛮王の妻となる劉王后であった。
 後――南蛮王朝の最初の皇太后となる劉王后は、その通称の胡姫のほうが一般に有名となる。

 呂布、しげしげと胡姫を眺める。
 すらりとした、柳の如き美女である。新郎に合わせての趣向か、薄紅を基調とした衣装を纏っている。
 美麗な垂嬰が白い顔を半ば隠し、表情はちょっと分かりづらいが、チラチラと垣間見える眉目は、凄艶といってよかった。

呂 布:――合格ッ!

胡 姫:…。

献 帝:それはよかった。

 呂布は、赤兎に声をかけると、戦車をひるがえして、もとの道を引き返しはじめた。わざわざ花嫁を残して、改めて家で迎える、などという非効率的な事はしない。

 沿道に出ると、どっと歓声が上がる。
 全くもって、常識はずれもここに極まれりの花嫁披露を堂々と行いながら、呂布は自らの邸宅へ急ぐ。
 ところが、警護にあたる南蛮将兵らも、御大将の花嫁の姿を一目見ようと、わらわらそれについて走りはじめ、なにやら市民マラソンの状況を呈してきた。
 このままだと、取り留めのない混乱になっていただろうが、既に事あるを予測して、公孫楼が市街随所に展開させていた白馬義従が素早く駆けつけ交通整理を始めた。
 白馬数千騎によってつくられた道を通って、呂布と胡姫の戦車は、無事に邸宅へたどり着くことが出来たのであった。

 ――邸宅の前に戦車を止めると、呂布は先に降り、胡姫が降りるのを手伝った。
 二人して、門前に立つ。


呂 布:…まあ、仮のものだが、ここが俺様の家だ。

胡 姫:…。

呂 布:お前が守り、仕切るべき、新しい家だ。

胡 姫:御意…。

 胡姫の声の調子からして、極度に緊張しているらしいことは分かる。
 呂布は、まあリラックスリラックスなどと気軽に声をかけながら、新婦を館のうちに案内した。
 先日磨き上げられたばかりの館は、ほとんど新居同然の美しさである。


呂 布:ところで、もうそのプラプラ外していいだろう。

胡 姫:…。

 胡姫が冠を外すと、美しい顔があらわになる。
 広く円い額、白皙の肌、ゆるやかな弧を描く眉、切れ長の瞳…。呂布はこれまで、こうも完璧な美女というものを見た覚えがない。たとえば、かつて愛した貂蝉でさえ、この姫にはわずかに及ばぬであろう。
 呂布、珍しくドギマギしている。


呂 布:――うーん。

胡 姫:…。

呂 布:あー。何か飲む? …っていうか、飲まなきゃ駄目なんだ。たしか夫婦杯夫婦杯…

 ゴソゴソと食器棚を捜して、一対の杯を取り出した。合わせたら、一つのふくべになるのだ。

呂 布:じゃあ、コレで。

胡 姫:…頂きます。

呂 布:えーと、胡姫は、普段わりと喋らない方?

胡 姫:……いえ…

呂 布:じゃあ普通に行こう普通に。さっきから俺様しか喋ってないぞ?

胡 姫:…宜しいのですか…?

呂 布:? いいけど…?

胡 姫:じゃあ、いきます…

呂 布:…?


 瞬間、胡姫がくるっと振り返ってにっこり微笑んだ。

胡 姫:あははは――っ!もー、呂布さま、いい加減気づいてくれないと困るじゃないですか――っ!

呂 布:え…?

胡 姫:ええと、一応ですね、呂布さまが一番すきな澄舞さまをモデルにやってみたんですよー! 

呂 布:!? 


 呂布、わけが分からず呆然としている。


胡 姫:あ、ちゃんと椎茸食べてくれたんですねー!わ、嬉しいです!

呂 布:……!?

 まさか、という表情を浮かべる呂布の前で、胡姫は髪をアップで止めている簪を抜いた。
 豊かな髪がふわりと流れ、前髪が下りて童形になる。そして切れ長の瞳が、ぱっちりと開くと、それはいつもの、あの一生懸命な小間使いの顔であった。


胡 姫:合格!とか仰るから、笑いこらえるの苦労したですよー!えへへ、でも背伸びしてつくったら、私も案外いいセンなんですか~?

呂 布:あ? え? あ?

胡 姫:いやもう、いつ切り出そうかなーって。呂布さま全然緊張してるから、妙に言い出せなかったんですよー! ……呂布さま?

呂 布馬鹿もーん!

胡 姫:わ…

呂 布:そうならそうと昨日のうちから言っとけスットコドッコイ!意味深な置き手紙残しやがって!俺様がどれだけ心配したかわかってるのか!

胡 姫:軽いジョークのつもりだったんですけどー…にはは。うわ!

 呂布、胡姫の身体を抱き上げると、頭の上でブンブン振り回した。 


胡 姫:た、タイムですタイム! この床で垂直落下DDTはキツイですっ!

呂 布:やかましい!このまま恥ずかし固めかけてやろか!

胡 姫:そ、それもまだダメです!

 …………
 ……
 青廬のなかで、向かい合っている呂布と胡姫。
 さすがに神妙な表情で、礼どおりの挨拶と、杯ごとが行われる。
 ――と、呂布、懐からゴソゴソと、なにやら取り出して見せた。

 

呂 布:あー、その、何だ。プレゼント用意してきたんだが。

胡 姫:わ、ありがとうございます!

呂 布:どんなのがいいか分からなかったから、ちょっと楼ちゃんに選ぶの手伝って貰ったんだけど。

 呂布が取り出したのは、金の耳飾と、香嚢であった。
 いずれも、王侯の夫人にしか許されぬ装飾品であり、ヘタをすれば家一軒を贖えるほど高価な物であった。


呂 布:それから、だいぶ前、音楽やりたいって言ってただろ? だから、琴も買ってきている。まあ、とりあえず三つだけだけど

胡 姫:…あ…ありがとうございます。

呂 布:はっはっは。気にすんな。 

 呂布、照れくさそうにボリボリ頭を掻いた。
 胡姫は、呂布のくれたプレゼントを胸に押し抱いて、じっと黙り込んでいる。
 …やがて、顔を上げてにっこり微笑むと、ゴソゴソと青廬を出て、また戻ってきた。
 手に、長大なボロボロの錦袋を持っている。


呂 布:…? 前言ってたお守りか?

胡 姫:はい…。父様と母様の形見です。

 胡姫は薄汚れた飾り紐を引き、袋を解いた。スルスルと錦地をめくり、中身を取り出す。
 出てきたのは、見事な柄造りの長剣であった。
 柄と鍔、それに鞘に七宝をあしらい、なめらかな光沢が全体を覆っている。  

 

呂 布:これは…

胡 姫:七星剣です。先々帝のとき、雲氏、林王、趙氏、翠氏、徐氏、蒋氏、孫氏、王氏、それと我が一族に下賜された宝剣です。

 呂布、陶然として鞘を払うと、刀身の発する光が青廬に満ちた。
 鋒から柄もとにかけて、幅広の刀身は一点の曇りもない鏡のようであるが、少し角度をずらすと、鮮やかな文様がその中に浮かび上がってくる。
 呂布は武人らしく、一目でこの七星剣の切れ味を見切る。この刃の上に髪を一本落とすと、ぱらりと両断されるにちがいない。
 呂布、ため息をつくと刃をおさめ、剣を袋に仕舞った。
 胡姫は微笑むと、呂布に強い視線をむけた。
 

胡 姫:これを、わが主、呂布さまに差し上げます。返品不可です。

呂 布:…。そうか。じゃあ貰っとくけど…必ずしも俺様が使うとは限らない。それでもいいのか?

胡 姫:呂布さまにお贈りするのです。呂布さまがその剣の主に相応しいと判断されたのなら、どうして私が反対しましょう。全て、呂布さまがお決めください。

呂 布:ああ…そうする。

 
 呂布、七星剣をあらためて受けとると、胡姫と一緒に北西へ一礼した。両親と、その先祖にむかって礼を示したのであった。

 ――さて、前儀式が一段落すると、青廬の中の雰囲気が、ちょっと息苦しくなってくる。
 胡姫もいつもの屈託の無さが消え、視線がそわそわ泳ぎだしている。
 逆に古豪の呂布は、だんだんふてぶてしさを取り戻してきているようで、気息の充溢を待つかのように、凝と胡姫の肢体を見つめていた。 
 

胡 姫:あのっ!

呂 布:ん? 何だ?

胡 姫:前言いましたけど、あの、私の身体…だから。その、赤ちゃんとか、産めないって、その…

呂 布:ん? ああ、残念だけどな。お前の子供を抱けないのは。

胡 姫:ええと、今さらーって話なんですけど…ホントにいいんですか、そんなのを、お嫁さんにしてしまって…

呂 布:はっはっは!別に子供産んで貰うために嫁迎えるわけじゃないぞ!もし今後、後宮でくだらんことを申す奴がおれば、三族を皆殺しにしてやろう。

 
 呂布は堂々と宣言した。殺伐とした宣言ではあるが、それは胡姫の保護者として、この男特有の暖かさに満ちている。
 それが分かっている胡姫は、だまって、呂布にからだを預けた。

 ――こうして、くるくるとよく働く、あの元気な小間使いは、この夜から南蛮王呂布の王后となったのである。
 南蛮王の嫁取り物語は、後世、おそらく色んな詩となり、戯曲となり、世の恋人たちの理想として語り継がれる事になるであろう。
 華燭のなか年が明け、人々は久々の安逸の中、建安十五年を迎えた――

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