★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
459:岡本2004/04/20(火) 18:43
■ 邂逅 ■(8)

昼時を回ったこともあり、熊のぬいぐるみ目当ての中等部生や、花見で浮かれたついでに仲間内の力試しを楽しむ連中に加えて張飛自慢の東坡肉の臭いにつられて挑んでくる体育会系の客層も多い。作戦は成功だったと気をよくしていた簡雍に、新たな客が声をかけてきた。
「…最高得点を取ったなら、この景品がいただけるのですか?」
トレンチコートを羽織った大柄な女性がトップ賞の札がつけられた棚に熊のぬいぐるみと共に置いてある東坡肉の皿を指差している。
「お目が高いねぇ〜おねーさん。こいつはちょっとやそっとじゃ味わえない、自慢の逸品さね。これをちょっとハンマー一振りしただけで差し上げちゃおうっていう、この気前のよさ。どうよ、ひとつ“力試し”してみない?」
取れないように仕組んであるからこそいくらでもいえる台詞。
相手も苦笑交じりに口上を聞いている。
「ええ、美味しそうですね。ひとつ、“運試し”してみましょうか。」
運試し、と言い換えた時点でそれなりに力に自信があり、何か細工していることに気づいてることは伺える。小脇に抱えた風呂敷包みと長い紫の紗の袋を置き、財布を取り出そうとしている間に簡雍は客をじっくり観察する。長身に広い肩。そして刀袋
“…この姐さんは武道系か。”
簡雍は、張飛という規格外の格闘マニアと知り合いであることと、劉備新聞部カメラマンとして多くの被写体を撮っていることもあって、体つきを見ただけでその人物の得意な運動を大体判断できる。剣道部やテニス部といった長物を振るのに慣れていそうな連中も挑戦していたが、ハンマーのように重いものを振るのはかなりの筋力と慣れが必要で、木刀やラケットを振るようにはいかなかった。柔道や空手やレスリングの格闘関係も、筋力は仮にあっても振り慣れていなくて駄目であった。張飛以外での最高得点である75点を出したのは巻き割りやくい打ちの経験がある山岳部の連中であった。
“…ま、男用だったら大丈夫か…。”
簡雍は何気ないそぶりで百円硬貨と交換に男性用のハンマーを渡した。客はハンマーを受け取ると、静止線から離れて、ごく近くに人がいないのを確認してハンマーを持ち上げた。
「おっとっと、走っちゃだめですぜ、おねーさん。」
ハンマーを肩に担いで走りこみ、勢いを稼ごうとする者もよくいるので、そこは注意する。
が、そんなことはしないとばかりに再び苦笑が返ってきた。
その場で2,3回ゆっくり振っただけだった。重心の位置を確かめていたのである。
改めて静止線に立って、静かにハンマーを上段に構える。真面目にすっとハンマーを構えた姿はかなり滑稽味がある。失笑が周りの客たちからあがった。
だが、簡雍の本能には警鐘がなっていた。
“なんか嫌な予感がするのよね…。”
思うに、相手の立ち姿とハンマーを軽く振った様子からより正確に筋力を推察していたのだろう。だが、劉備や張飛ほど喧嘩慣れしていなかったため、こういった類の推測の作動するのが遅れてしまった。張飛なら挙措を見ただけで能力をより正確に推し量ってくる。
既に料金は受け取っていた。受け取る前なら苦しいが言い逃れの仕様はあった。
簡雍の不安をよそに、件の客は一瞬後、短い気合と共にハンマーを振り下ろした。
豊かな長い黒髪が舞い上がる。
腹に響く鈍い衝撃音と同時に張飛の時と劣らぬスピードで錘がカウントタワーを駆け上がった。
“うそっ、やばい!”
カンカンカンカン!!
簡雍の心中とは逆に、済んだ鐘の音がギャラリーの歓声を圧して桃園に鳴り響いた。
「…では、お言葉に甘えさせていただきます。」
目論見が外れて呆然としていた簡雍の耳には、ギャラリーの歓声も相手の受領の宣告も届いていなかった。われに返ったときには、既に相手は景品の熊のぬいぐるみと東坡肉の大皿を持ってその長身を花見客の中に紛れ込ませていた。

関羽は広場の喧騒から離れ、より奥まったところに一本はなれて聳え立つ桃の大木に向かっていた。桃園を通り抜けている間に目をつけていた静かな場所である。大皿の東坡肉を左手に捧げ持ち、右手に刀袋と栓をした酒瓶をぶら下げている。あの後、甘酒売り場を担当していた中等部学生に交渉して、熊のぬいぐるみと甘酒とを交換してもらったのである。
大木の下に腰を降ろして、一息つく。
杯に甘酒を注ぎ、大皿に載せられていた小刀で東坡肉を切り分ける。
「では、いただきましょうか。」
小さく切り分けた東坡肉を一口含む。空腹だったこともあるが、それ以上にあまりの美味に思わず表情がほころぶ。箸で掴むのが難しいくらいトロトロと軟らかいのに、長時間じっくり煮込んであって油が抜けている。紹興酒とタレ、香料、砂糖もよくしみており、調理した人物の熱意が感じられる逸品である。

甘酒で疲れを癒し、美味い料理に舌鼓を打ち、咲き誇る桃の花を一人静かに楽しむ。
これほどの贅沢はそうはあるまい。
桃の花を見上げて寛ぐ関羽の口から、感に堪えぬかのように言葉が漏れた。
…幸せだ…

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