下
★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
667:雑号将軍 2005/06/15(水) 22:53 うわっ!ごめんなさい・・・・・・ 北畠蒼陽様。全然気がつきませんでした。 感想ホントにありがとうございますっ! そんな、まだまだです。もっと頑張らないといけない部分も多くて・・・・・・。 お褒めに預かり、光栄の限りですっ! >おもしろかったので今後にも期待! なのですよ〜。 はい!いつできるかわかりませんが全力で頑張ります。
668:海月 亮 2005/06/15(水) 23:29 -意思の担い手たち- 「…なんっつーか、あたしも御人好しだよな」 目の前をあわただしく走って行ったり、集まって何か指示を受ける少女たちを高台から見やりながら、緑の跳ね髪が特徴的なその少女が呟いた。 長湖部の本部がある建業棟は、長湖制圧を目論む蒼天会の大侵攻を迎え撃つべく出撃準備で大忙しの状態。 学園に在籍しているとはいえ、陸遜や朱然といった名将たちも既に課外活動から身を引き、長湖部は数の上でも質の上でも人員不足というこの時期に、狙い済ましたかのような今回の凶報である。 (そんな人材不足の元凶が…あの部長にあるなんてな) 少女はほんの数ヶ月前…年末にあった忌まわしい事件を思い返していた。 次期部長の座をかけた、ふたりの少女の取り巻きが引き起こしたその事件により、実に多くの名臣たちが長湖部を去っていった。 今でこそ健康を取り戻したが、陸遜に至ってはストレス性の胃炎で吐血し、病院に担ぎ込まれたほどだ。 この事件がきっかけだったかどうか…その不祥事を取りまとめられないほどの精神不安定であった部長・孫権が正気を取り戻したものの…。 (納得はしてないさ…そんな簡単に、割り切れてたまるか。伯姉や子範さん…敬宗まであんな目に遭わせたあの人は許せない。だけど…) 少女は、雪の舞う空へと、その思いを馳せた…。 「あなたの気持ちも、よく解る…双子の妹を傷つけられても黙っていられるって言うなら、むしろ私があなたを許さないわ」 「だったら!」 感情のあまり大声を出してしまったが、少女はそこが病室であることを思い出し、一端は口を噤んだ。 「だったら、どうしてそんな事…! あたしは、あたしは絶対に…」 「あなたが仲謀さんをどうしても許せないなら、私にそれを止める権利はない…でもね、敬風」 ベッドの少女は、あくまで優しく、穏かな口調でそう呼びかけた。 「それでも、あなたにも頼まなきゃならない…孫家のためにじゃなくて…これまで長湖部を支えてきた総ての人のために、あなたにも長湖部を援けていって欲しい…」 「…伯姉」 「一昨年の夷陵回廊…私は大好きだった公瑾先輩の意向に逆らってまで大任を受けた。大好きな人がいっぱいいて、いろんな思い出の詰まった長湖部を、無くしたくなかったから」 少女の表情は、酷く悲しげで…涙はないが、その声も、表情も、泣いているように見えた。 「私はもう、長湖部に関わることは出来ない…だから、これから部を支えていくだろうあなたたちに頼むしかないの。幼節や承淵、公緒、子幹、敬宗…それに、あなたに」 「そんな…そんな言い方勝手すぎるよ、伯姉…あたしたちに、伯姉たちの代わりなんて勤まるわけないよ…っ!」 少女の目から、何時の間にか大粒の涙が落ちていた。 ベッドの少女は身を起こし、傍らの少女をそっと、抱き寄せた。 「ごめんね…でも、私は心配なんて全然してないわ」 突然のことに驚いた少女は、間近になった族姉の顔を覗き込んだ。 「あなた達は、きっとあなた達が思っている以上に、ずっと凄いことができるって、信じてるから」 どんよりと空を覆う雪雲の中に、その時に見た族姉・陸遜の穏かな笑顔を見た気がして、陸凱は苦笑した。 「あんなこと言われたら、断るに断れないよ…」 尊敬する族姉を、大好きな妹を追い詰めた孫権のことが許せないのは変わらない。 それでも、彼女がこうしてまた、長湖部を守るために戦場に出ようとしている理由は、ふたつ。 「主将、出撃準備整いました!」 「解った、すぐに行く」 その妹が、族姉が、それでも長湖部を守りたいと言ったから。 そして、彼女の愛すべき友人たちが、その思い出と共にまだ長湖部にいるのだから。 「我らは江陵の援軍として赴く! 全軍、出撃!」 号令と共に整然と出立する少女たち。 雪の舞う校庭から、少女はその強い意思を胸に、戦場へと消えていった。
669:海月 亮 2005/06/15(水) 23:30 「此処まで予想通りだと却って清々しいもんだねぇ…」 「落ち着いてる場合ですか! 早く助けに…」 「もうちょい待って。もう少し喰らいつかせてから」 陸凱は、気のはやる部下を宥め、草陰に潜んで戦況を眺めていた。 陸凱率いる軍団が江陵棟に辿り着いた時、雪のちらつく校門前は人並みでごった返していた。 要するに凄まじい大混戦だったのだが、恐慌状態だった長湖部勢がほとんど一方的に飛ばされている状態。 (ま、あっちの主将があの天然性悪の王昶で、こっちが感受性の塊みたいな公緒なら仕方ないか) 陸凱は王昶がどんな手を使って、江陵の主将である朱績を引きずり出したのか直接は知らなかった。 しかし、相手の性格の悪さならよく知っている。あの何とも言えないナイスな性格の持ち主である王昶なら、先に引退したばかりの長湖部総参謀・朱然の妹で、これまたその後を継ぐ者としてプレッシャーの中にいる朱績を江陵棟から引きずり出すなんて朝飯前だろう。 (でもっ、調子に乗りすぎだよ…王昶!) 伏兵の王渾軍があらかた出尽くし、後方に控えていた王昶の本隊が動き出すのと同時に、陸凱は叫んだ。 「よし、全軍突撃! あの座敷犬どもに目にもの見せてやんなっ!」 「おーっ!」 陸凱号令一下、彼女の軍団が怒号と共に勢いづいた蒼天会軍の横っ腹めがけて突っ込んでいった。 「てかさぁ…気持ちは解るけどそんな教科書通りの挑発に乗るなっての」 そんな挑発の仕方なんて教科書に載ってはいないんだろうが、と心の中で自分ツッコミする陸凱。当然ながら、この失態の悔しさに未だ涙を止めるきっかけすらつかめない朱績からそんなツッコミが飛んでくるとは、陸凱も思っていない。 「…だよ…っ」 「ん?」 そのとき、嗚咽の中からそんな声が聞こえた。 「あたしに…あたしなんかに…お姉ちゃんの…代わりなんてっ…」 「そ〜だろうね〜」 この重苦しい雰囲気を意に介するでもなく、軽く流す陸凱に、朱績は悔し涙を払うことなく睨みつけた。 「伯姉なら言うに及ばず、義封先輩だったらきっと笑って流したでしょうね。周りが呆れたって、自分の感情を無闇やたらと周囲に振りまくような人じゃなかったしね」 しかし、それでも陸凱は取り合おうともしない。更に少女の心を抉るような言葉を容赦なく吐きつけた。 「酷いよっ!…何でそんな、酷いこと…平気で…」 朱績が掴み掛かってきても、陸凱はまったく動じない。そのまま彼女の胸に顔を預け、再び泣き出してしまう。 陸凱は振り払おうとせず、その体を抱き寄せた。 「なぁ公緒、あたしたちはどう頑張っても、あんな人たちの代わりになんてなれやしないんだ」 「…ふぇ…?」 「いくら能力があったって、たとえ血のつながりがあったって…あたしや幼節が伯姉の代わりなんて出来ないだろうし、承淵が興覇さんの牙城に迫ることも出来ない。季文も休穆先輩と似てるのは性格だけだ。世洪は仲翔先輩みたいになれないだろうけど…まぁ、あれはならないほうが無難かもな」 冗談めかしてそんなことを言って、そして真顔で続けた。 「あんたも同じだ、公緒。だったら、あたしたちはあたしたちなりに、頑張るしかないんだ。失敗したら、また次へ活かしていけばいい…」 その言葉に、弱々しいながらも「うん」と朱績は頷いた。
670:海月 亮 2005/06/15(水) 23:31 それから少し時間が空いて、落ち着いた朱績はこれまでの戦況を語りだした。 「…本当はね」 「うん」 「本当だったらね、叔長と挟み撃ちにするって話、昨日の打ち合わせでしていたんだ。でも、アイツはまったく動いてくれなかったんだ」 「…叔長だって!?」 陸凱は耳を疑った。 叔長とは諸葛融の字だ。彼女はかつて“長湖部三君”の一角になぞらえられていた諸葛瑾の末妹にあたり、今現在、長湖部でも中心的な立場にあり、次期部長の後見役と目されている俊才・諸葛恪の妹だ。 穏かな性格で、質実剛健を旨としていた諸葛瑾と対照的に、諸葛融は派手好きで奔放な性格…陸凱に言わせれば、我侭なお子ちゃま丸出しのガキ。陸凱は大雑把なくせしてやたらと才能を鼻にかける諸葛恪共々、彼女らのことを快く思っていない…いや、むしろ嫌いな範疇に入るだろう。 それはさておき、 「バカな…アイツ、あたしが此処へ来る前に建業棟で見たぞ。それに、こっちへ来たのはあたしと戴陵だけだ」 「そんな…!」 その瞬間朱績の顔から一気に血の気が引いた。 恐怖からではなく、信用していた人間に裏切られたというショックからだったことは、次の瞬間一気に顔が紅潮して来た事からも明白だ。朱績は怒りで震える拳を、思いっきりテーブルにたたきつけた。 「…結局、あいつらも子瑜先輩には遠く及ばない。しかもあいつらは、自分にそれ以上のことが出来て当然って勘違いしてやがる…現実を見れないって悲しいことだな」 嫌いではあったが、陸凱は彼女らのことが心の底から哀れだと思った。 「さて、机と書きモン貸してくんないかな。諸葛融の件も一緒に報告するよ」 「え…」 今度は朱績が自分の耳を疑う番だった。いくら相手が約束を違えたっていっても、相手は次期部長後見役の妹だ。下手に告発すれば、逆に陸凱が処断されかねない。 「ダメ、それはダメだよ敬風! あんな連中のために敬風の手をわずらわせるなんて…」 「今までならいざ知らず、正気を取り戻した孫権部長が黙ってるとも思えないしな。大丈夫、勝算はあるさ」 そうして部屋の机からメモ用紙と筆箱を取り出すと、陸凱はその場で何やら書き出し始めた。恐らくは、きちんとした報告書として報告するための草案を書いているのだろう。 「…やっぱり、敬風は凄いや」 そんな陸凱の姿を見て、朱績はそう呟いた。 「そうかい?」 「うん。今のあたしじゃ、太刀打ちできそうにないよ。いろんな面で」 その言葉に、羨望はあっても嫉妬じみたものはない。この素直なところは、陸凱に限らず多くの同僚たちが好感を抱いている朱績の美点でもあった。 「でも、あんただっていいとこはいっぱいあるだろ。例えば…」 「例えば?」 朱績にそう真顔で聞かれて、陸凱は返答に困ってしまった。こう言うときは「そ〜お?」とか言って能天気に流してくれる丁奉や鐘離牧の方が数倍やりやすいと、陸凱は思った。 「う〜ん…まぁ、少なくとも奴らよりはマシだわな。少なくとも今回の失敗で、次どうすればいいか勉強にはなったろ?」 「う〜…やっぱりバカにしてる?」 「あのなぁ」 ぷーっと膨れて抗議する朱績に苦笑しつつも、陸凱はあえて、彼女の良いところはまだおおっぴらに言わないほうがいいかも、と思った。これからは、もっといいところが増えていくかもしれない、と思ったから。 (そうなれば、あたしたちも伯姉たちの期待に、少しは応えられるかな?) 窓の外を見れば、雪はもう止んでいた。 雲に覆われた、くぐもった茜色の空のなか、彼女は満足げに微笑む陸遜たちの顔を見たような気がしていた。 (終)
671:海月 亮 2005/06/15(水) 23:43 で、触発されて書いてみました(゚∀゚) 挙げて見たら「号令一下」の前、接続詞「の」が抜けていましたので、各自補完の事w あと施績が朱績になっちょりますが、同一人物なのには変わりませんので気にしないでくださいな。 これはまぁ、書かれ方が違うということで。 おいらの本命、ある人の交州日記話はもう少しで完成です。週末には完成予定…かな?
672:海月 亮 2005/06/15(水) 23:51 >影の剣客 雑号将軍様、初投稿乙です!(>Д<)ゝ いや、正直な話皇甫嵩関連は何か語り尽くされた感があったと思っていましたが…なんのなんの、また新たな切り口を見出せそうですぞ!! いや、お見事でござる。 というか、DG細胞かTウィルスに冒されてそうなあの丁原たんが食中毒ってw 以上、自作うぷ直後に作品があげられていることに気づいたw海月でした。 PS:何も交州って言っても、そこで活躍した人をメインにするとは限りませんよ?
673:北畠蒼陽 2005/06/16(木) 01:19 [nworo@hotmail.com] >海月 亮様 わおー! 陸凱だー! 陸凱だー! 私の中で陸凱の評価って蒼天航路の張遼の関羽まんまの評価なんですよね。 『互角に見えて打ち倒すのは至難』ってやつです。 ま、イメージ的なものですケドね(笑 >天然性悪の王昶 ある意味最大限の好評価、ありがとうございます(笑 >交州 歩さんか虞さんという予想をしておりマス(笑 >王国についてあれこれ まず『梁州』ってなぁなにか、デスよね〜。 梁州は益州を分割した漢中一帯なんですけど、これ、晋になってからはじめて作られるんですよねぇ。 後漢書皇甫嵩伝に以下記述があります。 (※英雄記に書いてあるんだけどね。涼州の賊王国とかが兵を起こしちゃってさ、閻忠に迫って盟主とかやっちゃって三十六郡を統べさせて、車騎将軍とか自称しちゃったんだってさ。閻忠、もうプレッシャーとかいろいろで死んじゃった。なむー) ってとこから梁=涼カナ? と。 そのわりに王国サン、陳倉を包囲してるんでもうゴチャゴチャ! どっちがどっちやねーん! まぁ、後漢書の成立年代がかなり下ってるんで『涼』のほうが間違いかもしれんです。 とりあえず王国とのいろいろについて書くとかなり長くなるのでパス。 『皇甫嵩 董卓 王国』でGoogle検索して一番上にあるページはかなりわかりやすいのではないかと思われマス。 とりあえず皇甫嵩にクーデターを薦めておいて却下されたら身の危険感じて逃げて、逃げた先でなぜか賊の大将に祭り上げられてる閻忠タン萌えー。
674:雑号将軍 2005/06/16(木) 22:25 >海月 亮様 おおぅ!陸凱が遂に主役となるとはっ! 海月 亮様の陸凱を拝見して以来、彼女が動くとどうなるのかなとわくわくしながら考えていましたが、遂にこのときがやって来ました〜! まさに、お見事!見習いたいものです。 海月 亮様、北畠蒼陽様・・・・・・これが、常連の技というものですな! >丁原たんが食中毒 ああっと、それは、丁原が盧植と一緒だった記述がなかったからどうにかしないと→アサハル様の設定をお借りする・・・・・・とまあ付け焼き刃なんです。 >王国についてあれこれ な、なるほど、難しいですな〜。これは設定を練るのに時間がかかりそうです。まずは教えて頂いたサイトを検索してみます。 本当にこんなに細かく教えて頂きありがとうございます。
675:海月 亮 2005/06/17(金) 00:49 -蒼梧の空の下から- 第一章 「追憶」 交州学区、蒼梧寮。 今でこそ長湖部の勢力範囲となっている僻地、交州学区に籍を置く生徒たちの多くが生活の場とする場所である。 かつては士姉妹を初めとして、長湖部の勢力拡大を良しとしないものたちが互いに覇権を競い合ったこの地だが、呂岱、歩隲の活躍によりその問題勢力は一掃された。 後世、交州統治といえば歩隲と呂岱(あるいは、稀にだが陸胤)の名が挙がるのは、それだけ彼女らがこの地の統治に心血を注いだ結果であったと言って良い。 加えてこの地は長らく、長湖部の中央で何らかの不始末を犯した者達の左遷先、というイメージも持たれていた。 しかし、一般的な記録では「左遷されてきた」者達の中にも、別の目的があってあえてこの地へ来ることを望んだ少女が居たことは、ほとんど知られていない。 それもそのはず。 それはあくまで、後世の学園史研究家の間で「もしかしたら…」程度に言われる説のひとつに過ぎない。 その実情を知るのが、その当人を含む、ほんの数人の少女だけしか居なかったのだから。 蒼梧寮の前庭。休みの日で昨日からその住人たちは学園都市の中心街に出払ってしまい、すっかり人気のないその場所に、ただひとりだけ、彼女はいた。 この地に住む人種としては珍しい、柔らかそうなプラチナブロンドの髪。スタイルも背丈も、歳相応と言ったところ。 その出で立ちは学園指定の体操服、夏用の半袖とブルマという姿。真冬の朝に外に出るには心ともない格好だが、彼女は意に介した風を見せていない。 手にはその背丈と同じくらいある木製の棍が握られている。 彼女はふぅ、と一息つくと、その棍をゆっくりと構えた。 様になっている、というどころの話ではない。その構えは堂に入っており、全身から達人特有の気迫が感じられる。 「はっ!」 気合とともに、踏み込みから一閃。 そして立て続けに、連続で払い、打ち下ろし、打ち上げと技を繰り出していく。 ただ闇雲に振り回しているのではない。彼女の動きは、型通りの演舞から、次第に乱調子の動きへ変化するが、その動きにはまるで無駄が感じられなかった。もし彼女の目の前に人体模型でも置いてあれば、そのすべての一撃がその急所すべてを打ち据え、薙ぎ払い、衝きとおしていることだろう。 そして彼女は渾身の横薙ぎを放つと、そのままの勢いのまま最初と同じように構えなおした。彼女はこうした演舞を、何回かに分けて、既に一時間近く行っていた。それゆえか、季節外れの薄着でも、気にならないのも当然である。 彼女は一息ついて、構えを解こうとした…まさにそのときだった。 「!」 僅かに風を切る音が聞こえた瞬間、彼女は反射的に振り回した棍で何かを叩き落し、それを地面に押さえつけてから視認した。その間コンマ何秒という世界である。 その目に飛び込んでいたのは、己の棍と地面のアスファルトの間できれいにつぶされていた空き缶…と思われるものだった。 「お見事ですね」 拍手とその声が聞こえてきた方向には、ひとりの少女の姿があった。 棍を構えていた少女と、背丈は同じくらい。色素の薄い髪の、あどけなさを残した温和そのものといった表情が特徴的な少女…彼女こそ、この交州学区現総代・呂岱、字を定公である。 棍を地面に突き立てたまま、少女は苦笑した。 「…毎度毎度不意打ちを食らわせてくるなんて…あまりいい傾向とは言えないわよ、定公」 「そんな事言わないでくださいよ、ほんの挨拶程度じゃないですか」 「それはまた随分なご挨拶ね。仮にも二年年上の人間に空き缶を投げつけるのが挨拶とは畏れ入るわ」 「それはあんまりじゃないですか〜。だって先に“隙があったら何時でも仕掛けて来い”って仰ったのは仲翔先輩のほうじゃないですか」 「…そうだったかしらね」 少女は缶のなれの果てを、見事な棍捌きでかち上げ、近くにあったくず入れに放り込んだ。 棍の少女の名は虞翻、字を仲翔という。 元は会稽棟にその名を知られた名士・王朗の副官であったが、この地を席巻した小覇王・孫策の眼鏡に適い、長湖部の経理事務を一手に引き受けたほどの人物である。 孫策が思いもがけぬ理由でリタイアすると、そのあとを継ぐことになった孫権に仕え、張昭らと共に長湖部の活動を裏方でバックアップしていたのだが…彼女生来の歯に衣着せぬものの言い方と、正しいと思うことを憚りなく主張するその性格が災いして孫権の怒りを買い、ついには孫権の個人パーティーの席で失態を犯して左遷させられたのだ。 しかし、彼女が交州の地に送られた頃は、丁度帰宅部連合との一大決戦があって、その事後処理で政情不安定だった時期である。いくら虞翻の性格が災いしたとはいえ、人使いに長けた孫権が一時の怒りに任せて彼女ほどの逸材を左遷してしまったことは、後世学園史研究者の疑問の種となった。 その多くは結局、「二宮の変」に代表される孫権の狭量さを表す一事例、として片付けてしまった。 しかし僅かながら、そこに何か別の意味を見出した者達も、確かに存在していた。
676:海月 亮 2005/06/17(金) 00:50 一息ついて、寮玄関の花壇に腰掛ける虞翻。羽織った自前のコートを汚すのを厭わず、呂岱はその近くに腰掛けた。。 「しかし勿体無い事ですね。それほどの腕をお持ちなら、部隊の主将としても申し分ないでしょうに」 「どうも荒事には向いてないみたいでね。本来は護身術兼息抜きとして始めたものだったんだけど」 「知ってますよ。前部長が孤立したとき、先輩が傘一本で血路を切り開いたって話」 「大げさな…まぁ確かに、相手の獲物を奪った最初のときだけ使ったんだけどね」 苦笑しながら彼女はそう言った。 「え、本当なんですか?」 「一発でダメになったわ。流石に相手が木刀だとコンビニ傘じゃ荷が重過ぎるわよ。相手が一人だった事も幸運だったかもね」 「へ〜え」 なんともウソっぽく聞こえる話だが、呂岱は虞翻が、弁が立つくせに冗談を言うのが苦手なことを良く知っていた。ましてやあの見事な演舞を日常的に見ていると、ウソには聞こえないだろう。だからこそ、素直に感心した。 会稽寮から程近い山中。 虞翻は道なき道、草の生い茂った獣道を遮二無二突っ込んでいく。彼女の制服は所々土で汚れ、手には一本の木刀を持っている。普段も寡黙で気難しそうにしている顔を一層険しくし、彼女は何か…いや、誰かを探していた。 「部長っ、何処ですか! 孫策部長!」 「おう、仲翔じゃねぇか」 不意に彼女の左手の草陰から、ひとりの少女が姿を現した。明るい色の髪を散切りにし、真っ赤なバンダナを巻いている、少年のような風体の少女だ。その少女こそ、虞翻が探していた長湖部の部長・孫策である。 「大声出さなくたって聞こえてるって。てか、何をそんな慌ててんのさ?」 あまりに能天気なその応えに、虞翻は一瞬眩暈すら覚えた。 無理もない、このとき彼女らは、活動再開して間もない長湖部の利権を守るため、学園都市で不祥事を起こす隣町の山越高校の不良たちの取締りと摘発の真っ最中なのだ。 「…何を、じゃないですよまったく…部長の腕が立つのは良く存じてますが、こんな時にこんなところでひとりで居るなんて正気の沙汰じゃありませんよっ! おまけに親衛隊まで全部散らしてしまって! あなたの身にもしものことがあったら…っ!」 大声でまくし立てる虞翻。どうやら彼女、何時の間にかはぐれてしまった孫策が心配で追って来た様子。激昂のあまり、そのまま泣きわめきそうな勢いだ。 「解った解った。それ以上言うなって。それにあんたが来てくれただけでも十分だよ」 孫策がそういってなだめると、虞翻は一瞬目をぱちくりさせた。 「そ…そんなことっ……と、とにかく此処も危険です。私が先導しますから、皆と合流しましょう」 そして気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。声の調子も少し上ずっていて、孫策も思わず苦笑した。 そのとき、ふと孫策は気づいた。 「そういや仲翔、その木刀どうしたんだ?」 「え?…あ、これは…その、此処へくる途中でひとり捕縛したのですが…彼が持っていたモノを拝借して…」 「え、まさか素手でか!?」 「あ、い、いえ。実は私、杖術の道場に通っておりまして…ビニール傘で応対したんです。結局、傘は壊れちゃったんですけど…」 「へぇ…」 先導する虞翻が丈の長い草を掻き分け、その後に続きながら孫策は感心したようにそう呟いた。 「ああ、じゃあその手のタコはそのせいだったんだな」 「え?」 孫策が納得したようにそう言ったのに驚き、虞翻は思わず足をとめてしまった。そして虞翻が振り向いた瞬間、歩みを止めていなかった孫策と見事に額を衝突させ、獣道の中にひっくり返ってしまう。ふたりの背丈が丁度、同じくらいなのが災いした。 「痛ぁっ…急に振り返んなよ…」 「うぐ…ごめんなさい…」 そして、お互い額を真っ赤にし、涙目になってるのが可笑しくて、同時に噴出してしまった。 一息ついて、虞翻は上目遣いに孫策を見る。 「…気づいて、いらしたんですね」 「ああ。初めて会ったとき、会計担当って言うわりに随分身のこなしに隙がなかったしな。それに、可愛らしい顔してるくせに、握手したらえらくごっつい手だと思った」 孫策の一言に、虞翻は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。 こんな時にというのもあったが、こんな真顔で“可愛い”なんて言われた事、自分の体に女の子らしからぬ表現をされてしまった事、そのどちらも恥ずかしかったからだ。 流石に悪いこと言ったかと、孫策も気づいたようだ。 「ま、気にすんなよ。別にそんなこと気にすることないって。徳謀さんとか義公さんだって、あの顔で結構ガタイいいし…それに比べりゃあんたはルックスもいいし、スタイルだって十分…」 「も、もういいかげんにしてくださいよっ…行きましょう」 うつむいたまま立ち上がり、虞翻は足早に再度前進し始めた。 「あはは…解ったもう言わないよ。てか置いてくなってよ〜」 「知りませんっ」 そのあとを、さして慌てた様子もなく孫策が続いていった…。 ほんの僅かな間、虞翻は当時のことを思い返していた。ふと我に帰った彼女は、傍らの呂岱に問い掛けた。 「ああ、そういえばあの頃、君はまだ中等部に入ったばかりだったっけ?」 「ええ。運良くというか悪くと言うか…中等部志願枠に入ってすぐですよ。次の日にいきなり、部長がリタイアですからね。お陰でまた一般生徒に逆戻りで…」 「それもすごい話ね」 「部長も、一日しか参加していなかったあたしのこと、すっかり忘れてたみたいだったし」 呂岱はそう言って苦笑する。 「どうかな…仲謀部長のことだから、わざと知らないふりをして、君のことを試したのかもね」 「そうですかね?」 「あの娘はよく気のつくいい娘だよ…あ、今や平部員の私がそんな言い方をしたら、いけないか」 虞翻はそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。 でも、呂岱はそれを咎め立てる気にはならなかった。彼女は十分理解していたのだ…目の前の少女が、その風説とは裏腹に、孫権とは深い信頼関係で結ばれていると言うことを。 そして、その身を案じてやまないからこそ、虞翻が今の立場を受け入れていることを。
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