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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
227:雪月華 2003/03/09(日) 23:38 I・G・Vの戦い −後編− 「姉者、もう少しです。静かなことから察するに、誰もいないようですな。」 「それにしても、人がこんなに苦労してる時に憲和はどこいったんや!」 「ここよ。」 「へ?」 劉備が顔をあげると、上では簡雍が微笑んでいた。 「い、いつの間に…」 「自転車道の脇に、昔の戦場の名残の地下道の入口があってさ、そこ辿ったら上に出れたの。出口で何人か竹刀もって警備してたけど、黄巾巻いてたら黙って通してくれたよ。」 「…その手があったか。」 「あんた達じゃダメ。幹部を何人か飛ばしてるから顔を知られすぎてるし。よいしょ。」 簡雍は3人を引っ張り上げながら笑った。 不意にステージの左手から3人が飛び出してきた。張宝の傍に侍立していた2人が誰何の声と共に駆け寄る。短い格闘の後、2人は関羽と張飛に叩き伏せられた。劉備が2人の前にずいと歩み出る。50人の聴衆はあっけにとられて身動きができない。 「貴様ら!生徒会か!?」 「あんたらの暴走によって迷惑をこうむった生徒代表っちゅうところやな。」 「この国賊が…」 女性ながら詰襟の学生服に身を包み、目に血光をみなぎらせた張宝が、日本刀を抜いた。水銀灯の光を照り返し、刃が不吉に光った。真剣である。周囲の空気が凍りつく。 関羽が劉備をかばうように一歩進み出た。右手には木刀が握られている。 「関さん!」 「お任せあれ。」 白刃を目の前にして、驚くほど静かな声。 「その器に見合わぬ力を持てば、その力はその器を砕く。それがその刀であり、多数の黄巾党であった。剣を引け。」 「小生には大和魂がある!亡国の非国民など斬り捨ててくれるわ!」 「聞こえておらぬか…」 「鬼畜米英!天誅を受けよ!」 張宝が袈裟懸けに斬りかかって来た。関羽は一歩踏み込むと無造作に木刀で刀を払う。澄んだ音がして張宝の刀が鍔元10cmを残して折れた。関羽はそのまま張宝の左手側に抜ける。続いて張飛が踊りかかり、例の三節棍で残った刀を叩き落として、右手側に抜けた。 「浪速の一撃!受けてみいや!」 劉備の愛用のハリセンが野球のアッパースイングの要領で張宝の顎に叩き込まれた。 20人を連れて前線についた時、後方で騒ぎが起こった。風も弱まってきている。劉備達にキャンプファイヤーが消され、張宝が飛ばされたか、と厳政は思った。うろたえる50人に対し、厳政は怒鳴った。 「地公主将が飛ばされた!神風ももうすぐやむ。逃げたい者は講堂の背後から陽城棟へ逃げるといい!」 「厳政先輩はどうなさるのです!?」 「あたしはここに残る。残って一人でも多く生徒会の連中を飛ばす。」 もとからいた30人が逃げ去っていった。残ったのは連れてきた20人だ。 「あなたたちも、ばかね。」 「ばかで結構です。がんばりましょう!」 風が弱まったことに気づいた下の生徒たちが、50人ほどで登ってくるのが見えた。 ぎりぎりまで引きつけ、ありったけの石を一斉に投げつけた。不意を疲れた50人は大混乱に陥る。石がなくなり、鍔無しの竹刀をとった厳政は白兵戦の指示を出した。 戦闘が収まり、二十数人を倒された生徒会は撤退していった。厳政の部下も7人が倒れ、苦しげにうめいている。それを見て厳政は心が痛んだ。 「もういい。あなた達も逃げなさい。」 「できません!」 「あたしは張宝とは物心ついたときから友達やってる。せめて、最後まで付き合ってやる義務があるのよ。あなた達はあたしについて2ヶ月しかたっていない。最後まであたしに付き合う必要はないわ。」 「たった2ヶ月でも部下は部下で…」 「利いたふうな口きいてんじゃねえよっ!!」 思い切り頬を張った。その女生徒は2m吹き飛んで気絶した。 「いいか、これ以上あたしに「いい人」をやらせてくれるな。まだわからないなら、あたしがあなた達を飛ばす!わかった!?」 「…」 「わかったなら、そいつら連れてさっさと逃げなさい。」 そういって背を向けた。しばらくして、背後の人の気配が消えた。 「やられた!?あの厳政って女…やるわね。どうしようか…」 「人海戦術。それしかあるまい。20、30と小出しにしても地形を利用されて犠牲者が増えるだけだ。幸い、風もやんでいる。障害はほとんどないはずだからな。」 人海戦術。中国人民解放軍お得意の戦法であり、少数の強敵に対して圧倒的な大軍をぶつけるのである。とにかく飛びかかり、のしかかり、引きずり倒す。 「全員突撃!一気に陽城棟まで押し切る!」 皇甫嵩のハスキーボイスが鉄門峡にこだました。 山道の麓から黒い川が逆流してくるように厳政は見えた。400人の突撃である。 「来ると思ったけど、いざ実際に見ると凄いわ…」 厳政は呟くと竹刀を構えた。下から道幅一杯に広がって400人が川のように走り登ってくる。不意にその川が二つに分かれた。あっけにとられる厳政の左右を数十人が駆け上った時、後ろから右肩に誰かが抱き付いてきた。もう一人に竹刀がもぎ取られる。反射的に振り上げた左手に二人が抱きついてきた。腹部に鈍い衝撃が走り、地面に引きずり倒された。意識が遠のく… 「張宝…義理は果たしたわ…お前が一日も早くまともに戻ることを…期待するわ。」 厳政の意識はそこで途切れた。 こうして、張角の入院からわずか2日で、張宝、張梁の姉妹は共に飛ばされた。まとまりを失った黄巾党は生徒会によって駆逐されてゆき、学園には束の間の平和が訪れることになる。 次の日、冀州校区総合病院の門の前に一人の女生徒が立った。皇甫嵩である。 蒼天学園。実地で覇を学ぶこの学園では、その校風ゆえ入院患者が発生しやすい環境にあるため、保健室では間に合わず、各校区にひとつずつ、入院設備の整った病院が誘致されている。学園医師会の医師が常時詰めているが、医師会会長の「神医」華陀は非常勤であり、興味の引く患者のいる校区を行ったり来たりしている。 張角は反乱の首謀者ではない。だが、学園を混乱させた元凶としての処分は与えねばならない。本当は温厚な魯植に行ってもらいたかったが、生徒会を退いた後、夏風邪を引いて寝込んでいた。頼める状況ではなかった。 「気の重い仕事だ…手負いの天使を狩らねばならんとはな…」 そう呟くと、皇甫嵩は病院の門をくぐった… −−−−−−−−−−−−−−−−− ふと浮かんだので、鉄門峡の戦い(横光風に劉備軍奇襲、張宝戦死)を書いてみました。 厳政がかなりかっこよくなってますが、原典どおりに、形成不利になって親玉の首を差し出した、ではなんとなく学三の雰囲気にそぐわないので、少年ジ○ンプ風に友情、努力、熱血をアレンジしてみました。結果的には裏切ったことになってるし。 簡雍、何気に大活躍(^^;)。あんなこと書きましたが、未成年の飲
228:雪月華 2003/03/10(月) 15:32 [sage] お詫び 魯植タン、眼鏡っ子じゃありませんでした(^^;)スミマセヌ あと、以前のSSで華陀先生を爺にしていましたが、 japan様、項翔様、御二方の正史を読み直した結果、女医であることが判明(汗)。 次のSSでは訂正してあります。 張角関連はあと2部ばかり続く予定(9割がた推敲済み)です。 第4部書いててふと思う…英文の作詞って難しい… >教授様 時期的にぴったりの卒業シリーズ。微笑ましかったり、切なかったり… そういえば彼女達の進路って一体…袁術は決まってたみたいですけど… >彩鳳様 学園生活、戦略戦術、相反するはずの二つをうまくまとめる…お見事です。 あと、確かに蕎麦って意外とカロリー高いですよね。
229:彩鳳 2003/03/11(火) 01:00 皆様、お久しぶりで御座います。しばらく蕎麦屋のバイトで留守に していたので返事が遅れてしまいました。 また木曜日or金曜日には戦線離脱しますが、それまではなんとか動けます。 私もSSのお詫びから先に(^^;;; 「二人は同時に周囲を見渡し、同時に口を開いていた。」 の部分で、二人(曹操&夏侯惇)は何を頼んだんだ? って思った方は当然いらっしゃると思います。 すみませぬ。その辺りを書くのを忘れていました(ドキューン) SSの続きに紛れ込ませることが出来れば良いのですが・・・完全に泥縄ですね(^^; >アサハル様、 アサハル様のおっしゃる様に、蒼天学園の生徒はなんだかんだで熱いと思います。 (その「熱さ」の形はそれぞれですけど・・・。) 高校生としては洒落にならないくらいにハードな毎日ですけど、それはそれで 一つの幸せなのでは・・・とも思います。 >ぐっこ様、 曹洪はまだ会計係として出て来た事はありませんよね? 私は高校時代二つの部の会計を掛け持ちしていたので、実体験を元に会計係の 曹洪を書いてみた次第です。 学三の曹操は、お祭りになると景気良く金をつぎ込むこと間違い無いので(^^; 気の毒ですが曹洪には頑張って頂く事に・・・(それが無ければ会計ってヒマなんですけどね(^^; まだ構想段階ですが、部活だったら予算折衝があるので、そっちのネタでSS書ければ・・・ と思っています。(いかんせん、帰宅部が参加出来ないのがネックですが・・・) >雪月華様 「I・G・Vの戦い」 拝読致しました。 厳政の葛藤が上手く書かれていると思います。しかし、こう言う立場の人って 歴史的に見ると結構多いような気が・・・
230:アサハル 2003/03/13(木) 18:49 >雪月華様 厳政…!!熱い!熱いぞ!! うああー…こんな素晴らしいSSの後に続くのが私の駄漫画というのが 申し訳ないです…(;´Д`) しかし最近簡雍ツッ走ってますなー!ワインも醸造できるのか…凄い人だ。 てゆーか盧植はメガネっこでもいいかもと一瞬でも思った私を許して下さい。
231:★ぐっこ 2003/03/14(金) 00:26 >雪月花様 むう! 黄巾の、厳政の熱い戦いを拝見しました! 黄巾の連中、とくに中堅幹部は張角への忠誠と現実の狭間で、 かなり無理をしていたようですね… そして敵がたたる皇甫嵩らの思いもむなしく、学園史は悪化の 運命を辿るのですな… 続編に期待! 学三演義にも熱が入るというモノ! >彩鳳様 実体験こみですか!曹洪たん…(^_^;) ケチというところから現在の設定がある曹洪ですが、実際でも 色んなトコロから資金やら人員やらを掻き集めた苦労人なんですよね… >アサハル様 むう、私も眼鏡っ娘盧植に萌えているところです。 本を読むときなんかはかけてるんだろうな(;´Д`)ハァハァ…
232:教授 2003/03/16(日) 01:55 ■■卒業 〜甘寧と魯粛〜■■ 「よーし…二代目は行ったな…」 甘寧は孫策達が走り去った事を確認すると、背中併せになっている魯粛に呼びかけ る。 「魯粛! そっちはどうだ!」 「やっばいよ! 何か…わらわら出てきた!」 声を荒げて状況を簡単に説明する魯粛。 その目には、病院から巣を突つかれた蜂の群れの如く医師や看護婦、警備員から患者まで映ってい た。 「な、なんだ〜!?」 後ろを振り返った甘寧も、その異様な光景に思わず驚いてしまう。 「こらぁ! 患者泥棒!」 「絶対安静の患者さんを連れ出すなー!」 「俺達の公謹ちゃんを返せー!」 様々な声や雄叫びを上げながら追っ手達が迫ってくる。 ある種の殺気が篭ってるからこれがまた恐い。 「…興覇。ずらかるよ!」 「あ、ああ…。あれにゃ勝てる気がしねーし…」 魯粛は世にも不思議な光景に呆然としている甘寧の肩を叩いて走り出す。 後ろをちらちらと見ながらも甘寧が後に続く。 幸い、近くにバイクを止めていた事もあったので追っ手に追い付かれる事はなかった。 甘寧は素早くバイクに跨ると、思いきりアクセルをふかす。 消音機が抜かれた違法改造バイクから放たれた轟音に追ってくる病院関係者達が足 を止めた。 「へへん! 俺様のデビルアローの前じゃカミサマだって足を止めるぜ!」 得意気な甘寧。 ふと、魯粛を見ると… 「うう…興覇のアホ…やるならやるって先に言え…」 耳を押さえて蹲っていた。 「わ、わりぃわりぃ…。とにかく後ろに乗れや…な?」 「後で何か奢れよ〜…」 「分かったから…早く後ろ乗れって」 機嫌を損ねた魯粛を宥めながら、バイクに乗せる。 だが、ここで足の速い警備員の手が魯粛の肩を掴み、引きずり降ろそうとする。 「わあっ!」 「捕まえたぞ! おとな…しぃっ!」 しかし、その警備員は甘寧の蹴りをまともに顔に受けて倒れた。 「ふざけんな! 捕まってたまるかよ!」 「助かったけど…口上してる暇があったら早く出して! ほらっ!」 この間に、追っ手と二人の距離はもう目と鼻の先になっていた。 「仕方ねえ…。子敬! しっかり掴まってろよ!」 「え!? う、うん…」 甘寧の叫びに魯粛はぎゅっと彼女の体にしがみつく…ただしそこは思ったより柔らかかった。 「ひゃっ! そ…そこは違うだろ! もっと下だって!」 顔を烈火の如く染めて猛抗議する甘寧。 「あ…ご、ごめん」 改めて魯粛は甘寧にしがみつく。 「よーし! 行くぜ!」 気を取り直した甘寧の右手が目一杯絞り込まれる。 バイクは雷鳴を轟かせながら急発進。 だが、甘寧はここでブレーキを入れた。 左足を地面に付け、大きくバイクを傾ける。 そして再びアクセルを全開。 途端にバイクは甘寧の左足を軸に半回転し…そして軸を取り除く。 バイクは瞬時に追っ手達の方を向いた。 「悪いけどオメーらに付き合ってられねんだわ…往生しな!」 と、同時に一気に彼等に向かって発進。 「うわわ!」 魯粛は振り落とされないように懸命に甘寧にしがみつく。 この突然の甘寧の攻勢に驚いた病院関係者達はその場で腰を抜かしてしまった。 「へへ…なーんてな。アバヨ!」 甘寧はブレーキを握り、体重を移動させ、ハンドルを切る。 その卓越した一連の動きは、最早人間業とは言えない程のものだった。 瞬きをする程度の時間、それだけの間にバイクは既に反対方向を向いていた。 医師達との間隔、実に1メートルあるかないかだ。 そのまま返す勢いに乗り、甘寧達はそのまま走り去っていく。 呆然とする医師達の耳に鈴の音を残して――。 「なー…子敬」 「んー?」 「卒業したら大学だっけー…」 「そーだけど」 「あーあ…俺もちったぁ勉強すりゃ良かったかな」 「何よ、寂しいとでも言うつもり?」 「バカ言え。俺は勉強続けるよりも気ままにフリーターやってる方が性に合ってる さ」 「興覇らしいな、それ」 「それにな…卒業したからって会えないってわけじゃねーんだから」 「…分かってるよ。…それよりも今は…」 「ああ…そーだな…」 バイクを走らせる甘寧、そして後ろに乗っている魯粛。 その後ろには…。 『あー、そこのノーヘルの二人乗り。速やかに止まりなさい』 白バイが尾いていた。 「アホか、誰が止まるんだよ」 「興覇といると退屈しないよねー」 「…お前もアホだな」 「お互いにね」 二人は微笑むと、物凄い勢いで朝霧の中に溶けて行った――。
233:★ぐっこ 2003/03/17(月) 01:46 Σ(; ̄□ ̄)!! 「ひゃっ! そ…そこは違うだろ! もっと下だって!」 (;´Д`)ハァハァ… …いや、それはともかく! あの後にもまだドタバタが待っていたようで(^_^;) やはり公瑾たんは病院関係者のなかでもアイドルでしたか… 魯粛と甘寧、方向性はおなじだけど進路は全く正反対の2人、これからどういう 人生を歩んで行くやら…。 どちらにしてもスレンダーで奔放な女性になりそう。
234:アサハル 2003/03/17(月) 22:22 実は先んじてメールで読ませて頂いております(w >「俺達の公瑾ちゃんを返せー!!」 に腹筋痙攣せんばかりに笑わせて頂きました。怖ー 口が悪い魯粛ちゃんに萌え… しかしいいコンビだなあ…甘寧と呂蒙。
235:アサハル 2003/03/18(火) 13:54 気づくの遅いよ!というツッコミは重々承知の上ですが >>234…当然ながら「甘寧と呂蒙」ではなく「甘寧と魯粛」です。 すみませんすみません…あー・゚・(つДT)・゚・
236:雪月華 2003/03/18(火) 16:30 Departure -First Half- 曲の中盤に差し掛かったとき、喉に奇妙な痺れを覚えた。 突然、喉のあたりで何かが破れる感じがし、灼熱感と共に凄まじい激痛が喉を襲った。喉からの血が気管支に拒絶され、咳の衝動が襲いかかり、左手で口を押さえて咳き込んだ。肘まであるレースの手袋の掌が鮮やかな赤に染まり、猛烈な息苦しさが襲ってきたが、息を吸おうとすると血が気管に流れ込み、咳こんでしまう。苦痛と息苦しさに耐えかねて膝をつき、声を出そうとしたが掠れた唸り声となるだけだった。肌身離さず身につけているママに貰った黄色いスカーフに点々と赤い染みがついているのが見えた。左手は既に手首まで赤く染まっている。 不意に、目の前が深紅に染まり、暗転した。影のように何者かが覆い被さり、それの触れたところから感覚が消えうせてゆく… 覆い被さってきたものは「死」だろうか。楽になれる…解放される…そこまで思った時、意識の最後の断片が闇に沈んだ。 …また、あの時の事を思い出した。 上半身を起こして辺りを見回し、冀州校区総合病院の大部屋に居ることを思い出した。室内に自分以外の入院患者は居らず、8つあるベッドのうち、7つがマットレスを剥き出しにしている。時刻は…午後4時少し前。 「ん?目が覚めたか?」 窓の傍の花瓶に名残の紫陽花を活けていた白衣の女性が振り向く。校医の華陀先生。まだ20代だが、ありとあらゆる医道に通じ、日本医師会では「神医」と呼ばれるほどの存在らしい。性格に多少、難があるが… 「腹が減ったか?そろそろ、流動食をとってもいい頃だな。6時には運ばせるから、それまで読書でもしておけ。面会者があるかもしれんが、疲れたら遠慮せず追い出すこと。いいな。」 そろそろ会議がある、と言ってハイヒールを音高く鳴らし、華陀先生は出て行った。 壁の日めくりカレンダーを見て、入院、手術から5日が経っているのに気づいた。今までは点滴で栄養補給をしていたが、そろそろ胃が無為の休暇に飽きはじめていたことに気がついた。 初めて目を覚ましたのは手術後2日してからだった。つきそっていてくれた華陀先生は長湖部のところへ行き、入れ違いに、峻厳な雰囲気を漂わせた、黒髪の背の高い女生徒が面会に来た。生徒会の大物、皇甫嵩だった。学年は同じだが面識はほとんどない。立場からすれば憎むべき敵のはずだが不思議と恨みや怒りは湧いてこなかった。自分が原因となった学園の混乱を収めてくれたことで、いっそ感謝の気持ちすら湧いてきたほどだった。部下を伴わずに一人で来た事も、好感をもてた。きつめの雰囲気はあるが、根は優しい人なのだ。 無言の短いやり取りの後、それほど高額でもない階級章と、あの舞台の前に書いておいた退学届を、皇甫嵩は預かってくれた。それを見届けると猛烈に眠くなり、目を閉じるとそのまま眠った。 夢は相変わらず見ることができず、眠ると、辛い思い出ばかりが脳裏に浮かんだ。金銀妖瞳に対する執行部からの蔑視。異能の声ゆえに自分を追い出した合唱部。自分の制御を離れ、暴走した妹達。最後に見た夢。そして最後の舞台のこと… 3日目から何人かが面会に来た。多少、面識のある同級生。まだ熱心さを失わない親衛隊。彼女達とのコミュニケーションのために、携帯用のワープロを使っていた。目を覚ました時、華陀先生が貸してくれたのだ。 『筆談という手もあるが、君は面会者が多いだろうからな。紙とペンでは資源の浪費になる。』 ナスのような体型をしたオレンジ色の猫のような動物のマスコットがデザインされており、不思議とそのキャラクターに親近感を覚えた。 張宝と張梁は顔を見せなかった。伝え聞くところによると、相次いで飛ばされた彼女達は、ほとんど廃人同様になっているらしい。とくに張梁はまともに授業にも出席できず、寮で寝込んだままであると言う。 「失礼仕る。」 古風な言葉づかいの一人の女生徒が入ってきた。はっ、とした。女性にしてはずば抜けて高い身長。艶やかな長い黒髪、何度目かの舞台の後の握手会で会った一人だった。確か名前を関羽と言った。自分の視線をまともに受け止めた初めての人物。あの時は一言二言で別れたが、できればゆっくり話してみたいと思っていた。無意識に胸が高鳴る。 「お加減はいかがでしょうか?」 ベッドの傍の丸イスに腰掛けた関羽が躊躇いがちに尋ねた。すぐさまパタパタとキーボードに指を走らせる。 『まだ立ち上がることはできませんが、悪くはありません。関羽さん、でしたね。』 「覚えていてくださったのですか?」 『私の視線をまともに受け止めることができた人に会ったのは初めてでしたので。』 「優しい、綺麗な目です。もっと自信を持たれると良い。そんなことより…」 関羽が居住まいを正した。 「退学なさると人づてに聞きましたが、真実ですか?」 『この学園に居るとかつての私を応援してくれた人達と嫌でも顔をあわせることになります。もう彼女達の期待には応えることができない。それが辛いのです。すでに階級章は返還し、退学届も然るべき人に渡してあります。退院すれば、そのまま学園を去ることになります。』 「それほどの才を持ちながら…惜しいことです。」 しばらく二人とも黙った。 「…拙者を恨みに思っておられないのですか?」 『何故、恨まねばならないのです?』 「貴女の妹御を我らは、飛ばしました。」 『あの子達は罪に対する報いを受けたのです。残念だ、という思いはあっても、恨みには思っていません。そして何より、誰よりも罪深いのは私自身なのですから。』 「解せませんな。貴女は広告塔として担がれただけということになっているのですが…」 『冀州校区合唱祭の折、私は妹達の暴走を止めることができたはずなのです。しかし、みんなの前で歌うという小さな幸せに拘ったせいで、学園中を混乱に陥れてしまい、結果的に妹達をはじめとする多くの人達の青春を奪ってしまった。誰が一番罪深いか、聡明なあなたならおわかりになるでしょう?』 「む…」 溌剌とした足音が病室の前を通り過ぎ、戻ってきた。 「姉者!こっちこっち。関姉がいたぜ!」 「どうも騒がしゅうしてしまって、えろうすんまへん。翼徳!病室に入る時はアイサツぐらいしいや!」 小柄だが元気の塊と言った感じの女生徒に続いて、制服の上から赤いパーカーを羽織り、眼鏡をかけた女生徒が恐縮しながら入ってきた。 「そないなことより、関さん。ずるいで〜。抜け駆けして学園のとっぷあいどるに単独インタビューなんかしよって。」 「インタビューなどと、拙者はただ、見舞いに…」 「ま、ええわ。…あ、えろうすんまへん、自己紹介がまだでしたな。ウチは劉備玄徳。」 「それでは改めて、拙者は関羽雲長。」 「オレは張飛翼徳!張飛の飛は「飛ばし」の飛…」 「それはええっちゅうねん。」 大見得を切った張飛に、すかさず劉備がツッコミを入れる。この劉備も、張飛も、恐れる風も無く自分の金銀妖瞳を見据えて話す。そこに好感が持てた。 「ウチら3人、血縁はあらへんけど、気が合うたんで心の姉妹っちゅうことになっとります。」 『関羽さんとは面識があります。いつかの舞台の後、サインを貰いに来ましたね。それも4人分。』 「せやった。あのあとウチら用事があったんで関さんに頼んだんでしたわ。ウチと翼徳と、憲和の分…」 『その憲和という方は?』 「あたしのこと。簡雍憲和、よろしくね。劉備とは小学校からの付き合いで…」 「おわっ!憲和いつのまに!」 「相変わらず神出鬼没なことですな、簡雍殿。」 見るからにルーズそうな女生徒がいつのまにか劉備の隣に立っていた。少しアルコールの匂いがする。関羽ですら入ってきたことに気がつかなかったらしく、驚いた表情をしていた。 『仲のよろしいことで。』 「かしましいだけですがな。とくに翼徳は色々面倒を起こしますさかい。」 『いえ、羨ましいことです。笑い、悩み、楽しみ、泣く。それを共有できる友人がいるのが青春でしょう。』 「いやいや…張角はんにもそういう友人はおらはるでしょう?」 『私には…親友と呼べる存在はいませんでした。』 「…さいですか…失礼なこと聞いてすんまへん。せや!ウチら4人が親友になったげるわ!それでええでっしゃろ?」 『ですが、私は後1、2週間でここを去ることになっています』 「たとえ数日でも友人は友人や!そういうのも青春の1ページになるんやで!な、関さん、翼徳、憲和。」 「そうですな。たとえ一瞬でもいい友人が増えるのは良きことです。」 「あたしも大賛成!」 「やれやれ、まるで小学生みたいだな。」 「なんやて!?行動原理が小学生以下の翼徳がなにえらそーなこと言うとんねん!」 「なにおう!?」 劉備と張飛が凄まじい勢いで口喧嘩を始めた。関羽と簡雍はあきれ返っている。なんとなく楽しい気分になり、笑いの衝動がこみ上げてきた。 突然、戸口のあたりから閃光が走り、10cmの距離までに近づいた劉備と張飛の顔の間を縫い、しかーん、と音を立てて壁に突き立った。それがメスの形をとったとき、冷ややかな女性の声が聞こえた。 「君たち、日本語が読めたら、そこの張り紙の内容を復唱してみたまえ。」 「…病室では静かに。」 「わかっているようだな。では、面会時間は終わりだ。帰りたまえ。それとも全員全治2週間でそこのベッドに並ぶか?私は一向に構わんぞ。新薬の臨床試験にはうってつけだからな。」 右手にはさらに4本のメスが光っている。噂では白衣の下には常にメスを20本近く仕込んでいるらしい。 「…か、帰ります。」 劉備たちはそそくさと去っていった。 「…さて、喉以外には異常は無いのだから明日あたりから少し歩き回っても構わんぞ。そろそろ疲れも取れただろうし、これ以上寝っぱなしでは足が萎えるばかりだからな。」 華陀先生も出て行き、病室は私一人になった。六時まで英字新聞を読み、運ばれてきたお粥を食べるとそのまま眠った。 2年間の胸のつかえが取れたような気がし、不思議と、その日からまた楽しい夢を見ることができた。 劉備たちは2日に1度はやってきた。そのつど病院の中庭まで一緒に歩き、ベンチに座って一時間ほど歓談した。やりたいことが見つからないので幽州、冀州校区のサークルをはしごする毎日らしい。 気の置けない仲間との会話。一時的にせよ、こういう時間をもてたことを誰かに感謝したい気分だった。 入院して2週間が過ぎ、退院の許可が出た。…つまり退学の日。 「経過は順調だ。もう声を出してもいいかもしれん。やれることはすべてやったが、以前と同じ声が出せる確率は35.94%位だな。もちろんあの超音波は二度と出せないことは確かだ。」 それでよかった。もともと2度と欲しい力でもない。 午前10時、身支度を済ませ、華陀先生一人に見送られて病院を出ると、そのまま寮に向かう。平日であるため、他の生徒の姿は無い。階段を上り、自分の部屋に入る。もともと殺風景な部屋は机と本棚を運び出したおかげで一段と殺風景になっていた。私服に着替え、制服を手提げバッグにしまい、部屋を出て鍵をかけた。鍵を舎監の孟嘗君さんに返し、寮を出ると、中原市場で購入した自転車に跨った。 振り返って冀州校区鉅鹿棟の建物をしばらく眺めた。今ごろは二時間目の半ばだろうか。入学からの2年と少しの学園生活が脳裏をよぎる。その中で一番印象に残った思い出が、ここ数ヶ月であったことを改めて感じた。 頭を振って迷いを払い、父さんの待つ外界、青州校区の東の端へ向けてペダルを踏み込んだ。 −−−−−−−−−−− 黄巾の乱完結編の前半です。 ち○ちちと張角の関連がわからない人は…金銀妖瞳つながり(w。 それでもわからない人は、あ○まんがと銀○伝を観…いや聴いてください。 しかし霧○聖先生や、か○み先生等、女医っていい性格してる人が多いような(w
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