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528:海月 亮 2005/01/27(木) 00:00 -東興・冬の陣-(1) 「左回廊、弾幕薄いよ! 何やってんの!」 トランシーバーを左手に、蒼天学園公認のモデルガンを右手に、長身の少女が檄を飛ばす。 小さなお下げを作った黒髪を振り乱しながら、窓の外へモデルガンを乱射しつつ指示を飛ばすその少女の名は留略という。長湖水泳部の現部長・留賛の妹である。 長湖部次期部長選抜に伴う内輪もめ…後に「二宮の変」と呼ばれる事件を経て、孫権が引退した直後の混乱を突いた蒼天会の大侵攻作戦が実行に移されたのだ。それを、前線基地である東興棟で留略と、先に引退した全Nの妹・全端がその猛攻を食い止めている状態だ。 その形式は、蒼天会お得意のサバイバルゲーム形式。数だけでなく、その形式では戦闘経験も武器の質も勝る蒼天会にとって有利であったが、それでも留略達は地の利を活かしてぎりぎりで食い止めていた。 「主将! 向こうのほうが火力も上です! もう保ちませんよぅ!」 「泣き言なんて聞きたかないね! なんとかおしッ!」 隣りの少女の泣きそうな叫び声に叱咤を返し、空いた手にモデルガンをもう一丁構えた留略はそれも眼下の敵軍に打ち込んでいく。 留略とて不安でないわけではない。何しろ、ここを取り囲んでいる大軍とて、相手の先手に過ぎない。その背後には、名将で知られる諸葛誕の率いる第二陣が控えている。同時に南郡も王昶を総大将とする軍の大攻勢を受けており、近隣からの応援は期待できそうにない。 援軍として進発した長湖副部長・諸葛恪や水泳部副部長・丁奉らの到着が遅れたら…最悪のシナリオを頭から振り払うかのように、留略は叫んだ。 「皆ッ、元遜さん達が来るまでの辛抱だ! ここが踏ん張り所だよっ!」 不利な戦線を懸命に守り抜こうとする少女達への激励は、何よりもむしろ、挫けそうな自分に対する叱咤のようにも聞こえていたに違いない。 (正明姉さん…承淵…御願いだから早く来てぇ〜!) それが偽らざる、今の留略の本心である。 「奇襲をかけろ、と?」 「ええ」 出陣を目前にして、総大将・諸葛恪に意見する少女が一人。狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女は、長湖部の最高実力者であるクセ毛の少女に、臆面も無く告げた。 「確かにあなたの威名は、蒼天会にもよく知られています。さらに王昶、胡遵らの輩はあなたに及ばず、あなたの親戚の諸葛誕さんも、才覚としてはあなたに一歩譲るところがあり、良く対抗できるものはいないでしょう」 少女の言葉に、諸葛恪は思わず顔を綻ばせた。諸葛恪というこの少女、確かに智謀機略に優れ、長湖部にも右に出るものが無いほどの天才である。しかし、やや性格に難があり、自信過剰で不遜な一面がある。 少女は諸葛恪のそうした性格を良く熟知しているらしく、先ずはその顔を立てて見せ、そしておもむろに思うところを述べた。 「しかしながら、相手は許昌、洛陽に詰めているほぼ全軍とも言える大軍を投入しています。負けることは無くとも、相当の苦戦は免れません。ここは機先を制し、我々の威を示すことが、戦略の妙かと思われます」 「ふふ…その言葉、尤もだわ。ならばあなた達水泳部員に先鋒軍を任せるわ。存分にやって頂戴、承淵」 「畏まりました」 上機嫌の諸葛恪の言葉に、恭しく礼をすると、その少女…丁奉は、本営のテントを退出した。 すると、そこには松葉杖をついたセミロングの少女が待っていた。 「承淵、首尾はどう?」 「バッチリですよ。季文にも教えて下さい、すぐに出ますよ正明部長」 「流石だわ」 にっと笑って見せる丁奉に、セミロングの少女…現水泳部長・留賛も笑顔で返した。 「で、先輩にも御願いがあります。あたしは集めた決死隊の連中引き連れて先に行くので、他の娘達と一緒に後で来て下さい」 「ちょ…どういう事よ?」 留賛はその言葉にちょっと気分を害した様子だった。 留賛はかつて初等部にいた頃、黄巾党の反乱に巻き込まれ、反抗的な態度をとった見せしめとして片足に大怪我を負い、後遺症で今でも杖無しで歩くことはままならない。それゆえ、水泳に青春をかけたことで知られている。 そのことを馬鹿にされたと思ったのだろう。しかし、 「いえ、あたしが先行して敵の目を惹きつけます。その間に、先輩達には蒼天会の連中が作り始めてる浮橋を始末して頂きたいと思いまして。アレを壊せば、勝敗の帰趨は決まると思いますから」 留賛はつまらない邪推をしたことに気付き、それを恥じた。だが、それでもなお、納得のいかない表情で、 「あ…で、でもアンタの子飼いだけじゃ、いくらなんでも兵力差があり過ぎるわ…危険よ」 「相手の先鋒は韓綜だって聞きました。アイツなら、寡兵で行けば相手にもしませんよ。その隙を突けばいくらでも時間は稼げます。任せといて下さいよ!」 自身満々の表情で言う少女に、その少女の経歴を知らないものなら危ぶんで止めに入るところである。 しかし、留賛は知っている。目の前の少女は、高校二年生にして、既に課外活動五年目に入ろうというベテラン中のベテランであるということを。 「ん…解った。妹のこと、宜しくね」 「はい!」 留賛がその肩に手を置いてやると、その小柄な少女は元気のいい笑顔で応えた。
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