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677:海月 亮 2005/06/17(金) 00:51 -蒼梧の空の下から- 第二章 「少女の檻」 実は呂岱も、元々虞翻と気の合う方ではない。 そもそも虞翻はその難儀な性格ゆえか、本音で語り合えるような友人というものが少ない。先にこの交州に左遷され、間もなく課外活動から引退した陸績、劉備の元で蜀攻略に参加した「鳳雛」ことホウ統…あるいは、いまやほとんど連絡も取らなくなった王朗くらいが、彼女にとって“友人”といえる存在だった。 虞翻は多くの有能な少女たちにアプローチをかけ、その少女が大成するよう世話を焼いたことも少なくはない。しかし、そうした少女たちもまた、彼女を尊敬することはあっても、親しく付き合うまでには至らなかった。あるいは虞翻自身が己の性格と、鼻つまみ者である自分との関わりが足枷にならぬよう、わざとつき離していたせいもあっただろう。 だから呂岱も始めは、あまり彼女に関わらないようにしていた。 「突然で、なんですけどね」 「ん?」 暫くの沈黙の後、呂岱はそういって切り出した。 「あたしも始め、やっぱり仲翔先輩のこと、とっつきにくい人だって…正直、あまり関わりたくないと、思ってました」 「…随分はっきり言うじゃないの」 「すいません…でも、これだけはどうしても言っておきたくて…あたし、最近よく思うんです。もし先輩が裏から色々と手引きしてくれなければ、今此処にこうして居れなかったんじゃないか、って」 その思いつめたような表情に、虞翻は呂岱が何を言わんとしているかに気がついたようだった。 「…考えすぎだよ。交州平定は君や子山の成し遂げた功績…私には何の関わりもないわ」 「その子山先輩名義で来てた手紙だって…よくよく考えればあの先輩がマメに手紙を書くような人じゃない事だって解るでしょう! 仲翔先輩、本当はあなた、部長のために敢えて罪を…」 そこまで喋りかけたところで、その口に指を当てられた。不意を突かれて呂岱は思わず口を噤む。 「それ以上は言わないで、定公。それはあくまで、私の我侭でやったことだから」 言いながら、虞翻は頭を振る。その口調は何時になく穏かな、それでいて何処か寂しげだった。 「…本気、なんだね…仲翔さん」 「ええ。是非ともその大任、私にお任せいただきたい」 人払いの済んだ…常に孫権の元に同席している周泰や谷利の姿すらないその部屋で、虞翻と孫権は二人きりで居た。 「既に子布先輩の許可も頂いています。あとは、部長の指示次第です」 「でも…それじゃあ仲翔さんは…」 「覚悟の上です。それに、変に肩書きがないほうが隠密行動の上では便利ですよ。それに、私と部長の関係が表面上巧くいっていないからこそ取れる戦法ですし…皆も、私が交州に流された所で、誰も異を唱えることはしないでしょう」 「だって…そんなのって…ねぇ、やっぱり考え直してよっ…ボクにはそんな残酷なこと、できないよ…! 伯符お姉ちゃんの時から、仲翔さんたちがずっとずっと裏方を支えてくれたからこそ、今の長湖部があるって…皆だってちゃんと解っているから…だから…そんな事言わないでよっ…」 泣きそうな表情で、虞翻に取りすがる孫権。 帰宅部連合との全面戦争、そしてその隙を突いた蒼天会の急襲。そのふたつの危機を乗り切ったとはいえ、それがために長湖部勢力下の政情は非常に不安定なものだった。 それまで鳴りを潜めていた反乱分子、あるいは山越高校の不良たちの暗躍が再燃し、それに同調する形で交州学区にも不穏な空気が渦巻いていた。それでも、士一族の棟梁格である士燮がいたうちはまだ良かった。彼女が大学生活の合間を縫って、その妹や親戚の少女たちの不満をなだめていたおかげで、爆発寸前の士一族はまだ抑えられていたのだ。 しかし、彼女が協力してくれる期限も残り僅か。この局面で交州勢力が暴発すれば、三度長湖部崩壊の危機だ。 この危機に虞翻は、先だって交州入りし、後に士一族勢力の根絶をも視野に入れた交州平定の人的な橋頭堡を作る策を提言した。 しかもそのために、自ら平部員として赴くことも併せて、である…。 これには孫権もかなりの難色を示した。表面上、孫権は何処か、苦手とする張昭によく似た虞翻を快くは思っていなかった。張昭同様、姉・孫策の信頼していた少女たちであり、実際長湖部に必要な人材だからと割り切って付き合っていた。 だから…孫権は虞翻が己の一身も省みず、自分のために尽くしてくれる覚悟を聞かされたことで、明らかに当惑していた。 「…私は…長湖部の危機を、既に二度も見て見ぬふりをしてしまいました」 虞翻は孫権を抱き寄せると、静かにそう言った。 「え…」 「赤壁島の時と、今年の夷陵回廊と…私は、あなたと長湖部に尽くすという、伯符さんとの約束を二度も破ったのです。私は、公瑾や伯言のような勇気のある人間じゃない…でも、今度も見て見ぬふりをしてしまえば、私には伯符さんに合わせる顔がないから…」 「仲翔、さん」 「だから、征かせてください」 寂しげな笑みだったが、その瞳には悲壮ともいえる決意があった。 「…解ったよ」 孫権は止めても無駄だということを悟り、その意思を尊重した。その瞳から大粒の涙が溢れ、抱き寄せてくれた少女の胸に、その顔を預けた。 翌日。 彼女は孫権や張昭との打ち合わせ通り、パーティが盛り上がりを見せたところで暴言を吐き散らすという暴挙に出て見せた。シャンパンのアルコールが効きすぎた上での失態と周りが取り成したが、それでも孫権は彼女を許さず、即時幹部会の任を解き、交州往きを命じたという。 このとき、彼女と親しかったはずの敢沢すら彼女を庇おうとはしなかった。敢沢はこの事件について多くを語ろうとしなかったが…恐らくは、この事件が彼女たちの仲にヒビを入れたのだろうと噂された。その真実は、明るみに出ることはない…。
678:海月 亮 2005/06/17(金) 00:52 「本当に…これで良かったんですか、仲翔さん…」 「ええ…ごめんね、君や伯言にも不快な気持ちにさせてしまって」 そのパーティから数刻の後、荷をまとめる虞翻の元を敢沢が訪ねてきていた。 「構いませんよ。それにアイツには、折をみてあたしから事情を話すつもりだし」 「そんな必要はないよ。むしろ、私のことなんて忘れてもらったほうが良いかもしれない」 「そんな…」 実のところ、虞翻は予めこのことを敢沢に打ち明けていた。 彼女も思いとどまるよう口を極めて説得したが、結局は折れた。敢沢も一度決めたら梃子でも動かないという虞翻の性格を良く知っていたし、むしろ敢沢自身も夷陵回廊の時何も出来なかった無念があったため、虞翻の気持ちは痛いほど解ってしまったのだ。そうなると、もはや止めるべき言葉も出て来なかった。 「それに皆、僻地だというけど…高望みの受験をする場合、むしろ中心街から離れた静かなところのほうが受験勉強には良いかも知れないしね」 珍しく、冗談めかした台詞が、その口から飛び出した。 敢沢の瞳には、その寂しげな笑みが、柄にもない冗談が…その仕草の総てが、痛々しいものに映った。 さして多くもない身の回りのものを、一通りまとめ終わると、彼女は待たせてある配送屋にその荷物を託し、部屋を後にした。 「…徳潤、部長のこと…よろしく頼むよ」 「ええ…仲翔さんも、お気をつけて」 それきり虞翻は振り返ることなく、住み慣れた会稽の寮を後にしようとした…その時だった。 目の前に、ふたりの少女が駆けて来るのが見えた。 「…部長…それに子瑜まで」 「仲翔さんっ!」 飛びついてきた孫権の勢いに思わずよろけそうになったが、彼女は何とか踏みとどまってその体を抱きとめた。 その腕の中で泣きじゃくる孫権をなだめながら、ようやく追いついてきたクセ毛の少女−諸葛瑾を見やった。 「これは…どういう事、なんだろうね?」 「聞きたいのは私のほうよ…私はどうしてもあなたの交州左遷に納得がいかなかった。子布先輩や徳潤まで何も言わないし、それを部長に問いただそうとしただけよ」 諸葛瑾の表情は何時になく険しい。 「ねぇ、どういうことよ! 一体どうしてこんなことに…!」 「ごめん…これは、私の我侭なんだ。私も、自分の身を切り捨ててでもこの娘の…長湖部の力になりたい」 「…!」 その一言と、後ろにいた敢沢の表情から、諸葛瑾も何かを悟ったようだった。 「やっぱり…狂言だったのね」 「ええ。どうせ私がどうなろうと気にする人なんてそう多くないと思ったけど…念には念を入れて」 「…馬鹿よ、あなたは」 俯いたその瞳から、大粒の涙が地面へと吸い込まれていく。 「あなたは他人だけじゃなくて、自分自身も傷つけなきゃ気が済まないなんて…本当の馬鹿だわ…」 「否定はしないわ…それが、私だから」 口ではそう言ったが…虞翻はその心の中で、ただ純粋に自分のことを心配してくれていた者がいた事を嬉しく思うと共に…己の預かり知らぬところで、そんな存在を傷つけてしまったことに慙愧の念を禁じえなかった。 ただひたすら、心の中で謝り続けることしか出来なかった。 「私…先輩が部長に当てた手紙、見てしまったんです」 「え?」 「部長が長湖部を生徒会執行部組織として独立したとき、仲翔さんが部長に当てた手紙を、です」 その正体に気がついた虞翻は、思わず大声をあげてしまった。 「ちょっとちょっと…あの手紙見られたの? ていうか人様の手紙盗み見るのはあまりいい趣味じゃないわよっ」 「あ、やっぱり恥ずかしいモンなんですか? 確かにちょっと、ラブレターっぽかったですしね」 「あんたねー!」 顔を真っ赤にして、照れたような怒ったような口調で呂岱を責める虞翻。以前の彼女ならそれこそ人の肺腑をえぐるようなキツい一言が飛んで来るところだろうが…彼女の言葉が以前よりずっと丸くなったのも、余計な肩書きがなくなったせいだけでないのかも知れないと、呂岱は思った。 「あはは…すいませんってば。…でも、確かにあの手紙で私も、ずっと仲翔先輩のこと誤解してたんだって思いました。でも、それだけじゃなくて」 全然本気ではないけど、しつこく小突いてくる虞翻を宥め、呂岱は続けた。 「あのあと、私はふと気がついて、今まで子山先輩名義で届いていた手紙を引っ張り出したんです。あの手紙を見なければ、今まで子山先輩からだと思い込んでいた手紙の、本当の送り主も知らずにいたかもしれません」 「そう…私かなり練習したんだけどな、子山の筆跡」 「なんとなくですけど…字の運びとか違和感は感じてました。でも倹約家の子山先輩が、あんなマメに手紙を書く人だとは思ってませんでしたから、だからさして気にしてはいなかったんです」 「そっか…そうだったわね」 虞翻はそれを聞いて、ため息を吐く。 あまり親しくもしていないから、そんなちょっとしたことも忘れてしまっていた。そのことが少し寂しかった。 諸葛瑾のことにしてもそうだ。 彼女なら、どんな点からでも、どんな僅かな長所であろうと、見逃さずに褒めてくれる様な心の優しい少女だということを忘れていたのだから。 「私は…私が思っている以上に、周りに対して無関心に過ごしてきたんだね…」 そう呟いた彼女の表情は、涙こそないものの、泣いているように呂岱には思えた。
679:海月 亮 2005/06/17(金) 00:53 -蒼梧の空の下から- 第三部 「還るべき場所」 「これって…どういう事?」 「さぁ…私はただ、部長にこれを届けてくれって頼まれただけなんですが」 交祉棟の執務室で、呂岱はそれを受け取ると、その意味をはかりかねて首を傾げる。 なんでもない、一通の手紙。 問題は、その宛名が部長・孫権宛だった事、そして、差出人の名前が…。 「あの虞翻先輩ってところが、どうも引っかかるのよねぇ…」 「ですよね」 虞翻が常々孫権の意向に反した言動を取り、ついには年度始め、帰宅部や蒼天会との悶着がひと段落ついたところで、孫権の怒りを買って交州流しにあったことを知らない長湖部員はいない。ただ、御人好しの権化ともいえる諸葛瑾ひとりが、最後の最後まで彼女のことを取り成した以外、誰も彼女を庇ってくれるものがいなかったという話も。 「とりあえずそのまま渡しに行くのも怖かったんで…此方にお持ちしたんですけど」 「好判断だわ。今、長湖部の独立政権樹立に向けての準備に忙しい折…こんな時に部長の機嫌を損ねられても困るしね…解ったわ、コレは私が預かっておくわ。もし行方を聞かれたら、もう出したとか何とか行って誤魔化しておいて」 「解りました」 手紙を持ち込んだ少女は、その手紙を呂岱に宛がうと、一礼して執務室を退出した。その顔が、来た時の困りきった表情から、あからさまな安堵の表情に変わったのを見ると、呂岱も苦笑するしかなかった。 「ったく…こんな僻地に居ても、周りの顔色変えさせ続けるなんてたいした先輩だわ」 その手紙をひらひらと弄ぶ。 今度はその手紙を宛がわれた呂岱が困る番だった。受け取ったはいいが、相手が相手だけに一体どんな内容なのかを考えるだけでも悪寒が走る。 孫権は相変わらず張昭と、年齢と立場の垣根を越えたバトルを展開する毎日。別に虞翻が張昭と仲が良いとかいう話も聞かないが、このふたりの言うこと成すことは何処か似ていから、どうせ碌なことは書いてなさそうだと、呂岱は思った。 (でもそう言えば、私はっきりと虞翻先輩が部長に何か言ってたの、見たことないのよね) そうである。 長湖幹部会のことなんて、それ以外の人間には噂話でしか聞こえてこないのが常だ。虞翻の毒舌ぶりだって、噂でしか聞いたことがない。 確かにとっつきにくそうな人ではあったが、直接何か言われたわけでもない。それどころか、口を利いたことすらなかった。 (…なんかそう思ったら、ちょっと見てみたい気が…) 人様の手紙の内容を覗き見るのはマナー違反のような気もするし、ちょっとは心も痛んだりするが…留まる所を知らない好奇心がそれを押し切った。 (これもこの地の風紀を守る総代としての責任…災いの芽を摘み取るためだからね) そんな建前をつけ、とうとう呂岱はその手紙の封を切ってしまった。 それを読んでしまったことで、深い感銘と、深い慙愧の念を同時に抱く事になるとは知る由もなく。 「そんな…そんなことって」 彼女は普段は整えていた本棚の中身をひっくり返し、その中心で呆然と呟いた。 その目の前には、数え切れぬほどの手紙をばら撒いて。 その宛名から、どれも同一人物によって書かれたものだと推測される。そして、件の手紙とは字の細さは全然違うが、その筆跡は同じことに気づいた。 今まで、その宛名を鵜呑みにしていた彼女は、それがまったく違う人物の手によるものであったことを知り、愕然とした。 それと共に、その手紙の真の差出人に対して、自分が今までとってきた態度を思い返し、自分の不明が情けなく思えてきた。 その人物は、己を殺し、あとからやってきた自分がやりやすいように、実に細やかな心配りをしていてくれたというのに…それを知ることさえしない自分がたまらなく恥ずかしかった。 (こんなに…こんなにも、誰かのために尽せる人だったなんて) 知らず、涙が溢れてきた。 (こんなにも…部長のことを、好きでいてくれているなんて) いてもたってもいられなくなった呂岱は、執務室を…交州学区を飛び出していた。 その手に、件の手紙を握り締めて。
680:海月 亮 2005/06/17(金) 00:53 「そっか…気づかれちゃったんだね」 それから小一時間後、呂岱は建業棟にいた。 目の前には、長湖生徒会の座に就任したばかりの孫権。その手には、虞翻が寄越した一通の手紙がある。 その手紙をいとおしそうに眺める孫権の姿に、呂岱は衝動的に地に手をつけ、その額をリノリュームの床に押し付けた。 「申し訳ありませんっ…」 「…え?」 「私は…私は衆目の邪推を間に受け、先輩の真情も知ろうともせず、あまつさえ総代の地位を盾にそれを踏みにじりました…! そして、今まで先輩が影ながら助けてくださっていたことも知らず、己の功績ばかりを鼻にかけて…私のような人間が総代など、おこがましい話…なにとぞ!」 その表情はわからないが、激昂したその声には嗚咽が混ざっていた。 「私の如き菲才ではなく、是非とも仲翔先輩に…!」 「駄目だよ」 穏かだが、はっきりとした否定の響きを持つその声に、呂岱は思わず顔をあげた。孫権の視線は、その手の中にある手紙からまったく動く気配がない。 「仲翔さんは、きっとそんなの喜ばない…ボクだって何度も仲翔さんをこっちに帰してあげたかった…でもね、自分はもう十分働いたから、どうかこのまま卒業まで居させて欲しい…って。もう自分の出番は終わったから、これからの長湖部を担う子達の席次を、私なんかに与えないでくれって…」 言葉と共に、孫権の碧眼からも涙が伝わり、落ちてゆく。呂岱は、その涙に孫権の真意を見た。 「ボクはそれ以上何もいえなかった。ボクだって、あの人のことずっと誤解してたから…理解しようとしなかったから。だから、最後くらいは、あのひとの望みをかなえてあげたいんだ」 「…はい…」 呂岱はただ、頭を下げることしか出来なかった。 「そっか…あれはちゃんと、部長の下に届いていたんだね」 「…本当に」 座ったまま大きく伸びをする虞翻に、俯いたまま呂岱が問い掛けた。 「先輩は本当にこのままで良かったんですか…? あなたなら、私なんかよりずっと総代として相応しい才覚を持っている…その気になれば、始めから総代としてこの地に赴き、平定する事だって出来たはず…」 「…性に合わないんだ、そういうの」 跳ねるように立ち上がり、もうひとつ伸びをしながら言う。 「私はやっぱり、こういう裏方仕事のほうが好きなんだ。それにさ」 そして棍を一振りし、それを担いで振り返る。 「私には決定的に人望ってモノが欠けているからね」 「そうでもないと思うよ?」 不意に背後から、酷く懐かしい声がする。呂岱も思わず目を丸くした。 恐る恐る振り返った、その視線の先には…。 「部長…それにみんな」 その視線の先には、孫権を筆頭に、彼女が交州へ赴く直前の幹部会メンバーが居た。 ただし、家の事情で既に学園を去った駱統と陸績はおらず、その代わりに潘濬と陸遜がいたのだが。 虞翻はこの突然の事態に、言葉を失った。 「あなたは冗談だけじゃなくて、芝居を打つのも下手だってことなのかしらね…まぁ、アレは私の立案だから言えた義理ないけどさ」 「およ、ご自分のことはちゃんとお解かりでしたか大先輩」 張昭の一言にすかさず茶々を入れる歩隲。その隣では顧雍と薛綜が納得したように頷いた。 「まぁ子布先輩の独りよがりは今に始まったことじゃ…」 「なぁんですってぇ〜!」 厳Sが余計な追加攻撃を叩き込むが早いが、張昭の怒りが爆発し、蜘蛛の子を散らすように散開する少女たちを追っかけていく。 「…ったく、アイツは何時も一言多いんだから」 「まったくですね」 逃げ惑う少女たちのきゃーきゃー言う声と、ヒステリー全開の張昭の声をBGMに、諸葛瑾と敢沢が呆れたように呟く。 視線のその先では、立ち位置のせいで無理やり巻き込まれた感のある潘濬が張昭に捕まっていた。 「…どうして」 虞翻はようやく、それだけの言葉を喉からしぼり出すことが出来た。相当に感情が高ぶっているのを最大限に抑えたような、震えた声だった。 「どうして、こんなところへ来たのよ…こんなところ、せっかくの休みの日にくるようなトコじゃないでしょ…?」 「どうして…って言われても」 「ねぇ」 手前に居た陸遜と孫権が顔を見合わせた。 「会いたくなったら、会いに来ちゃいけないんですか、先輩?」 「そうだよ〜」 その笑顔を見たら、もう歯止めなんか利くはずもなかった。 人目もはばからずに、まるで幼い子供のように大声をあげて泣き出した“仲間”の姿を見て、張昭たちも追いかけっこを止めて微笑を浮かべていた。 「話には聞いてましたけど…現物は凄いですね」 潘濬が感心したように呟くと、 「“泣きの仲翔”は健在、って所かしらね」 「あ、巧いこと言いますね。それいただき」 張昭と歩隲がそう付け加えた。その隣で、珍しくそれと解るほどの微笑を浮かべた顧雍が頷いた。 その日の夜。 彼女は別れ際、孫権から手渡された一通の案内状を、飽きることなく眺めていた。 約一ヶ月後に控えた長湖部体験入部、その案内状だった。しかし彼女はその裏側…本来何もない面を眺めている。其処には、孫権が書いたと思われるもうひとつの“案内状”があった。 曰く『そのあと、みんなで打ち上げをやります。先に引退した人もみんな呼んで楽しくやりたいから、絶対に来てね』と。 「…打ち上げ、か」 そろそろ、学園生活も終わりに近い。 一匹狼で居るのにもいささか飽きていた彼女は、このまま、誰とも打ち解けずに学園を去ることが寂しいと思うようになっていた。 「推薦入試の結果ももう出てるし…楽しみだね」 呟いて、彼女は目を細めた。 もう既に、その心は一ヵ月後に飛んでしまっているようだった。 その飲み会で何が起こるかなんてことは、今の彼女には知る由もなかっただろうが…。 (終わり)
681:海月 亮 2005/06/17(金) 01:13 というわけで、こんなお話。 実は虞翻左遷の裏には何かしらの意図があったんではないか、っていう話が、いつか立ち読みした三国志関連の書籍にあったんですよ。その書名は忘れちゃったんですけど。 それを読んだ時「ああ、こう言うのがネタでも良いかもなぁ」とか思ったものですが、当時は色々あって一本の話に練り上げるまでに至らなかったのです。 何せ、海月がいちばん最初に上梓した「風を継ぐ者」を書いてた頃の話ですから(^^A >互角に見えて… あ、確かに。「三国志]」の能力値見ると本当にそんな感じがします。 そう言えば、「三国志]」の王昶と陸凱、能力値構成似てませんかね?よく見ると。 >歩さんとか虞さんとか 解りやすい答えを引っ張りすぎて本当すみま(ry 次は陸胤の話っつーことでどーですかね? >王昶付記 まぁなんつーか、ナイスな性格ですね。海月の貧相な語彙で巧く表現するにはアレが限界です…。 >丁原 むしろそのギャップが良いと思うんですよ(^^ いや、それこそ本当に巧いことやりましたね。それこそ脱帽ですわ。
682:北畠蒼陽 2005/06/17(金) 02:27 [nworo@hotmail.com] >海月 亮様 虞翻お見事です! いやぁ、なんというか私が長湖部メンバーの中で虞翻左遷後の話は書いてみたいなぁ、と思ってたんでたまたま予想が当たってしまっただけです^^; >互角に見えて… 言い方変えれば『誰とでもライバル足りえる存在』って感じですかね。 陸凱ってのはそんなひとのような気がします。 で、能力値、確かに似てますね(笑
683:雑号将軍 2005/06/17(金) 20:13 >海月 亮様 流石は海月 亮様!僕では足下にも及びませぬ。まさにお見事!この一言に尽きます。 虞翻・・・・・・横山三国志しか読んだことがない僕では影の薄い方で。実は三國志でも袁紹→新武将とプレイするので、登用する機会がないんですよ。 でも、彼女?が登用できるなら、今度は孫策あたりでプレイしてみようかと考えたり。 僕は歩隲かな〜と思ってたので。虞翻とはダークホースでしたっ(いや、僕に三国志の知識が足らんだけか・・・・・・)! >丁原の設定 いや、あの、すごいのは僕じゃなくて、アサハル様でして・・・・・・。詳しくはアサハル様の学三コミックの方に。 こう考えると今回僕が書かせて頂いた作品、皆さんの設定を借りまくっているような・・・・・・。みなさん、すみません・・・・・・。
684:海月 亮 2005/06/17(金) 23:15 >仲翔さんといえば… まぁ横光だと、王朗の小鳥を逃がした人。そんな程度でしたしね。 「蒼天航路」じゃもっと影が薄いです。 「三国志]」の虞翻は何気にスゴいですよ?提督とか医者とか持ってるし。 >コミック ああ…あの伝説の飲み物の…(((;;゚Д゚)))ガクガク
685:北畠蒼陽 2005/06/19(日) 12:30 [nworo@hotmail.com] 「……って知ってるぅ?」 「はぁ?」 李崇は唖然として部長……孫権の言葉に頷くことも出来ず、語尾を上げて聞き返した。 その態度はいささか礼儀知らず、といわれてもおかしくないものであったが当の孫権は気づかないようで『ちょっと会ってみたいかもね〜』などと言っている。 李崇は孫権の目をまじまじと覗き込んだ。 まだ孫権が精神不安定状態から脱却していないかと思ったのだ。 しかし李崇の思惑に反し、孫権の目は明らかに正気だった。李崇はさらに愕然とする。 ――正気でそんなのがいると思ってるのッ!? いや、いやいや。もしかしたら自分の聞き間違いかもしれない。 そうそう、自分の聞き間違いだとしたらなんの問題もない。 「あの、部長……あの、もう一度、おっしゃってもらえます?」 李崇の言葉に孫権はにっこりと笑っていった。 「揚州校区の臨海棟に美少女宇宙刑事がいるんだってさ♪」 李崇はかなり死にたくなった。 戦え☆美少女宇宙刑事 王表! 第7話『きゃっ♪ 部長さんに会っちゃった☆』 そんなわけで李崇は臨海棟にいた。 なんで自分がこんなところにいるんだろう、とかそういうことは何度も考えたけどもう考えるのはやめた。 んっと、名前は確か…… 棟長に『美少女宇宙刑事』とやらを探させてる間に棟長室の柔らかいソファに寝転がって李崇はその資料をぼんやり眺めた。 名前は王表。 普通の日本語をしゃべり、普通のご飯を食べるが、ややマヨネーズが好きらしい。 授業にはあまり出ていないらしくクラスに姿を見せることはまれらしい。 ――普通のひとじゃんッ! 李崇はこれまで何度も繰り返した心の中のセルフツッコミを敢行する。 「あの……李崇さん」 「ん、あ、あぁ。見つかった?」 物思いにふけっている間にいつの間にか帰ってきたらしい棟長の言葉に李崇は現実に強制的に引き戻された。 「えぇ……見つかっちゃいました」 棟長は言外に『見つからなければよかったのに』と雄弁に語りながら残念そうに頷いた。 その気持ちは今の李崇にはよくわかる。 「大丈夫。あとは私が引き受けるわ……よくがんばったわね」 「すいません、お願いします。私じゃもう無理です」 完全に弱気に陥ってしまった棟長を痛ましく眺めながら…… 李崇はその背中に隠れるようにしている小柄すぎる人影を見た。
686:北畠蒼陽 2005/06/19(日) 12:31 [nworo@hotmail.com] どピンクの塊だった。 頭の後ろに巨大すぎるリボン。顔よりリボンのほうが大きいのは問題じゃないのか? すでに改造、という範疇に入っているのかどうかすらわからないピンクの制服。 スカートは膝上25cm……短すぎないッ!? その人物は明らかに規格外だった。 「えっと……あなたが王表、さん?」 「そうですよこんにちはーっ☆」 くぁッ!? なんでそんなに元気なのよッ!? 「あのね、孫権部長があなたに会いたいんだってさ。もしよければ一緒に来てくれないかな?」 断れーッ! 断れーッ! と心の中で祈る。 「喜んでーっ☆」 祈りは通じなかった。 「そ、そう」 ……であれば一番言いたくないあの言葉も言わざるを得ない。 部長の命令だ、本当に仕方ない。 「王表さん、あなたを輔国主将に任命します」 「ほ、輔国主将ーッ!?」 李崇の言葉に棟長は顔色を失わせ、壁にふらふらと力なく寄りかかった。 気持ちはよくわかる。 「あ、あの……李崇さん、参考までに輔国主将って俸禄はいかほどですか?」 顔を蒼白にさせ棟長は李崇に尋ねた。 聞かなければいいのに…… 李崇はその絶望に満ちた顔から目をそらし、ゆっくりと口を開く。 「俸禄は大してあなたとかわらないわ……でも権威的には部長付官僚の私と同格。あなたよりはるかに上」 「……あぁ」 棟長は泣きそうな声で呻いた。 かわいそうに。 一方の王表はにこにこ笑いながら…… 「わぁい☆」 ……喜んだ。 「……で、キミが王表ちゃん?」 「そうですよこんにちはーっ☆」 このやり取りはどこかで聞いたことがあるような気がする。 李崇はそう遠くない過去に思いをはせた。 問題は王表にそれを確認しているのが私ではなくて部長、ってこと。 諸葛恪をはじめとする諸官僚の愕然としている様がよくわかる。 「へぇ〜、すっごいね〜♪」 「えへへ〜、部長さんにほめられちった☆」 ……なんなんだ、この頭の弱そうな会話は。 「じゃあさっそく本題で悪いんだけど……」 部長がまじめな顔になった。 なんだ? なんだ、その本題ってのは……? 「変身してもらおうかな♪」
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