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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
461:岡本2004/04/20(火) 18:45AAS
■ 邂逅 ■(10)
張飛にとって、問題は東坡肉を食べられてしまったことにとどまっていない。東坡肉を食われて悔しいのもあるが、それ以上に自分より強い人間が目の前にいるかもしれないという事実に苛立ちを感じるのである。自分の苛立ちの原因がどちらに主にあるのか判断するには張飛は酔っていて冷静さを失っていた。また、簡雍が頭を下げているのを見るのも、自分の力量が足りないことを示しているようで腹立たしかった。
二つの鬱屈を収めるには、目の前の人間を叩き伏せて自分のほうが強いと証明し、東坡肉を獲りかえすのが手っ取り早い。
「翼徳、ようやく話がつきそうなところを。」
「黙ってろ。これはオレの問題だ。」
止めようとした簡雍を押しのける。完全に意地になっていた。
「オレは張飛っていって、腕っ節じゃちっとは知られた顔だ。そいつはあんたが勝ち取った景品だ。だがこっちもただで返してもらうわけにはいかねえ。勝負で獲られたもんは勝負で獲りかえすのがオレらの鉄則だ。」
目的が少しでも東坡肉を返してもらうことから喧嘩に完全に摩り替わってしまった。
「…勝負といわれましてもね。」
「な〜に簡単さ。こいつでケリをつける。あんたも腕に覚えがあるんだろ。その刀袋はお飾りじゃないだろうしな。」
ブン、と手にした六尺棒を一振りする。怪しい雲行きに何事かとギャラリーが集まり始めてきた。編入したての関羽に知る由はなかったが、階級章の強制剥奪権をかけた決闘・喧嘩は蒼天学園では日常茶飯事であった。
「翼徳、よしなって。玄徳が怒るよ。」
「うるさい憲和。文句言うくらいなら、お前の甘酒もう一杯よこせ。」
簡雍の文句も聞かず、有無を言わさずにもう一杯特製甘酒を注がせる。
関羽の鼻腔にぷ〜んと明らかに甘酒のそれと違う酒の香りが伝わった。張飛の思考が短絡的な理由が薄々分かる。
「酔っていますね…。」
びくっと脛に傷のある簡雍が反応する。
「酔う?甘酒で酔うやつなんているかよぉ〜」
呂律が少々回っていない。ぐびっと一気に飲み干して器を投げ捨てる。
“飲んだのが本当に‘甘酒’だったらね…。”
桃の木の下に転がった器を手に取ると、壁面に白い酒粕がこびりついている。そこまでは通常の甘酒であったが、ぷんと鼻腔にかなりきつくアルコールの匂いが伝わった。
“…やはり思ったとおりですか。いい加減な人間が知らずに偶然作っのたか、それとも手の込んだ悪戯だったかは分かりませんが…。”
甘酒の造り方は2通りある。
1) 米麹、ご飯、水を2:2:1の割合でまぜ55 ~ 60度で5時間ほど保って糖化してつくる。
2) 酒粕100 gに水1リットルの割合で水に溶かし砂糖と塩、生姜で味を調えて沸騰させつくる。
問題はこの2つめのほうである。
酒粕の含むアルコール濃度は8 %ぐらいのため、10分の1に薄めればアルコール濃度は1%未満になり酒税法上は「酒類」にはならない。
が、酒粕を使って作る元禄時代の焼酎は、酒粕を細かく砕いて水に漬け、これを温度を保って長期間発酵させて作っていたのである。‘92に再現された薩摩焼酎「辛蒸(からむし)」では7日間の発酵の後の一回目の蒸留で既にアルコール度数は20度あったという。
つまり、誰かが酒粕から甘酒を作ろうとして、水で溶いた溶液を数日くらいうっかりか確信犯かで寝かしておいて発酵させてしまい、それを煮詰めて外観は甘酒であるがその実、酒成分が充分高い濁り酒(どぶろく)を作ってしまったのである。一人暮らしの会社員が炊飯器にご飯を残していたのを忘れて長期出張から帰ってくると酒になっていたという話もあるが、もっとも湿度と温度が適度に(麹菌にとって適度ということで社会生活上はむしろだらしないほうに入るかもしれない)保たれていないとカビが生えてこうはならない。
酔っ払い相手にまともな会話は成り立たないと、無理やりつれてこられたと思しき簡雍と話をしようと思ったが既に近くにいない。見覚えのある赤毛がギャラリーの中へ紛れ込もうとするのが見えた。
“…逃げましたか…。”
当然の判断かもしれない。相手はかなり熱くなっている、衝突は避けがたい。無責任な野次や掛け声もギャラリーから飛んでくる。
「ここまで来て、逃げようって奴は学園にゃいないぜ。腹くくりな。…いくぜ!」
だが、ギャラリーはおろか張飛も知らないことだが、関羽も並大抵ではない。既に尋常でない修羅場をくぐっていた。この時期に編入したのも、とある事件を起こして県下の不良高校生を百人単位で病院送りにしたからである(参考:ぐっこ様“頭文字R”)。だが、そのような事件をまた起こすなど願い下げであった。
“腹をくくれ、ですか…。”
改めて張飛の得物を観察する。六尺棒のようであるが、三等分する位置に金輪が二つついている。それにスイングと風斬り音からただの木製とは思えないほどの重量があるのが分かる。
“六尺棒ではありませんね、あれは…。”
足捌きを駆使して迫り来る棍をさけつつ、刀袋の口紐を解いて模造刀を鞘ごと取り出す。
だが、まだ柄に右手はかけない。一度すっぱ抜いてしまうとただではすまなくなる。極力抜かずに済ませたい。左手で柄を、振った弾みで鞘走らないように右手で鞘の鍔元を握って構える。かわすのみで凌ぎぎれる相手ではない。杖のようにふるって対処しようとした。
“止むをえん!”
打撃のカウンターに柄で突きを入れ、左右の袈裟懸けを繰り出し、膝を払う。が、相手の反応は予想以上であった。棍棒を支点にして軟らかく上体を振ることで突きと斬りを外し、アクロバットのように開脚して飛び上がることで脛払いを避けたのである。当たりそうで当たらない。鞘ごと振っていた上に相手が避けに徹したとはいえ、同世代の人間にここまで完全に避けられたことはない。
“カンフー映画みたいな避け方をしてくれるとは…。”
また、攻撃をかわした張飛としても目を瞠ることであった。たいていの相手なら、少なくとも最後の開脚で飛んで避けるときに同時に棍を振りかぶり、相手の攻撃が空を切ったところを打ち降ろす余裕があったはずである。まだ相手を甘く見ていた分もあるが避けに徹せねばならないのは初めてである。
“やってくれるじゃねえか…、面白え!どっちが強えぇかとことんやってみっかぁ!”
血中のアドレナリンが(アルコールの助けを借りて)身体を駆け巡るのを感じる。
“…ちっとマジにいくぜ…。”
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