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267:雪月華2003/05/03(土) 22:32
広宗の女神 第一部・洛陽狂騒曲 第四章 青空の下の憂鬱

──2日後の昼休み 洛陽棟屋上にて
六月半ばの梅雨どきにしては、奇妙に晴れた日がここ数日続いていた。気温はすでに七月半ばと同様であり、衣替え宣言は、まだ出ていないが、気の早い生徒が、すでに半袖のブラウスを着用している姿を、ちらほら見かけることができる。
生徒数、三学年あわせて一万人弱を誇る洛陽棟は、蒼天学園の中枢ということもあって、学園中で一番大規模な建築物である。通常の棟の約30倍の敷地を有し、屋上からの眺めは、後漢市でも五指に入る。
屋上は、洛陽棟に籍を置く生徒達の憩いの場であり、基本的に一日中、出入りは自由であるので、昼休みを利用して、ビーチバレーやバトミントン、バスケに興じる者や、所々に置かれたベンチで昼食をとる者、滅多に居ないが、授業を抜け出して昼寝を楽しむ、不届き者の姿も見られる。
その一角に、日除けのついたベンチのひとつを占領して、昼食をとる皇甫嵩、朱儁、丁原の姿があった。三人とも、どうにも隠しようもない仏頂面をしている。その原因は、昨日の放課後発表された、盧植の後任の人事にあった。ややあって、ベンチから立ち上がった丁原が、鉄柵を蹴りつけて喚いた。
「あったま来るな!もー!」
「よりによって子幹の後任があの董卓だなんて、下馬評では義真が最有力だったのにね」
「人事の決定権は、事実上、張譲ら十常侍にある。まめに金をくれる董卓と、一円も寄付していない私と、どちらを選ぶか、明白だろう。それに私は張譲に嫌われている。もっとも、無理に仲直りをしようとは思っていないが」
「そういえば、この間、趙忠の備品購入費のピンハネ、暴いたばっかりだしね」
「張譲発案の執行部協力費、五万円の集金も「執行部の規約に明記されていない」って言って、平然と無視してるし」
「今に始まったことではない」
BLTサンドをコーヒー牛乳で胃に流し込むと、皇甫嵩は人の悪い笑みを浮かべた。
1年生の頃、蒼天会会長直々の招聘で学園評議会議員に就任してから、上層部の汚職や無法な集金を皇甫嵩は弾劾し続けている。彼女が蒼天会会長に宛てた「上奏」は三年間で500通を超えており、その結果、張譲らも幾度か譴責処分を受けているため、皇甫嵩を逆恨みする始末である。そのため、一般生徒からの受けは極めてよいが、反対に執行部上層部からの心証は壊滅的に良くない。
さらに皇甫嵩は、黄巾事件勃発の際、張譲らの「党箇」で解散させられた優等生組織「清流会」が、黄巾党にシンパシーを抱き、協力することを警戒し、霊サマに、「党箇」を解いて清流会を復活させるべし、と上奏して、それを実現させている。そのため、まったく意外な形で清流会の支持をも得ることになり、張譲らの逆恨みも、それに比例して増加の一途を辿っている。
結果、洛陽棟内外に「皇甫嵩を執行部長に」という声も高く、張譲らにとって、皇甫嵩は二重三重に気の抜けない、いまいましい「競争相手」なのである。もっとも、さほど出世や権力に、興味の無い皇甫嵩にとって、張譲などに競争相手に擬せられるのは、不本意と迷惑の極みでしかなかったが。
「高い地位にある者が権力を濫用して不正を働いても、それを公然と非難できないことを体制の腐敗というんだ。だから私は日々、偽善者だのチクり屋だのいう陰口を甘受しつつ、上奏を続けている。もっとも、残念ながら周囲は腐敗しはじめているようだが…」
「ホントだよねー。前の執行部長で蒼天通信編集長も兼ねてた陳蕃サンが、党箇で飛ばされてから、蒼天通信も、すっかり御用新聞に成り下がっちゃって。生徒会の公表を過剰に装飾して発表するだけで、その裏面のことなんて考えもしないし。ジャーナリスト精神も何もあったものじゃないよねー」
「ありゃ単なる紙資源の無駄遣いだよ」
「建陽の場合は、読めない漢字が多いから、余計に読みたくなくなるんだよね?」
「そうそう…って、こーちゃん。アタイのことバカにしてない?」
「この間、月極を「げっきょく」、給湯を「きゅうゆ」と読んだだろう?社会に出てから困ることになるぞ」
「うぐぐ…意味が通じれば、いいんだって!」
朱儁と丁原はすでに半袖のブラウスを着用している。皇甫嵩は生真面目にブレザーを着込んでいるが、その下はやはり半袖のブラウスである。夕方、急に冷え込むことを警戒しているのだが、素肌にブレザーの裏地が心地いいというささやかな楽しみもあるのだ。
「さっきから随分落ち着いてるけど、義真。総司令の人事、怒ってないの?」
「さあな、なにか、こうシラけてしまってな。例えていうなら、前日必死で勉強したテストが延期になった気分だ」
「あっ、それわかる。なんとなくほっとするんだけど、何の解決にもなってないから余計イラつくんだよねー」
「ま、何にせよ、董卓がうまくやれるわけないよ。すぐシンちゃんに出番が回ってくるって!」
「それはどうかなー?董卓以外にも献金がまめな奴はごまんといるよ?」
「奴らがすべて飛ばされるのを待つしかないか…」
「シンちゃんってば、随分と極悪非道なことを言うんだね」
「悪いか?それはともかく、建陽。いつまで洛陽棟に居られるんだ?」
「就任の儀式練習や手続きにあと二日ぐらいかかりそうでさ、まったく、いろいろ無駄が多いんだよね。正直言うとさ、早く并州校区に帰りたいんだよ。そりゃ、シンちゃん達と一緒に居られるのは嬉しいんだけどさ…」
丁原は、深く深くため息をついた。
「青い草の海…それを渡ってくる甘い風、授業サボって昼寝するには最適な気温と湿度!匈奴高や鮮卑高といった、ケンカの相手には年中事欠かない!!并州校区は、冬は寒いけど、夏が涼しいから、これからがいい季節なのにー!何でこんな、真夏でもジメジメと蒸し暑い、ろくでもない校区に詰めなきゃならないんだっ!!?」
「田舎の番長か、お前は」
「并州校区を田舎って言うなーっ!…そりゃ確かに、校舎は昭和初期に建てられた木造だし、冷房なんて当然無いし…正直言うとさ、こっち来て、ちょっと面食らってるんだよね」
「大丈夫よ。建陽の野生動物並の適応力があれば、校舎にも仕事にもすぐに慣れるから」
「蒼天風紀委員長か…アタイが自分でいうのもなんだけど、あんな皇宮警察みたいな仕事、ガラじゃないんだよね」
唐突に、丁原は左手のヤキソバパンを前に突き出し、あのポーズをとった。
「スケ番まで張ったアタイが何の因果か落ちぶれて、今じゃマッポの手先…」
「似てる似てないは置くとして、たしかにガラじゃないようだな」
「どっちかと言うと、建陽は追っかけるより、追いかけられるほうが似合ってるし」
「そうそう…って、二人とも重ね重ねバカにするなーッ!」
「どうどう、落ち着け」
「アタイは馬か!?」
「まあ、それはおいといて…」
大きなメロンパンの最後のひとかけを飲み込んだ朱儁がやや強引に話を変える。
「私たちの敬愛する新司令官殿は今日、自分の部下100人に子幹の率いてた450人を加えた550人で広宗を攻めるそうよ。董卓からは張宝、張梁に備えて待機って命令来てたけど、二人とも先日の大負けですぐには動けないから、部下は雛靖に任せてさ、視察って名目で見物に行かない?」
「賛成。涼州校区総代の用兵手腕を見せてもらおうか」
「アタイはパス。并州校区のことや委員長就任の事でいろいろ面倒な事があるから」
「それは残念。総代も大変だな。ところで…」
飲み終わったコーヒー牛乳の紙パックを、くずかごに放ると、皇甫嵩が座りなおして丁原を見つめた。
「子幹の具合はどうだ?」
「やっぱ気になる?シンちゃん?」
「邪推する者が、そこにいるから付け加えるが、友人としてだ」
「はっきり言うと、良くない。熱は高いし、食欲はないし…」
解任直後、盧植は過労から夏風邪を引きこんでしまい、授業にも出れない有様だった。
「しーちゃん、毎日、3時間しか寝てなかったから…」
「子幹は気になることがあると眠れない体質だったからね、昔から」
「高い地位にある者は、それだけ地位に応じた責任を抱え込まねばならない。ある程度のところで「何とかなる」と割り切れればいいんだが、子幹はそれができるほど、横着ではなかったということだな」
「誰でも他人のことはよくわかるものよねー?」
「…どういう意味だ?公偉」
「ま、ま、二人とも、おさえておさえて」
そのとき、授業開始5分前を告げる予鈴が鳴り響き、慌しく3人は別れた。洛陽棟は、ただでさえ広いので、この場から教室まで相当急がなければ、始業ベルに間に合わないのである。

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