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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
581:北畠蒼陽 2005/02/25(金) 20:52 [nworo@hotmail.com] 劉保のことを一番に気に入っていたのは搦o妹だった。 劉保はその庇護下での次期会長であったのだ。 安サマのパートナーであり、搴Mのあとを継いで副会長になった閻姫は安サマの恨みにつけこむ。 その耳元でこう囁くのだ。 「次期会長は……あなたの妹は『あの』搦o妹の息がかかってるんですよ」 劉保の運命が決定した。 「なんだってッ!?」 劉保は諦めたようにうなだれたまま。 梁商はなにも言わず竹刀を片手に握り締めたままでティーカップからはと麦茶を飲む。 全校評議会からの使者の言葉に激昂したのは曹騰だった。 「もう一回言ってみろ!」 「か、カムロ風情がいきがらないで貰おう。私は蒼天会の正規の使者だ」 使者を名乗る女性の胸倉をつかみ、犬歯をむき出しにする曹騰。 「使者がなんだッ! もう一回言えと言ってるんだッ!」 「う、うあ……」 あまりの迫力に使者が口をぱくつかせる。 「曹騰さん、離してあげなさい。苦しそうですよ」 梁商がやんわりとたしなめる。 「……」 曹騰は使者を睨みつけながら、それでも梁商に従って手を緩める。 「はぁ……た、助かった」 息をつく使者に……その目の前に竹刀が突き出された。 「助かってはいないです。わたくしも『もう一度』言ってほしいのですから……今度は命をかけて内容を伝達していただきましょう」 使者が泣きそうな顔になる。 しかしどこにも助けなどない。 意を決し、そして使者はゆっくりとその内容を伝えた。 「劉保様を次期蒼天会長から解任します」 空気が重くなるのを感じる。 梁商がゆっくりと立ち上がった。 「ひ……わ、私はただの使者です! た、助けて……」 しかしその言葉に曹騰は冷たい目を向け、梁商は竹刀をふりかぶる…… 「やめてあげて」 凛とした声で制止が入った。 ……劉保。 「彼女はただ言われたことをこなしただけ。なにも悪くない」
582:北畠蒼陽 2005/02/25(金) 20:52 [nworo@hotmail.com] 「劉保、それは間違ってるよ。彼女は決定的に悪い」 曹騰が劉保のほうに視線も向けずに使者を睨みつけながら言い捨てる。 「決定的に『運』が悪いんだ。梁商さんも私も……機嫌の悪いところにこの部屋に来てしまったんだから」 「曹騰さんの仰るとおりですね。今ならどんなに無様に土下座されても許さない自信がありますよ」 曹騰と梁商、2人の腹心の言葉に……それでも劉保は言った。 「お願い。やめてあげて」 部屋を沈黙が支配する。 「2人がなにに怒っているのか、わかるつもりです。でも、やめて、あげて」 曹騰は憎々しそうに目線を落とした。 梁商は竹刀を床に叩きつけた。 そして…… 劉保はただの劉保になった。 次期蒼天会長から済陰の君、というなんの権限もないただの名誉職に格下げされた劉保は、それでも表面上だけでも明るく振舞っていた。 曹騰も梁商もその明るさにずいぶんと助けられた。 くる日もくる日も好きなだけ勉強をし、好きなだけ体を動かし…… 権力という鎖から解き放たれ…… それはそれで楽しい日々だった。 1ヶ月が過ぎた。 安サマが急病のために引退を宣言した。 「……蒼天会長の引退を新聞で知る羽目になるとはね」 曹騰が苦笑しながら蒼天通信を梁商に放った。 「まぁ、1ヶ月前であれば考えられないことですね」 肩をすくめながら新聞を受け取り、トップページを開く。 「ふ〜ん、ヘルニアですか」 どうでもよさそうに新聞をナナメ読みして梁商が呟く。 「腰痛い、とか言われてもねぇ」 曹騰が苦笑を返す。 制服を着た劉保が奥の部屋から姿を現したのはそのときだった。 「おや? 劉保、どっかいくの?」 曹騰が見咎める。 梁商も不思議そうな顔を劉保に向けた。 「えぇ……季興さんもついてきてください」 「いいけど……どこいくん?」 不思議そうな曹騰に……決心をこめて劉保は言い切った。 「安サマの……お姉さまのお見舞いに行きます」
583:北畠蒼陽 2005/02/28(月) 16:40 [nworo@hotmail.com] -Sakura- 第6話:雨情枝垂 「はぁ?」 人を小ばかにしたような表情と態度に曹騰の怒りが急速にたまっていく。 江京…… 蒼天会秘書室長。 良識人であり、学園の総鎮守たる搴Mが現役だったころにはカムロも常識人、と呼べる人間ばかりが登用され、江京は歯牙にもかけられないような小物であったが今では…… その蒼天会秘書室長が…… なぜこいつがこんなところにいるのか。 病気療養のために引退した……そのはずの安サマの病院の前にこいつがいるのか。 あまつさえ…… 「安サマがあんたがたのような下賎の人間にお会いになるわけがないでしょう?」 ……きれそうになる。 一歩前に出……ようとして劉保に袖口をつかまれて止められた。 「季興さん、だめです」 ちょっと涙目。出ていけない。 「あらあら。負け犬同士、仲のよろしいこと」 おほほ、と笑う。 似合ってない。 というかむかつく。 「あんたになんでそこまで言われなきゃいかんのか理解しかねるとこはあるけど、それはともかくなんであんたに一個人の見舞いの面会の可否まで許可を取らなきゃいけないんだ」 曹騰は額に青筋を浮かべながら精一杯丁寧な言葉で言う。 言い方は丁寧ではないが、普通だったら怒鳴り散らしてる。 そういう意味では十分丁寧。 「はッ」 しかし曹騰の内心の葛藤もむなしく江京は鼻で笑う。 「バカじゃない? 今の私は秘書室長様なわけ。つまりあんたがたのようなゴクツブシよりもはるかに偉いわけ。もう雲泥なわけ」 『雲泥』を『ウンディー』と発音するところがまたむかつく。 「あんたがたのようなザコと話してたら気品が腐るわ」 おほほ、と笑う。 それにこいつに気品なんてない。 断じてない。 「だめです、季興さん。いけません」 肩口で劉保の声がする。 どうやらそうとう力が入っていたらしい…… 劉保のほうがもっと怒っていいはずなのに…… 「そうそう、済陰の君閣下。そうやって権力者におもねっておけばいずれは中央に戻ることができるかもしれませんよ……気が向けばねぇ」 ふん、と笑う。 むかついた。
584:北畠蒼陽 2005/02/28(月) 16:41 [nworo@hotmail.com] 「ごめんかった!」 結局、安サマには一目も会えず…… そして意気消沈して帰ろうとする2人の足を止めたのはそんな明らかに間違っている日本語だった。 孫程…… 「そっか。あんた、秘書室に残ってたんだっけ……」 曹騰は劉保と一緒に野に下った。 孫程は秘書室に残った。 野に下ったほうが精神的には楽だったろうな…… 心労だろうか。少しやせ…… やせ…… やせ…… 「あんまりやせてないね」 「まぁ、食べるもんは食べてるからね」 これ以上やせたら困る、とでも言いたげに孫程は苦笑する。そりゃそうだ。 「まぁ、それはともかく……」 孫程は済陰の君……劉保に向き直る。 「本当にごめんでした」 深々と頭を下げる。 こんな場面、他のやつらに見つかったらまた大問題であろう。 「あの、頭を上げてください」 「日本語間違ってるから」 曹騰と劉保は苦笑を浮かべながら同時に発言する。発言の方向性はまったく違うが。 「いや、なんつか……秘書室に愛想が尽きそうです」 悔しそうな顔になって言う。 良識人は中にもいたか、よかったよかった……というのは曹騰たちの側から見た感想であり、実際に内部の腐敗していく様子をまざまざと見せ付けられる孫程にしてみればこれ以上に悔しいものはないだろう。 「まぁまぁ……」 なだめてみる。 なだめてはみるがさっきの江京を思い出し……あれと一緒にいて自分だったら『まぁまぁ』程度じゃ落ち着かないなぁ、と思ってやめた。 「とにかく!」 孫程は急に頭を上げた。 なだめていた曹騰のあごに孫程の後頭部がジャストヒットした。 「お、ぉぉぉ……」 「く、くぁぁ……」 2人とも患部を抑えて倒れこむ。 これは痛いですよ、実際。 「きゅ、急に立ち上がらないでよ! 私のあごがバカになったらどうするの!」 「わ、私が悪いのぉ!?」 「そりゃそうよ! あごがだめになったらガラスのあごなんていわれて世界が狙えなくなっちゃうじゃない!」 なんの世界だ。 「そ、そうか。ごめん」 納得したらしい。 それを見て…… 「……くす」 劉保の張り詰めていたものが緩んだ。 今日、初めて口からこぼれた笑みだった。
585:北畠蒼陽 2005/02/28(月) 16:41 [nworo@hotmail.com] 劉保と初めて会ったのが4月…… ……そして劉保が次期生徒会長でなくなったのが4月の終わり。 5月終わりには安サマがリタイアし…… 「……」 曹騰は窓の外の雨を眺めていた。 手に持っているのは蒼天通信。 世界は移り変わっていく…… 自分たちを置いていくように…… 新しい蒼天会長に抜擢されたのはわずか初等部2年の少サマである。 このあまりにも年若い蒼天会長が治世を取り仕切ることなど当然できはしないことは自明の理である。 つまり学園は閻姫とその姉妹たちによって私物化されつつあった。 あの伝説の孔子に並び称され『関西の孔子』とまで呼ばれ、この後、孫の楊彪に至るまで4人の連合三長を排出し……また教授の推薦のための賄賂を贈り、『誰も見てないんだから受け取ってくださいよ』と言った少女に対し『天が見てる。神様が見てる。貴女が見てる。私が見てる。誰も見てないなんてとんでもないわ』と言い賄賂をはねつけた仁者、生徒会執行本部と全校評議会の長を歴任した客員教授(こののち洛陽大学に招かれ名誉教授となる)楊震は安サマの在職中にすでにとばされていた。 晁ォの後を継ぎ連合生徒会会長になった耿宝…… 耿宝の派閥であり江京とともに劉保を陥れたカムロ、樊豊…… 蒼天会長ボディガードの謝ヲとその妹の謝篤…… 閻姉妹に逆らうものがどんどんととばされていった。 「〜……♪」 曹騰は雨を見ながら鼻歌を歌っていた。 陽気な歌、というわけではないが暗い、というほど暗いわけではない。 学園は大変みたいだ。 「〜♪」 曹騰はぼんやりと窓の外を眺めながら鼻歌を口ずさむ。 正直、もうどうでもよかった。 いや、それは正確な言い方ではない。 劉保がいて梁商がいて…… 他にはなにもないけどそれで十分に思えた。 それ以外のことなんてどうでもいい。 雷が鳴った。 曹騰は鼻歌をやめて空を見上げる。 ゴロゴロゴロゴロ…… 遠雷。 「ん〜、落ちてきそうだな……」 再び雷。今度は近い。 「近くに……落ちたなぁ?」 窓の外を見回し……そして曹騰は窓の外の雨の中にたたずむ人影を見つけた。
586:北畠蒼陽 2005/02/28(月) 16:42 [nworo@hotmail.com] 部屋に招き入れると人影はぶるっと大きく震えた。 梅雨といっても濡れれば寒いに決まっている。 服から雨雫がたれる。 こんな雨の中、コートも傘も差さずにずっと立ってたのか…… 「やぁやぁ……」 人影……孫程は弱弱しく笑った。 弱弱しい…… まさにそのとおりであった。 あれほどのバイタリティの塊であった孫程も心労によってか見る影もなく…… 「……やせ、たね」 そしてやせていた。 「いやぁ、ははは。ダイエットの手間省けちゃったよ」 普段の孫程であれば絶対に口にしないようなタイプの冗談…… それほど…… 中央はそれほどに腐りきっているのだろう。 「いやぁ……あはは」 孫程は笑いながらうなだれる。 曹騰は黙って孫程のぬれた体をタオルで拭いた。 孫程は拭かれるに任せるかのように黙って目を閉じる。 しばらくは布がこすれる音だけが室内に響いた。 「ふぅ」 ようやく服が乾き始めたころ…… 孫程がため息のような声を漏らした。 「なに?」 「いや、さ……」 苦笑の雰囲気。 「曹騰に見つけてもらえなかったらそのまま帰ろうと思ってたんだよ、ほんとはね」 「……」 再び沈黙。しかし今度はそれほど長くかからなかった。 「曹騰……済陰の君閣下に会わせてくれないかな」 「……会ってどうするの?」 決意を込めた声。 「言いたいこととか言わなきゃいけないこととか言うだけだよ」
587:北畠蒼陽 2005/03/04(金) 01:51 [nworo@hotmail.com] -Sakura- 第7話:墨染 「……」 部屋の中には沈黙が落ちていた。 曹騰、梁商にとって孫程の言葉は悪い話ではない。 もはや失うものなどなにもない。 しかし…… 「孫程、さんとおっしゃいましたね」 「……はい」 劉保は静かに孫程に語りかける。 「私に……お姉さまの指名なさった後継者と争え、とおっしゃるの?」 窓の外では雨が降っていた。 孫程の話は単純なものだった。 今の学園は秩序を失いつつある。 また劉保はなんらかの罪があって次期蒼天会長の座から降格されたわけではなく、前会長、安サマが閻姉妹の悪口を信じたために降格されただけにすぎない。 本来であれば蒼天会長は劉保が継いでもいいはずなのである。 秩序回復のために劉保に蒼天会長になってほしい。 孫程の話は本当に単純なものだった。 「お姉さまの意思に逆らうのは私の本意ではありません。申し訳ありませんが聞かなかったことにさせてもらいます」 蒼天会の内外で閻姉妹の横暴に対する批判の声は根強く残っていた。 劉保が一声発すれば理解あるものの賛同が得られるであろう。 ただ…… 劉保本人だけがそれに反対していた。 「済陰の君閣下……学生たちはみな秩序を求めています。貴女が一声発すればそれに賛同し、貴女を蒼天会長の座へと導くことでしょう。決して勝ち目のない戦いではありません」 孫程の言葉に劉保はゆっくり首を横に振る。 「勝ち目のあるない、が問題ではないです。ただお姉さまと争いたくないだけなのです……孫程さん、これ以上なにもおっしゃらないでください」 曹騰、梁商にとって劉保の今の状況は当然、納得できるものではない。 しかし劉保がそう考えているのであれば反論することなどできはしない。 劉保は奥に下がり、部屋に曹騰、梁商、孫程だけが残された。
588:北畠蒼陽 2005/03/04(金) 01:51 [nworo@hotmail.com] 「……」 「……」 曹騰も梁商も無言だった。 本音を言えば孫程の言葉どおり劉保が蒼天会長になること以上に望むことはない。 だが劉保があそこまできっぱりと意思を口にした以上、無理強いすることもできない。 「つまりは……この考えは無理だってこと」 肩をすくめて曹騰が呟く。 劉保が部屋から出て行ってなお無表情だった孫程の顔にようやく表情らしい表情が浮かんだ。 「……まぁ、本音をはなしたわけじゃなかったしね。さて……お次は済陰の君閣下の側近中の側近の2人に聞いてもらおうかな」 「どういうことです?」 梁商の言葉に孫程も笑みを浮かべる。 「いや、つまりさっきの私の言葉だけが本音じゃないってことです……いや、さっきのも本音ではあるんだけどそれがすべてじゃない」 孫程は窓の外に目を向ける。 梅雨が窓を濡らしている。 「……私は本当は学園なんてどうでもいいです。自分が身動きできるちっぽけな範囲内が平和であればいい」 曹騰も梁商も黙って孫程の言葉に耳を傾ける。 「ほとんどの生徒がそういう考えなんだと思いますよ? 自分が不幸にならなきゃいい……みんながそう思うからまずは自分の身近が幸せであるように……それが積み重なって全員の幸せにつながるんだと思います」 雨は音もなく降りしきり、孫程の言葉だけが静まり返った室内に響く。 「だから私は自分のちっぽけな領域を幸せにするために蒼天会長をかえようとしています。まぁ、済陰の君閣下を利用しようとしている、なんていわれちゃあ返す言葉もないんですけどね」 苦笑。 しかし曹騰も梁商も黙ったまま。 「これが……」 孫程は黙って懐から書類を取り出した。 「済陰の君閣下が蒼天会長になってくれれば幸せになってくれる人間の署名です」 そのリストはカムロからも実力者の王康や王国といった政権の中枢部にいるような名前も見受けられた。 「……すごいね」 曹騰が正直な感想を漏らす。 「それ集めるの、ちょっと苦労したんだからね」 孫程はにっこりと笑った。
589:北畠蒼陽 2005/03/04(金) 01:52 [nworo@hotmail.com] 「済陰の君閣下の安サマを思う気持ちはわかるつもりですがこれだけの人間が貴女の発する言葉を望んでいます、とそんだけ伝えてくれないかな」 孫程はすべて伝えきった、という顔で笑う。 梁商はリストを一瞥し…… ボールペンでその最後尾に自分の名前を書き足す。 「済陰の君閣下の説得は私たちが承りました」 ボールペンを指先でくるり、と回してから胸ポケットにしまう。 曹騰は…… 腑に落ちない顔をして孫程のほうに顔を向けた。 「……あんたの気持ちはわかったけど……なんでそれをさっき直接、劉保に言わないかなぁ?」 「そんなん決まってんじゃん」 曹騰の至極当然の疑問に孫程も当然のような顔で答える。 「あんたらのほうが今の私の気持ちを私以上にしゃべることができる、ってそんだけ」 にやりと笑いながら言う。 「私は体育会系だからね。体育会系には体育会系の仕事があるってこと」 カバンから分厚い本を取り出す。 本のタイトルはマルクス全集と書かれていた。 「劉保、はいるよ〜」 孫程を送り出し、先に奥の部屋に閉じこもった劉保を追って曹騰、梁商はドアをノックする。 ……返事がない。 ただのしかばねのようかどうかは別としてまったくのノーリアクションだった。 「……?」 曹騰と梁商は顔を見合わせてからドアノブをひねる。 カチャ、と軽い音を立ててドアは開いた。 部屋の中は真っ暗だった。 「劉保? 目が悪くなるよ〜」 「電気はつけないでください」 茶化して電気をつけようとする曹騰を劉保の言葉が止めた。 「私にはわからなくなってきてしまいました」 ぽつり、と暗い部屋の中、劉保は独白する。 「私はただお姉さまと仲良くしたかっただけなのに……」 雨はまだやまない。
590:北畠蒼陽 2005/03/04(金) 01:53 [nworo@hotmail.com] お姉さま…… 安サマ…… 前蒼天会長、劉祐…… 劉保の実の姉であり劉保を失脚させた張本人。 だから曹騰にとっても梁商にとってもあまりいい印象のある人物ではない。しかし…… 「お姉さま、子供のころは本当に優しかったんです」 遠い過去を懐かしむ口調で劉保が呟く。 今はないもの…… だからこそ人は過去をいとおしく思うのだろう。 「お姉さまはいつかわかってくれると思います。だから私はお姉さまが許してくれるまでずっと雨宿りしようと思います……やまない雨はないのですから」 劉保の言葉が窓の外の雨にかき消される。 「やまない雨、ってずっと待ち続けるの?」 曹騰の言葉に劉保は頷く。 曹騰は黙って窓を開けた。 雨が降っている。 雨が降っている。 雨が降っている…… 「やまない雨はないかもしれないけどやむまで時間のかかる雨ばっかりだよ、この世は」 梁商が劉保にリストを差し出す。 「貴女が一声かけるだけでこれだけの……いえ、これ以上の人が幸せになれるんです」 「……」 劉保は肩を震わせて、それでもリストを受け取る。 「雨がやむのを待つのもいいかもしれない。でも雨に濡れる覚悟ってのもたまには必要だと思う」 「……雨に濡れる、覚悟?」 劉保が初めて聴く言葉に顔を上げた。 「雨って冷たいよ。だから濡れたくなんてない。でもいつまでもやまない雨を呪って空を見上げるより一歩を踏み出すのも大事なことなんじゃないかな、ってそう思う」 「……覚悟」 劉保は曹騰の言葉を繰り返す。 「覚悟のためにお姉さまを裏切れ、というの?」 「裏切る裏切らない、じゃないよ。劉保が劉保でいるために必要なことなんだと思う」 劉保はゆっくり考える。 そして…… 「私が雨に濡れて……幸せになれる人がこれだけいるんですね?」 曹騰、梁商は力強く頷く。 「わかりました。傘を持たずに出かけましょう」 歌うような劉保の言葉。それは曹騰がはじめて出会ったころの響きだった。 「行きましょう、司隷特別校区へ!」
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