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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
660:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 22:45 [nworo@hotmail.com] >王昶 いっや、彼女、それくらいやるだろう、と(笑 エグいのダイスキデス!(笑 ま、実際、兵書を書いてる程度には軍事に精通してるみたいなんで曹操のすでにいないあの時代では屈指の指揮官だったと思うのですよ。 >州泰 おー、さっそくチェック! ……なるほど、確かに司馬懿に新城太守に任命されてますね。 ただ問題はこの250年の戦いでは州泰はすでに新城太守なんですよね(王昶伝参照) この戦いのことが書いてある資料はないのかー! ないのかー! とりあえず調べていただきありがとうデスよ。 まさか昜伝に書いてあるとは^^; >交州 あのひとか!? それともあっちか!? わくわくしながら待ってますデスよ♪
661:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:44 ■影の剣客 その一 この年の一〇月、この蒼天学園を根本から揺るがす大事件が起こった。 なんと張角をはじめとする「オペラ同好会」の会員が蒼天学園東部で一斉に蜂起したのである。それはもはや革命だった。 参加者は「オペラ同好会」の会員にだけにとどまらず、一般生徒も加わり、その数は見当がつかないほどだ。 この集団は「黄巾党」と呼ばれた。それは指導者である張角がいつも黄色のスカーフを巻いていたのにあやかって、参加者全員がどこかに黄色のスカーフを巻いているからである。 そして、その黄巾党の大軍が蒼天学園の首都ともいえる洛陽棟まで迫ろうとしていた・・・・・・。 そしてそんなある日の早朝 「皇甫嵩。そなたに左軍主将の位を与える。この学園の平和を取り戻すのだ」 「はっ、我が身に変えましても」 静まりかえった会場に、マイクを通した声が響き渡る。ここは司隷特別校区、洛陽棟の第一体育館。床には真っ赤なカーペットが敷き詰められ、その中央に大きな舞台が設けられている。 その舞台に立つのは二人の少女。ひとりは無表情で渡された文章を棒読みしている少女。彼女はこの蒼天学園の象徴である蒼天会会長・霊サマ。そして、いま一人・・・・・・皇甫嵩と呼ばれた少女は屹立して、それを聞いていた。 そして、少女はうやうやしく、任命書と金の勲章を受け取り、一礼した。 同時に一般生徒は少女にわれんばかりの拍手を送る。 この少女の名は皇甫嵩。親しい者は義真と呼ぶ。蒼天学園一の用兵巧者との誉れ高い人物である。今の蒼天学園を救うことができるとしたら、彼女、以外には考えられないだろう。 しかし、与えられたのは「黄巾党」討伐の総司令ではない。彼女に与えられたのは一方面軍の指揮官という役職で、総司令となったのは、また別の人物であった。 皇甫嵩は謀略だと気づき、自身の左前側に立っている、おかっぱ頭の女生徒を鋭い目つきで睨み付けていた。 その鋭い眼光で睨み付けられている、少女はすくんだ身をなんとか動かし、皇甫嵩から目をそらすことに成功した。 この皇甫嵩という少女は、このおかっぱ頭の少女たち、つまり蒼天会秘書室と正面から対立している。そのため、秘書室としては皇甫嵩の名声を高めるようなことは極力したくないのだ。 自らの地位を守ることしかできない。そんな秘書室に皇甫嵩は憤りを感じていた。 しばらくすると、皇甫嵩は憤りを押さえ込んで、一般生徒の方に振り返り、微笑を浮かべ右手を挙げてその拍手に答えようとした。 そのとき。まさにそのとき―― キャーという黄色い悲鳴が一斉に沸き起こったのである。なかには、涙を流している者さえいる。 皇甫嵩はこの歓声に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 彼女のすらっとした長身から発せられる男口調は一部の腐女子から偏った影響を受けているため、今日みたいなことがあると、こういうことになる。 もちろん皇甫嵩にその気はないのだが・・・・・・。 会場からでできた皇甫嵩を待っていたのは、最愛の友たちであった。 「義真、頑張ろうね!」 「ああ、もちろんだ!公偉」 皇甫嵩が多少顔をほころばせ、赤髪の少女としっかりと握手を交わす。 面倒な行事が終わりほっとしているのだろう。 彼女は朱儁。親しい者は公偉と呼ぶ。彼女もまた、黄巾討伐の一方面軍の指揮を任された逸材である。 皇甫嵩は朱儁の横にいた、もう一人の少女を見た。 「義真・・・・・・」 腰までありそうな緑色の長髪を赤いバレッタで結んだ少女が、力なく言う。その少女はただただ地面だけを見つめていた。 彼女は盧植。親しい者は子幹と呼ぶ。彼女こそが今回の黄巾討伐軍の総司令であった。 「どうした、子幹。顔色が良くないぞ?」 盧植を見た皇甫嵩があわてて言う。 それに盧植はうつむいたまま、呟くように答えた。 「・・・・・・私に司令官なんて、できるわけない・・・・・・。義真と公偉は別働隊で行っちゃうし、建ちゃん(丁原)は食中毒で倒れちゃうし・・・・・・。どうすればいいのかわからないの・・・・・・」 「そんな顔をしていてどうするんだ。それじゃあ、指揮に関わるぞ」 「・・・でも・・・・・・」 皇甫嵩の励ましはなんの効果もなかった。盧植はがっくりと肩を落とし、その声は今にも消えそうだった。 「子幹・・・・・・不安なのはわかる。私だって今回の作戦が成功するか不安だ。だがそんなことは言ってられない。ここで逃げたら、いったい誰がこの学園を守るんだ?だからお願いだ、子幹。今はその不安を押し隠してでもいい。総司令として、頑張ってはもらえないか?」 皇甫嵩は子どもをあやすように優しく語りかけた。 盧植は顔を上げて、皇甫嵩を見つめた。距離にして30センチ強。その潤んで光る盧植の両目を皇甫嵩はしっかりと見つめ返した。 そして、盧植が恐る恐る、口を開いた。 「・・・・・・ええ、そうね。私は総司令。弱音なんか吐いちゃいけないのよ・・・・・・。わかってる、わかってるの・・・・・・だけどっ!」 ついに堪えきれなくなった盧植の身体は地面から離れ、そして皇甫嵩にもたれかかってきた。 「おっ、おい!子幹!」 なんとか盧植を受け止めた皇甫嵩だったが抱きしめる形になり、あたふたしている。 皇甫嵩の狼狽ようは尋常でなく、眼をキョロキョロさせ、顔を真っ赤にして盧植から視線をそらす。 もちろん確信犯の盧植は離れる様子など無い。 「ごめんなさい・・・・・・。義真。帰ってくるまではもう絶対、弱音なんか吐かない・・・・・・だから、今だけ、泣いてもいいよね・・・・・・?」 盧植の嗚咽が自分の顔のすぐ側から聞こえることに皇甫嵩はますます困惑して、顔をしかめた。 しかし、皇甫嵩にはどうすることもできなかった。 「あ、ああ・・・・・・」 皇甫嵩はそれだけ言うと、盧植の長い髪をゆっくりと撫でてあげた。 盧植はただただ泣きじゃくっていた。 このとき、カメラのシャッターを切る音がしたのには、だれも気づいてはいなかった。 「・・・・・・義真に子幹。わ、私、兵の訓練をしなきゃいけないから、さ、先に行くね!そ、それじゃっ!」 居たたまれなくなった朱儁はそれだけ言うと、その場から逃げ出すように、猛スピードで走っていった。 それから、数分後。 「ありがとう。義真。おかげで楽になったわ。ごめんね。変なことしちゃって・・・・・・」 顔と眼を真っ赤にした盧植がそう言った。皇甫嵩は咎める様子もなく、ポケットから何かを取り出した。 「私からの総司令就任祝いだ。・・・・・・その、なんだ、一緒に戦場に行ってやれないせめてもの償いというやつだ。それなら、寂しくはないだろ?」 皇甫嵩は自分の言葉に恥ずかしさを感じ、口元を手で覆うようにして、照れ隠しした。 そして盧植の後ろに回り込むと、持っていたあるものを盧植の首からかけてあげた。 それは細い銀色のチェーンに繋がったロザリオだった。 「これ・・・。ありがとう、義真。これなら私、頑張れそう!・・・・・・でも、義真、知ってたの?自分が総司令になれないこと・・・・・・」 盧植は目を光らせ、大事そうにロザリオを両手で包み込んでいる。 「ふっ、薄々とはな。今の蒼天学園は秘書室が支配しているようなものだ。 そんな世界で、秘書室と仲の悪い私が総司令に慣れるはずもないだろう」 皇甫嵩は苦笑しながら言う。 その眼は雲一つ無い青空を見つめていた。 「そうね。変わってしまったのね。なにもかも。・・・・・・義真、私もそろそろ行くわ。このロザリオ大事にするからね。今日はありがとう。おかげで楽になったわ。公偉(こうい)によろしく」 「元気になったならよかった。さっきも言ったが、子幹ならできる。頑張れよ。子幹。絶対に飛ばされるなよ」 「義真も・・・・・・」 二人はそう言うと、皇甫嵩は東側に、盧植は西側へと歩いていった・・・・・・。
662:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:50 ■影の剣客 その二 グランドの前にある何かのクラブの部室で待っていた朱儁はニタニタしながら、現れた皇甫嵩に話しかけた。 「あっ、もう、子幹との愛の誓いは済んだの?」 「なっ!何を言う。そんな誓いなどしていないっ!断じてない!そんなことよりも、黄巾党の動きはどうなんだ?」 戦況不利と判断した皇甫嵩が無理矢理話題を変える。朱儁もしぶしぶ、それを聞き入れると、話し始めた。 「今、あたしたちが倒さなきゃいけない敵は豫州学院校区にいる。その数は報告によると三〇〇人。義真とあたしの兵がそれぞれ四00ずつ。それからたった今、秘書室から作戦が通達されたのよ。これよ」 皇甫嵩は「秘書室」という言葉に顔をしかめて不快感をあらわにした。 そして、朱儁からその命令及び黄巾賊の情報がまとめられた書類を受け取ると、皇甫嵩は近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。 皇甫嵩は一通り目を通すなり低い声で言った。 「『敵は少数。そのため朱儁隊を先鋒とし、敵を壊滅させ、皇甫嵩隊は洛陽棟で命令あるまで待機』か・・・・・・。公偉。どうやら私たちの敵はどうやら黄巾の連中だけではないらしいな」 「あたし、一つのことしかできないからさ。今は豫州にいる、あいつらをどうにかしなくちゃいけない。それだけよ」 「前だけを見つめている公偉らしい意見だな。そういう公偉は好きだ」 皇甫嵩は少し恥ずかしげにそう言うと、足を組み、椅子にもたれかかった。 「ありがと!・・・それで作戦だけど、命令に逆らうわけにはいかないから、あたしが先鋒隊として四〇〇人を引き連れて出るよ。義真は許可が出たら来てくれればいいよ」 皇甫嵩は迷った。報告通り黄巾党の数が三〇〇人ならいいのだが、もし増えていたとしたら・・・・・・。だからといって、今出陣しなければ黄巾党の思うようにされてしまう。 「・・・・・・わかった。公偉、頼むぞ!私も許可がおり次第、直ちに援軍に向かう。それまで持ちこたえてくれればいい」 ここまできたら、これは賭だった。味方の報告を信じるしかなかった。 「まかせといてよ!黄巾賊なんかあたし一人でなんとかしてみせるよっ!」 そんな皇甫嵩の悩みに気づく様子もなく、朱儁は親指を上げてそれに答える。 そして、朱儁は愛用の深紅のリボンを結ぶと、部室から出て行った。 (頼むぞ、公偉。絶対に飛ばされるな) 皇甫嵩はそう願うよりほかになかった・・・・・・。 それから約一時間後・・・・・・ 「なっ、なんだと!公偉が敗れと!?」 部室で事務処理をしていた皇甫嵩に届いたのは突然の悲報であった。 「そ、それで、公偉・・・いや右軍主将はどうなったのだ?それ以前に敵はどうやって我が軍を打ち破ったのだ?」 皇甫嵩がいつになく動揺した様子で、報告に来た伝令に詰め寄る。 伝令は一歩後ずさりすると、息も絶え絶えに話し出した。 「敵はあらゆる所に兵を隠していたようで、我が軍勢は広場に差し掛かった所を賊軍に包囲され、朱儁主将はなんとか敵の包囲を脱しましたが兵の半数が飛ばされました。賊軍の将は波才。その数は一〇〇〇人に上るとのこと」 皇甫嵩は天を仰いだ。怖れていた事態が起こった。 しかし、皇甫嵩は怖れてなどいられなかった。 (十年来の友を助けねばならぬ!) 皇甫嵩は即座に決断した。 「悪いがもうひと働きしてもらいたい。これからこの場所に行って、そこにいるメンバーを一人残らず連れてきて欲しいのだ。私が呼んでいると言えば、納得してくれるはずだ。頼めるか?」 伝令が頷くと皇甫嵩は地図を手渡した。地図を受け取った伝令は、皇甫嵩に一礼する。そして、振り返って走り出そうとしたとき、それを皇甫嵩が呼び止めた。 「腕から血が出ているぞ。ちょっと待っていろ・・・・・・」 皇甫嵩はそう言うと、ポケットから消毒液を取りだし、傷口を洗うと、今度はまた別のポケットから大きめのばんそうこうを取りだし、その伝令に張ってあげた。 「これでよし・・・・・・と。悪いな、怪我しているというのに」 皇甫嵩は若干視線を下げるとそう言った。 伝令はぶんぶんと顔を横に振ると、一目散に地図に書かれた方へと駆けていった・・・・・・。 一〇分としないうちに、四〇〇人の女子生徒がグランドに集まった。 「これから、我らは豫州学院校区にはびこる黄巾賊を討ちに行く!しかし、我らの出陣は生徒会からは認められてはいない。これは私の独断である。故にこの出撃に異議のある者は待機していてくれればいい。もし私を信じて着いてきてくれるならば私と共にこれより出陣して欲しい!」 皇甫嵩が彼らの正面に立ち演説する。 彼女から滲み出る風格、威厳は蒼天学園に籍を置くいかなる者も上回ることはできないだろう。 しかしながら、そんな皇甫嵩といえども、軍律違反はとなればその罪を免れることはできない。 それでも皇甫嵩はやめようとはしない。学園を護るためには自分の階級章など惜しくはないということだろう。 この皇甫嵩の決死の覚悟は四〇〇人の生徒の心を大きく震わせた。 四〇〇人の生徒は歓声を上げると共に、一斉に竹刀を天に向けて突き上げたのだ。そして一人の女生徒が一直線に皇甫嵩を見つめ、問いかける。 もうこれは睨んでいるといった方が正しいのだろう。 「義真!なに三年間も一緒に剣道やって来て、水くさいこといってんの!私たちはみんな義真のことを友だちだと思ってるのよっ!義真は私たちを友だちとは思ってくれないの?」 その声には怒気が込められていた。 皇甫嵩はしばらく黙り込んだまま何も言わない。悩んでいるのだろう。 (友だちだと思っていないはずなどあるか。友だちだからこそ、こんないらない罪を着せるのは嫌なんだ。私はどうすれば・・・どうすればいい?) 耐えきれなくなったさっきの少女が皇甫嵩の胸ぐらにつかみかかる。 「なに迷ってるの!そんな暇があれば早く命令出しなさいよ!私たち義真のためだったら階級章なんか捨ててやるよっ!」 女生徒は皇甫嵩を見上げ、睨み付ける。 二人の睨み合いがしばらく続いたが、ついに皇甫嵩が声を上げて笑った。 「はっはっはっは!お前たちも馬鹿な奴だ・・・・・・」 「・・・・・・義真にはかなわないけどね」 二人はそう言うと、声高らかに笑った。もう皇甫嵩に迷いはなかった。 一つ深呼吸すると断を下した。 「よし、全軍、出陣するぞ!」 こうして皇甫嵩とその兵四〇〇人は出撃していった。 皇甫嵩隊四〇〇人は驚異的なスピードで行軍し、通常三〇分はかかる司隷特別校区から豫州学院校区までの道のりをたった一五分でやってのけてしまったのだ。 その甲斐あって、黄巾党が到着する一歩前に、彼女たちは豫州学院校区に数多く存在する校舎の一つである長社棟に立てこもることができた。 外に陣を張らなかったのは皇甫嵩が数的不利だと判断したからだ。 そして、防戦準備を整え終えたのと同じ頃、ついに正面のグランドに一〇〇〇人を超える人の群れがあらわれたのである。 そして、なにやら何人かの生徒が拡声器を手に取って歩いてくる。 「やーい、へなちょこ。くやしかったらでてきてみなさ〜い!」 罵声だった。それにまた数人の生徒が続く。 「あんたたちみたいな、おこちゃまなんか、家でおままごとでもしてなちゃ〜い!」 「あら〜でてこれないの〜?それとも腰が抜けちゃったのかなあ?え〜!おしっこ、ちびっちゃたの?もうだめね〜!」 罵声はやむどころかどんどんエスカレートしていく。 要は長社棟に籠城されて攻めあぐねた黄巾党は挑発して皇甫嵩たちを誘い出そうというわけだ。 ついに耐えきれなくなった一人の女生徒が、屋上からその光景を眺めていた皇甫嵩のところに詰め寄った。 「義真っ!もう頭、来た!今すぐ出撃の許可を出してちょうだい!」 皇甫嵩は首を二度、横に振った。 「いいか、戦とは実と虚の二つしかない。だからこそ、これら二つの組み合わせが肝要だ。あのような子どもにでもできる挑発しかできない奴らだ。後、二時間もすれば、おそらく彼らの語彙も尽き果てて、ぴくりとも動かない私たちに油断しているころであろう。我らがその隙をつき、そして、援軍を引き連れた朱儁隊が四方から攻め立てれば賊軍共は・・・・・・壊滅!する」 そう言うと、皇甫嵩は左手を腰に当てたまま、右手で竹刀を大きく振り上げ、そして、振り下ろした。 (公偉、頼むぞ。お前なら、私の作戦・・・・・・理解してくれるよな) 皇甫嵩は目を閉じ、後ろから吹いてくる風に髪をゆらせながら、そう自分を納得させると、棟長室へと戻っていった・・・・・・。
663:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:51 ■影の剣客 その三 そして約二時間後・・・・・・ 時間は午後五時四〇分。沈み駆けた夕日のまばゆいばかりの光を背中に浴びながら、一人の少女が屋上からグランドを見下ろしていた。 彼女の見える光景は、もはや挑発の語彙が尽き果て、ただ馬鹿騒ぎをして挑発している者と、することもないので、弁当を食べている者のいずれかであった。 皇甫嵩は右目と上唇をつり上げ、そして、ニヤリと一流の殺し屋のような笑みを浮かべる。 そのニヒルな笑みが夕日のバックには面白いようにマッチする。 そして、皇甫嵩は決断した。 (今こそ攻める!) このときに備えて、皇甫嵩は二時間前から長社棟の倉庫にあった、百本近いロケット花火に爆竹と煙玉をセットし屋上に配置させていた。 屋上から戻った皇甫嵩は四人の部隊長を集めて作戦を発表した。 「まず、棟長は元々この長社棟にいた一〇名と共に屋上にセットしておいた、ロケット花火を遠慮無く賊軍の陣に打ち込んでくれ。打ち尽くした後は背後から敵の強襲を受けないように注意!では、棟長は直ちに準備にかかってくれ!」 棟長は皇甫嵩に一礼すると、準備のため屋上に駆け上がっていった。 それを見送った皇甫嵩は話を続ける。 「我らは賊軍が混乱を始めたと同時に敵陣に斬り込む!我らが『抜刀隊』の剣技を見せつけてやるぞ!我らは出撃まで昇降口で待機する」 皇甫嵩は両手でバンと机を叩いて立ち上がると、そう言いはなった。 午後六時 長社棟周辺が轟音に包まれた。ついに皇甫嵩の反撃が開始されたのだ。 屋上からは無数のロケット花火が流星雨となり黄巾党の陣に降り注いだ。 着地するたびにドーンという炸裂音が鳴り響く。 黄巾の将・波才は仮眠を取っていた急造仕様の小屋から飛び出してきた。 状況を確認しようにも煙のおかげで一メートル先も見えない。 波才はとにかく、敵の襲撃に備えなければならないと考え、小屋においてあった木製の薙刀を掴むと、必死に声を張り上げて事態を収拾しようとする。 しかし、彼女の声はロケット花火の轟音にかき消されて、味方の兵たちには届かなかった。 そんな、黄巾の陣を静かに見守っているものたちがいた。皇甫嵩率いる四〇〇人の精鋭部隊である。 「伝令!ロケット花火は全弾打ち尽くしました!」 屋上から一人の生徒が駆け下りて来るなり皇甫嵩に報告する。 皇甫嵩はこくりとそれに頷くと、声を張り上げて言った。 「これより我らは敵陣に斬り込む!全員藍色の鉢巻きは巻いているな。間違っても同士討ちはするな。よし、打って出る!」 皇甫嵩は竹刀を右手で握り直すと、四〇〇人の先頭を切って、走り出した。 正面にいた門番役の黄巾の兵士の胴を薙ぎ払うと、皇甫嵩を始めとする四〇〇人は一斉に斬り込んだ。 彼女らは目の前にいる黄巾の兵たちをばったばったと切り倒していく。 なかには竹刀を振りかぶり打ち合ったのだが、その竹刀が自分の顔面に跳ね返って脳震盪を起こし気絶する者さえいた。 皇甫嵩とその兵四〇〇人のだれもが黄巾党の兵三人を同時に相手にしていた。 それから数分後、五〇人ばかりのマウンテンバイクに乗った軍勢が戦場に現れた。その指揮を執っていた小柄な少女が戦場の光景を見渡す。 彼女の見た光景は凄まじいものであった。 脇腹を押さえてもがき苦しむもの。竹刀で滅多打ちにあっているもの。顔が腫れ上がっているもの、恐怖に泣き叫ぶもの。 その中で暴れ回っているのが皇甫嵩を中心とする部隊だと、その少女は気がついた。 少女はこの光景に足が震え、前に進むことができなかった。 「あ、圧倒的じゃない!こ、これが、皇甫嵩先輩の用兵・・・・・・」 そう言った少女の目は視点が合っていなかった。一種の錯乱状態に陥っていたのかもしれない。 そのとき、放たれた矢のような物体が凄まじいスピードで少女に迫ってきたのである。 その少女がそれに気がついたとき、それはもう数メートルの所まで迫っていた。 少女は身体が動かなかった・・・・・・いや動かせなかった。戦場にうごめく恐ろしいまでの気迫に少女は飲まれてしまっていた。 流星が少女にぶつかるほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ早く、後ろに控えていた長髪の少女がそれを自らの竹刀で弾き飛ばした。 「げ、元譲!」 「何ぼやっとしているんだ、孟徳!敵は乱れている。今が攻め時だろ?」 「そ、そうだよね!全軍攻撃!あたしたちの力見せつけてやるよ!」 正気を取り戻した少女は一度深呼吸をすると、一斉攻撃を告げた。 援軍が到着した頃、皇甫嵩は敵陣深くまで斬り込んでいた。理由はもちろんこの軍勢の指揮を執っている波才を飛ばすためだ。 皇甫嵩はただただ奥へ奥へと進んでいると、視界に数人の生徒を従え、薙刀を構える少女が飛び込んできた。 「貴様が波才か!?」 「そうよ!この計略は見事だった。けどね・・・・・・まだ終わったわけじゃないわよ!」 波才がそう言うと、小屋の中から数十人の生徒が飛び出してきたのである。 そうして、皇甫嵩の周囲は瞬く間に黄色の集団に囲まれてしまった。 「ふふふ・・・・・・。形勢逆転ね。冥土のみやげにその名前を聞いておくわ」 腕を組んだ波才が不敵にそう言う。 「私か・・・私は皇甫嵩。貴様ら悪しきものを破るために生まれてきた剣だ」 「なによ。かっこつけちゃって!みんな、やってしまいなさい!」 波才が断を下すと、まず三人の少女が皇甫嵩に斬りかかってきた。 皇甫嵩は大上段から斬りかかってきた少女の竹刀に合わせるようにして、下段から竹刀を振り上げた。 すると少女の竹刀は根本から砕け散ったのである。次に少女が目にした光景は皇甫嵩の竹刀がめり込んでいる自分の胴だった。 さらに体勢を立て直した皇甫嵩は右肩に向かって振り下ろされた竹刀を持ち前の見切りでかわすと、前のめりになった少女の首に皇甫嵩は手刀を見舞った。 そして左からの浮かび上がってくる竹刀は左手で持った竹刀を振り下ろして叩き折ると、間髪容れずに少女の脇腹に回し蹴りを決めた。 ここまでわずか6秒。皇甫嵩を囲んでいた少女たちは恐怖に顔をゆがめた。 「どうした。もうお終いか・・・・・・。貴様らにはもう、うんざりしていてな・・・・・・決めさせて貰うぞ!」 皇甫嵩はそう言うと、正面に突っ立ていた少女を逆袈裟に切り上げると、同時に横にいた少女の腹に蹴りを入れた。 そうして、皇甫嵩は流れた竹刀を引き戻すと、右手で自然に振り上げた形に左手を添えるようにして、上段に構えた。 辺りにぴりぴりとした緊張感が漂っている。竹刀を上段に構えた皇甫嵩の頬からついに汗が流れた。 (どうする・・・・・・。敵はざっと見て二〇人。周りに味方はない。多勢に無勢というやつだな・・・・・・。まったく、あの将軍様はいつもどうやってこの修羅場をくぐり抜けているのか問い詰めてやりたいところだ・・・・・・) 皇甫嵩が頭の中で皮肉を漏らす。 確かに今、皇甫嵩が置かれた立場は某時代劇番組に出てくる将軍様によく似ている。悪代官の屋敷で多数の手下に囲まれた将軍様・・・・・・敵将の陣近くでその配下に囲まれた皇甫嵩。そっくりである。 皇甫嵩が考えていると、ついに前後から二人の少女が斬りかかってきた。 前から向かってきた少女めがけて、皇甫嵩は竹刀を振り下ろす。少女は慌てて受けをとろうとしたのだが、気がついたときには右肩に重い衝撃を受けて、地面に叩きつけられていた。 そうして後ろから迫ってきていた少女の胴を振り返る際の回転力を利用して薙ぎ払おうとした。 しかし、皇甫嵩の竹刀は大きく空を斬った。なんと皇甫嵩は向かってきた少女は腰を曲げ、皇甫嵩の両足を掴もうとしていたのだ。 皇甫嵩は体勢が崩されていたので両足を掴むのは容易であった。両足を掴まれた皇甫嵩は、そのまま地面へ押し倒されてしまう。 そして、少女が皇甫嵩の階級章に手を伸ばした。 そのとき・・・・・・ 少女は首に衝撃を受けて皇甫嵩に倒れ込むようにして気絶した。 皇甫嵩がその少女をどかして、顔を上げる。飛び込んできたのは真っ赤な髪の少女。さらに髪のひとふさが逆立っている。 こんな少女は皇甫嵩の知り合いに一人しかいなかった。 「助かったぞ、公偉!」 朱儁だった。朱儁は皇甫嵩に気さくに笑いかける。 「なんの、なんの。義真、立てる?」 差し出された朱儁の手につかまるようにして、皇甫嵩は立ち上がった。 皇甫嵩が辺りを見渡すと、皇甫嵩を囲んでいた少女たちがばたばたと倒されていく。 戦っているのは朱儁が連れてきた援軍だった。 「ごめんね。義真。遅くなって。兵を集めてたら時間かかっちゃったっ!」 そう言って朱儁が舌を出す。 「構わんよ。さすが公偉だ。私の作戦に間に合うように来てくれたのだから・・・・・・」 「残念でした〜!義真の作戦に気がついたのはあたしじゃないのよね」 「なに!・・・・・・そうか、蒼天学園もまだまだ捨てたものではないようだ」 皇甫嵩は朱儁の答えを聞くと一瞬驚いたような仕草を見せたが、すぐに微笑を浮かべてそう言った。 「義真、あたしたちも行こっ!まだ敵は残ってるんだから」 「そうだな。よし!行くぞ!」 皇甫嵩はさっきの揉み合いで手放してしまった、愛用の竹刀を拾い上げると朱儁と共に地面を蹴って走り出した。 この戦いで皇甫嵩軍は大将の波才こそ討ちもらしたものの、七〇〇人あまりの黄巾党員を飛ばすことに成功し、その半数以上が骨折などで入院生活を余儀なくされた。 そして戦場には根本から折れた一〇〇〇本近い竹刀が残されていたという・・・・・・。
664:雑号将軍 2005/06/15(水) 22:06 ■影の剣客 その四 激戦が終わり、長社棟の体育館で行われたささやかな祝勝会。 「みんな、よく頑張ってくれた!今日は戦いの疲れを癒してくれ!それでは・・・乾杯!」 皇甫嵩の音頭と共に祝勝会が始まった。 音頭を終えた皇甫嵩が舞台から降りると、朱儁がグラスを片手に立っていた。その横には朱儁よりも小柄な少女が背筋をピンとたたせ起立していた。 「どうした、公偉。こんなところで」 「あっ、義真。紹介するわ。今回義真の作戦を見抜いた――」 「皇甫嵩先輩ですよね?あたしMTB(マウンテンバイク)隊長をしてる曹操、あだ名は孟徳って言いますっ!あ、あのよろしくお願いしますっ!」 朱儁が紹介しようとするのを遮って、少女つまり曹操はあいさつすると、腰を曲げるようにして頭を下げた。 「上官を見て硬くなるのはわかるが、もう少し落ち着いたらどうだ。朱儁まで使って私を捕まえようとしたのだ。なにか訊きたいことがあるのだろう?」 皇甫嵩は舞台裏の壁にもたれかかり、腕を組む。 「・・・・・・さすがは皇甫嵩先輩。では、率直に伺います。皇甫嵩先輩の部隊はいったいなんなんですか?あの異常なまでの強さ。恥ずかしいですけど、戦場に着いたとき、足が震えました。そんなプレッシャーを放てる皇甫嵩先輩たちはいったい何者なんですかっ!?」 曹操は見上げるようにして、長身の皇甫嵩の目をしっかりと見つめる。 「今回の作戦に参加した私の部隊は『抜刀隊』だ」 「『抜刀隊』・・・・・・」 曹操は自分の記憶をひもとくが、どこにもその名前は記されていなかった。 皇甫嵩は続けて言う。 「知らないのも無理はない。今回が『抜刀隊』の初陣だったのだ。皆、私と同学年の『格闘技術研究所』に所属している者たちだ。私を含めた『抜刀隊』のメンバーは皆、示現流を使う。そのため『人に隠れて稽古すべし』という心得に忠実でな。今まで表立って何かをしたことがないのだよ。言うならば影の剣客だ・・・・・・」 皇甫嵩の凛とした声が舞台裏に響き渡った。 「影の剣客・・・・・・」 曹操はそう呟いた。 話し終えた皇甫嵩が腕組みを解いたその刹那、皇甫嵩の話に聞き入っていたかに見えた曹操が皇甫嵩の胸に飛び込んできた。 「なっ、なんのつもりだ。曹操!」 皇甫嵩の問いかけもなんのその、曹操はなにか考え事をしている。 「七二・・・違う・・・見切った!七六だ!」 曹操の言葉が皇甫嵩の耳の先まで真っ赤に染め上げた。曹操は皇甫嵩のバストをズバリ言い当てたのだ。 横にいた朱儁も曹操の見事な答えに目をパチクリさせている。 「はっ、離れんか。この無礼者!」 皇甫嵩が強引に曹操を自分の胸から引きはがす。 「はあ、はあ・・・・・・。まったく貴様にはわずかな油断が命取りとなりそうだ」 なんとか曹操を引きはがした皇甫嵩の息は上がっていた。 「お褒めにあずかり光栄です。お礼にこれ、差し上げます」 曹操はそう言うと胸ポケットから一枚の写真を取りだした。 「誉めてなどいない!・・・写真?・・・・・・なっ!」 皇甫嵩は絶句した。その写真には盧植に抱きつかれて狼狽した自分の姿が写っていたからである。 皇甫嵩が顔を引きつらせ、こみかみをピクピクさせている。 そして、曹操を捕まえようと顔を上げたとき、つい数秒前までそこにいた曹操の姿はなかった。 「・・・公偉。ヤツは?」 「写真を渡すなり、帰っちゃったけど?」 朱儁の回答に皇甫嵩は目を丸くして驚いていた。しばらく目線を落としていたが、あるとき何かが吹っ切れたのか大声で笑い出した。 「はっはっは!曹操か・・・・・・その名覚えておくぞ」 皇甫嵩は振り返ると舞台裏にある窓から見える空に向かってそう言った。 「そんなに胸の大きさを当てられたのが悔しいの?」 「う、うるさいっ!い、行くぞ、公偉!」 「あ〜ん。待ってよ、義真〜!」 皇甫嵩は朱儁から目をそらすと、スタスタと会場の方へと走っていった。 外ではさわやかな秋風が吹き抜けていた・・・・・・。 「あとがき」みたいなもの・・・・・・ 長くなってしまいました。ほんともう、なんかぐだぐだになってしまってますね。次回までにもっと練習しておきます・・・・・・。 僕が皇甫嵩萌えになった理由は雪月華様の「倚天の剣」を読んで皇甫嵩のかっこよさに気がついたからです。だから、雪月華様の「倚天の剣」で紹介されていた皇甫嵩が大活躍する長社棟を書いてみたいなあと思って書いてみると・・・・・・申し訳ありません!僕のレベルではここまでしか表現できませんでした・・・・・・。 戦いは「倚天の剣」で書かれていたことを基本にし、ほんのちょっとだけ手を加えさせていただきました。 後、雪月華様の設定には「皇甫嵩と曹操が師弟のような関係」みたいなことが書かれていたような気がしたので、皇甫嵩と曹操の初めて?の出会いを書かせて頂きました。 雪月華様。雪月華様が創られた設定を無断で使用してしまったことに不快感を感じられましたなら、なんとお詫びしたらよいかわかりませんが、この場を借りてお詫びさせて頂きます。 こんな長々しい文章にお付き合い頂きありがとうございました。
665:北畠蒼陽 2005/06/15(水) 22:18 [nworo@hotmail.com] >雑号将軍 皇甫嵩の話、まずはお見事! かっこいいデスよ、十分(笑 おもしろかったので今後にも期待! なのですよ〜。
666:雑号将軍 2005/06/15(水) 22:48 これで一応「影の剣客」完結です!あとがきにも書きましたがホント長くなってしまい申し訳ありません・・・・・・。 ちょっと盧植の性格が違ったかな〜と苦悩している今日この頃です。 >北畠蒼陽様 遅くなってごめんなさい・・・・・・。 それで・・・『策を投じる者〜王昶の場合〜』読ませて頂きました!王昶ってなかなかの名将だったんですね!ドジなところがまたいい感じで。 僕は蜀が滅んだあたりぐらいから呉の滅亡までに出てくる武将はホントに有名な武将しか知りません・・・・・・。だから王昶がこんなに優れた人物であったとは露にも知らず。ふう、もっと勉強しないとなあ・・・・・・。 >交州 海月 亮様、僕は交州っていわれるとあの人しかわからないのですが、とにかく楽しみに待っておりまする〜! あ、あと、どなたか、皇甫嵩が董卓と一緒に梁州の賊の王国を討伐しに行くときの流れを教えて頂けないでしょうか。次はその話を書きたいなあと思っていますので・・・・・・ご迷惑ばかりかけて本当にすみません。
667:雑号将軍 2005/06/15(水) 22:53 うわっ!ごめんなさい・・・・・・ 北畠蒼陽様。全然気がつきませんでした。 感想ホントにありがとうございますっ! そんな、まだまだです。もっと頑張らないといけない部分も多くて・・・・・・。 お褒めに預かり、光栄の限りですっ! >おもしろかったので今後にも期待! なのですよ〜。 はい!いつできるかわかりませんが全力で頑張ります。
668:海月 亮 2005/06/15(水) 23:29 -意思の担い手たち- 「…なんっつーか、あたしも御人好しだよな」 目の前をあわただしく走って行ったり、集まって何か指示を受ける少女たちを高台から見やりながら、緑の跳ね髪が特徴的なその少女が呟いた。 長湖部の本部がある建業棟は、長湖制圧を目論む蒼天会の大侵攻を迎え撃つべく出撃準備で大忙しの状態。 学園に在籍しているとはいえ、陸遜や朱然といった名将たちも既に課外活動から身を引き、長湖部は数の上でも質の上でも人員不足というこの時期に、狙い済ましたかのような今回の凶報である。 (そんな人材不足の元凶が…あの部長にあるなんてな) 少女はほんの数ヶ月前…年末にあった忌まわしい事件を思い返していた。 次期部長の座をかけた、ふたりの少女の取り巻きが引き起こしたその事件により、実に多くの名臣たちが長湖部を去っていった。 今でこそ健康を取り戻したが、陸遜に至ってはストレス性の胃炎で吐血し、病院に担ぎ込まれたほどだ。 この事件がきっかけだったかどうか…その不祥事を取りまとめられないほどの精神不安定であった部長・孫権が正気を取り戻したものの…。 (納得はしてないさ…そんな簡単に、割り切れてたまるか。伯姉や子範さん…敬宗まであんな目に遭わせたあの人は許せない。だけど…) 少女は、雪の舞う空へと、その思いを馳せた…。 「あなたの気持ちも、よく解る…双子の妹を傷つけられても黙っていられるって言うなら、むしろ私があなたを許さないわ」 「だったら!」 感情のあまり大声を出してしまったが、少女はそこが病室であることを思い出し、一端は口を噤んだ。 「だったら、どうしてそんな事…! あたしは、あたしは絶対に…」 「あなたが仲謀さんをどうしても許せないなら、私にそれを止める権利はない…でもね、敬風」 ベッドの少女は、あくまで優しく、穏かな口調でそう呼びかけた。 「それでも、あなたにも頼まなきゃならない…孫家のためにじゃなくて…これまで長湖部を支えてきた総ての人のために、あなたにも長湖部を援けていって欲しい…」 「…伯姉」 「一昨年の夷陵回廊…私は大好きだった公瑾先輩の意向に逆らってまで大任を受けた。大好きな人がいっぱいいて、いろんな思い出の詰まった長湖部を、無くしたくなかったから」 少女の表情は、酷く悲しげで…涙はないが、その声も、表情も、泣いているように見えた。 「私はもう、長湖部に関わることは出来ない…だから、これから部を支えていくだろうあなたたちに頼むしかないの。幼節や承淵、公緒、子幹、敬宗…それに、あなたに」 「そんな…そんな言い方勝手すぎるよ、伯姉…あたしたちに、伯姉たちの代わりなんて勤まるわけないよ…っ!」 少女の目から、何時の間にか大粒の涙が落ちていた。 ベッドの少女は身を起こし、傍らの少女をそっと、抱き寄せた。 「ごめんね…でも、私は心配なんて全然してないわ」 突然のことに驚いた少女は、間近になった族姉の顔を覗き込んだ。 「あなた達は、きっとあなた達が思っている以上に、ずっと凄いことができるって、信じてるから」 どんよりと空を覆う雪雲の中に、その時に見た族姉・陸遜の穏かな笑顔を見た気がして、陸凱は苦笑した。 「あんなこと言われたら、断るに断れないよ…」 尊敬する族姉を、大好きな妹を追い詰めた孫権のことが許せないのは変わらない。 それでも、彼女がこうしてまた、長湖部を守るために戦場に出ようとしている理由は、ふたつ。 「主将、出撃準備整いました!」 「解った、すぐに行く」 その妹が、族姉が、それでも長湖部を守りたいと言ったから。 そして、彼女の愛すべき友人たちが、その思い出と共にまだ長湖部にいるのだから。 「我らは江陵の援軍として赴く! 全軍、出撃!」 号令と共に整然と出立する少女たち。 雪の舞う校庭から、少女はその強い意思を胸に、戦場へと消えていった。
669:海月 亮 2005/06/15(水) 23:30 「此処まで予想通りだと却って清々しいもんだねぇ…」 「落ち着いてる場合ですか! 早く助けに…」 「もうちょい待って。もう少し喰らいつかせてから」 陸凱は、気のはやる部下を宥め、草陰に潜んで戦況を眺めていた。 陸凱率いる軍団が江陵棟に辿り着いた時、雪のちらつく校門前は人並みでごった返していた。 要するに凄まじい大混戦だったのだが、恐慌状態だった長湖部勢がほとんど一方的に飛ばされている状態。 (ま、あっちの主将があの天然性悪の王昶で、こっちが感受性の塊みたいな公緒なら仕方ないか) 陸凱は王昶がどんな手を使って、江陵の主将である朱績を引きずり出したのか直接は知らなかった。 しかし、相手の性格の悪さならよく知っている。あの何とも言えないナイスな性格の持ち主である王昶なら、先に引退したばかりの長湖部総参謀・朱然の妹で、これまたその後を継ぐ者としてプレッシャーの中にいる朱績を江陵棟から引きずり出すなんて朝飯前だろう。 (でもっ、調子に乗りすぎだよ…王昶!) 伏兵の王渾軍があらかた出尽くし、後方に控えていた王昶の本隊が動き出すのと同時に、陸凱は叫んだ。 「よし、全軍突撃! あの座敷犬どもに目にもの見せてやんなっ!」 「おーっ!」 陸凱号令一下、彼女の軍団が怒号と共に勢いづいた蒼天会軍の横っ腹めがけて突っ込んでいった。 「てかさぁ…気持ちは解るけどそんな教科書通りの挑発に乗るなっての」 そんな挑発の仕方なんて教科書に載ってはいないんだろうが、と心の中で自分ツッコミする陸凱。当然ながら、この失態の悔しさに未だ涙を止めるきっかけすらつかめない朱績からそんなツッコミが飛んでくるとは、陸凱も思っていない。 「…だよ…っ」 「ん?」 そのとき、嗚咽の中からそんな声が聞こえた。 「あたしに…あたしなんかに…お姉ちゃんの…代わりなんてっ…」 「そ〜だろうね〜」 この重苦しい雰囲気を意に介するでもなく、軽く流す陸凱に、朱績は悔し涙を払うことなく睨みつけた。 「伯姉なら言うに及ばず、義封先輩だったらきっと笑って流したでしょうね。周りが呆れたって、自分の感情を無闇やたらと周囲に振りまくような人じゃなかったしね」 しかし、それでも陸凱は取り合おうともしない。更に少女の心を抉るような言葉を容赦なく吐きつけた。 「酷いよっ!…何でそんな、酷いこと…平気で…」 朱績が掴み掛かってきても、陸凱はまったく動じない。そのまま彼女の胸に顔を預け、再び泣き出してしまう。 陸凱は振り払おうとせず、その体を抱き寄せた。 「なぁ公緒、あたしたちはどう頑張っても、あんな人たちの代わりになんてなれやしないんだ」 「…ふぇ…?」 「いくら能力があったって、たとえ血のつながりがあったって…あたしや幼節が伯姉の代わりなんて出来ないだろうし、承淵が興覇さんの牙城に迫ることも出来ない。季文も休穆先輩と似てるのは性格だけだ。世洪は仲翔先輩みたいになれないだろうけど…まぁ、あれはならないほうが無難かもな」 冗談めかしてそんなことを言って、そして真顔で続けた。 「あんたも同じだ、公緒。だったら、あたしたちはあたしたちなりに、頑張るしかないんだ。失敗したら、また次へ活かしていけばいい…」 その言葉に、弱々しいながらも「うん」と朱績は頷いた。
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