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662:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:50 ■影の剣客 その二 グランドの前にある何かのクラブの部室で待っていた朱儁はニタニタしながら、現れた皇甫嵩に話しかけた。 「あっ、もう、子幹との愛の誓いは済んだの?」 「なっ!何を言う。そんな誓いなどしていないっ!断じてない!そんなことよりも、黄巾党の動きはどうなんだ?」 戦況不利と判断した皇甫嵩が無理矢理話題を変える。朱儁もしぶしぶ、それを聞き入れると、話し始めた。 「今、あたしたちが倒さなきゃいけない敵は豫州学院校区にいる。その数は報告によると三〇〇人。義真とあたしの兵がそれぞれ四00ずつ。それからたった今、秘書室から作戦が通達されたのよ。これよ」 皇甫嵩は「秘書室」という言葉に顔をしかめて不快感をあらわにした。 そして、朱儁からその命令及び黄巾賊の情報がまとめられた書類を受け取ると、皇甫嵩は近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。 皇甫嵩は一通り目を通すなり低い声で言った。 「『敵は少数。そのため朱儁隊を先鋒とし、敵を壊滅させ、皇甫嵩隊は洛陽棟で命令あるまで待機』か・・・・・・。公偉。どうやら私たちの敵はどうやら黄巾の連中だけではないらしいな」 「あたし、一つのことしかできないからさ。今は豫州にいる、あいつらをどうにかしなくちゃいけない。それだけよ」 「前だけを見つめている公偉らしい意見だな。そういう公偉は好きだ」 皇甫嵩は少し恥ずかしげにそう言うと、足を組み、椅子にもたれかかった。 「ありがと!・・・それで作戦だけど、命令に逆らうわけにはいかないから、あたしが先鋒隊として四〇〇人を引き連れて出るよ。義真は許可が出たら来てくれればいいよ」 皇甫嵩は迷った。報告通り黄巾党の数が三〇〇人ならいいのだが、もし増えていたとしたら・・・・・・。だからといって、今出陣しなければ黄巾党の思うようにされてしまう。 「・・・・・・わかった。公偉、頼むぞ!私も許可がおり次第、直ちに援軍に向かう。それまで持ちこたえてくれればいい」 ここまできたら、これは賭だった。味方の報告を信じるしかなかった。 「まかせといてよ!黄巾賊なんかあたし一人でなんとかしてみせるよっ!」 そんな皇甫嵩の悩みに気づく様子もなく、朱儁は親指を上げてそれに答える。 そして、朱儁は愛用の深紅のリボンを結ぶと、部室から出て行った。 (頼むぞ、公偉。絶対に飛ばされるな) 皇甫嵩はそう願うよりほかになかった・・・・・・。 それから約一時間後・・・・・・ 「なっ、なんだと!公偉が敗れと!?」 部室で事務処理をしていた皇甫嵩に届いたのは突然の悲報であった。 「そ、それで、公偉・・・いや右軍主将はどうなったのだ?それ以前に敵はどうやって我が軍を打ち破ったのだ?」 皇甫嵩がいつになく動揺した様子で、報告に来た伝令に詰め寄る。 伝令は一歩後ずさりすると、息も絶え絶えに話し出した。 「敵はあらゆる所に兵を隠していたようで、我が軍勢は広場に差し掛かった所を賊軍に包囲され、朱儁主将はなんとか敵の包囲を脱しましたが兵の半数が飛ばされました。賊軍の将は波才。その数は一〇〇〇人に上るとのこと」 皇甫嵩は天を仰いだ。怖れていた事態が起こった。 しかし、皇甫嵩は怖れてなどいられなかった。 (十年来の友を助けねばならぬ!) 皇甫嵩は即座に決断した。 「悪いがもうひと働きしてもらいたい。これからこの場所に行って、そこにいるメンバーを一人残らず連れてきて欲しいのだ。私が呼んでいると言えば、納得してくれるはずだ。頼めるか?」 伝令が頷くと皇甫嵩は地図を手渡した。地図を受け取った伝令は、皇甫嵩に一礼する。そして、振り返って走り出そうとしたとき、それを皇甫嵩が呼び止めた。 「腕から血が出ているぞ。ちょっと待っていろ・・・・・・」 皇甫嵩はそう言うと、ポケットから消毒液を取りだし、傷口を洗うと、今度はまた別のポケットから大きめのばんそうこうを取りだし、その伝令に張ってあげた。 「これでよし・・・・・・と。悪いな、怪我しているというのに」 皇甫嵩は若干視線を下げるとそう言った。 伝令はぶんぶんと顔を横に振ると、一目散に地図に書かれた方へと駆けていった・・・・・・。 一〇分としないうちに、四〇〇人の女子生徒がグランドに集まった。 「これから、我らは豫州学院校区にはびこる黄巾賊を討ちに行く!しかし、我らの出陣は生徒会からは認められてはいない。これは私の独断である。故にこの出撃に異議のある者は待機していてくれればいい。もし私を信じて着いてきてくれるならば私と共にこれより出陣して欲しい!」 皇甫嵩が彼らの正面に立ち演説する。 彼女から滲み出る風格、威厳は蒼天学園に籍を置くいかなる者も上回ることはできないだろう。 しかしながら、そんな皇甫嵩といえども、軍律違反はとなればその罪を免れることはできない。 それでも皇甫嵩はやめようとはしない。学園を護るためには自分の階級章など惜しくはないということだろう。 この皇甫嵩の決死の覚悟は四〇〇人の生徒の心を大きく震わせた。 四〇〇人の生徒は歓声を上げると共に、一斉に竹刀を天に向けて突き上げたのだ。そして一人の女生徒が一直線に皇甫嵩を見つめ、問いかける。 もうこれは睨んでいるといった方が正しいのだろう。 「義真!なに三年間も一緒に剣道やって来て、水くさいこといってんの!私たちはみんな義真のことを友だちだと思ってるのよっ!義真は私たちを友だちとは思ってくれないの?」 その声には怒気が込められていた。 皇甫嵩はしばらく黙り込んだまま何も言わない。悩んでいるのだろう。 (友だちだと思っていないはずなどあるか。友だちだからこそ、こんないらない罪を着せるのは嫌なんだ。私はどうすれば・・・どうすればいい?) 耐えきれなくなったさっきの少女が皇甫嵩の胸ぐらにつかみかかる。 「なに迷ってるの!そんな暇があれば早く命令出しなさいよ!私たち義真のためだったら階級章なんか捨ててやるよっ!」 女生徒は皇甫嵩を見上げ、睨み付ける。 二人の睨み合いがしばらく続いたが、ついに皇甫嵩が声を上げて笑った。 「はっはっはっは!お前たちも馬鹿な奴だ・・・・・・」 「・・・・・・義真にはかなわないけどね」 二人はそう言うと、声高らかに笑った。もう皇甫嵩に迷いはなかった。 一つ深呼吸すると断を下した。 「よし、全軍、出陣するぞ!」 こうして皇甫嵩とその兵四〇〇人は出撃していった。 皇甫嵩隊四〇〇人は驚異的なスピードで行軍し、通常三〇分はかかる司隷特別校区から豫州学院校区までの道のりをたった一五分でやってのけてしまったのだ。 その甲斐あって、黄巾党が到着する一歩前に、彼女たちは豫州学院校区に数多く存在する校舎の一つである長社棟に立てこもることができた。 外に陣を張らなかったのは皇甫嵩が数的不利だと判断したからだ。 そして、防戦準備を整え終えたのと同じ頃、ついに正面のグランドに一〇〇〇人を超える人の群れがあらわれたのである。 そして、なにやら何人かの生徒が拡声器を手に取って歩いてくる。 「やーい、へなちょこ。くやしかったらでてきてみなさ〜い!」 罵声だった。それにまた数人の生徒が続く。 「あんたたちみたいな、おこちゃまなんか、家でおままごとでもしてなちゃ〜い!」 「あら〜でてこれないの〜?それとも腰が抜けちゃったのかなあ?え〜!おしっこ、ちびっちゃたの?もうだめね〜!」 罵声はやむどころかどんどんエスカレートしていく。 要は長社棟に籠城されて攻めあぐねた黄巾党は挑発して皇甫嵩たちを誘い出そうというわけだ。 ついに耐えきれなくなった一人の女生徒が、屋上からその光景を眺めていた皇甫嵩のところに詰め寄った。 「義真っ!もう頭、来た!今すぐ出撃の許可を出してちょうだい!」 皇甫嵩は首を二度、横に振った。 「いいか、戦とは実と虚の二つしかない。だからこそ、これら二つの組み合わせが肝要だ。あのような子どもにでもできる挑発しかできない奴らだ。後、二時間もすれば、おそらく彼らの語彙も尽き果てて、ぴくりとも動かない私たちに油断しているころであろう。我らがその隙をつき、そして、援軍を引き連れた朱儁隊が四方から攻め立てれば賊軍共は・・・・・・壊滅!する」 そう言うと、皇甫嵩は左手を腰に当てたまま、右手で竹刀を大きく振り上げ、そして、振り下ろした。 (公偉、頼むぞ。お前なら、私の作戦・・・・・・理解してくれるよな) 皇甫嵩は目を閉じ、後ろから吹いてくる風に髪をゆらせながら、そう自分を納得させると、棟長室へと戻っていった・・・・・・。
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