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449:国重高暁 2004/04/20(火) 16:41 [takaaki@wb3.so-net.ne.jp] ■■ 将軍の飼い方 ■■ 「呂奉先さん、いらっしゃいますか?」 「いるよ。入っといで」 いつもどおりのぶっきらぼうな口調で、安楽いすの呂布は来客を室内に迎えた。 ここは、下ヒ棟の徐州校区総代室。 元来の校区総代である劉備が、関羽らを率いて袁術を攻めた隙に、棟を守っていた張飛らを呂布が駆逐し、この地を制圧したのである。 「そりゃそうと、あんたはどこの何者よ?」 「お初にお目にかかります。私は、蒼天会の役員で韓胤と申します」 「そ、蒼天会?!」と呂布はマルボロを一服噴かした。 「蒼天会って、もはや袁グループのお嬢様に乗っ取られるほど権威が墜ちてるじゃんか。今更そんなとこから使いをよこすなんて……一体どういう風の吹き回し?」 「申し上げます。実は、その袁お嬢様が、妹をあなたのプティスールにしたいとの思し召しで……」 「プティフール?! 旨そうじゃん。あたいにもちょうだい」 「いえ、そうではございません。プティスール、つまり、妹分にしていただきたいので……」 「あんたを?」 「私ではございません。袁お嬢様の妹でございます」 袁お嬢様とは、もちろん、先日から蒼天会長を勝手に名乗り始めた袁術のこと。 自分の宿敵たる劉備を呂布が庇護したので、妹を彼女のプティスールにさせて懐柔し、地盤の安定を図ろうというのである。 しかし、呂布は首を縦に振らなかった。 「韓胤ちゃん、あたいをプティスールなんか取る柄だと思って?」 「では、一昨年、丁建陽さんのプティスールになられたのはどこのたれでしょう?」 「うっ……」呂布は困惑した。 丁建陽は名を原といい、もと生徒会執行部員の一人である。 しかし、董卓が会長職を奪うと、プティスールの呂布に裏切られ、階級章まで剥奪され、今春、失意のうちに高等部を卒業していた。 「確かに、丁先輩はあたいのグランスールだったけど……あんなもん、出世の手がかりにすぎなかったわ!」 「奉先さん、なんということを……」 「とにかく、嫌といったら嫌だかんね!」 「あの、ケホッ……そんなに、ケホッ、ケホッ……嫌ですか?」 呂布の噴き出す紫煙に咽びながら、韓胤は更に言葉を続けた。 「袁お嬢様は、妹をプティスールにする見返りとして、あなたを蒼天会書記に任命するとの思し召しですが……」 「そんなもんに釣られるあたいじゃないわよ。さあ、とっととお帰り!」 「奉先さん。あくまで固辞するのでしたら、私自らの手であなたの階級章を……」 「聞き分けのない娘ね。みんな、やっておしまい!」 呂布の号令である。たちまち、室内のそこかしこに隠れていた彼女の部下たちが次から次へ飛び出し、逃げ帰ろうとする韓胤を、あっという間にしばきあげた。 捕縛された韓胤は階級章を剥奪された上、制服を引き裂かれ、実にあられもない姿となったのである。 翌日、呂布の部下の一人・陳登は韓胤を連行し、許昌棟の「蒼天通信」編集室へ乗り込んだ。 「編集長、いらっしゃいますか?」 「いるわよ。入っといで」呂布そっくりの応対である。 「お久しぶりです。下ヒ棟の陳登と申します」 「あら、こちらこそ……って、その縛られてる娘は一体?」 編集長の曹操が韓胤に目配せすると、それまで押し黙っていた彼女が漸く口を開いた。 「韓胤でございます。南陽棟の袁お嬢様の思し召しで、彼女の妹をプティスールにしていただくべく、呂奉先さんの所へ参ったのですが……」 ここで、陳登がすかさず縄目を解く。 「固く拒絶された上、私をこのような姿に……シク、シク」 慟哭する韓胤の制服はズタボロに裂かれ、階級章もついていなかった。 「さすが奉先ちゃん、ひどい仕打ちね……それはそうと、元龍ちゃん」 「はい?」曹操の突然の質問に、陳登は驚きを隠せない。 「将軍の飼い方について、あなたはどうお考えかしら?」 「しょ、将軍の飼い方ですか……」彼女はしばし考え込んだ。 やがて、陳登は自分の脳内を整理すると、曹操にこう語った。 「将軍を飼うのは、虎を飼うようなもんだとわたしは考えてます」 「それはなぜかしら?」 「満腹時、つまり任務を負ってる時はいいんですが、空腹時、つまり任務のない時は、ひたすら暴れ回って手がつけられません」 「なるほど……」と曹操が小さくうなずいた次の瞬間、彼女の反論が陳登を襲った。 「あいにく、わたしはそうは思わないわ」 「とおっしゃいますと?」 「将軍を飼うのは、鷹を飼うようなもんよ」 「と、鳥の鷹……ですか?」 「ええ、そうよ」 「それはなぜでしょう?」 「獲物、つまり野望があるうちは必要だけど、それがなくなれば不要になっちゃうからよ」 「正に『狡兎死して走狗烹らる』ってわけですね」 「そういうこと」 曹操は私見を説き終えると、大きく伸びをしてから、傍らの缶コーラを一気に空けた。 続いて、陳登が先刻とあべこべに曹操へ質問する。 「孟徳さん。あなたは、呂奉先さんをどんな方だと思いますか?」 「うーん、あいつは……ボブ=サップみたいな娘ね。タイマンで勝負させたら、かなうやつなどたれもいやしない。蒼天じゅうが『学園に呂布あり』などと誉めそやすのもうべなるかなって感じ」 曹操の回答は正鵠を射ていた。実際、呂布は「鬼姫」と渾名されていて、喧嘩の強さはおろかバイクの運転技術も学園一……というのが専らの評判である。 しかし、イバラにもとげあり。 陳登は、そんな彼女の無二の汚点を見抜いていた。 「あいにく、わたしはそうは思いませんね」 「っていうと?」 「はっきり言って、彼女は……接着剤みたいな娘です!」 「せ、接着剤?!」 狐につままれたような曹操に、陳登は呂布の本心を打ち明ける。 「呂奉先さんは、ただ強いだけで計画性のかけらもないんです。目先の利益に流されるまま、昨日はあの娘、今日はこの娘と接着を繰り返してきました」 「それで?」 「新学期に入ってからも、劉玄徳さんを追い落として徐州校区総代の座を奪い、ただ今は南陽棟の袁お嬢様を飛ばして、蒼天会長の称号を我が手に収めんと必死になってます」 「ふーん……それで、あたしにどうしろと?」 「孟徳さん! 彼女を飛ばすため、早急に軍を下ヒ棟へ差し向けてください。わたし、いざとなればあなたに寝返りますから」 「わかったわ。南陽棟を奪う前に下ヒ棟を押さえとけば、いい行きがけの駄賃になるし」 一礼すると、曹操は何やら文書を作り始めた。 「元龍ちゃん、今日は奉先ちゃんの本心を暴いてくれてありがとう……さあ、今すぐこれへサインして」 陳登は、彼女の示した文書に目を通すと、二つ返事で署名捺印した。 新たなる広陵棟長の誕生が、「鬼姫」退学の端緒を開いた瞬間であった。 糸冬
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