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918:★教授 2006/04/16(日) 22:40 ■■アメフリ■■ 「ふーむ、私の予想通り雨になったか。天気予報というものは私くらい確実でないといかんな」 諸葛亮は白羽扇を口元に校舎玄関前に立っていた。しとしとと雨の降り注ぐ天を仰ぎ涼しげな表情をしている。 トレードマークの白衣を脱ぎ、髪を結わずに流したその姿は正に凛とした美少女。誰もが思わず息を呑んでしまうほどの美貌を降りしきる雨が更に引き立てる。これこそ絵になると言ったものだろう。 「ふふふ、だが私が傘を忘れるといったベタな展開にはならん。むしろ、あってはならん事態だ…萌えられる要素ではない」 喋らなければ…だったが。 「ひゃあー…マジかよー。予報になかったぞー」 「予報はあくまでも予報…ってか。全力疾走すれば被害は少なくて済むかな」 「仕方ないですね。面倒ですけど走りましょうか」 諸葛亮の脇を張飛、馬超、王平ら元気な娘さん達が走り抜けていく。鞄を傘代わりに焼け石に水な抵抗をしながら駆けていく後姿に諸葛亮は心の中で『あれもまた萌えというヤツだな』と頷いていた。 続いて諸葛亮の横を通り過ぎるは、お馴染みの二人組だった。 「孝直〜…もう少し傘こっちに傾けてよー…」 「もうっ! これ折り畳みなんだからそんなに大きくないのっ! 私だって濡れてるんだから!」 ぐいぐいと小さな折り畳み傘の遮蔽範囲に身を潜り込ませようとする簡雍とそれを微妙に防ぐ法正だ。どうやら傘を忘れた簡雍が法正の折り畳み傘に入れてもらっている御様子。結局真ん中に傘を持ってくるという事で落ち着いたのだろう、二人とも肩を濡らしながら歩いていった。 「あの二人はいつも私の心をくすぐる…。次なる策を実行に移したくなるではないか」 ごそごそと自分の鞄に手を突っ込みながら帰宅部公認カップルを見送る諸葛亮。だが、今朝そこに入れたはずのものが見つけられない。段々と涼しい顔が引き攣り始める。 「………何故だ。間違いなく今朝入れたはずだ…折り畳み傘…」 鞄を覗き込み、その小さいながらも雨天時に効果を抜群に発揮してくれるアイテムを目で探す。しかし、その姿を視認する事が出来ない。彼女の頭の中で仮説が二つ浮かぶ。 仮説1:入れたつもりだった 「いや、仮説にしても有り得ん話だ。用意周到だった、昼も確認した…」 却下。 仮説2:賊に盗まれた 「一番可能性が高い。放課後間際の突然の雨、少し席を離れた私。この隙くらいしか思いつかんが…それしかないな…」 採用らしい。 「ともあれ…仮説2だったとすると…。全く、何処の命知らずだ…定例会議にかけんとな」 悪態を吐きながら傘の入ってない鞄を頭の上に掲げる。こうなれば仕方ない、といった表情だ。 「どう考えても傘を持ってきている連中が校舎内にまだいるとは思えん…諸葛亮孔明、一生の不覚。ラボに篭るには準備不足…」 普段から専用ラボに篭る事もしばしばだったが、食料及び着替えが必須の泊り込み。今日は篭るつもりは無かったので用意していなかったのだ。 「運動は苦手な方だ…が、進退窮まった。やるしかない…」 意を決すると鞄を傘代わりに勢いを増した雨の中に飛び込んでいった………──── 「全く酷い目にあった…」 寮の玄関で髪をかきあげ、溜息を吐く諸葛亮。鞄が傘の代用になるにはあまりにも小さすぎたのか、全身は濡れ鼠になり制服がべっとりと体に張り付いてしまっている。上着に至っては下着が透けてしまっていた。 「まずは体を温めんとな。風邪を引いては元も子もない」 寮の管理者が気を利かせたのだろう、玄関先に置いてあったタオルを一枚手に自室へと向かう。と、そのドアノブに見慣れた黒いものがぶら下がっていた。持っていたタオルと鞄がどさどさっと床に落ち、わなわなと怒りに震えだす。 「これは…私の傘! し、しかも使用済みではないか!」 そう、それは自分の所有物。市販物に頼らない彼女が買った数少ない生活用品、それだけに妙な愛着心のあった折り畳み傘だったのだ。 「おのれ、憎き下手人! 久々に私も怒り心頭だぞっ!」 怒りに打ち震えながらタオル、鞄、そして傘を回収して部屋に入り…そして乱暴にドアを閉めた。たまたま近くにいた馬岱がびっくりして階段を踏み外したのはまた別の話。 話はこれでお終いなのだが…さて、諸葛亮の傘を盗んだ張本人は誰だったのだろう? 最後にヒントを。 予報になかった雨、傘を持ってきてない人多数につき濡れるは必然。でも、ずぶ濡れにならなかったのは? 大体の予想は付いたでしょう。機会があれば、続きのお話をするとしましょう。 了
919:★教授 2006/04/16(日) 22:53 お久しぶりです。駄文の帝王、教授です。 存在が希薄になって久しいですが…一応生きているという事で。再び駄作を世に…。 時間もなくて何だか短くて尻すぼみな内容ですみません。 一ヶ月くらい使ってゆっくりと筆を取りたいなぁ…。 諸葛亮を主人公にしてみました。意外とこの人を主役にした作品が少なかったもので、出来心的な感じのノリで書きはじめました。 完璧超人を地に我が道を進む彼女にもこんな一面が…と想像を膨らませました、が。結果は散々なもので。 このままでは私も不完全燃焼、何とか見れるものにリメイクしてあげたいなぁ…
920:海月 亮 2006/04/17(月) 20:32 >教授様 つかおいらの解釈通りなら、孔明さんは自分の傘が目の前を通っていったのに気づかなかったと言うことになりますが^^A 横光三国志で孔明が天井裏に取り残されてしまったシーンを思い出してなんか和んだww 何はともあれご無沙汰しておりやした^^A
921:★教授 2006/04/17(月) 21:50 >海月様 彼女は目の前の萌えに気を取られていたのです(^^;) いつでも完全無欠ではないという事を表現したかっただけで…。 ともあれ、お久しぶりでありました
922:弐師 2006/05/13(土) 20:52 周りは美しい森に森に覆われていた。 その中に敷かれたとても広い遊歩道の中に私達は布陣している。 遊歩道は幅だけでも100mはあるだろうか。煉瓦敷きになっていて、平常時ならば、とても静かでいい場所だろう。こんなところで戦うというのも気が引けるが、仕様がないことだ。 ・・・やはり、多くの人間が整然と隊列を組み、向かい合うのは何度体験しても興奮するものだ。 敵の周昂は、私たちの軍の二倍ほどの兵力。兵力の差だけで言えばかなり絶望的と言っても良いだろう。 しかし、つけ込む隙はある。 まず、将の器。 周昂の名前は今日初めて聞いた、しかし、孫堅さん程の将はなかなか居ないだろう。 第一、今まで名前すら聞いたことさえない将だ、まあ、その程度と言うことなのだろう。 そして、兵の質。 今、袁紹の精兵はお姉ちゃんとの戦線に居る。ここにいる兵はそれほど練度が高くはない、それは今こうして向き合っていれば分かる。以前、お姉ちゃんの元で対峙したときと、明らかに「気」が違う。 それに対して、孫堅さんの軍は精鋭中の精鋭。二倍の兵相手でもかなり持ちこたえられる筈。 まずは耐えに耐えて、敵の崩れを誘う。 そして、私の率いる白馬義従。彼女らを率いて、私が本陣に突っ込む。 それが成功すれば、勝てる。 ミスれば、それで終わり。 白馬義従の娘達の顔を見回す。誰一人とておびえている娘は居ない。 ふふ、上等じゃない。流石は精鋭中の精鋭だ。 やってやるよ。私だって公孫一族なんだから、名を汚すわけにはいかない。 「よし!進軍だ!」 孫堅さんの号令の元、歩兵のみんなが敵軍へ攻撃を仕掛ける、一段目は程普さんが指揮を執っている。一旦は押し込み、その後少しずつ誘い込む作戦だ。 まずは互いの軍の一段目がぶつかる、兵力差を物ともせず、こちらが押し込んでいっている。 段々と敵の一段目が崩れ始める、程普さんは兵達の先頭で竹刀を振り回している。 ん?・・・おかしい、だんだん敵兵が二つに別れている、誘い込み挟み込む気か。 程普さんは気づいていているのかいないのか、そのままどんどん前進している。いや、させられているのか。 敵陣に飲み込まれ、挟み撃ちに合う寸前のところで、いきなり孫堅さん自ら率いるバイク部隊が突っ込んでいく。それと入れ替わりに、程普さんが後退していく。なるほど、流石は孫堅さんの配下、よく訓練してある。 孫堅さんは挟み撃ちにしようとした兵達を追い散らし、同様に引き上げてくる。 敵は算を乱し、結局全軍で押しつぶそうと前進してくる。 必然的に、陣は乱れる。 そして、決定的な隙が出てくる。 本陣と前衛との隙間。そこに全速力で、突入。 「今だ!本陣の周昂の所に突っ込むよっ!」 大地が震える。どんどんスピードを上げ、本陣に近づいていく。 乱戦に、突入する。 周りの娘達には目もくれずに、ただ一直線に周昂の元へ向かう。 「邪魔をするなら、容赦しないよっ!」 どんどんと本陣の中を進んでいく。 それほどまでの圧力はない、やはり、大したことのない敵か。 時々遮ろうと前に出てくる娘もいたが、それもどこか及び腰ですぐに蹴散らした。 私達に合わせ、防戦に徹していた孫堅さん達の本隊も攻勢に転じている。 前からの圧力に加え、陣の内部も引っかき回されているのだ、潰走するのも時間の問題だろう。 流れは、確実にこちらに来ている、あと一押しだ。 風が私の頬を打つ、まさに天を駆けるかの如く周昂に近づいていく。 周昂まで、あと ――――――――50m ――――――――25m ――――――――10m ――――――――――0!!! 遂に、周昂をとらえた。旗本達も蹴散らし、彼女に向かう。 「覚悟!!」 間近で見た、周昂の顔、それを見た瞬間、背筋に冷たい物が走る. 私は勝利を確信した、きっとそれは正しい。 それなのに―――――――― 何だというのだ、今から飛ばされようとしているのに何故っ!! 「何故貴女は、笑ってるのよっ?!」 「分からないの?所詮はあの公孫サンの妹ね・・・ふふ・・・」 「何がおかしいと言っているの!」 「ふふ、じゃあ、教えてあげる。私は、周昂さんじゃないわ・・・あなた、周昂さんの顔知らなかったでしょう?もしかして、名前すら知らなかったんじゃないかしら。 ただ、本陣にいて、旗本に守られているから、私のことを周昂さんだと思った・・・ ふふ、そう、本当の周昂さんは、本陣には最初からいなかった・・・」 そう彼女が言い終えたとき、左右の森の中から鬨の声が響いてきた。 まさか・・・伏兵・・・ 森の中から出てきた軍の先頭には、目つきの鋭い、薄笑いを浮かべた女が立っていた。 あいつが、本物の、周昂・・・!! 「孫堅さぁん!!!逃げてぇっ!!!!!」 ――――――――だけど、その絶叫も、 前後左右の鬨の声にかき消されて――――――――
923:弐師 2006/05/13(土) 20:54 詰めの甘い越さんなのでした。 >雑号将軍さま 袁術先輩は凄いですね、ほんとに。 設定を見てるだけで私の手には負えない気がしてましたw 「一位にこだわるがそれに値する努力はしっかりしてる」というのが素敵です。 >北畠蒼陽さま たった一言ですれ違ってしまった二人・・・相変わらずの素晴らしいダークっぷり!流石は蒼陽さまです 是非袁術先輩も書いて下さい!! 私の筆力ではこれが限界です・・・ >海月 亮さま 呂蒙の決意。そしてそれを認め、協力する少女達。青春ですね! 着々と進んでいく関羽包囲網、決戦が楽しみです。 >教授さま 完全無欠な孔明さんの弱点・・・それは「萌え」だったのですねw いやはや、流石は教授さまでございます。
924:海月 亮 2006/06/04(日) 21:19 −武神に挑む者− 第一部 >>898-901 第二部 >>909-912 第三部 決戦への秒読み 呂蒙たちが陸口の渡し場から遠くの戦場を"観ている"丁度その頃…虞翻は手筈通り、公安津の留守居を命ぜられた士仁の元を訪ねていた。 (…成る程) 闖入者に対して何の警戒も払わないどころか、こちらを時折伺う視線も無関心そのもの。 その守備隊のかもし出す雰囲気からは、訪れるであろうに未来に絶望しているように虞翻には思えていた。 (……同情したくもなるわね) 天下分け目ともいえるこの機会に背後の守りを任されるのは良いとしても…恐らく此処に残されたものは、"前線にいても無用の長物"というレッテルを貼られて、切り捨てられた者たちであろう。 帰宅部連合がまだ弱小勢力のことから劉備や張飛らと艱難をともにし、奸雄曹操をも虜にした義の人・関雲長。 その裏に隠された関羽のもうひとつの顔を、虞翻は垣間見たような気がした。 (君義の落ち度は、此処まで酷い扱いを受けなければならないほどではないだろうに…ううん、厳粛に取りしまるとのは良いとしても) その返り咲きの機会すら与えない…そんな関羽の冷徹な一面を垣間見た気がして、彼女は何時しか不快感すら覚え始めていた。 いや。 彼女が関羽に抱いた嫌悪感は、既にこうなる前から、持ち合わせていたものだった。 長湖部側から持ち出した親睦の歓談を拒絶し、公式の場で孫権を貶める発言をした…そのときから。 執務室に通された虞翻は、半年振りくらいに会った旧友の表情の変化に、衝撃を受けずに居れなかった。 腕前はともかくとしても、発展途上だった同門の有望株は、少なくとも此処まで覇気のない表情はしていなかったはずだ。 快活で前向きだったその彼女の面影はすっかり消え去り…瞳には絶望と憎悪が渦を巻いているように見えた。 「…あなたの言葉…信じてもいいのね?」 「ええ。ただし、条件があるわ」 既に前もって、文書で双方の意思疎通は図られていたのだ。 「……江陵棟の糜芳、その懐柔が条件よ」 「問題はないわ」 その少女は、虞翻に一通の文書を手渡す。 「我ら二名、および公安津・江陵駐屯軍の末卒に到るまで、あの女に味方するものはないわ…!」 「そう」 虞翻は此処まで自分の思い通りに運ぶとは思いもよらず、苦笑を隠せずにいた。 それから30分後、虞翻の連絡を受けた長湖部の精鋭部隊は、樊で戦う関羽にその動きを悟られることなく公安津への上陸を果たした。 「あんたが士仁だな」 「はい」 呂蒙との面会を果たし、降伏者の礼を取る士仁。 「そんなに堅っ苦しいのは抜きで良いよ。立場が立場だから暫くは肩身狭いかもしれないけど…まぁひとつよろしく頼むわ。これからの戦列に加わって協力してもらってもいいかい?」 「無論。武神などと呼ばれ有頂天になっているあの女に、是非とも一泡吹かせる機会を!」 見つめ返す栗色の瞳の奥には、憎悪の炎が渦巻いているかのよう…呂蒙もまた、虞翻が抱いたのと同じ印象を受けた。 傍らの虞翻に目をやる呂蒙。 「…彼女は私と同流派の使い手よ。先鋒に加えて、彼女やひいては我が流派が蒙った汚辱を晴らす機会を与えてくれれば、私としても嬉しい」 その応答に満足げに頷く呂蒙。 「よし決まりだ。此処の連中もやる気満々のようだし、先ずは関羽攻略に一役買ってもらうとするかな」 「…ありがとうございます!」 初めて喜悦の表情を表し、深々と一礼し退出するその少女の姿を見送り、呂蒙は再び虞翻を見やる。 「…どんなに堅い胡桃の実にも虫が食っていることがあるが…まさにその通りだな」 「そうね」 呟く虞翻には何の表情も伺えない。 彼女としても複雑な気分であっただろう。志は違えたといえど、旧友の弱みに付け込んだ格好になったのだから。 「これで私の役目は…」 「んや、あんたにはもう一役買ってもらわなきゃならん」 「え?」 立ち去ろうとした虞翻だったが、呂蒙は更なる重責を彼女に負わせるべく考えていたらしい。 ふたりがそのあと、何を話していたのか知る者はいない。 唯、以降この陣中に虞翻の名をみることはない。 その後関羽攻略を記した記事の中に唯一つ、虞翻が孫権に問われるまま占いを立て、関羽が彼女の予見したとおりの時間に囚われたことを孫権が称揚した以外には…。
925:海月 亮 2006/06/04(日) 21:19 陸遜達が夷陵棟に腰を落ち着けて間もなくのこと。 「伯言ちゃ…いやいや、主将、江陵から電報来ましたよ」 「思ったより早かったのね」 大仰に敬礼しなおして部屋に入ってくる駱統の姿に苦笑しながら、受け取った電報にさっと目を通す。幼馴染であったゆえか、陸遜は駱統にこういう茶目っ気があることを良く知っていた。 「ところで公緒、周辺の状況は?」 「とりあえず宜都、秭帰、巫の各地区に散在する小勢力の制圧は完了してるわ。此処も元々少人数しか残ってなかったからさしたる抵抗もなし。一先ず任務完了ってとこかな」 そう、と一言呟くと、 「じゃあ私も最後の仕上げにかかるとしますか…軍団のうち、300を率いて関羽包囲に加わるわ。暫定的な軍編成はここに書いたとおりに、あなたに一任するわ」 手元の書類を封筒にしまいこんで、駱統に手渡した。 「ねぇ、伯言ちゃん」 退出しようとする陸遜の背に、駱統は問いかける。 「伯言ちゃんは、これが終わったらまた、元のマネージャーさんに戻るの?」 「…そういう、約束だからね」 そのまま振り向こうともせず、陸遜は「後はよろしくね」と一言残して、その場を後にした。 その場に取り残された格好になった駱統は暫くその場に突っ立っていたが… 「……惜しいなぁー」 と一言呟き、主のいなくなった部屋のソファーにひっくり返った。 江陵陥落から間もなく、その陣中には長湖の精鋭軍を引き連れてきた孫権の姿があった。 江陵にて後方守備軍に睨みを利かせていた潘濬は、江陵をあっさりと占拠されたという事実を恥じ、寮の一室に閉じこもっていたが、孫権は呂蒙の進言にしたがって彼女と直接面談し、その協力を仰ぐことに成功した。 余談ではあるが、孫権はこのとき、布団から出たがらない彼女を、布団ごと担架に乗せて連れて来させたらしいという噂もあったという。孫権を快く思わないか、潘濬の節度を惜しんだか、あるいはその両方を持ち合わせている誰かが、そんなことを言い出したのだろう、ということだった。 それはさておき。 「ボクとしても本気で帰宅部連合と事を違えるつもりはない。そもそも荊州は長湖部が帰宅部連合に貸与したものであって、しかも境界線を犯して備品を強奪するということ事態が言語道断のはず」 執務室で、潘濬を前にして険しい表情の孫権。 潘濬はあくまで無言だった。備品強奪の件についてはまったく彼女の与り知らぬ事であり、そもそもそんな事実が存在したのかどうかすら知る術がなかったからだ。 実際、関羽は于禁率いる樊棟救援軍を壊滅させると、そこで軍備不足となったため、夷陵棟から追加兵力を導入する際に湘関にある長湖部カヌー部のカヌーを無断で使用し、挙句に戦場にまで持ち出したままになっている。 危急の事態とはいえ、あまりに言語道断な話である。仮に関羽の指示ではないとはいえ、その卒に至るまでが長湖部という存在を下風に見ていたという証左だ。 そのことを聞かされた潘濬も(あぁ、そのくらいは仕出かしているだろうな)くらいのことは考えついていた。 関羽の独断専行は今に始まったことではない。現実に関羽は荊州学区における裁量の総てを帰宅部連合の本部から一任されており…そもそも今回の樊攻めも関羽自身の判断において実行されたものである。そこに潘濬や馬良、趙累といった関羽軍団の頭脳集団にその実行の審議を求めた形跡もなく…あくまで彼女の裁定に従い、各々与えられた職務を全うすることだけが求められた。 現実、関羽の裁定に非の打ち所がなかったことも確かだ。蒼天会との戦線を開くには、蒼天会が漢中アスレチックを放棄したこのタイミングをおいて、他にない。唯一懸念があるとすれば、関羽の"馴れ合い拒絶"に心中穏やかならぬはずの長湖部の動向のみだが、その主力はあくまで合肥に釘付けになっているはず…。 彼女にとっての大きな誤算は、やはり士仁や糜芳といった不平分子が予想外に多かったこと、そして、何よりもこの南郡という場所に対する長湖部の執念だろう。 彼女は孫権の表情から、単に関羽の言動に対する衝動的な感情だけで動いたのではないことに、気がついていた。 「貸主が借主の非礼に対し、相応の行動をとったということ…そのことを伝える使者に、キミに立ってもらおうと思う」 「…何故…私に?」 降伏組なら士仁や糜芳もいるし、使者として立つべき人物は長湖部員にも多くいるはず…特に士仁らの調略に関わった虞仲翔など、その際たるものであるのに…あるいは、やはり降伏者である自分への踏み絵とでも言うのだろうか。 その考えを読み取ったかどうか。 「…キミはここにいる中では、一番関雲長に対して敬意を払っている…そういう人になら、ボクの思うべきところをちゃんと彼女に伝えられると思ったからだよ」 そういって、孫権は微笑んだ。 その微笑みに、潘濬は関羽同様、孫仲謀という少女の器の大きさを見誤っていたことを思い知らされた。 (…そうか…最大の敗因は、私達の認識不足だったということか…) 彼女はこのとき初めて、決定的な敗北感を味あわされたような、そんな気がしていた。 その使者の命を拝領して、彼女が関羽の元へ出向いたのは間もなくのことだった。
926:海月 亮 2006/06/04(日) 21:20 「…実にいい風じゃないか」 戦場に近いクリークの上。 その行動開始時間を水上で待つ蒋欽は、遠くその"予定地点"を眺めながら、そう呟いた。 銀に染めた髪を無造作に束ね、腰にはジャージの上着と共に鉄パイプを括り付け、威風も堂々と立つその姿は…かつて湖南の学区を我が物顔に支配していたレディース"湖南海王"のヘッドを張っていた彼女そのままだった。 「これから何か起こるにしては、なんとも拍子抜けじゃねぇか?」 「あたしにゃそう思えませんけどねぇ」 答えるは、傍らに座る、どんぐり眼で赤髪の少女…吾粲。 舳先に座っている所為以上に、元々大柄の蒋欽と小柄な吾粲の身長差は40センチ以上あるため、吾粲の姿は余計に小さく見えた。 「これから始まるのは、まさしく学園勢力図の情勢を一変させる戦いですよ? むしろ、この静けさのは不気味でなりませんよ」 「…そうともいえるな」 吾粲の表情は硬い。蒋欽にも、その理由は良く解っていた。 彼女達がこれから相手にするのは、学園最強の武神と名高い関雲長。 夏に戦い、結局打ち倒すことの叶わなかった合肥の剣姫・張遼と比べても決して劣らない…いや、今の学園内において、下馬評によれば関羽の将器は張遼を大きく上回るとさえ言われている。 (そんなバケモノじみた相手に、果たして長湖部の力は何処まで通用するのか…?) 長湖幹部会でも危惧されてきたことだが、前線に立つ命知らずな長湖部の荒くれたちにも、その懸念がないわけではなかった。 いや、むしろ実際前線に立ち、数多の戦いを経てきた蒋欽らのほうが、むしろその思いを強く抱いていたに違いない。 「…なぁ、孔休」 不意に名を呼ばれ、自分の頭のはるか上にある蒋欽の顔を見上げる吾粲。 「あたしはこの戦いで飛ばされるかもしれない。飛ばされないかもしれない」 その表情は、一見普段とまったく変わらない様に見える。 しかし吾粲には…その黄昏の陽を背にしている所為だったのかどうか…何処か悲壮な決意に満ちたもののように感じられていた。 「どんな結末になろうとも…必ず関羽は叩き潰す。そのために必要な力が足りないというなら、その不足分はお前の脳味噌で補ってくれ」 「…言われるまでもないですよ」 それきり、ふたりが目を合わせることはなかった。 暮れ行く冬の夕陽を浴びながら、その眼はこれから赴く戦場…その一点だけを見据えていた。 日が暮れかけてきたころ。 江陵からは孫権、呂蒙、孫皎を中心とした千名余の長湖部主力部隊が、夷陵からは陸遜率いる三百名が、臨沮には潘璋、朱然らの率いる五百名が、そして柴巣からは湘南海王の特隊を含む千名が、それぞれ行動を開始していた。 江陵陥落の報を受けた関羽が、漸くにして事態を確かめるために南下してきたのだ。その勢はおよそ五百、僅かに関平、趙累ら一部の旗本を引き連れて。 「こいつぁ大仰なことになってきたなー♪」 臨沮駐屯軍の先頭に立ちながら、ぼさぼさ頭を無理やりポニーテールにしている少女…潘璋が嬉々として言う。 「でも先…主将、いくらあの武神が相手とはいえ、相手五百に対してうちらその何倍で囲んでるんですか?」 それに併走しながら、狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女が問いかける。 少女…丁奉の言葉には、わざわざ関羽一人葬るために、長湖部の全力を傾ける必要があるのか、という不満も見え隠れしていた。 言い換えれば、関羽一人をそこまで恐れなければならない、その理由が理解できなかった。 潘璋は苦虫を噛み潰したような表情で「けっ!」と一言吐き捨てる。 「寝言は寝て言いな承淵! 相手は学園最強の武神サマだ、十倍投入してもお釣りなんか多分でねぇ!」 そして、なおも何か言おうとする丁奉の言葉を遮り、 「…確かに関羽を恐れないものはいねぇ。だがな、だからこそ今全力をかけて、ヤツを叩き潰さなきゃならない…! アイツは事もあろうに、公式の場で長湖部を…あたし達が背負ってきたものを侮辱したんだ。その落とし前もつけさせてやらなきゃなんねぇんだよッ!」 珍しく真面目な顔で言い切った。 これには丁奉も納得せざるをえない。いや、むしろ彼女にも痛いほどよく解った。 彼女達が守ってきた長湖部の名…それを背負う孫権を、わざわざ公的な場で「門前を守る犬にも劣る」と言い放った関羽。孫権に対する侮辱は、孫権に見出されて世に出た彼女達に対する侮辱でもある。 「今のあたし達には、武神に対する恐怖なんかねぇ…あの高慢ちき女に一泡吹かしてやろうってことしか頭にないんだよ!」 「…心得違いでした。あたしも、及ばずながら!」 「おうよ、期待してるぜぇ! あんたもなっ!」 その答えに、普段のふてぶてしい表情に戻って、口元を吊り上げる潘璋。その傍らにいたもう一人の少女も無言で頷いた。 それは紫のバンダナを銀髪の上に置き、そこからはみ出した前髪から、僅かに深い色の瞳が覗いている…不思議な雰囲気を持つ少女であった。 丁奉はその少女…といっても、恐らくは彼女よりもずっと年上なんだろうが…の姿に、ほんの数時間前初めてであったときのことを思い出していた。
927:海月 亮 2006/06/04(日) 21:20 ほんの十数分前、益州学区に程近い臨沮地区へ向かおうとする潘璋を呂蒙が呼び止めた。 「実はなぁ、この娘をあんたの軍団に加えて欲しいんだ」 「えー?」 呂蒙が連れてきた少女こそ、件の少女…馬忠である。 既に戦闘の段取りを組み終えたところで、逆に新たな人員を加えることは、組み上げた段取りを再構築しなければならないことを意味する。潘璋の不満げな反応も、至極当然のことだが…呂蒙の熱心な説得に潘璋が折れ、その少女は丁奉に指揮を一任されている銀幡軍団に預けられることと相成った。 話によればこの馬忠、どうも何らかのトラウマがあって、それ以来言葉を失ってしまったということだった。その代わりといってはなんだが、武術の達人であり、関羽に対してもかなり一方ならぬ感情を持っているという話だった。 挨拶を求めても、そっけない感じで会釈を返しただけで軍団の最後尾に引っ込んでしまったその少女を目で追いつつ、丁奉は呟いた。 「なんだか、とっつきにくそうな人ですね…」 「あぁ。しかも偶然とはいえ、あたしとまったく同姓同名だ。ちっと呼び分け考えてもらわんとなぁ」 「え?」 丁奉の傍に、少し柄の悪そうな金髪の少女が苦笑している。 彼女は銀幡軍団のナンバーツーにあたる、阿撞と呼ばれている少女だった。甘寧療養中の銀幡軍団の実質的なまとめ役であり、丁奉のサポート役でもある。 「なんだ承淵? まさか"阿撞"ってのがあたしの本名だと思ってたんじゃないだろうな?」 「あ…いえ、その」 年季の入った百戦錬磨のガンに、慌てる丁奉。 「そりゃあんた、まったく本名の話してなかったくせにそれはないやろ」 流暢な関西弁を喋る少女が助け舟を入れる。銀幡のナンバースリー、暴走した甘寧を止められる数少ない存在の一人である蘇飛である。 「そういううちも、話してなかったしな。堪忍な」 「ち、阿飛、あんたばっかいい方に廻るな」 固まったままの後輩の肩を叩きながら蘇飛が笑い、つられる様にして阿撞…馬忠も笑う。 「阿撞ってのは、あたしがピンでやんちゃやってたころの通り名でね…リーダーに拾われたあとも、面倒くさいからそのまま通してるのさ。まぁ名札なんてのも普段付けねーし、クラスどころか学年も違うから知らなくて当然だよな」 はぁ…とあっけにとられた感じの丁奉。 「まぁ別にええんやないの? あの娘は馬忠でええやろし、あんた呼ぶときは阿撞せぇばええわけやし」 「てきとーいってくれるなオイ…一応親からもらった名前だぞ?」 けらけらと楽しそうに笑う蘇飛と、苦笑する馬忠。 そんな先輩ふたりのやり取りを他所に、丁奉は何故か"もうひとりの"馬忠が気になっているようだった。 その容姿、仕草…そしてその雰囲気は、何処か自分の知っている人物に酷似している様に思えたからだ。後に近い将来、共に長湖部を支えていくことになるある少女…いや、正確に言えば、それと縁のある人物に。 「どうかしたのか?」 「あ…いえ、別に。行きましょうか」 自分よりはるかに年上のヤンキー軍団と、その寡黙な少女を促して、移動を始めた潘璋軍団の後尾につきながら、 (…まさか…ね) 彼女は頭を振り、その考えを否定した。 彼女の記憶にあるその人物は、決して戦陣に立つイメージは思い浮かばなかったからだ。 丁奉の思索を打ち破ったのは、突如耳に飛び込んできた怒号。 時刻にして五時半を少し周っていたが、冬という季節がら既に日は落ち、彼女達の目指す先には明かりが見て取れる。 街灯の明かりばかりではなく、この時間の戦闘になることを見越して持ち込まれた照明機材の光で、そこだけ昼間の如く明るくなっていた。その燭光で、暗がりからの攻撃をカモフラージュする意味もあった。 言うまでもなく、そこが関羽包囲網の最終ポイント。少女達が目指す場所でもあった。 「…よし、大魚は罠にかかった! 承淵、あんたは銀幡軍団とその無口ねーさん引き連れて義封と後詰めにつきな!」 そして、目指した最終戦場を見渡せる高台に軍団を展開させる潘璋。 「先輩は!?」 「このまま公奕ねーさんの軍と挟撃かける! あんたたちは包囲を完璧にして、アリの子一匹通すなよ!」 「はいっ!」 その丘に帰宅部勢と長湖部勢の激突を、そして丘の対岸に蒋欽の姿を見て取った彼女は、思い思いの獲物を手にして戦闘準備を整えた子飼いの軍団に檄を飛ばす。 「決死鋭鋒隊、あたしに続けッ!!」 潘璋を戦闘に、怒号と共に雪崩を打って駆け下りる鋭鋒隊。 時を同じくして、対岸から戦場へ雪崩れ込む蒋欽軍団。 そして、関羽の正面から姿を現す呂蒙率いる長湖部本隊。 (多勢に無勢…どう考えても逃げ道はない…でも…) その光景を、彼女は取り残されたその場から遠く眺めながら。 丁奉は、戦場の中央で沈黙を守る関羽の姿に、形容しがたい不吉ものを感じていた。
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