★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
735:海月 亮2005/07/10(日) 22:12
そのあと、どのくらいの間、そうしていたのか解らない。
何時の間にかあたりはすっかり暗くなっていて、その夜闇の中、目の前に鎮座している白い紙箱が、妙に目立って見えた。
たんに瞬きもせずに目をあけていたせいのか…それとも、既に涙も涸れ果ててしまったのか…乾ききった私の瞳には、その白さがただ、痛かった。

私はそれを燃やしてしまおう、と思った。
この中に彼女との想い出も詰め込んで、一緒に焼いてしまえばいい…楽しかったことも、辛かったことも…そうすれば、楽になれるような気がした。

私はマッチと、火が周りに燃え移らないように大き目の皿を取り出し、その上に紙箱を置いた。
おもむろにマッチを一本取り出すと、ふと、脳裏にひとつの考えが浮かんだ。
「もし…このまま私が死ぬのなら…神様は幻でも見せてくれるのかしらね…?」
誰に言うともなく、そう呟く。
昔読んだ童話では、少女は寒空の中、売れ残ったマッチの火の中に、楽しかった思い出の日々の幻を見ていた。
だったら、すぐに消えてしまうマッチの火ではなく、この紙箱を燃やしたら、何が見えるのだろう?
捨て去ろうとした想い出が、走馬灯のように流れていくのだろうか?
自分がまだ、こんなことに思いを馳せるくらいの心の余裕があったことに、私は苦笑した。
そして…マッチに火をつけ、紙箱の中に投じた。

燃え盛る火の中に、やはり幻は見えない。
ましてや、私が彼女と過ごしてきた日々の想い出も、心の中に色褪せず残ったまま。
そんなことは解りきっていたことだ。この行為に何か意義があるかどうかなんて、期待はしていない。
だったら、私は何を求めていると言うのだろう?

彼女との想い出を、総てなくすことなのだろうか?
それとも、またあの頃みたいに、一緒にいたいというのか?

「…解らないよ…」
私は頭を抱えた。
切なくて、苦しくて…気が狂いそうなほど、何かを求めているのに、その「何か」が見えてこない。
私は、この火に何を求めようとしたのだろう?
いや、この白い箱の中に、何が入っていることを望んでいたのだろう?
心に渦巻く奔流が、その堰を破って噴出そうとした時。

「荀揩ヘ、荀揩ナあればいいんだよ」

はっきり聞こえたその声に、私はその声の方向へ振り向いた。
何時の間に開け放たれたのか…さして明るくもない廊下の非常灯が、嫌に明るく見えて私は目を細めた。
そこにいた人影が、一瞬彼女に見えた気がしたが…
「…公達」
いたのは、穏かな笑みを返す、同い年の姪っ子だった。
「伯母様、その箱の中には…何が見えました?」
その声の中に、求めて止まなかった幻はもう、消えうせていた。
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