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339:雪月華 2003/08/29(金) 09:55 いや、ども、おひさしぶりです。お盆休みを5日取れたのはいいんですが、体調を崩してしまって、休みの殆どを通院する羽目に(T_T) キャンプ関連SSとして「願いの橋」「レイダース」「魔人襲来!揚州校区最後の日」というタイトルで考えてたんですが(どういう内容かは後編の冒頭を読み返していただければわかるかと)、なんか夏が終わりそうなので急遽完結。石を投げないで下さい(^^; 学園版歩夫人詳細設定も人物設定スレに上げておきましたので、そちらのほうもご一読を… 一応、孫権の江夏攻め直前を舞台とした再開編へと続く予定ですが、長編も二つ掛け持ちしているので、いつになるかは… ちなみに人間モードのあゆみタンのモデルは、修学旅行一日目の大阪さんだったり…ちゃんぷるー! できれば玉川様に、こども大阪を描いていただけたらと… 老婆心ながら、正史における歩夫人の紹介を… ○歩夫人 孫権の筆頭側室。のちの丞相である歩シツの一族。その美貌と優しさを孫権に永く愛された。 その地位にも関わらず、嫉妬を知らない優しい性格であり、むしろ積極的に、後宮の他の女性たちの後ろ楯になったりしていた。 孫権が皇帝を称した際、皇后に冊立しようとしたが、太子の孫登らに、側室だからという理由で反対された。ちなみに孫登は、母親が卑賤の女であったため、孫権の正室であり、こちらは烈女として知られた徐夫人に扶育されていた。(烈しい正室と、温和な側室。長男は正室に育てられる…誰かの家庭環境と似ているような気が…その長男が早死にして、後継者争いが起きるところもそっくり。こちらの場合は、孫権の日和見によりかなり深刻な事になってしまった) しかしながら、親戚や重臣からは中宮(皇后の尊称)と呼ばれ、宮中では皇后同然の扱いを受けていた。 問題が解決しないまま十数年が経った頃、ふとした病で急死してしまい、孫権はその墓前に皇后の印綬を供え、その死を惜しんだと伝えられている。 ちなみに孫権との間に二女をもうけており、姉が魯班、字を大虎。妹を魯育、字を小虎といい、姉の魯班は重臣の全ソウに嫁ぎ、母親の歩夫人の死後、その寵が薄れることを恐れ、個人的に対立していた王夫人や、その息子の孫和を讒言して遠ざけさせ、孫権の生涯の汚点のひとつである「二宮の変」における、孫覇側の黒幕となった烈女であった。 それ以前にも、魯班は母親の威を笠に着て好き勝手に振舞っていたらしく、どうやら歩夫人は、良妻ではあっても賢母ではなかったらしい。その全責任を歩夫人にかぶせるのは酷というものだが
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