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7th Story CD 「Marchen」総合考察スレ
1242:名無しさん@何にするか募集中 2011/01/28(金) 01:54:40 ID:dxrC0Vei 1240です。 すみません。間違えました。 気づくのが遅れて申し訳ありません。 >>1239 最後の会話では、復讐された側に関してコメントしていることが多いですよね。 『火刑』では魔女について、 『女将』では儲け方について、 『白雪姫』では鏡について(これはお遊び的要素が強いですが)、 『野薔薇姫』ではご婦人についてコメントしています。 曲の中では屍人姫寄りだったメルが復讐された側に注目したということでしょうか…。 それだと、エリーゼの目的が難しいですね。 屍人姫を被害者にしたいのか、屍人姫の悪いところを表に出したいのか、 あるいは、そういう打算なく、単純に人間が嫌いだから屍人姫に厳しいのかもしれません。
1243:1238 2011/01/28(金) 02:22:07 ID:dxrC0Vei >>1241 「矛盾の罠」に関しては深く考察していなかったので、とても参考になります。 私の方こそ空気の読めないことを言ってしまったみたいで…。 「イド」がカタカナというのも重要だと思います。 「井戸の底」だとメルとエリーゼのようですが、 井戸の底にいると噂されている「イドルフリート」か、 「衝動(イド)」のことにも思えますし、 あるいは、複数の意味が重なっているのかもしれません。 (以下、メルツ+イドルフリート=メルヒェン説を流用しています) メルヒェンの衝動の底にイドルフリートの意識があり、 イドルフリートがいくつかの童話の策者になっていて、 イドルフリートの目的を実行しているというのはどうでしょう? イドルフリートの目的が何かは考えがまとまっていないのですけど…。 『Marchen』には実際の歴史的な出来事も登場しますけど、 屍人姫たちの時代が『イドへ至る森へ至るイド』よりも前のような感じがあります。 時代が矛盾しているのが罠でしょうか? 屍人姫と話しているのはメルに思えますが、 メルツが死亡する以前の話ではイドルフリートが話しているとか? 何だか無茶苦茶ですが、考察を広げるきっかけにでもなれば幸いかと
1244:◆jMi6TPqJHg 2011/01/28(金) 17:52:57 ID:ez+B86yx >>1243 自分も時系列についてはぐちゃぐちゃだと思います。 その辺もまたややこしくなる要因の1つだったりするのですが^^; 自分的にはもう1つ気になっている事がありまして 既出ではあるのですが、磔刑の聖女と暁光の唄にのみ 執筆音とページを捲る音が無いってヤツです。 何通りか考えてみたけど、どれもスッキリしないんですよね;; 例えば、実際のグリム童話の草稿が「エーレンベルク稿」 なる物だそうですが、メルヒェン(主にイド)が、これを執筆している音だとすると 磔刑の聖女には、元ネタ(憂悶聖女)があるのに執筆音が無い かと思えば、最初の宵闇の唄はさっきとは逆で グリム童話とは関係ないのに、執筆音がある……。 そこで、今度はメルヒェン(主にメルツ)で考えると エリーザベトとの会話で過去を思い出し 物語を紡ぐ必要がなくなったと、考えられます。 しかし、最後に、本を落とすような音がありますが これが恐らくイドイドの冒頭でグリム兄弟と思われる子供達が拾った本でしょう。 とすると、やはりこれはエーレンベルク稿? 自分はここでワケが分からなくなって 思考停止状態になってますw あと、今思ったのですが メルヒェン=メルツ+イド説をよく見かけますが 硝子の棺で眠る姫君で普通にイドさん誰かと会話してますし。 あと、火刑のトム(トーマス)とハンス(ヘンゼル)が恐らくメルツを殺したあの二人組でしょうし。 そうすると、時間軸的にはメルツが死ぬより前になると思います。 >イドルフリートがいくつかの童話の策者になっていて、 イドルフリートの目的を実行しているというのはどうでしょう? これ思いつかなかったです、全ての童話ではないという部分がとくにおもしろい。 これも参考にさせていただいてもう少し考えて見ます、ありがとうございます^^
1245:NV 2011/01/28(金) 18:51:20 ID:mH3T5zM0 曲を聴いていた時、ふと思い付いたのですが、“それぞれの曲の後半にあたる復讐のシーンそのものが【虚構】”が根底にある、 と言う事は考えられないでしょうか? 根拠を説明する前に、僕が考察する上で前提としているものを説明します。 <前提・条件> ※「黒き女将の宿」より、虚構の対義語として事実を使います。 1,曲前半は歌姫達の人生【事実】を歌姫自身で唄い、それを聴いたメルが【事実】に【虚構】を加えて曲の後半部分とし、唄わせ、 悲惨な最期を遂げた歌姫達が復讐をした様に欺く。 これにより、童話は“作為的な嘘”によって改竄され、「錯落なる幻想を紡ぐ」、という結果になる。 2,「光と闇の童話」より、7人の女優達は、イドの本能によって集められたものとする。 3,「宵闇の唄」の歌詞より、「嘆いた処(ところ)で」の“処”と“ところ”の意味は、“処”が「何かをしたばかりの場面・状況」 を、“ところ”が「条件を表す接続助詞」としての用法を使うものと見做す。 4,エリーザベトは憾みを唄わないから、改竄されない為例外とし、自身の人生・信念【事実】のみを唄っているものとする。 5,【虚構】は【事実】自体を改竄する事は無く、あくまで死後の行動を改竄しているものとする。 これ以降が根拠とするものです。 <根拠> 1,ceui子が復讐後「お似合いよ、ちぃちゃん!」と馬鹿にしたとき、横に居る母親、あまつさえ本人も反論・激怒する描写が無い。 このことから、別の所(メルに見せられた【虚構】)から義妹や義母の様子を見、笑っていると考えられる。 上記のように、既に死亡している為、実在しない。実在しないのだから、2人に声が届く事もない。 2,<前提・条件>の5より、【事実】は変わらない為、「美徳」を与えられた野ばら姫のみが加害者(アルテローゼ)を殺せない。 ただし、ceui子の場合、すぐには死んでいないものの、“鼠の鳴き声⇒ペストを運び込んだ”と解釈して後に死んだと仮定する。 3,ぶらん子は片親を亡くしただけでなく、売られた先で殺される等、天涯孤独の身だった。 テッテレやホレおば…お姉さんのような協力者は居ない為、刃物で相手を刺す事しかしない(出来ない)。 そのため、メルにそそのかされ、復讐に至るまでの経緯(曲後半、メルの台詞以降)が他曲に比べてずっと短い。 4,「石のように年を取った老婆」(=A)、シスターの母親(=B)、かまどに放り込まれた老婆(=C)は同一人物と仮定する。 (1)Cの家にはヘンゼル達が持ち去るまで“お宝”があった。 (2)Bは貧乏だったのが原因で娘を捨てた。 (3)娘と再会した時も食べ物を欲するなど、Aは未だに“一人の食い扶持さえもう侭らなかった”状態である。 以上のことから、“お宝”はAおよびBの事件以降、Cが殺害される前の間に手に入れたものであることが分かる。 しかし、Cは家に居て、出掛けた描写が無い。つまり、“お宝”を手に入れる術は無い。 このことから、“お宝”の存在は【虚構】である。 5,屍人姫たちは、メルが創った幻想の中で復讐しているに過ぎない為、メルに踊らされていると言える。 唄うだけではなく、メルの“屍揮”によって踊らされている為、「女優達」と称される。 etc...です。 曲の歌詞からの引用には、場面に合わせて其々に【】や「」、“”などを付けていますが、抜けている所があるかも知れません。 確認もしていますが、もしあった場合にはご了承下さい。 突っ込みたい点が多々あると思われますので、その場合にはご指摘下さい。 また、スレ内で検索したり、各スレに目を通してはいるものの、他の方と一部重複しているかも知れません。 もしあったならば、謝ります。 それでは、長文・乱文失礼致しました。
1246:NV 2011/01/28(金) 19:27:13 ID:mH3T5zM0 連続での投稿、申し訳ありません。 「暁光の唄」より、“「メルが井戸の近くに落として逝った本」(Märchen)が後のグリム童話に繋がる、とすればしっくりくる のでは…?”と思います。 メルが、自身を育てた母親から色んな話(地域に伝わる言い伝え等)をされていたのなら、それを交えつつの【虚構】ではないかと。 メルが礼儀・作法をわきまえている⇒母親の教育の賜物。 という事は、「その際に伝承や言い伝えを教えていてもおかしくない。いや、寧ろ教えるのは自然な事だ」と思いました。 母親が、貴族の血を継いでいることを誇りにしている⇒メルには礼儀・作法以外の事でも相応の良識がある。と考えられますので。 だとすれば、メルの“文章の構成を考え、対比等を交えながらその通りに書いていく”という面での能力はノエルに匹敵する程の 名文家…! 前の意見に加えて、指摘がある方は仰って下さい。
1247:◆jMi6TPqJHg 2011/01/28(金) 21:06:59 ID:ez+B86yx >>1245-1246 その考えた方で行くと、あの執筆音はメルが事実部分を踏まえて 復讐パートでの死後の行動を改竄して書き綴っている音ととれますね。 それなら、磔刑の聖女と暁光の唄に執筆音がないことにも頷けます。 しかし、実は自分もこれは考えてたんです。 でもそうすると、1曲目の宵闇の唄での改竄はどこにあたるのでしょうか? 自分的にはここで詰んじゃって……。 あと、もう1つの疑問点としては 先ほど別のレスで申し上げた通り、磔刑の聖女には憂悶聖女という元ネタがあります。 これはグリム童話の原点と言われている草稿「エーレンベルク稿」に載っているので もし、暁光の唄でメルが井戸の近くに落とした本が エーレンベルク稿だという風に考えるならば メルはエリーザベトとの会話後に、わざわざ事実部分だけを書いたことになりますよね? そうすると訳がわからなくなります。 で、ここからは仮説ですが、もしメルが落ちた井戸がイドルフリードの落ちた井戸と同じであるならば そこでエーレンベルク稿(Marchen)を拾ったとは考えられないでしょうか? まぁ、時系列的にはイドルフリードの方が後から落ちてるはずなんですが……。 復讐パートで時系列無視してるし、ここも深く考えないようにして話を戻します← イドルフリードは航海士だったので それこそ、いろいろな国や町の言い伝えなどを聞いていても不思議はないと思われます。 つまり、グリム兄弟が拾う前にメルヒェンと化したメルが先に拾い 復讐パートを改竄し、それがグリム兄弟によって拾われ 後にグリム童話になったというのはどうでしょう? まぁ……かなり無理やりな上に 結局宵闇の改竄はなんだったんだって話なんですがww 考えれば考える程に分からなくなってく気がしますww あと、メルヒェンと化した時点でメルの記憶は失われているので テレーゼから教えられた、ということは無いんじゃないかなと自分は考えます。
1248:名無しさん@何にするか募集中 2011/01/29(土) 01:47:09 ID:IDobxRBJ 少々流れとは関係がありませんが、 イドさん=井戸子ちゃん父、父……と考えていて、 メルヒェンは悲劇の遠因を「父」が作っているんじゃないかと思いまして纏めてみました。 上の方でもどなたかが、「男」が話を加速させる、とおっしゃていましたが。 「魔女」が「母」たるテレーゼであることがまず前面に出されているのに、 父について考えなきゃならないのが、なんだか不思議で不思議で。 純粋に曲の上から分かることだけをまとめると、 火刑子 復讐相手は母 父は物心ついた時からいない ぶらん子 母描写無し 父は戦争に行って帰ってこなかった 雪白姫 復讐相手は継母 父親の描写は無い 井戸子 復讐相手は母(と妹) 父は船乗りだったのにry 野ばら姫 両親健在 青髭妻 家族描写無し エリーザベト 母上はもういないのかな? お兄様=お父様 というのがあって、 両親の描写が無い青髭妻以外は、少々こじつけくさいかもしれませんが 火刑子 父がいない為貧しい?→捨てられる→母に会いに行こうと思う→死亡 ぶらん子 父戦争から帰らない→遠くの町に売られる→肝臓取られて死亡 雪白姫 父の描写は無いが、父が結婚しないとそもそも「継母」は出来ない 井戸子 父がいない為に母たちにいじめられてる? ファティ大好き★ 野ばら姫 父がアルテローゼを呼ばなかった為に呪われる エリーザベト 父(兄)が磔にするように命じて死亡 こんなに父の存在が見え隠れっていうのはなかなか……。 さらにメル自身がテレーゼと「父」の近親相姦の結果の子という描写も示唆されているのは ご存じの通りですが。 青髭妻は両親の描写は無いものの、復讐相手が唯一男。 女将は女将としてwwww サンホラでパパといえば仮面の男さんなんですけれどもね。
1249:名無しさん@何にするか募集中 2011/01/29(土) 05:15:16 ID:zOheFa6f [sage ] >>1247 私は憾みを歌う=自動筆記だと考えてました そして復讐部分をメルが追加で書き上げる、と 宵闇は『奴ガ裁カレズ〜』の部分、下に違う文字があるのでそこが怪しいと思ってます
1250:名無しさん@何にするか募集中 2011/01/29(土) 13:58:45 ID:xxTz6q2F ドイツ語で死をなんというのか調べていたところおもしろいものを見つけたので投稿します 死という字は 歹(骨の断片)+七(人) 人が死んで骨になること 偶然だとしたらとても驚きです
1251:名無しさん@何にするか募集中 2011/01/29(土) 15:53:42 ID:jv2aSFYY >>1245 復讐が虚構というのは考察として近いです。 屍人姫が嘘をついているという論調が多い気がしますが、実際そうなんでしょうか? 嘘をついているのは、あくまでも「策者」と唄っているわけなので、間違った推測に向かっている気がしています。 当然ですが、物語の作者の方が如何様にも改編できるわけで、上位の立場にあります。 それはグリムかもしれませんし、メルかもしれません。 多くの疑問点は、罪がないの死んだり恨みをもったりするのはおかしい、という点ではないでしょうか。 しかし、現実で考えた場合、そいういった理不尽な出来事は往々にしてあります。 もし、メルが嘘をついていた場合は、以下のような考察になります。(こちらの方がMärchenらしいかも) メル自身は、ただ「ヒカリ(恩寵、愛情、幸福、未来)が欲しかったと唄っています。 しかし、現実では、メル自身も含めて、そのヒカリすら得られないものが大勢います。 視力のヒカリなどは要らなかったとも言え、むしろ現実世界を直視してしまったことが心のダメージに繋がったとも考えられます。 そんな世界の「矛盾」を嘆くうち、そんな現実は「嘘」でないといけない、というメルの本心があったのではないでしょうか。 エリーゼが「おばかさん」と自虐的なのも、「現実」を知っている上での「虚構」だからこそのセリフではないかと思います。 一方、グリムなどの後世の策者が嘘をついた場合は以下のような考察になります。 メルの本が全て現実を描いた真実であったとすると、「童話」にならず、ただの不幸な人間の恨み節になってしまいます。 「童話」のストーリーは、子供に善悪について考えてもらうという意味合いもあります。 つまり、現実世界をそのまま表現すると、善悪などに対して大きな矛盾があり、「童話」にならないということです。 したがって、「策者」は、そこに潜む「矛盾」に作為的な嘘を仕込ませているのではないでしょうか。 まあ、これはグリム童話後期では事実らしいですよね・・・。初版がそうであったかは謎。 ところで、この一連の童話がなぜ現実世界と関係があるかというと、「宵闇」の最後で「歴史」と唄っているからです。 歴史の1ページを童話に仕立て上げた結果が、奇妙なストーリーになっている・・・。 おそらくは、奇妙と感じる部分が、「策者の作為的な嘘」なのだと思っています。 >>1247 上に書いた点を補足すると、宵闇と暁光は「世界の闇」と「求めた光」を示していて、嘘がなくて本心なんではないかと考えています。
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