★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
273:★玉川雄一2003/05/04(日) 02:31AAS
>>265から続き

 ▲△ 震える山(前編の2) △▲

生徒会の狄道棟包囲軍は張嶷の先の奮戦を恐れて突入を一旦諦め、布陣を改めていずれ脱出するであろう連合軍の狙撃体制を整えた。ようやく雍州方面軍にも配備が始まった虎の子の長距離狙撃用ライフルは3挺。数こそ少ないものの、射撃精度が高く数発までの連射も利く。予想される脱出ルートは狭路であり、一度に大勢が突破することはあり得ないために採用されたのである。だが、狙撃班は長射程とはいえある程度は接近する必要があり、そのために護衛部隊が臨時編成された。メンバーは雍州方面軍で頭角を現しつつあった新進気鋭の女生徒たちであり、徐質を隊長に胡烈、牽弘、楊欣、馬隆の5人が選抜されて“第08特設小隊”と命名されたのだった。


パァン、と乾いた音が断続的に響くと、棟内から姿を現した帰宅部連合の生徒に命中したペイント弾が染みを作る。その生徒は痛みも忘れて信じられない、といった表情で自らの胸元を見遣るが、そこにはまごうことなく生徒会の識別カラーで彩られた擬似的な血痕が広がっていた。こうしてまた一人、帰宅部連合はその戦力を減らしていくのだった。
−現在のように「戦闘状態」にある場合には、原則としてサバイバルゲームのルールが適用されることが諒解されていた。これはかの官渡公園での一大決戦においてその有用性が認められた方式を援用すべくBMF四代目団長である張融(二代目団長・張燕の妹)が主張したのを受けてのことであり、各校区に常駐するBMF団員が審判として立ち会うことになっている。もちろん、改めて形式を定めたサバイバルゲーム以外の『決戦』が行われることもあった− 

「おー、また命中♪ さすが新型は違うねェ」
バリケードの陰から双眼鏡をのぞき込んでいた楊欣が暢気な声を上げた。先程から狙撃班がテストも兼ねて狄道棟の連合部員への狙撃を行っており、第08特設小隊(以下『08小隊』)のオペレーターを務める楊欣はその弾着を確認していたのである。
「あんまり顔を出さないでくださいよ。向こうだってどこからか狙っているのかもしれませんし」
「おっと、そりゃ危ないわね。退避退避、っと」
いま一人のオペレーターで、最年少のメンバーでもある馬隆に諭されて楊欣は慌てて頭を引っ込めた。彼女らは狙撃班も含めて正門を突破し、校庭に築かれたバリケード地帯に前進してきている。隊長以下の3人はこの地帯を制圧するためにさらに先行しており、もう暫くで再集結することになっていた。

徐質はバリケードの陰に身を隠し、近づく足音を息を潜めて待ちかまえていた。胡烈、牽弘はある程度距離を置いて行動しており、足音の主が帰宅部連合の戦闘員であることは確かだった。こちらの狙撃班の存在を知ってその排除に動き出したようだが、護衛部隊の存在までには気が回らないものか…
(来たッ!)
徐質の隠れていた角を抜け、姿を現したのはやはり連合の生徒! だがその視線は自身の前方に向いており、直角に交わる角に隠れた(とはいえもう横を振り向けば丸見えなのだが)徐質には全く気付いていない。徐質は迷うことなくその生徒のエアガンを持った手に軽く一連射を叩き込んだ。どこか運動部に所属しているのだろう、ジャージ姿のその女生徒は驚く間もなく銃を取り落とし、しかる後に手の痛みを、そして横合いからの射撃手の存在に思いを至らせる。だが既に最初の一連射で決着は付いていた。『BB弾の連続3発以上のヒット』は戦死判定となる。
「出てこなければ、やられることもなかったのにね…」
なおも呆然としている女生徒に声を投げかけた徐質だったが、その視界の隅、バリケードの一本向こう側の通路部分を人影が走り抜けるのを見逃さなかった。
「玄武、スカート付きだ! 速いぞ!」
「了解!」
今度は文化系なのか制服姿の女子生徒だった。おそらくバリケードの構築に携わり構造を熟知しているのだろう、地図を必要としようかという程の迷路を凄まじい速さで駆け抜けてゆく。ここからでは間に合わない… 徐質は胡烈に迎撃を委ねた。その胡烈はエアガンのグリップを握り直して待ちかまえていたが、直前の角から突如姿を現した女生徒は出会い頭に何かをこちらに向けてかざす。かと思うと目の前がフラッシュでも焚いたかのように真っ白になった。 −いや、本当にフラッシュを焚いていたのだ。胡烈は知るべくもなかったがこの生徒は写真部員であり、偉大なる先輩・簡雍から受け継いだ「拡散フラッシュ砲」なる目くらましの大技を繰り出してきたのだった。反射的に左手をかざしたためその光がまともに目に入ることだけは避けられたが、完全に写真部員からは視線が外れてしまう。気付いたときには−
「上かッ!」
バリケードを踏み台に利用して、写真部員は胡烈の上を飛び越えていた。そして空中でエアガンを構えたその先には−
「301が!」
狙撃班の一人、コードネーム“301”嬢がいた。胡烈は背中から地面に倒れ込みながら真上に銃をかざすとトリガーを引く。その弾は辛うじて写真部員のライフルに命中して手から弾き飛ばすことに成功しこそしたものの、着地した写真部員は小さく舌打ちしながら白兵戦用ナイフを手に取る。その隙に301嬢は退避することができたのだが、胡烈はといえば地面に大の字で寝転がっているようなものであり、絶体絶命のピンチに陥ってしまったのだ。
「どう撃ってもスカートの中に当たっちまう!」
飛び道具であるエアガンを手にしてこそいるが、下から撃ち上げた弾がもし、相手のスカートの中に命中してしまったら… いくらルールでは『体の箇所に関わらず、当たれば有効判定となる』と規定されているとはいえ、同じ女子として引き金を引くことができようはずもなかった。それと知ってか知らずか写真部員はゆっくりとナイフを振りかざす。もうだめか、と観念したその瞬間、きゃっ、という存外可愛い悲鳴と共に写真部員はすっ飛ぶように倒れ込んだ。起きあがった胡烈の目の前に、狙撃兵301嬢(仮名)がライフルを構えて立っていた。急遽引き返した彼女が胡烈に引導を渡そうとした写真部員を背中から(しかもかなりの至近距離から)撃ったのだ。
「大丈夫?」
「ああ、助かったよ」
至近距離からのヒットの衝撃に目を回してしまった写真部員に念のため“とどめ”をさしてから、胡烈は301嬢の手を握った。彼女は胡烈の顔をのぞき込むと、悪戯っぽく笑う。
「危なかったねェ、スカートの・ぞ・き・さん♪」
「あのなあ、のぞきはやめてくれ、のぞきは…」
胡烈は半ばゲンナリしながら服に付いた埃を払う。薄氷を踏む思いではあったがこれを最後に帰宅部連合の突撃は止み、08小隊前進部隊は狙撃班と共に集結地点へと向かった。

何度かバリケードの向こうから銃声が響き、楊欣、馬隆の留守番組は気が気ではなかった。…と、そこへ人の近づく気配がしたかと思うと、戦場ならではの緊張感を帯びた声が投げかけられた。
『諸君らが愛してくれた何進は倒れた、何故だ?』
あらゆる意味で思わず耳を疑うような文句であったが、楊欣はさもそれが当然であるかのように言葉を返す。
『ヘタレだからさ』
「よし、戻ったわよ。狙撃班も順調なようね」
当の何進−数年前の連合生徒会長であり、つい先だって失脚した何晏はその妹である−にとっては酷なこと極まりない以前にまったく脈絡のない応酬ではったが、要は合い言葉である。徐質を先頭に、なおも後方を警戒しつつ胡烈と牽弘が続く。08小隊の面々は再集結を果たすと、情報の整理と分析に入った。この結果をオペレーターが狙撃班に伝え、作戦の円滑化を図ることになっていたのである。
「さて、と。みんな配置に付いたわね。それじゃあ、一旦休憩にしましょ。孝興、貴女のところにコンビニの袋、あったわよね」
徐質が促すと、はいはいっ、と馬隆は足下の袋を取り出した。その中に入っていたものは差し入れ、陣中食、レーション等々呼び方は色々あれど要は“おやつ”である。馬隆が慣れた手つきで先輩達にスナックやらチョコやらを渡して回ったが、ひとり先程から難しい顔をして耳をそばだてている楊欣の姿を見ていぶかしんだ。
「あれ、楊欣先輩どうしたんですか? いまのうちに食べておきましょうよ」
「しっ、黙って! みんなも音、立てないで」
ガサガサと音を立てるメンバーを制した楊欣の声は緊迫感を帯びていた。特製の聴音装置を駆使してターゲットを捕捉するためのレシーバーは微かな足音を捉えていた。それは近いものではないが、何か無視できないものを感じさせる。
「来る、何か来る… どこだ、どこなんだ…」
「楊欣、何が…」
「隊長、おやつは後回しだ。こいつはヤバいかもしれない…」
楊欣は間違いなく何者かの存在を捉えていた。カンカンカン、と鳴る足音は、スチールの階段を上る時に発する音。ということは…
「上かッ!」
楊欣が見上げた視線の先、狄道棟本校舎に隣接した運動部室棟、その屋上に躍り出た一人の女子生徒。逆光に照らされたその姿は遠目にも見る者を圧倒する何かを放っていた。その存在を誇示するかのように光に映える濃淡二色のブルーを配したコスチュームに身を包み、眼下を睥睨するのは張嶷その人。一騎当千の強者が、今その持てる力の全てを解き放とうとしていた。

続く
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