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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
365:雪月華 2003/11/30(日) 08:42 白馬棟奇譚 ─後編─ 「……!雲長、危ない!」 何かを感じ取った張遼が、関羽の肩をつかんで思い切り引き戻したのと、内側から爆発的な勢いで引戸が弾き飛ばされたのは、ほぼ同時であった。弾き飛ばされた引戸は、関羽をかすめ、窓代わりのベニヤ板に衝突し、それを突き破りつつ、3m下の地面へ落下していった。 室内を覗き込んだ張遼は、驚きの色を隠せなかった。数時間前までは、完全な空き部屋であったはずの、もと化学準備室内は、完全な悪魔召喚の間と化していたからだ。天上、壁、床に貼られた魔方陣は、淡い燐光を発し続けており、室内の各所に幾何学的に配置された小道具の類は、それ自体が生命を持っているかのように、カタカタ揺れ動いている。 そして、床の魔法陣の中央にうずくまっていた黒い影が立ち上がった。マントの襟をそばだて、とんがり帽子を目深にかぶっているため、その顔は良く見えないが、マントの下には、張遼と同じ制服を着ていることから、同じ高校生と知れた。 「張遼、これは一体……」 「何者かに憑かれているようですね。先程の衝撃波といい、彼女にとり憑いたモノが、今朝の事件の犯人に違いありません」 そう言いつつ、一歩室内に踏み込んだ張遼に、水晶の髑髏が唸りを上げて飛来してきた。張遼は、それを難なく払い落とし、床に叩きつけて粉砕した。続けざまに飛来する、色とりどりの瓶や、出所の知れない骨も、次々とそれに倣った。 突然、室内が夕暮れ色に染まった。いつのまにか、天井近くまで浮き上がっている女生徒の両手に、炎が燃えあがっており、熱気が張遼と関羽に向かって吹き付けてきた。 「な、何が起こっている!?どうするつもりだ、張遼!」 さすがの関羽も動揺が隠せない。一方の張遼も、一瞬驚いたようだったが、すぐにあることに気付き、木刀を右手に下げたまま、無造作に女生徒へ詰め寄っていく。 宙に浮いている女生徒が、バスケットのチェストパスの要領で両手を前に突き出した。燃え盛る紅蓮の炎が渦を巻いて、張遼に絡みつく。 「張遼!」 関羽が悲鳴をあげた。だが、張遼はまったく表情を変えず、絡みつく炎を無視し、何事も無かったかように、ゆっくりと歩みを進めている。宙に浮いた女生徒に僅かに狼狽の色が浮かんだ。 赤一色の世界が、一瞬のうちに白一色に染まった。いつの間にか、女生徒の両手から放出されている炎は、凍てつくダイアモンドダストへと変化している。晴れた日の早朝、低温により空気中の水分が氷結し、まるで氷の妖精のように輝く自然現象だが、これが魔術となると、魂魄をも氷結させる悪魔の業となる。 しかし、それすらも無視しして歩き続ける張遼に、少女にとり憑いた何者かは、明らかに狼狽していた。そのまま、少女のすぐ傍まで歩み寄った張遼は、右手の木刀を空中の少女に突きつけた。 張遼の口から、凄絶な気合がほとばしった。 もと化学準備室の扉を開け放った関羽の目に、四方の壁、天井、床に貼られた魔方陣と、幾何学的に並べられた数種類の魔術の小道具類が飛び込んできた。そして部屋の中央の魔法陣の傍らには、黒いマントを羽織った少女がうつ伏せに倒れている。 「い、今、何が起こったのだ、張遼?」 「……一種の精神攻撃ですね。この部屋と廊下の一部を、ある種の魔術的な場で包み、踏み込んだ者を術にかける。先程、ドアを吹き飛ばした衝撃波も、私に対して放たれた火炎や冷気も、実際には発生していません。あの時、精神的に負けていれば、現実の私は、かすり傷一つ無いまま『焼死』もしくは『凍死』していました。ですが、それに打ち勝てば、術の効果はそのまま術者に跳ね返ります。つまり、彼女にとり憑いた何者かに」 「やけに詳しいな」 「こう見えても結構、オカルトに興味がありますので」 張遼は倒れている少女に歩み寄ると、仰向けに抱き起こし、頬を軽くはたいた。少女が、物憂げに目を開ける。 「我々は生徒会の者です。大丈夫ですか?」 「………」 こくり、と少女は無言で頷いた。 「まず、あなたはどこの棟に在籍している誰で、ここで何をしていたのですか?」 「………」 ぼそぼそと何か言ったようだが、あまりに小さい声だったので、関羽には聞き取る事ができなかった。 「え?揚州校区の会稽棟在籍で、名前は于吉?この場所の気脈がピークだったから、死んだお祖父さんを呼び出そうとしていたが、本のページを間違えて、変なものを呼び出した後は記憶が無い?なるほど、わかりました。ここは生徒会にとって重要な場所ですので、できれば、もう来ないでほしいのですが……」 「………」 再びぼそぼそと何か言ったようである。やはり関羽には聞き取れなかった。 「え?この場所の気脈はピークを過ぎたから、もう来ない?それはなにより。ちゃんとひとりで帰れますか?え?夜目は効くから大丈夫?わかりました。ちゃんと片付けていってくださいね」 こくり、と于吉と名乗る少女は無言で頷いた。 校門を出たところで少女と別れると、関羽が張遼に溜息をついた。 「あのまま帰してよかったのか?」 「拘束してどうにかなるものではありません。とりあえず、副会長には見たままを報告して、もっともらしい理由は、程イクあたりに考えてもらいますよ。それに、于吉と言う名前も、おそらく本当のものではありません」 「何ゆえ?」 「西洋の魔術では、真実の名前を知られると、それに呪いをかけられてしまう恐れがあるので、たいていの魔術師は魔術用の名前を持っているそうです。見たところ、召喚の儀は本格的でしたし、偶然とはいえ、あれほどの精神攻撃を仕掛けられる悪魔を呼び出せた事から、彼女は相当、高位の魔術師と思えましたのでね。それより……」 「仕事は……終わったな」 二人はほぼ同時に跳び退った。そして7mほどの間をあけて睨みあう。関羽は木刀をしっかりと正眼に構えて張遼を見据え、張遼は両手をだらりと下げ、悠然と立っているように見えた。徐々に殺気が高まり、雲ひとつ無い夜空に浮かぶ月ですら、息を呑んで二人の剣士を見下ろしているように思えた。 関羽が、すり足で一歩間合を詰め、張遼もそれに応じて間合を詰めた。そして関羽が剣尖を上げようと、やや前傾した瞬間。 「スト────ップ!」 爽快なほど快濶な声が、一面に満ちていた殺気を吹き消してしまった。関羽と張遼は、ほぼ同時に声のした方を見やり、腕を組んで二人を睨んでいる小柄な少女を見出した。 「曹操殿?」 「副会長ですか」 「二人とも何やってんだよっ!」 曹操の声が、憤りのあまりやや震えているように、関羽には思えた。 「いい?アンタたち二人は献サマと蒼天会に仕える身だよ。それにアタシの大切な友人なんだから、こんなところで軽々しく決闘に及んじゃダメだよっ!」 もっともらしい台詞の中に、関羽は微かに違和感を感じた。 「副会長。今のお言葉、まことの事でござるか?」 「当然だよっ!アンタだけじゃなく、劉備や張飛だって、大切な友人なんだよっ!」 「拙者の疑問は、その前の言葉にござる。……近頃の、蒼天会に対するなさりようを見ていると、その言葉に違和感を感じるのですが」 関羽が言い終えた瞬間、先程、張遼と関羽との間に発生した殺気とほぼ同種のものが、曹操と関羽との間に発生した。 「……関羽、本当はやりたくない、とは言わないよ。好きで生徒会役員やってるんだし、本当にやりたくないなら、とっとと階級章を返上すればいいんだしね。いい?やらなきゃ、アタシがやられるんだよ。アタシが言えるのは、それだけ」 「それはそうと副会長。どうしてこんな時間にここにいるのですか?」 「え?えーと、それは……」 突然、張遼が気難しい顔で曹操に話し掛けた。明らかに曹操は動揺している。 「その、何と言うか……」 「おひとりで、夏侯惇さんも、虎ちょもいないようですし……。無断で調査に来ましたね?」 「うぐ……」 「来ましたね?」 「…ご、ごめん。文若や于禁には黙っててね?あの二人、いつまでもくどくどうざったいからさ」 心から情けなさそうな表情をした張遼は、大きくため息をついた。 「まったく、いち勢力の首領にしては無用心すぎますよ……。わかりました。あの二人には黙っておきます」 「やったー!恩に着るよ張遼!」 「そのかわり、今夜は夏侯惇さんに、こってりと油を絞ってもらいましょうか」 「げ……、か、関羽も何か言ってよっ!」 「張遼。それはいい考えだな」 関羽は苦笑を浮かべつつ、重々しく張遼に賛同した。 午後11時半。中央女子寮C棟4階。 黒絹のような髪のもつ、物憂げな瞳をした美少女が、『顧雍&顧譚』というドアプレートのついた扉を開けた。先程、白馬棟で大騒ぎを起こした、于吉である。部屋の中で、クッションにうつ伏せになってティーン雑誌を読んでいた、于吉にそっくりな少女が、驚いた表情で彼女を見つめた。 「あ、元歎姉さん。昨日は帰ってこなかったけど、どこ行ってたの?龍の巣にもいなかったみたいだけど?」 「………」 「え?憶えてない?まったく、ボーっとしすぎるのも限度があるわよ。まあ、無事だったからいいけど」 「………」 こくり。 于吉、いや後の長湖部副部長となる顧雍は、少し恥ずかしそうに頷いた。黒魔術は、彼女のひそやかなる趣味である。 『学園正史長湖部記 怪異説集』によると、この後、会稽棟に戻った顧雍は、夜な夜な怪しい儀式を繰り返したり、自家製の栄養ドリンクを長湖部員に無償で配ったりしていたが、そのことで孫策に目をつけられてしまった。そして、オカルトや占いを毛嫌いしている孫策に、降水確率0%の日に、雨を降らせる事ができなければトばす、という理不尽な命令を受けてしまう。結果的に、雨雲の召喚は成功し、あたり一帯は豪雨となったが、そのことで逆上した孫策に、秣陵棟じゅうを追い掛け回される羽目になってしまう。そのまま夕暮れ時まで逃げ回り、最終的に更衣室に追い詰められてしまったが、魔法で鏡の中に逃げ込むという荒技により、オバケ嫌いの孫策を失神させ、その隙に逃げ出す事に成功した。 その後、そのときのショックが尾を引いた孫策は体調を崩しはじめ、夏休み突入後、周瑜や張昭の反対を押し切って参加した部内対抗の紅白試合で、人為的な事故に巻き込まれて重傷を負い、そのまま引退してしまう事になる。 顧雍自身は、孫策リタイア後、生徒会から長湖部に復帰した張紘により、その吏才を見出され、長湖部の経営に携わる事となる。幸い、顧雍=于吉であると気づく者はひとりもおらず、最終的には副部長職まで務めたが、週3回ほどのペースで、黒魔術は続けていたらしい。 ほぼ同時刻、中央女子寮B棟5階の自室に戻った関羽に、劉備が深刻な表情で、重大なことを告げた。 「関さんがおらん間に、えらい事あったで…」 「何事でござる?」 「…董承が、訪ねてきおった」 「蒼天会の車騎主将が?いったい何用で?」 「…曹操打倒のために、勤王の志士を集めてるんやて」 時代が急速に動き出す音を、関羽は聞いたような気がした。
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