★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
276:★玉川雄一2003/05/04(日) 22:28
前編>>265  前編の2>>273

 ▲△ 震える山(前編の3) △▲

これまでに感じたことのないような高揚感に包まれつつも、張嶷の目もまた倒すべき目標をしっかりと見据えていた。敵は校庭に広がるバリケードの山の中に潜んでいるつもりかもしれないが、闘うものが発する独特の気配は隠しようがない。
「指揮者2、白兵3、狙撃手3、一人は真下か…」
そう、彼女の眼下には狙撃兵の一人が捉えられていた。校舎に最も肉薄しているコードネーム“303”嬢である。だがさしあたって張嶷はたった一人、対する生徒会側は指揮所の二人(楊欣と馬隆)を差し引いてなお三人ずつのの戦闘員と狙撃員を擁している。選りすぐりの精鋭であることを自負していた胡烈には少々面白くなかった。
「たった一人で…? ハッ、なめられたもんだ」
「ここからじゃ近すぎて死角だ、頼む玄武!」
牽弘は303嬢の護衛についてその近傍に占位していたため、張嶷は死角に入っている。比較的距離を置いた胡烈に狙撃を要請した。
「おうよ!」
間髪入れず胡烈は中距離射程のライフルを放つ。この射線ならば命中は確実−
「なにッ!?」
張嶷は僅かに立ち位置をずらした。それだけで、かわしてみせたのだ。まるで、弾道をはっきりと見切ったかのように… 必中の一撃を放ったはずの胡烈には信じがたい光景だった。
「白兵にも狙撃銃! 脱出部隊には脅威になる…」
自身が狙撃を受けたことについてはさして意に介するでもなく、張嶷は彼我の戦力を冷静に分析し対策を練っていた。屋上に設置された給水タンクにザイルのフックを引っかけると二、三度ワイヤーを引っ張って固定を確認し、やおら壁を蹴って降下を開始する。眼下では張嶷の出現を知った狙撃兵303嬢が退避しようと装備をかき集めている最中だった。
「もらった!」
08小隊の至上命令は狙撃班を守り抜くことである。長距離狙撃戦力を喪失してしまえば、連合残留部隊への攻撃は困難になる。一人として失うわけにはいかなかった。
「任せて、落下なら予測できるわ!」
ザイルを繰り出して部室棟の壁を蹴りながら降下してゆく張嶷に牽弘が照準を合わせる。高速で動く目標を狙撃する事は基本的に不可能であり、弾の無駄撃ちをなくすためにも避けるべきとされていた(そういう場合は弾幕をはるのだが、現在の状況では射程距離の問題上無理)。だが今回のように垂直降下の場合は軌道を予測することが容易であり、射程距離と降下速度を見越して撃てば命中させられる理屈である。エアガンの腕に覚えのある牽弘のこと、瞬時に弾き出したポイントに狙いを定めると躊躇わずトリガーを引く。
「いける!」
銃にしろ弓矢にしろ、およそ射撃の名手たるものは標的に命中する『手応え』を感じるものだという。射手と標的の間には、極めた者だけが感じ取ることのできる繋がりがあるのかもしれない。牽弘の手にもまた、BB弾がターゲットを捉えた時のあの確かな感触が伝わっていた。だが−
「………嘘ッ!?」
ペイント弾の派手な塗料は、張嶷のからだ一つ分下の壁面に花を咲かせていた。 …牽弘の狙いが外れたのではない。計算通りに降下していれば、間違いなく弾は張嶷にヒットしていたはずだ。張嶷がザイルを繰り出す手を止めて、降下に制動をかけたのである。
「もらった!」
08小隊の皆が唖然としている間に張嶷は壁に足をかけて体勢を整えると、銃の狙いを真下に定めてトリガーを引き絞る。
「ひとーつ!」
「きゃあああああああっ!!」
降り注いだBB弾の嵐が狙撃兵303嬢を包み込む。張嶷が姿を現してから、ものの一分と経っていなかった。
「アタシと牽弘が手玉に取られた…」
「あっという間に一人… こいつは、撃墜王(エース)だ!」
小隊の面々は自分たちが闘っている相手の実力に今更ながらに気付き始めていた。地面に降り立った張嶷はザイルの自分の腰側のフックをベルトから外すと、校庭に林立するバリケードの中へと駆け込み姿を消した。


彼我の戦力差は僅かではあるが縮まりつつあった。だが、有利・不利の差はまた異なるバランスの上に成り立っている。張嶷は単身であるため攻撃が集中するはずだったが、持ち前の機動力を生かして狙いを定めさせない。一方で、目標とする狙撃兵が数を減らせば減らす程、一人あたりの護衛は厚くなるはずだった。護衛部隊とまともに渡り合ってしまえば、狙撃兵を取り逃すことになりかねない。張嶷にとってみれば、できる限り各個撃破してゆくことが重要だった。
「しかし、奴らもヤキが回ったか… これでは、居場所をこちらに教えているようなものじゃないか」
生徒会側は、数を頼みに包囲しようと牽制の射撃を行ってくる。だがそれはおよそ見当違いの場所に命中してばかりだった。このバリケードには廃材やら使われなくなった机、椅子やらが使用されているようで、着弾の度に煙とも埃ともつかないような何かがもうもうとわき起こっていた。無論、校庭の乾いた砂地も事ある毎に砂煙を立て続けている。
「あの一撃が外れるなんて… 絶対、当たるはずだったのに…」
「牽弘、頭を切り換えなさい、飛ばされるわよ。悔しいけど、奴の方が一枚上手のようね」
「あ、ああ…」
先程の結果をまだ引きずっている牽弘に徐質は発破をかけた。あれはけして牽弘のミスではない。相手の運動能力が予想の範疇を超えていただけだった。空間を三次元のレベルでここまで使いこなす恐るべき機動性に今まで出会ったことはなかったのだ。

「どこだ、奴はどこにいる…」
狙撃兵302嬢を護衛している胡烈は、たった一人の刺客の動きを捉えかねていることに苛立ちと軽い焦りを覚えていた。302嬢を背後に控え、微かな兆候も見逃すまいとやっきになって前方を注視する。だが、得てしてそんな時こそ視野は狭くなるものである。突如としてわき起こった砂埃に意識の間隙が生じた瞬間−
「!? 左かッ!」
突如飛来した『何か』が彼女のライフルに直撃して持ち手に鈍い衝撃を走らせる。それは張嶷が二本目のザイルの先端部フックの重さを利用して、“鎖鎌の投げ分銅”の要領で放ったものだった。
「うっ、ぐうっ!!」
そして砂埃を突き破るかのように突進してきた張嶷のショルダータックルを食らって胡烈はバリケードに叩きつけられる。衝撃に息が詰まって一瞬気が遠くなりさえしたが、すぐに我に返ると張嶷がいるとおぼしき方向に向けてライフルを乱射した。
「こなくそーッ!」
だが、立ちこめた砂埃の向こうに人の気配は感じられない。無駄に視界を悪くしただけのことに気付いた胡烈が慄然としたその直後、最悪の事態が襲った。
「やッ、いやあああああ!」
「しまった!」
声を向く方に目を遣れば、彼女が守るはずだった狙撃兵302嬢が張嶷に背後から組み付かれている姿が飛び込んできた。302嬢はジタバタともがいてみせるが張嶷の膂力に叶いそうもなかった。もとより、狙撃班は白兵の装備を持っていない。本来は相手に素手で立ち向かうほどの格闘力が要求されるわけでもないため、接近戦に持ち込まれるとなす術がないのである。それを見越しての08小隊の護衛であったのだが、張嶷の戦闘センスはまたも彼女達を上回っていた。張嶷はチラリと胡烈の方に視線を向けると、誇示するようにナイフをかざして見せる。
「白兵戦で飛ばすつもりかッ!」
しかし胡烈の悲痛な叫びを嘲笑うかのようにナイフが振り下ろされ、峰打ちとはいえ相当な衝撃を受けたであろう302嬢は気を失ってカクンと崩れ落ちる。
「玄武、任せて!」
ようやく駆けつけた牽弘が一連射を浴びせるが、張嶷は気絶した302嬢のゼッケンを剥ぎ取ると横跳びに退いてバリケードの向こうに姿を消した。

次第に追いつめられてゆく生徒会勢。だが、次の目標は最後に残った狙撃兵301嬢ひとり。最終的に敵は彼女に近接せざるを得なくなるわけで、一人を三人で護ることも考え合わせれば敵の選択肢も少なくなってきているはずである。そして、指揮所の楊欣はついに張嶷の動きを捉え始めた。
「つかまえた… 中央6列目、長机の上!」
バリケードとして積み上げられた長机の上を張嶷は軽い身のこなしで駆け抜けてゆく。それが崩れることを考慮していないというよりは、たとえ崩れたとしても我が身を御する術を知っている故の大胆さであった。だが、狙撃によって足下をすくうことができれば、あるいは…
「301、撃てーッ!」
「このっ、当たれ、当たれ、当たれッ!」
今やただ一人となった狙撃班の301嬢が凄まじい勢いでライフルを連射する。その流れるような一連の動作には鬼気迫るものがあった。おそらくは散った二人の僚友の敵討ちに燃えているのだろう。しかしその執念をもってしても、あと少しというところで張嶷を捉えられずにいる。
「あと一人!」
張嶷の奮戦はいよいよ修羅の領域へと踏み込もうとしていた。

続く
1-AA