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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
278:岡本 2003/05/06(火) 22:23 GWは休養で寝倒していましたので、反応が遅れました。 お絵かき掲示板もそうですが、SSスレッドも豪華作品の林立 で圧倒されました。 >玉川様 この台詞で感想に換えたいと思います。 ”...直撃か、いい腕だ...”。 >雪月華 私は後漢書を断片的にしかもっていないので詳細な内容を追えないのが 心苦しいです。 理論家・盧植と実務家・皇甫嵩の性格が現れる会話がつぼにはまりました。
279:★玉川雄一 2003/05/07(水) 00:42 前編>>265 前編の2>>273 前編の3>>276 ▲△ 震える山(前編の4) △▲ 狄道棟内に置かれた帰宅部連合軍の臨時本部に詰めている姜維のもとに副官の倹盾ェやってくると、撤収の準備が整ったことを告げた。彼女は窮地にあって姜維を助け補佐の任をよく果たしていたが、さすがに精神的、肉体的両面の疲労はかなりのものになっているようだった。 「代行、いつでも出られます。あとは、張嶷主将の…」 「大丈夫、彼女なら必ずうまくやってくれるよ」 たとえ気休めだと分かっていても、今は希望を持たせることが大事だった。もっともグラウンドでの張嶷の実際の戦いぶりを目の当たりにしたならば、気休めどころか大逆転すら予測させていたかもしれない。だが実際には後方に控えているはずの生徒会勢の包囲網を突破するという難事も控えており、それこそ口に出すことさえ憚られるものの最終的にはある程度の、いやかなりの犠牲は覚悟しなければならないはずだった。 (伯岐、必ず還ってきてよ…) 姜維の願いは、張嶷に届くだろうか… バリケードの上を駆けてゆく張嶷に、狙撃兵301嬢の狙いが少しずつ合い始める。そろそろ潮時、とみた張嶷は積み上げられた机や椅子を派手に蹴り崩すと地面へと滑り降りた。 「やった、足を止めたぞ!」 崩れ落ちた残骸のこちら側に徐質が駆けつける。素早い動きを止めれば、数に優るこちらがイニシアチブを取ることができる。崩れ去ってなお目前にそびえるガラクタの山、その向こうに相手はいるはずだ。まずは回り込んで− と足を踏み出そうとした矢先。 ギッ、ギギッ、ギイイイッ…… 「え、な、なに……!?」 目の前に立っている巨大なテーブル −それは女生徒でも二人いれば運べるような折り畳み式の長机ではなく、会議室に鎮座しているような巨大な天板を持つものだった− が、ギシギシと軋みをあげながらこちらへゆっくりとせり上がってきたのだ! それはさながら“壁”とすら呼べるほどの広さを持ち、並の女生徒にはとてもではないが動かすことなどかなわないだろう。だが現実にその壁は今や直立に近い角度をとり、なおもこちらへと迫ってきた。このままでは− 「うそ、まさか、そんな…」 「そ、れっ…… そらーーーッ!」 「きゃっ!!」 ズッ、ズウウウウウン… 慌てて後ろに飛び退いた徐質の目の前で、轟音を立ててテーブルはこちら側に倒れ落ちた。バリケードの文字通り『壁』となっていた個所を無理矢理こじ開けたのだ。相手は、あの刺客は、あれほどまでのスピードに加えて、男子顔負けのパワーも併せ持つというのだろうか? 「な、なんて馬鹿力なのよ…」 激しくわき立つ砂埃の向こうにいるはずの存在に、徐質は今はっきりと恐怖感を覚えていた。あいつが単身で殴り込んできたのにはそれだけの裏付けがあったのだ。自分たちとは、完全にランクが違う… 「ふっ、ふふっ、はははははッ!」 「!!」 少しずつ晴れつつある砂煙の中から、勝ち誇ったような笑い声と共に張嶷が姿を現す。さすがに先程の大技で力を使ったらしく、ゆっくりとしてこそいるが却って力強さを誇示するような足取りで一歩一歩近づいてきた。 「あ、ああ、ああ……」 今の張嶷に先程までのスピードは皆無で、ただ真っ直ぐにこちらへと近づいてくるだけだ。エアガンを撃てば、徐質の腕前ならば軽く一連射は命中させられる距離でもある。だが、手が動かない。手だけではない。全身が凍り付いたかのように固まってしまっていた。 「おびえろーっ、すくめーっ! 山岳猟兵の恐ろしさを土産に、飛んで行けーッ!」 ことさら恐怖心を煽るかのように大喝を繰り出す張嶷は、自身が昂揚状態にあることを自覚しており、なおかつそれをコントロールできていることに内心驚いてもいた。これほどまでに心躍る戦いというのは今まで経験したことがなかったのだ。それを楽しめるということは自分は根っからの戦争屋なのではないかという思いもかすめたが、今は仲間のために戦っているのだと思えばいくらでも闘志を奮い立たせられるというものである。目の前の女生徒、腕前はなかなかのようだが完全に私の勢いに呑まれている。悪いがこのまま… だが、並の女生徒ならば逃げ出すか、腰を抜かすか、泣き出すかというような瀬戸際で徐質は踏みとどまった。大きく息を吸い込むと、恐怖心もまとめて飲み下す。両の手に再び力を込め、地面を蹴って吶喊を開始した。 「守ったら負ける… 攻めろーッ!」 「フッ、そう来なくっちゃ!」 エアガンを連射しながら突進する徐質に対し、張嶷はその射線を見切ると左腕に装備した小型シールドで弾を受け流す。そのまま右手のナイフで前方をひと薙ぎ。だが徐質はすんでの所で踏みとどまると、膝のバネを最大限に使ってバックステップを踏む。その勢いで再び間合いを取ろうと図ったのだが、背後にはバリケードが… ドズウンッ! 「うっ、ぐうっ!」 背中からモロに突っ込んで息を詰まらせたのも一瞬のこと、徐質は辛うじて取り落とさずに済んだ銃を振りかざすとトリガーを引き絞る。 「倍返しだーーーーッ!」 だが狙いもなにもあったものではなく、いずれも見当違いの場所でペイント弾の塗料をぶちまけ埃を巻き上げるだけだった。張嶷は全く動じたそぶりもなく、余裕すら混じった笑みを浮かべる。 「見た目は派手だが…」 そして視線を切った向こうには− 「狙撃手がガラ空きだ!」 「しまったッ!」 本来ならば徐質が立ちはだかっているべき通路の向こうには、蒼白な顔をした狙撃兵301嬢の姿があった! 張嶷との間に、遮るものは何もない。張嶷はその姿に狙いを定めると勝利を確信してトリガーに指をかける。 「終わりだ!」 「間に合えーっ!」 背後の山を蹴り飛ばし、やはり左腕に装備したシールドを振りかざしながら徐質は張嶷の射線上に飛び込んだ。 「なんと!?」 彼女たち白兵要員が装備するシールドは激しい運動にも邪魔にならぬようさして大きくはない。だからその限られた面積をいかに有効に使いこなすかが求められるのであり、腕の一部のように自在に操れて初めて一人前の戦闘員といえる。張嶷はもちろんのこと徐質もその有資格者であり、振り上げたシールドは見事に射線と交錯、すんでの所でその向きを変えることに成功し、倒れ込んでなお繰り出された牽制射撃で張嶷の好機は封じられた。しかし、向こうの角を曲がって消えてゆく301嬢と砂にまみれて息を付く徐質を交互に見つめる張嶷の表情に悔しさの色はなかった。むしろどこか満ち足りた笑みすら浮かべると、腰のベルトから信号弾代わりの小型打ち上げ花火を取り出し発射する。ポンッ、という音と共に舞い上がったそれは上空で破裂するとヒュルヒュルと激しく回転しながら赤い煙をまき散らした。 「伯約、どうやら合流はできないようだ。私は、死に場所を見つけたよ…」 張嶷の瞳に諦めの色はない。最大の目標を達成するための新たな決意が溢れていた。 「代行、張主将からの信号弾です!」 倹盾フ声に姜維はハッと我に返る。どうやら、疲れからか少々ボーッとしていたらしい。張嶷からの信号弾ということは、少なくとも今までは彼女が健在であったという証である。打ち合わせていた信号弾の色は二色。どちらが上がるかで彼女の命運は決する。 「色は、伯岐はなんと…?」 しかし、倹盾フ表情はかき曇る。悲痛な声で絞り出したその答えは− 「赤です…」 『合流できず、残存部隊は脱出を開始せよ…』 呆然と姜維はつぶやいた。張嶷は今、どんな状況にあるのだろうか。自らの命運が断たれたことを知ってなお、戦い続けることができるのだろうか? 『全部隊脱出地点への集結完了、以後は各指揮官の指示に従え』 校内放送を通じて最後の指令が送られ、直後にブツン、とスピーカーが音を立てた。ギリギリまで残っていた通信要員も撤退するのだろう。もはや逡巡している暇はなかった。 「私達も出るわよ… 倹潤Aついてきなさい!」 「はいッ!」 張嶷の奮戦を無駄にするわけにはいかない。姜維も自らの役割を全うするべく、皆の待つ場所へと足を速めた。 続く
280:★ぐっこ@管理人 2003/05/07(水) 23:40 むう、以外にも徐質の善戦…。 つうか、回を追うごとにハードボイルドな展開! 張嶷たん… 将の良なるは己の役割に徹することと いいますが、まさに今回の張嶷たんの奮戦は…・゚・(ノД`)・゚・
281:雪月華 2003/05/10(土) 18:49 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第一章 軍師人形 先日、黄巾党から盧植が奪回した冀州校区鉅鹿棟を発した生徒会軍550人は一路、黄巾党本拠地である鉅鹿棟付属施設の広宗音楽堂を目指していた。付属施設といっても、鉅鹿棟からは5qの距離があり、途中、両脇を切り立った崖で挟まれた山道を3qほど越えねばならない。指揮は新たに総司令官職についた涼州校区総代の董卓である。 董卓軍はある異名を持つ。コスプレ軍団というのがそれであり、董卓配下は放課後、常に何らかの仮装をしていなければならず、それはかつての盧植配下であった450人も例外ではなかった。董卓直属の100人はそれなりに気合が入っており、いずれもハイレベルな衣装であるが、かつての盧植配下は、それを噂には聞いていたものの、突然の命令と短い準備期間だったため、良くて学芸会レベルの者がほとんどであった。 「赤兎」のサイドカーに座する、董卓の衣装がふるっていた。荒事を覚悟してきたのか、いつもの朝服…ゴスロリファッションではなく、やや戦闘的な、ひとことで言えばベル○らのオ○カルの衣装である。ご丁寧に金髪巻毛のウィッグまで乗せている。一種異様な貫禄さえ漂わせており、そのインパクトたるや、宝塚ファンが見たら生涯立ち直れないほどの衝撃を受けるであろうことは疑いない。 「李儒、お茶おねがい」 「かしこまりました」 李儒と呼ばれたメイド、正確にはメイドの仮装をした女生徒が、歩きながら器用に紅茶を淹れ始めた。流麗な手さばきであり、ティーカップの周囲には、一滴のはねもとばさない。 李儒。董卓の懐刀であり、酷薄非情の参謀兼メイドとして名高い。くせのある緑がかったセミロングの髪、きめ細かい滑らかな白磁の肌、しなやかな均整の取れた肢体、整った顔立ち。美少女の条件は充分すぎるほどに備えている。だが、完璧と賞するには、喜怒哀楽を母親の腹に置き忘れて生まれてきたかのような無表情は、無機的に過ぎ、冷たい、というよりまったく「温度」というものを感じさせない瞳は、高級フランス人形の水晶でできた瞳を思わせた。皮肉にも、その人形然とした雰囲気に、茶色のエプロンドレスを基本としたメイド姿が、身もだえするほど良く似合っている。とにかく他人はおろか自分自身でさえ、物、駒と考える癖があり、おまけに罪悪感という「脆弱な」ものを持ち合わせていないため、どんな非情な作戦や陰謀でも、眉ひとつ動かさずやってのけることができる。故に、友人は皆無だが、それを気にしている風には見えない。 董卓は砂糖壺の蓋を開けると、李儒の淹れた紅茶にティースプーン12杯の砂糖を立続けに投入し、13杯目を掬ったところで「高血圧になるからね」と慎ましく呟き、とても名残惜しそうに砂糖壺に戻した。温かい「紅茶入り砂糖水」をゆったりした仕草で喫すると、董卓は満足げなため息をもらした。 「美味しいお茶ね。アールグレイ?」 「はい」 本当はアッサム茶なのだが、あえて訂正はしない李儒である。 「それで、今回の作戦はどうなってるの?」 「はい…賈ク」 李儒が呼ぶと、傍に控えていたOL、正確にはOLの仮装をした女生徒が進み出て、持参のモバイルPCから、サイドカーの前面に据え付けられた液晶モニターにLANケーブルを接続し、左手でモバイルを持ったまま、右手のみでキーボードを操作し始めた。 賈ク、あだ名を文和。涼州校区の一年生では、際立った知恵者であり、パソコンの扱いでは涼州校区で二番目である。ハードウェア、ソフトウェア双方に精通し、ネットの技術も一流。少々幼さは残っているものの、腰の辺りで切りそろえた艶やかな黒髪の佳人であり、キツめの目元と口元にたたえられた不敵な笑みが、なかなかの曲者という印象を与える。彼女も李儒のように冷たい印象を受けるが、その目にはいくらか人間味が残っていた。いくらか、という程度ではあるが。 やがて液晶画面に、戦場となる広宗音楽堂前自然公園を上空から俯瞰し、3D化した物と、青の矢印が4つ、音楽堂を背にするように黄色の矢印が2つ表示された。 李儒が無表情に作戦の説明を始める。機会音声のような、温かみもそっけもない声であるが、一部の者には、それがたまらなく萌えるらしい。 「まず、我が軍を4つに分けます。450の生徒会正規兵を150ずつ3つの集団に分け、それらを横に3つ並べて、賊軍に正対させます。董卓様と直属の100人はその後方で待機します」 李儒の声にしたがって、画面の中の矢印が動く。 「今までの戦歴から推測するに、黄巾党の戦術はただ一つ、正面突破しかありません。というより、戦術も用兵もあったものではなく、正面からの力押ししか知らないようです。広宗の賊軍は250人。ですが、50人は音楽堂の守備に回るのと考えられるので、実質200人程度しか出てこれないと推測します。まず、450人を正面から突撃させます。賊軍とぶつかったら、両翼の300は賊軍の左右を逆進し、後背で合流後、攻めかかり、そのまま包囲、殲滅します。容易に決着がつきそうに無い場合、待機の100は混戦を迂回し直接、音楽堂を衝きます」 「それで勝てるのね☆」 「100%、とは言いかねます」 「うみゅー、どうして?」 「まず、はじめにいた賊軍600が、盧植の働きで250まで減ったということは、飛ばされるべき者が、振るい落とされたということです。必然的に、残った者は精強であり、少ない分だけまとまりも強く、あとが無いため士気も高いでしょう。一方、我々、生徒会正規軍のほうは、険しい道を踏破した疲労と、突然の指揮官交代により、少なからず動揺していますので、盧植のときと同じ士気を保つのは難しいかと存じます。ですが、この作戦が最も有効であることに変わりはありません」 コスプレによる士気低下には、紅茶のときと同じく、あえて触れない李儒である。言わなくてもいいことがあるのを、彼女は心得ているのだ。やがて、考え込んでいた董卓が重々しく首を縦に振った。 「他にいい手はないようね。わかったわ。その作戦を諒承しちゃうことにするわね」 「ありがとうございます。すべては、董卓様の覇権のために」 うやうやしく、李儒が頭を下げる。その宣言の内容とは裏腹に、声には一片の熱意もこもっていなかったが、董卓は咎めようとはしなかった。もともとこういう性格であるのは、長いつきあいでお互い十分理解しているのである。 今ひとつ気勢の上がらぬまま、生徒会軍は進軍する。やがて山道が開け、パルテノン神殿を模した広宗音楽堂とその前に広がる自然公園が、彼女達を迎えた。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267
282:雪月華 2003/05/10(土) 18:51 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第二章 天使の歌 広宗音楽堂。かつて冀州校区合唱祭が開催された場所であり、黄巾党蜂起に伴う合唱祭襲撃事件後は、黄巾党の本拠となっている。自らの意思に反する形で党首、天公主将に祭り上げられた張角は放課後のほとんどをここで過ごし、一時期のピンクレディー以上のハードスケジュールをこなしていた。音楽堂の前には800m四方ほどの野原が広がり、自然公園となっている。自然そのまま、といえば響きはいいが、何か施設を建てるほどの予算が、慢性的に不足している裏返しでもあるのだ。 今、そこに、西に生徒会軍550、東に黄巾党250が、互いに200mほど距離をおいて対陣していた。そろいのTシャツと黄色いバンダナに身を固めた黄巾党に対し、思い思いの仮装をした生徒会軍は、どこと無く秩序に欠け、魑魅魍魎、百鬼夜行の妖怪集団に見えなくもない。 両軍の中間地点から南に1kmほど離れた小高い丘に、2つの人影が現れた。皇甫嵩と朱儁。視察という名目で自転車を駆り、観戦にやってきたわけである。目立つとまずいので互いに一人の部下も連れていない。待機命令に違反しているが、留守番の雛靖には、厳重に口止めしているので、直接ここで見つかりさえしなければ、何も問題は無いのだ。 「やれやれ、間に合ったようだな」 「こんな映画顔負けのことがタダで見れるのも、後漢市ならではってところだよねー」 「それにしても、董卓軍は噂以上だな。盧植の元部下達も気の毒に」 「ホントホント。いきなり司令官が変わった上にこの仕打ち。やる気を出せというほうが無理よね」 抜け目無く持参した双眼鏡で、黄巾党のほうを見ていた皇甫嵩が、唐突に驚きの声を上げた。 「おい、あれって…張角じゃないか!?どうして前線に!?盧植のときは一度も出てきていなかったぞ!?」 200人の黄巾党前衛部隊の後方、50人の親衛隊に守られ、音楽堂の手前30m程の所にある国旗掲揚台に張角は立っていた。 白を基調とし、青で縁取りされた足首まである長衣。同じデザインのフード。さながら神に仕えるシスターのようだ。襟元から覗くトレードマークの黄色いスカーフ。そして見間違いようの無い金銀妖瞳。神々しささえ感じさせる美貌。紛れも無く張角本人であった。敵味方あわせて800人を超す人の群れを前にして、物怖じしたところは微塵も見られない。数々の舞台で場慣れしているからであろう。 「そんな馬鹿な…張角は平和主義者で戦いを望んではいないのではなかったのか?」 「はっきり、私たちを敵と認識したのなら厄介なことになるわね、何があったのかな?」 「生徒会ではなく、董卓個人に対する忌避であってほしいが…」 「妙なことに気づいたんだけど、あの歌が聞こえないのよね」 「黄巾のマーチか?確かに、今までの戦場ではうるさいくらい聞こえていたものだったが…というより音響関係の機材が一切見当たらないぞ?一体どうするつもりだ?」 「義真、敵の心配してどうするの?」 「敵…か。なあ公偉、張角は私たちの敵なのか?」 「組織だって学園の平和を乱してるよ。敵じゃなくて何なの?」 「そうか…そうだな」 頷く皇甫嵩の声には、納得以外の何かが含まれていた。 「黄巾党諸君。これより…」 張角は、親衛隊長である韓忠の演説を片手を上げて制止した。代わって、彼女が口を開く。 「…黄金の騎士達よ。今こそ決戦の時です」 決して声量は大きくはない。激しくもない。だが、拡声器を通していないにもかかわらず、その声は黄巾党全員にはおろか、1q離れたところにいる、皇甫嵩と朱儁のもとにもはっきりと聞こえた。張角が言葉を続ける。 「あの異形の軍団を撃破し、首領を討つのです。かの者こそこの学園を混乱させ、近い将来、学園を暗黒の奈落に落とし込む元凶。禍の根を今ここで絶つのです!」 もともと高かった士気は、張角の鼓舞で一気に最高潮に達した。必勝の意気高く、劉辟らの指揮というより煽動で、黄巾党は眼前で赤い布を振られた猛牛の如き勢いで突撃を開始した。 張角が、何故前線に出てきたのか、明らかにはされていない。張宝らに強制されたと言う説もあり、董卓の危険性を予感し、総力を持ってそれを討つべく自らの意思で出てきたと言う説もある。だが、真相が明らかになる前に張角は自主退学し、張宝、張梁らは廃人同様になってしまったため、真実は闇の中である。 黄巾党の突撃と共に、張角が目を閉じ、静かに歌い始めた。 一方、生徒会側でも董卓の演説が始まっていた。 「見果てぬ夢よ。永遠に凍りつきセピア色の…」 「あの、董卓様?」 李儒が怪訝な顔で、サイドカーの上に立つオスカ…もとい董卓を仰ぎ見た。 「メモを間違えちゃった。キャラも違ってたし。ええと…栄光ある生徒会の兵士達よ!これから黄色い賊徒に罪の重さを教え込んであげるのよ!生徒会の為に!そしてなにより、この董卓ちゃんの栄光の為に!あ、それから、賊徒に遅れをとるようなことがあったら、蒼天会長に代わっておしおきよっ!」 もともと、盧植の元部下450人の士気はそれほど高くなく、突然の指揮官交代とこの妙な仮装、演説によって、よけいに士気は下がり気味であった。だが、目の前の相手を倒さない限り、彼女達に未来はない。半ばやけくそで喚声を上げ、黄巾党へ向かって進撃を開始した。 「第一次広宗の戦い」の始まりである。 黄巾党と生徒会軍は広宗自然公園のほぼ中央で激突した。激突直後、生徒会軍の左右両翼は黄巾党の両脇を素早く逆進し、後背で合流して包囲を完成させる事に成功した。黄巾党も、もたつきながらも円陣を組んで、それに対抗する。激しい戦闘が展開された。喚声と悲鳴と竹刀をたたきあう音が幾重にも重なって、広宗自然公園に物騒な協奏曲を響かせる。 後世、群雄割拠、三勢力鼎立時代に行われた戦闘に比べると、この時代のそれは、武芸の華やかさにおいても、用兵の緻密さにおいてもいささか迫力不足であったことは否めない。個人個人の武芸の練度が低く、主将の指揮能力も不足気味であったからだ。 それでも、戦闘の始まる前に、黄巾党の敗北は決定していたようなものである。生徒会に比べ、数において劣り、戦術においても劣っていた。主要な道は生徒会に押さえられており、張宝、張梁は皇甫嵩たちにより手痛い打撃をこうむっているため援軍も出せない。おまけに本拠地に追い込まれているため、主将、つまり張角を討たれれば全ては終わりなのだ。戦う前に勝つ。盧植の戦略の凄みはそこにあった。 本来、張宝、張梁に痛撃を与えた直後、皇甫嵩、朱儁の両名と、その率いる精鋭を呼び寄せ、総勢800で決戦に臨む予定だったのだが、盧植は作戦始動直前に讒言によって解任されてしまったため、予定は未定で終わってしまった。 張角の歌が、優しく広宗の野に響き渡る。空を舞う鳥が羽を休めて枝に止まり、うっとりと歌に聞きほれている。生死をかけた追撃戦を演じていた猫とネズミが仲良く寄り添ってじっと聞き入っている。およそ戦場には似つかわしくない平和な雰囲気が辺りを包み始めた。心を揺さぶるのではなく、そっと包み込み、母親が乳児をあやすように、優しく、暖かく、心を癒してゆく。張角の天使声は絶好調であった。肉声で、しかも拡声器を通していないにもかかわらず、1km近く離れたところにいた皇甫嵩たちのもとにもその歌声ははっきりと聞こえた。 「戦場には似つかわしくない、優しい歌だな…ん?どうした公偉?」 「義真…これ、声じゃないよ!耳を塞いでても聞こえてくる!」 「初めて聞くが、これが『天使声』か…」 張角のソプラノは、世界トップクラスのオペラ歌手に匹敵する。天賦の才と、たゆまぬ努力によって、声量、声のツヤ、技巧、音程の幅広さ、いずれも高校生とは思えない程、高いレベルでまとまっているのだ。そして張角を異能者たらしめているのが、この精神感応音波「天使声」である。どういう仕組みかは不明だが、黄巾党には勇気を与え、敵対する者には脱力を強いる。その効果範囲は約700m。声自体は2q先まで届く。ただ、この超音波は現代の録音技術では拾えないため、この効果を得るには、張角自ら出向くしかない。 やがて、戦場の様子が目に見えて変化しはじめた。天使声の効果が現れ始めた為、黄巾党の圧力に抗することができず、生徒会側の包囲のタガが目に見えて緩み始めたのだ。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267 2−1 >>281
283:雪月華 2003/05/10(土) 19:15 ─次回予告(※黄巾党視点)─ 悪魔軍団の狡猾な作戦により窮地に立たされた黄金騎士団だったが、張角の歌声で劣勢を盛り返す事に成功する。しかし、悪魔軍団総帥董卓の奥の手により、再び窮地に陥る事に。その時、張角に奇跡が起こる。その最中、皇甫嵩、朱儁の友情に亀裂が… 次回、いよいよ決着。蒼天己に死し 黄天当に立つべし。 随分長くなってますが、もう少しだけ続きます(^^; 董卓のキャラ立て、なんだか失敗しました。いまいち目立ってないです。猛省。 李儒≠セ○オ(東鳩)≠オーベルシュタイン≠綾○のつもりで書いたのですが、本末転倒と言うべきか、なんだか全部混ざったようなキャラに(^^; ちなみに、シスター張角の衣装イメージは その1→ttp://www.galstown.ne.jp/5/cospre/goh/trinity-2.htm その2→ttp://www.webkiss.jp/catalog/TrinityBlood/Esther_Blanchett.html です。個人的に、その2のメタルアクセサリ無しの方が張角のイメージに合うような気が… >玉川雄一様 カント大戦以後のいわゆる「軍師の時代」の戦い方の代表的な例ですな。呂布、関羽といった前線で剛勇を振るう武将が戦の帰趨を決める時代から、緻密な作戦の駆け引きを必要とされる近代戦に時代が移り変わったのが良くわかります。 続き、楽しみです。 >岡本様 確かに、第一部は皇甫嵩伝をかなり参照しましたが、第二部からは、具体的な戦の資料がほとんど無い状態でして… 場面、人物共にかなりフィクションが入ってますので、続きは気楽に読めるかと思います。
284:★ぐっこ@管理人 2003/05/11(日) 21:43 エンジェルヴォイス実戦投入キタ━━━(゚∀゚)━━━━!!!! 身もだえするほどカコイイ! 書き手の力量によっては文章が浮き上がってしまいそうなシチュでも、しっかりと 地に足着けてますし!読んでいて安心できます! すでに十重二十重に包囲されている戦況の中、張角たんの声が戦場に響く… 何とも鳥肌ものシチュではありませんかっ! そして張角たんのコスチュームもまた…( ´Д`)ハァハァ… これでヘテロクロミア だなんて…。ハマってるなあ…。 しかし張角の命運も、黄巾の学園革命も、佳境ですか… そして一変して董卓軍団ワロタ。 どんどこイロモノ軍団化が進んでいましたが、とうとうその全容が明らかに! 李儒たんの冷徹メイドグッジョブ! なんかこう、隙の無い万能メイドってのがカコイイ! キャラはそれで! 万能メイドは私心を持ってはいかんのですよ!主に忠実なのではなく 職務に忠実なのです! そしてサリゲに中核に参加している賈詡たんもカコイイ! それにしても次回予告が気になる…
285:雪月華 2003/05/23(金) 12:15 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第三章 広宗の笑劇 「どうも戦局が思わしくないわねっ☆」 「士気の低下速度が異常です。張角の『天使声』…予想以上の効き目のようですね。あれを止めなければ勝利は無いでしょうから、張角に対して刺…」 「董卓ちゃん、いいこと閃いちゃった☆」 「いきなり何です?」 献策を遮られた不満をおくびにも出さず、李儒は頭上に豆電球を点灯させた董卓に聞き返した。 「歌には歌で対抗するのよ☆董卓ちゃんのミラクル★ボイスで黄色い賊徒を正気に戻してあげるわ☆」 やめておいたほうが、と言いかけ、李儒は口をつぐんだ。こうなっては、もうこの主人を止めることはできない。作戦全体の変更もやむをえないだろう。 もともと、この作戦は張角が前線に出てこない、という前提で立てたものである。その誤算が想定以上にこちらを不利にするものならば、董卓にもまだ進言していない、次善の作戦に移らねばならない。董卓の兵力を減らさず、「生徒会の」兵力をできるだけ削ぐ。そのためには… 一瞬のうちにそこまで計算し、さりげなく、李儒は董卓の傍を離れた。 「ハイ、ミュージックスタート!」 カセットデッキを持った一年生がテープを差し込み、再生ボタンを押した。 ♪さぁけはのぉ〜め、のぉ〜め、のぉむならば〜、ひぃ〜の… ぼこおん、と音がして、董卓の熊と見まがう逞しい右腕で、後頭部を強打された一年生は、上半身を地面に突っ込んだ。 「間違えないでよ!何が悲しくて黒田節を歌わなきゃならないのっ!こっちでしょ!」 董卓は毒々しいピンク色のテープを取り出すと、デッキに差込み、再生ボタンを押した。聞いていて恥ずかしくなるような、なつかしの少女アニメ主題歌が流れ出す。 「おほほほほほ!董卓ちゃんの18番!名作アニメソングメドレー50連発よ!イッツ☆ショーターイム☆」 ♪西涼校区からやぁ〜ってきた♪とぉって〜もチャームな女の子♪仲頴〜♪仲頴〜♪ 呆れたことに全編替え歌である。ボリュームを最大限にひねった董卓は、伝令用の拡声器を片手に、嵐のような振り付けとともに歌い始めた。 魔界のリサイタルが、広宗の野において開演された。 それよりほんの少し前、董卓直属の兵100人の中核部分において。 「華雄」 「おう軍師殿じゃないか。いよいよ突撃か?」 灰色熊のきぐるみを身にまとい、イライラと歩き回っていた華雄は、話し掛けてきたメイドに歩み寄った。歩み寄るというより、いきりたって掴みかかるという勢いであり、並の軍師なら、たとえ撤退を指示すべきでも震え上がって相手の意を肯んじたかも知れない。しかし、李儒は「並の軍師」ではなかった。 「撤退します。準備をはじめてください。…この手は何です?痛いのですが」 「一戦も交えんうちにか?少し消極的に過ぎるんじゃ…あだだだだ!」 胸倉を掴んだ華雄の右手の親指を掴むと、李儒は外側に捻った。苦痛のうめきと共に手を離した華雄を、何事も無かったかのように見据え、言葉を続ける。 「董卓様の御命令です。私としても不満ですが、不服従は許されません」 「だが、あの混戦を収拾するのは容易ではない。少なくとも半数は犠牲に…」 「その心配は無用です。撤退するのは、我々100名のみですから」 「何だと!?」 「張角が前線に出た時点で、こちらの「完勝」の可能性は消えました。この100で混戦を迂回して突撃すれば、あるいは勝てるかもしれませんが、犠牲も大きくなります」 「しかし、450名を見捨てるとは…」 「何を躊躇う必要があるのですか?別に、450人は『董卓様の』兵というわけではないのですよ。後日、洛陽棟に軍事の真空状態を作るため、追撃を防ぐ盾として、できるだけ飛ばされてもらう事を期待しているのですが」 「貴様…これは本当に董卓様の命令なのだろうな?」 「疑うのですか?董卓様自ら、しんがりを買って出ているというのに」 「董卓様自ら?危険ではないのか」 「黄巾党如きが、あのお方を飛ばせると本気で思っているのですか?」 「…わかった。撤退の準備をさせる」 董卓の名前を出されては逆らうわけにはいかず、華雄は撤退の準備を始めた。機会音声のような李儒の言葉が、華雄をさらに急がせる事になった。 「まもなく、董卓様の『あれ』が始まります。可能な限り、急いでください」 代名詞を出されただけで、華雄は事態を悟った。 ♪いやよ☆いやよ☆いやよ見つめちゃいや〜☆仲頴フラッシュ! 新たに湧き起こった歌声が、夢見心地だった皇甫嵩たちの気分を粉砕した。 「な、なんだ、この声は?雷鳴か?」 「せっかくいい気分だったのにー!思いっきりぶち壊してくれるじゃないの」 「頭痛が…なあ、公偉。好きこそ物の上手なれ、という教育論の肯定例と否定例の両極端が目の前で展開されているようだな」 「さ、流石に黄巾の連中にも効いているようね」 このとき、潮が引くように整然と、董卓配下100名は戦場を離脱し始めている。だが、董卓の歌で失調していた二人は、不覚にもそのことに気がつかなかった。もっとも、気づいていても、どうしようもなかった事は確かであるが。 ♪笑って〜笑って〜笑って仲頴〜 朱儁の指摘したとおり、黄巾党の勢いが目に見えて鈍った。戦闘行為を中断して、耳を塞ぐ者が続出する。だが、耳を塞げば武器を持っていることができなくなるので、耐えながら戦うしかない。一方、張角の加護を得られない分だけ、生徒会正規軍の被害はそれを上回っていた。蒼白な顔をし、胸を押さえ、貧血を起こして次々に膝をつく。空を飛んでいた鳥が次々と気絶し、地面に落下していく。1年生の中には泣き出す者もいた。いまや最悪の音響兵器と化した董卓には、それらの姿はまったく見えていない。張角の天使声と董卓のミラクルボイスに挟み撃ちにされ、戦場は奇妙な膠着状態に陥り始めた。 すでに董卓直属の100人は、華雄の指揮で戦場を完全に離脱し、いっさんに鉅鹿棟を目指していた。残された生徒会軍は、もはや人類史上最悪の音響兵器と化した董卓と、不幸な正規兵450人のみである。 董卓のミラクルボイスにより、深刻な精神的ダメージを受けた黄巾党が、救いを求めるように張角に視線を集中させた。曲の節目に来たため、張角が言葉を切る。次いで、それまで閉じられていた両目がゆっくりと開き始めた。 開かれた張角の色の異なる両目に、神秘的な輝きが踊っていた。夕日を照り返してのことではない。張角の目、それ自体が光を放っているのだ。董卓を除く、戦場にいた全員がその神秘的な光景に一時、目を奪われた。 奇妙な事に、いつのまにか風向きが変わっていた。北から吹いていた風が、東から西へ、つまり張角の背後から生徒会軍に向けて吹き始めていた。国旗掲揚台に掲げられた学園旗のなびきでそれがわかる。 張角が沈み行く夕日に両手を掲げ、声を発した。 「Hort!(※聞け!)」 広宗自然公園に衝撃が走り、戦場の空気は一変した。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267 2−1 >>281 ・2−2 >>282
286:雪月華 2003/05/23(金) 12:24 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第四章 女神光臨 張角が新たな楽章を歌い始めた。 それは、それまでの天使の歌ではなかった。普段の温和な張角からは想像する事のできない、圧倒的な威厳を漂わせるその歌は、すべての生物を屈服させ、改宗させ、従える、女神の歌であった。広宗自然公園は巨大なオペラ座と化し、すべての生物が息を呑み、崇拝の目で張角を見つめた。その場にいた全ての者の耳に、オーケストラの演奏が聞こえたほどだといわれている。そして、黄巾党と生徒会の者は見た。シスター服をまとう張角の背中に、光り輝く天使の翼を。古代王朝の神事の如き荘厳な雰囲気の中にあって、董卓の歌など、もはや蚊の羽音に等しかった。 黄巾党の後背に回りこんだ300人は、張角の天使声と董卓のミラクルボイスの挟撃によって、失神しかけていたところに、この女神の歌の直撃を受け、一挙にとどめを刺された。黄巾党に打ち倒されるまでもなく、女神の歌で次々と魂を砕かれ、失神し、倒れこんでいく。張角の変貌から10を数えないうちに、迂回部隊の300人すべてが立つ力を失い、地に這った。最期の一瞬に何を垣間見たのだろうか。倒れた300人のすべての顔には、安らかな微笑みが浮かんでいた… 「安楽に気絶」した300人とは対称的に悲惨な目に遭ったのは、はじめに黄巾党を受け止めた150人である。女神の歌の直撃を受けこそしなかったものの、それだけ董卓に近く、ミラクルボイスの被害で、より重度の貧血状態に陥っていた彼女達には、いまや目の前で赤い布を振られ、猛り狂った猛牛でさえ青ざめて逃げ出すほどの勢いとなった黄巾党を迎撃することは当然できなかった。瞬く間に陣形を打ち破られて壊乱状態に陥り、悲鳴をあげて逃げ惑うばかりである。だが、敵味方の音響攻撃で、その逃げる力さえ蒸発しつつある。多くの者は50mも走ることができず、立ち竦んだところを黄巾党に階級章を剥ぎ取られ、呆然と座り込むばかりであった。 皮肉なことに、その妙な仮装のせいで、戦場全体の雰囲気が「黄巾の賊軍に散々に打ち破られた生徒会正規兵の災難」ではなく「女神の加護を受けた黄金の騎士団が、異形の悪魔軍団を撃破した」というように、完全に正邪が逆転して感じられてしまったのである。 「大変!助けなきゃ!」 「待て!公偉!!」 走り出しかけた朱儁の右肩を皇甫嵩の左手が掴んだ。制止した皇甫嵩を睨みつけた朱儁の目には、怒りの炎が燃え盛っている。 「止めないで!義を見てせざるは勇なきなりって、学園長も言ってたよ!」 「落ち着け!今、私たちが出て行ってどうなる!」 「でもっ!」 「あそこまで混乱してしまっていては、もう収拾する事は不可能だ!ただ勇気があればいいものではないだろう!」 「義真…まさか、まだ董卓の待機って命令に、拘っているんじゃないよね!?」 「何だと?」 「きっとそうよ!それとも、すっかりあの勢いにビビってて、董卓の命令に拘ったフリして…」 「手勢の50人もいれば、あの歌が始まる前に、すでに駆けつけている!待機命令違反などという、くだらんことに拘るものか!」 「ちょ、ちょっと義真、痛…」 右肩を掴んでいる皇甫嵩の左手に凄まじい力がこもり始め、朱儁を怯ませた。 「それとも公偉!お前はたった一人であの200人を何とかするつもりか!ここでおまえが飛ばされたらこの後どうなるか、考える冷静ささえお前は失っているというのか!!」 「痛いってば!義真!離して!」 肩の骨がきしみ、堪えきれずに朱儁は悲鳴をあげた。はっ、と我に返った皇甫嵩が左手の力を緩めると、朱儁は右肩を押さえてその場にうずくまってしまった。そして、朱儁は見た。固く握り締められた皇甫嵩の右の拳に爪が食い込み、紅い雫を滴らせているのを。皇甫嵩も、朱儁以上に義憤に駆られていたのだが、何もできない不甲斐無い自分に腹を立てていたのだ。 お互い、呼吸を整えるのに5秒ほどかかり、先に皇甫嵩が口を開いた。 「…すまない、公偉」 「義真、あなたも…」 「それ以上言うな。引き揚げるぞ。これ以上ここに居ても、何の意味もない…立てるか?」 「なんとか、ね…あ」 皇甫嵩は、朱儁の手をとって立たせると、スカートについた砂埃を払ってやった。そのさりげない優しさが、朱儁の胸にしみた。 戦場では酸鼻極まる光景が展開している。いまや、まともに階級章を所持している生徒会軍は、10人に過ぎず、それ以外の者は、女神の歌の直撃を受けて気絶しているか、黄巾党に階級章を奪われ、呆然と座り込んでしまっていた。そして彼女達も、やがて女神の歌によって意識を失っていくのである。 気を失った440人あまりの乙女達が散らばる戦場に背を向けると、皇甫嵩と朱儁は自転車を駆って、司州校区へと向かった。 自転車を駆りながら、皇甫嵩は必死で考えていた。 (あの女神に勝てるのか?張宝や張梁、他の黄巾党幹部相手なら、たとえ2倍の戦力差があっても勝ってみせる。だが、あの歌にはどうやって対抗したらいいんだ?どのような状況であれ、対峙して時間が経つにつれ、急激な速度で味方の士気は落ち、敵の士気は増す。たとえ4倍の兵力があっても勝てはしないだろう。とすれば…張角個人への闇討ち…何を馬鹿な事を考えているっ!それだけはしてはならないことだ。人道にも反するし、子幹との誓いもある。…子幹か) 無意識のうちに胸のロザリオを握り締めている自分に気がついた。そんな自分を激しく叱咤する。 (だめだ。子幹に頼るわけにはいかない。今、彼女は風邪で伏せっている。意見を求めたところで、いい考えが浮かぶはずはないし、躰に負担をかけるだけだ。そしてなにより、私の力でこの乱を鎮圧すると、子幹に誓った。私にもプライドはある。誓いは果たす。必ず!) ♪信じているの♪ミラクル☆ロマンス メドレーは終わった。嵐のような喝采を期待して、そのままポーズをとっていた董卓だったが、いつまで待っても拍手は聞こえない。やや憤然として辺りを見回し、花束を捧げ持ったファンならぬ、殺気立った黄巾党200人に包囲されていることに、ようやく気がついた。すでに李儒や、部下の100人、愛車の赤兎は姿を消している。 「あ、あら、えーと…」 「張角様が奴の階級章を所望だ!かかれ!」 劉辟の命令で、董卓の両腕を二人の黄巾党が後方から抱え込んだ。 「いやん、お放し☆」 董卓が身をよじって思い切り両腕を広げた。二人の黄巾党は、高さにして約10m、距離にして約50mの空中散歩を無料体験することになった。それでもなお戦意を失わない黄巾党が、次々に董卓に飛びかかっていったが、いずれも先ほどの二人の後を追って空の旅に出かけていく始末である。 「いや〜ん!どいてどいて!」 董卓は逃げ出した。群がる黄巾党を右に左に薙ぎ倒し、投げ飛ばし、単身、それも徒歩で200人の包囲を突破していった。 その後を黄巾党200人は追撃してゆく。 最終楽章まで歌いきると、張角は目を閉じた。その体が前後に揺れ、やがてゆっくり、後方に倒れこんだ。護衛隊長の韓忠が慌てて駆け寄り、倒れこむ寸前で抱きとめることができた。張角は疲れ果てた表情を浮かべ、軽い寝息を立てていた。 このとき、張角の声帯に、わずかに亀裂が入っていたが、周囲の者はおろか、本人すら気がつかなかったのである。そして張角はこの後、悲しく、つらい夢を見ることになる… 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267 2−1 >>281 ・2−2 >>282・2−3 >>285
287:雪月華 2003/05/23(金) 12:45 広宗の女神 エピローグ 始まりの終わりへ 董卓配下の100人以外で、進軍してきた山道にたどり着いた生徒会軍は7人に過ぎず、まともに鉅鹿棟にたどり着けたのは4人に過ぎなかった。4人のうちの一人が、董卓であるのは言うまでもない。 無事にたどり着けた理由にひとつに、追いすがる黄巾党200人に、突然現れた謎の二人組が奇襲をかけ、瞬く間に30人近くを叩き伏せ、残りの者を撤退させたということがあった。だが、董卓の提出した報告書にはその二人のことは触れられていなかったので、この二人が何者だったのかは、謎となっている。生き残った者の証言によると、一人は、ずば抜けた長身で、漆黒の見事な長髪が人の目を引く、静かだが圧倒的な風格のある美女で、竹刀を携えており、もう一人は意外と小柄で可愛らしい童顔をしていたが、隆々と盛り上がる筋肉と、常に青筋立ててる表情がそれと悟らせない少女であり、三節棍を携えていたらしい。崖の上に、さらに二人居たようだが、逃げるのに必死で、詳しくは覚えていないとのことだった。そのうちの一人は赤い上着を羽織っていて、それだけが印象的だったらしいが… 「第一次広宗の戦い」の参加者は、生徒会軍550人。黄巾党250人。飛ばされた者は、生徒会軍447人。黄巾党37人。生徒会側にとって、酸鼻極まる数字である。ことに、張角の女神の歌で昏睡状態に陥った440人あまりの生徒は、3日間意識が戻らず、まともに立てるようになるまで2週間を要した。ここまで一方的な敗北を喫したのは蒼天会成立以来であり、総司令官の董卓は更迭され、涼州校区へ戻ることになった。戦場に最期まで残って味方の撤退を助けた、という武勇伝は残りはしたが… この敗戦により、生徒会直属である450人の正規兵を一気に失ったことで、各校区の私兵や義勇兵に頼る比率がさらに大きくなり、生徒会の権威は日に日に失墜していく事になる。 ──二日後の放課後、洛陽棟第一体育館において 「皇甫嵩を対黄巾党総司令官に任命する。速やかに反乱を鎮圧し、学園をもとのあるべき姿にせよ」 「非才なる身の全力をあげて」 内心はどうあれ、表面上は完璧に礼儀を保ったまま、壇上で皇甫嵩は執行部長、張譲に対面した。洛陽棟で100円玉貨幣章以上を持つ、上級生徒全員が整列する前で「悪趣味な」総司令官の腕章と、総司令官の辞令を受け取る。 張譲らとしても、ほかに選択肢がないのである。激減した戦力を補い、勢いづいた黄巾党に対抗できる人材を、献金がまめな人物から見出すことが、ついにできなかった。醜態を演じた董卓を推薦した張譲としては、面目を失ったというところであろう。すでに監査委員の左豊に推薦の濡れぎぬを着せて階級章を剥奪しており、表面上は何事もなかったかに思えるが、この一件で何進の信用をかなり失ったことだけは確かであった。 総司令官職への抜擢。武人としては最高の名誉であり、階級章にもかなり加点される。軍事に関する権限も飛躍的に大きくなる。式典の様子は学内ケーブルテレビで、全校区に中継され、皇甫嵩の武名は学園中に鳴り響く事になる。だが、式典の間ずっと、皇甫嵩は仏頂面をしていた。もともとあるべき状態に戻っただけであり、事態が手遅れになりかけてから押し付けられ、しかも片手だけで勝てと言われたようなものである。前途のあまりの多難さに、機嫌がいいはずがなかった。 体育館を出た皇甫嵩に、珍しく改まった表情の朱儁が敬礼を向けた。あの後は、お互い少々気まずくなり、ろくに会話を交わしていなかった事を皇甫嵩は思い出し、少し狼狽した。 「公偉?」 「総司令官への就任、祝着に存じます。今後とも、全身全霊をもちまして補佐奉りますゆえ…」 堅苦しい言葉遣いからすると、やはり、まだ完全には打ち解けられないか、と、皇甫嵩は少々さびしく思った。 「…ってね、ガラじゃなかったかな?」 唐突に、朱儁は態度を変え、いつもどおり、屈託なく笑った。つられて、ずっと仏頂面だった皇甫嵩も、笑顔を見せる。 盧植は謹慎二週間に加え風邪を引きこみ、丁原は并州校区に戻ったが、まだ傍には親友の朱儁がいる。孤立無援というわけではないのだ。皇甫嵩はそう思うと、少し気が楽になった。単純だな、とやや自嘲気味に皇甫嵩は思った。 「義真、これからもずっと、よろしくね!」 「こちらこそ、よろしく頼む。公偉」 皇甫嵩は、差し出された右手を強く握りかえして、最も信頼できる僚友と頷きあった。朱儁がにやりと笑って言葉を続ける。 「ほら、義真って何かと不器用だから、私がいないとダメだし…むわっ!?」 「生意気を言うのはこの口か?ん?」 皇甫嵩は朱儁の両頬をつまんで、かるく左右に引っ張った。 「やったなーっ!」 「うわっ!?お返し!」 「うきゃあっ」 胸を触られた皇甫嵩は、お返しとばかりに朱儁の「ツノ」をぐいっと引っ張った。 十年来の親友同士の、小学生のようにふざけあう、微笑ましい姿がそこにあった。 こうして、二将の間に入った亀裂は完全に修復され、生徒会の危機のひとつは回避された。吉凶定かならぬ事件の多い昨今、皇甫嵩の司令官就任と、この仲直りだけは、完全に「吉」と言えるものであっただろう。 激減した兵力の再編に忙殺されていた皇甫嵩の元に吉報が飛び込んできた。少なくとも、周囲の者にとっては吉報である。だが、皇甫嵩にとっては、このうえない凶報であった。 「黄巾党首領張角、広宗音楽堂での舞台中、吐血、昏倒」 皇甫嵩の心に氷刃が滑り、鋭く冷たい痛みを走らせた。この瞬間、盧植と交わした誓いのひとつが、永遠に果たせなくなってしまったのである。皇甫嵩は無意識のうちに、胸のロザリオに手を伸ばした。 (すまない、子幹。あの子を救う事はできなかった。だが、もうひとつの誓いは必ず果たす。あと一週間以内に張宝、張梁らを討ち、この乱を終わらせてみせる!) 誓いを新たにすると、皇甫嵩は精力的に活動を始めた。激減した兵力を補うために、各校区の総代、棟長への募兵の指示を出す。勢いを盛り返した張宝、張梁の動きはどうなっているか調べ、対策を練る…解決しなければならないことは山積しており、皇甫嵩の判断を待っているのである。なにかと煩雑で苦労の多い仕事だが、その苦労を皇甫嵩は嫌いではなかった。 −広宗の女神 完− 〜あとがき〜 まず、ぐっこ様、改装、乙かれさまです。 ようやく完結です。全9回の長い間、つたない駄文にお付き合いくださってありがとうございました。アウトルッケがようやく復活しましたので、次回から、長文はちゃんと投稿しますのでご容赦を。m(_ _)m 皇甫嵩、かっこいいですよね。強くて優しい、頼れるセンパイという感じで、書いてて楽しかったです。この後冀州校区生徒会長に就任してテーマソング作ってもらったり、董卓を引き連れて西へ行ったり、表彰式で張譲を殴ったり(?)…歳のせいか、董卓入京後は著しく精彩を欠きますが(泣) 後、李儒。こちらも結構良く書けたと思います。張角の神がかり的怖さとは対照的な、人間の怖さと言うものを書いてみたんですが…いかがだったでしょうか。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267 2−1 >>281 ・2−2 >>282・2−3 >>285・2−4 >>286 おまけ 張角の夢 >>180 (デビューSS。今読み返してみると赤面もの(^^;)
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