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615:海月 亮 2005/03/16(水) 21:22 曹操と劉曄がなにやらやり取りしていた、同じ頃。 「ええ!? ちゃんと探したの!?」 「すいませんッ! あたし達がちょっと目を離した隙に…」 狼狽した表情で濡須棟執務室から飛び出した孫権。その後ろ、数人の少女達が後を追って出てくる。 「公績さん、絶対安静の大怪我なんだよ? …それに、武器だって壊れちゃったんでしょ?」 「え、ええ…確かに凌統先輩愛用の"波涛"は前の戦闘で壊れましたが…」 「…じ、実は凌操先輩の"怒涛"を持ち出したみたいで…」 「嘘ッ!?」 少女の言葉に、孫権は狼狽の表情を強める。 "波涛"とは、凌統の愛用していた両節棍(ヌンチャク)の名前で、先に凌統が楽進と戦った際、最後の一撃を繰り出した時に破壊されたモノだ。"怒涛"は凌統の姉・凌操が愛用していたもので、"波涛"よりも重く、棍の部分も長めなので、取りまわしが難しい。 凌統は、それゆえこれまでに参加した戦闘で一度も"怒涛"を使ったことがなかったのだ。 「無茶だよ! 普段だって使わなかったものなのに…」 「部長!」 正面から駆けて来たのは甘寧と、数人の"銀幡"の少女達だった。 「興覇さん! 公績さんが…!」 「解ってる、承淵のヤツが一度止めたらしいんだが…今あいつに後を追わせてる。俺もヤツを連れ戻しに出るが…」 どうやら甘寧も甘寧で、丁奉らに凌統の様子を見張らせていた様である。待機命令の出ている甘寧のことなので、恐らくここへは出撃許可を取りにきたというところであろう。 「御願い! 早く、早く連れ戻して!」 「承知ッ!」 言うが早いか、甘寧は窓を開け放つと、そこから一気に一階へと飛び降りた。 「はぁ…はぁ…」 戦場の一角、小さな林の中に、彼女はいた。 年季の入った大振りの両節棍をしっかりと掴んだ手の包帯は、紅い染みをつけている。 「やっぱり…まだあたしには早かった…かな?」 肩で息をしながら、自嘲気味に呟く。 顔は蒼白で、体中の包帯や湿布の存在が痛々しい。この満身創痍の状態のまま、凌統はこっそりと寮部屋を抜け出し、合肥と濡須の間にある戦場へと舞い戻ってきていた。 壊れた"波涛"の代わりに持ち出してきた"怒涛"の重さと長さは、傷ついた彼女の身体に予想以上の負担を強いていた。数人を薙ぎ払うだけで、かえって自分の体力を大きく奪われていったのだ。 「公績先輩っ!」 林の中に人影が飛び込んできて、凌統は弱った身体を叱咤して身構える。それが丁奉であることに気づくと、凌統は再び背後の木にもたれかかった。 「承淵か…」 「先輩、御願いですから戻ってくださいっ! 皆さん、先輩のこと心配してるんですよ! 部長だって…それに…興覇先輩だって!」 凌統の服に取りすがって、丁奉はなおも叫ぶ。 「先輩…先輩は御存知ないかもしれませんけど…興覇先輩、ずっと公績先輩のこと心配していて…今回、あえて出撃を辞退して待機しているのだって、公績先輩が戦えないって事を知ってたから…公績先輩と一緒に戦えないのが嫌だ、って言って…」 「解ってる…解ってるんだ、そんなコトは」 「…え」 丁奉はきょとんとした表情で、凌統を見た。 「つまらないことに固執して…あの人を…興覇のことを解ろうともしなかったのは、あたしのほうだったんだ…あたしは興覇を越えたい…そのために、この程度の怪我で寝てるワケにいかない…」 よろめきながら、凌統は再び立ち上がった。その表情からは、鬼気さえ漂い始めていた。 「…あたしの命に代えても…張遼を飛ばしてみせる!」 「いい心がけだ」 ふたりが振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。 口元にはわずかに笑みがあるが、その瞳はあくまで冷たい。冷たいながらも、その瞳の奥には確かに憤怒の炎が燃え盛っているように思えた。 その正体に気づいた瞬間、丁奉の表情が恐怖に凍る。 (張遼さん! そんな…こんなところで…!) ふたりはまるで金縛りにあったかのように、微動だにせずその少女−張遼を見つめていた。 「ここで討つのは惜しい気がするが、文謙を倒すほどの力量を持った貴様をただで帰すつもりはない…手負いといえど加減は無いぞ!」 突きつけた竹刀を八相に構えると、張遼の周囲の木々が、僅かに揺れて音を立てた。まるで、その鬼気から逃れるかのように。 「…願ってもない相手だ」 「先輩!?」 震える足を、よろめく身体になんとか気合を入れなおして、凌統は構えをとった。 「承淵…あんたは逃げろ。張遼の狙いもあたしだ。あんたには関係ない」 そんな凌統に触発されたのか、丁奉も持っていた木刀を正眼に構える。恐怖のためか顔は強張っているが、それでも何とか、腹を括って踏ん張ってみせた…そんな感じだ。 「先輩を、置いてはいけません…それが、あたしの役目ですから」 「バカっ! そんなことはどうだって…」 「それに、ふたりがかりでも…あたしも、挑戦してみたい」 「承淵…あんた」 「いい根性だ…張文遠、参る!」 一瞬笑みを浮かべた張遼の形相は、次の瞬間、鬼のそれに変わった。 「くそっ…あいつら、いったい何処まで行きやがったんだよ…!」 甘寧は数名の“銀幡”メンバーとともに戦場を駆けていた。その表情には焦りの色も見える。 「多分ですけど、あいつ蒼天会の本陣にでも向かってるかもしれませんよ? あいつがリーダーに対抗意識を燃やしてること考えれば…」 「ちっ…他の奴等ならいざ知らず、公績なら十分有り得る! だが、承淵のヤツが何処で食いついたかさえ解れば…」 そして、数分前まで凌統たちがいたあたりに辿り着く。 そこには凄まじい戦闘の跡があった。細い木は悉く折れ、太い木の幹にも何かで抉り取られたような痕が生々しく残っている。折れた木の様子から、そうたいした時間が経っていない事も読み取れた。 「な、何これ…!」 「いったい…ここで何が…」 その時、木々の折れる音が聞こえる。その中にはかすかに…。 「居た! あいつ等だ!」 「って、ちょっと待って、まさか戦ってるの…」 その相手を類推し、少女達の顔から笑みが消えた。 「は…ははは…マジか、オイ」 甘寧も流石に苦笑するしかない。手負いの凌統と、素質はあってもまだまだ発展途上の丁奉の二人が、どのくらいの時間かは知らないが、あの張遼を相手に戦っているらしいことなど、考えもつかないことだった。 「…どうします? 向こうもひとりだと思うんですが…」 「どうしますもこうしますもねぇだろ…俺が張遼を食い止めるから、おまえ等は公績と承淵を抱えて逃げろ、いいな?」 少女達は一度、互いの顔を見合わせて、頷いた。 傍らの少女から愛用の大木刀“覇海”を受け取り、一振りする甘寧。 「いくぞおまえ等! 目的履き違えるなよ!」 「応ッ!」 甘寧が林の奥へと飛び込むとともに、少女達も次々と藪の中へ突っ込んでいった。 何度目だろうか。 張遼の鋭い一撃が、一瞬前まで自分の頭があったあたりを掠め、大木の幹に痕をつける。エモノが竹刀であるにもかかわらず、「学園最強剣士」の名をほしいままにする張遼が繰り出す一撃は、まるで鋼鉄の棒で殴りつけたような衝撃を生むものらしい。 ふたりは、その恐怖の一撃をカンと偶然だけでかわしていた。林という地の利が無ければ、恐らく一番最初に放ってきた一撃だけでふたりは飛ばされていたかもしれない。凌統も丁奉も、相手の力量と自分達の力量の差を読み違えていた愚を悟り、何時しか逃げることに専念していた。 走っているうち、不意に目の前が開けた。合肥棟の裏山、その反対側であるのだが、凌統たちにはそんなコトは解るはずも無い。しかし、自分達が絶体絶命の窮地に追い込まれたことは理解できた。 「…鬼ごっこは終わりだ。ここなら、遮るものは何も無いぞ」 振り返った先に姿をあらわした張遼は、まったく息を切らしている様子は無い。満身創痍の凌統は言わずもがな、その凌統を庇いつつ逃げてきた丁奉も完全に息が上がっている。 「覚悟しろ…貴様等の健闘に免じて、痛いと思う前に意識を飛ばしてやる」 踏み込みとともに剣閃が飛んでくるのが見えた。 ふたりは無意識のうちに、互いを庇いあうようにして目を閉じた。 (続く)
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