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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
413:7th(ver.祭り)2004/01/18(日) 20:52
「か〜ん〜よ〜う〜、あんたもうちょっとシャキッとしなさいよ!」
「………何で?」
だらしなくテーブルに突っ伏していた簡雍に法正が抗議の声をあげる。
髪はくしゃくしゃになり、服はヨレヨレ。おまけにテーブルの周りには酒瓶が何本か転がっている。
「んも〜、よく見れば素は悪くないんだからもっとこう……」
「へいへい…」
法正が説教をたれ、簡雍が生返事をする。彼女たちにとってはごくありふれた光景である。
「う〜ん、そうよね。素は悪くない、そうなのよ、うん。」
「もしも〜し」
何やら自分の発言に思うところを見つけた法正。既にインナーワールドへとトリップし始めている。
「そうよ、もっとしっかり着飾らせればいい感じになるわね」
「…孝直?」
「先ずはその安っぽい髪留めを外して、そんでもって服を………」
「…いや〜な予感が…」
本能的に身の危険を感じてその場を逃げ出そうとする簡雍。誰だって自分の身は可愛い。
「んじゃ、あっしはこれで」
「ま・ち・な・さ・い」
こそこそと逃げ出す簡雍の襟首をぐわしっ、と掴む法正。その目は獲物を狙う猛獣の目をしていた。
猫を持つように簡雍をひっ掴んで自分の前に座らせると、法正はおもむろに口を開いた。
「というわけでここに『第一次簡雍改造計画』の開始を宣言します!」
〜〜簡雍改造計画〜〜
何が「というわけ」なのか。しかも改造計画!?本人の意思は関係ありませんか。…ありません?そうですか。そうですか。
……冗談ではない。
何でそんな事されないといけないんだ。他人のオモチャになるのは御免被る。
日頃の自分の行いを棚に上げて、かなり身勝手な事を考える簡雍。そんな懊悩はお構いなしに法正は携帯電話に手をかけた。
「みんなにも知らせておかないと。楽しいことは大勢でしろ、ってね」
法正がボタンをプッシュし始めたその瞬間、信じられないような瞬発力で、まさに脱兎の如く簡雍は逃げ出した。法正がそれに気付くより速くドアを通り抜け、愛用のキックボードに乗り、疾風の如く去って行く簡雍。
「ふ…ふっふっふ……イイ度胸してるじゃない」
不適な笑みを浮かべ、今し方かけようとした番号とは違う番号をプッシュする法正。数回の呼び出し音の後、電話は取られた。
「もしもし、部長ですか?法正です。大至急、手の空いてる人全員に召集をかけて下さい!」
「何や、随分と唐突やな。何やらかす気や?」
「大捕物です。詳しくは後で説明しましょう」
かくて前代未聞、帰宅部連合全てを巻き込んだ大捕物の幕が切って落とされた…。
かんかん照りの太陽の下、簡雍は独り道を歩いていた。
どうせ何時もの法正の気まぐれだ。ほとぼりが冷めるまでぶらぶらしていよう。
…それにしても暑い。既に外気は35℃を越えている。何処か涼める所はないだろうか、そう思い辺りを見渡す。…ふと目に付いた喫茶店。丁度良かった。思い立ったが早いか、手で押していたキックボードを店の前に停めて、簡雍は喫茶店のドアを開けた。
カランカラン、とドアに付いたベルが鳴る。と同時に店内の空気がひんやりと肌をなでる。
簡雍はカウンターでアイスコーヒーを注文した後で、クーラーの風が最もよくあたるポジションを確保して座った。
そして改めて店内を見渡す。しっとりと落ち着いた店内に、ゆったりと優雅なクラシック音楽が流れている。そして照明は目に悪くない程度に薄暗く、気分を落ち着かせてくれる。
良い店だった。学園都市という性質上、喫茶店、またはそれに類する店が多数存在するこの中華市において、簡雍が知る限りでも五指に入るであろう。
注文したアイスコーヒーが簡雍の前に運ばれてくる。それにストローをさし、口を付けようとして――――硬直した。
一瞬前まで只の客だった少女達が揃って簡雍を囲み、彼女に銃口を向けていた。
「簡雍さん、ですね?」
その内の一人が簡雍に問う。その全身から放たれる、殺気にも似た圧迫感。下手に答えようものなら即座に撃たれかねない。そう判断し、簡雍は素直に肯いた。
「説明を要するわね。いったい何事?」
「部長命令です。詳しくは後で法正さんに聞いて下さい」
法正、その一言で理解した。
つまり、意地でも着せ替えをさせたい、そういうことか。
…それだけでこんな大事にするか普通?しかも部長命令。劉備がからんでいるということは、捕まったら間違いなくさらし者だ。意地でも捕まるわけにはいかない。
席を立とうとする簡雍。それに合わせて上へあげられる銃口。
簡雍が立ちきったと思ったその瞬間、その姿がまるで手品のようにかき消える。
椅子から滑り落ちるように足下へと転がった簡雍は、そのまま転がり出るように店を出る。
「お客さん、勘定」
「帰宅部の法正にツケといて!」
「了解した」
こともなげに他人のツケにしていく簡雍。それにあっさりと答えるマスター。……いいのかそれで。
後ろから数人が走って追いかけてくるが、キックボードに追いつけるはずもない。ぐんぐんと距離は離れてゆく。
「くそっ、逃がすな!」
叫びはすれども足は動かず。追跡を諦めようとした彼女たちの後ろから、不意に声がかけられる。
「苦戦しているようね。まぁ見てなさい」
その声の主はクラウチングスタートの姿勢をとると、一気に駆けだした。
「待ちなさーい!」
簡雍の後方よりかけられる声。ありえない、さっきの連中は振りきったはずだ。大体、そこらの一般生徒が本気を出した簡雍のキックボードに走って追いつけるはずがない。
「待ちなさいってば!!」
声は遠ざかるどころかさらに近づいてくる。いったい何者か!?と訝しんだ簡雍は後ろを振り向いた。
「あーもう、待ちなさいって言ってるでしょう!!」
赤い髪に虎の髪留め。そして陸上部のジャージ。
「ばっ、馬超!?」
帰宅部連合、いや学園きってのスプリンター、馬超が鬼のような形相で簡雍を追いかけていた。
あわてて地面を蹴る力を強める簡雍。それによりキックボードはスピードアップするも、馬超との距離は依然として離れない。むしろ逆に縮まっている。
馬超はタイミングを見計らうや、一気に簡雍の横に躍り出た。かつて曹操を追いつめた健脚は、帰宅部入りを果たした今なお健在である。
「さーて、もう逃げられないわよ。大人しく捕まりなさい」
「くっ…さすが馬超ね。『錦』の二つ名は伊達じゃない…か。だけど!」
前輪を浮かせ、後輪のみで急ターンする簡雍。その向かう先は階段。
「こんな所で捕まってたまるかー!!」
キックボードのノーズを持ち上げ、階段の手摺りに引っかける。そして90°回転。ボードの腹を手摺りに乗せてそのまま滑りおりていく。金属の擦れ合う音と火花を撒き散らしながら最下段に到達するや、そのままの勢いでジャンプ!空中で両足をキックボードの上に乗せ、そのまま着地し、何事もなかったかのように走り去っていく簡雍。
「あーっ!それインチキよー!!」
階段の上で馬超が何か叫んでいるが簡雍には聞こえていない。追われる者は常に余裕がないのだ。
「待ちなさい。ここから先へは行かせません」
「んげっ、姐さん方」
曲がり角を曲がった簡雍の前に立ちはだかったのは黄忠と厳顔。両人とも胴着に黒袴、そして弓を携えての出で立ち。明らかに本気である。
「てか何で姐さん達まで出て来るんですか!?」
「それは……」
「……ねぇ」
顔を見合わせる黄忠と厳顔。
『一度見てみたいからに決まってるでしょう!』
…一番聞きたくなかった答えだった。しかも二人してハモって言わなくても…。
「一つ言わせて貰って良いですか?」
「ん?なにかしら。最期の一言くらいは聞いてあげるわよ」
「…いいトシしてそういう趣味はどうかなー、と」
………プチーン。
何かが切れた音。実際にはそんな音はしていないのだが、簡雍は確かに聞いた。
『ふ、うふふふふふふふふふふふふふふふ』
黄忠と厳願は笑っている。否、嗤っている。
その表情はまさに悪鬼羅刹の如く。額には血管が浮き、頭からは角が生え、躯からは陽炎のように謎のオーラが立ち上っている……ように簡雍には見えている。
「どうやら」
「お仕置きが必要のようね」
予備動作無しで弓を引き、マシンガンの如く次々と矢を射掛けてくる二人。
鏃の部分をゴムに替えてあるとはいえ、当たればシャレにならないほど痛い。ましてやこの二人の弓はかなり強い。その威力、推して知るべし。
「ち、ちょっとタンマ!待った!ストーップ!!」
文字通りの矢の雨を潜り抜け、簡雍は一目散に逃げ出した。
人を斬る風だった。
とっさに飛び退った簡雍の目の前を、風を切る音と共に白刃が通過する。はらり、と前髪が数ミリ、頬を伝って落ちた。
「ち、趙雲……真剣は反則……」
「何を今更」
随分と物騒なことを趙雲はあっさりと言ってのける。
「銃刀法などこの学園では無意味でしょう?」
「イヤそれ絶対違うから」
誓って言うが、この学園内が治外法権などということは絶対にない。……多分。
「大体何でアンタまでっ!(割と)良識派だと思っていたのにっ!」
「だって…アトさんが見たいって言うから」
……あきれたを通り越してもう馬鹿馬鹿しいの領域である。そんな理由で命狙われるなんてたまったモンじゃない。
「趙雲、アンタもっと行動に主体性を持った方がイイよ」
「そう…ですか?」
「アトちゃんが可愛いのは解るけどさ、それだけじゃなくてもっと自分のことを考えてみたらどう?」
「でも、そしたらアトさんが」
「アンタが何でもしてたらアトちゃんは成長しないよ?それにアンタだって何時かは卒業する。何時だってアトちゃんの側に居られる訳じゃないんだからさ」
「そう……ですよね」
「アンタはもっと自己中心的になってもいいの。きっとその方がアンタのためになるよ。これ、先輩からの忠告。覚えときなさい」
「はい、ありがとうございました」
深々とお辞儀をして去っていく趙雲。彼女が見えなくなった後、簡雍は大きく安堵のため息をついた。
「いやー、まさかアレで何とかなるとはね」
当然、先ほどの言葉は口から出任せである。
「うん、なかなか真に迫った演技だったかも。アカデミー賞ものだね」
命がけでやれば何とかなる、ということの好例だろうか。尤もこの場合、比喩表現ではなくホントに命がかかっていたのだが。
「さて、このまま逃げているのも疲れるし…どっかに隠れようかな」
脳内の簡雍データベースから当該箇所を見つけると、そこに向かって簡雍はキックボードを走らせはじめた。
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