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806:北畠蒼陽2005/08/27(土) 19:40 [nworo@hotmail.com] AAS
「聞こえているのか、ゴミムシども……まぁ、いい。このぶんだと地獄に雀卓があといくつ立つか、楽しみじゃないか?」
余裕を装い、右肩に木刀を乗せる。
疲労は体中を覆い、今すぐにでも倒れてしまいたい。
それでも毋丘倹は立ち、そして笑っていた。
諸葛誕の部下たちが目に見えて戦意を失っている。
もうちょっと……もうちょっとだけ時間を稼ぎさえすれば十分かな。
もうちょっとだけ脅して……そして倒れよう。もう疲れたしね……
毋丘倹は薄く笑い一歩踏み出す。
包囲網が一歩後ろに下がる。
毋丘倹はもう一歩踏み出そうとして……足を止めた。
文舒……

肩に棒を担いではいるがその一見、緊張感のない顔は戦場に不似合いだ。その不似合いさが実際の戦場においてどれほどの一瞬の集中力につながるかは味方として戦っていたときから十二分に理解していたが。
「さすがだなぁ、仲恭」
王昶ののんきな言葉に思わず苦笑する毋丘倹。
王昶はその光景を見回し……
「凄惨だねぇ」
ヒトゴトのように言う。
「やぁ、文舒。この光景の一部になりにきてくれたのかい?」
挑発する毋丘倹。
王昶の手の棒を見たときから毋丘倹はなんとなく気づいている……
「あぁ、秀たちは包囲網を抜けたみたいだぞ」
そうか……なんとか抜け出してくれたか。
毋丘倹は王昶の言葉に感謝する。
「さて……おい、こいつは私がもらうぞ。公休には悪いが手柄は私がかっさらう」
王昶が冗談めかして諸葛誕の副官である蒋班に声をかける。
……包囲網はそのまま観客にかわった。
「すまないわね」
「あぁ、気にするな」
毋丘倹の短い感謝にどうでもよさそうに答える王昶。
いくさ人であれば戦友を看取るのは当然である。
それが自らを囮にして部下たちを落ち延びさせ、そして自分はトばされてもかまわない、と戦っているものならなおのことだ。

王昶は戦友、毋丘倹を自ら看取るためにここに立っていた。

「さて……んじゃやるか、仲恭。泣いて許しを乞う準備はできてるか?」
「文舒もうがいとかはちゃんとしてる? 汚い舌で靴を舐められても嬉しくないわよ?」
2人は笑顔で対峙する。
片や柳生新陰流、毋丘倹。
片や神道夢想流杖術、王昶。
2人ともが黙ったまま……
「? ……仲恭」
やがて王昶が毋丘倹の左肩の異変に気づき口を開くが……なにもなかったかのように口を閉じる。
これで王昶は間違いなく左肩を狙ってくるだろう。
相手の弱点を狙うことは卑怯ではない。むしろ自分の力の及ぶ限り、相手の弱点を叩くことが礼儀ともいえる。
毋丘倹は内心の苦笑を押し殺す。
少しの手加減も望めない相手に弱点を知られた。
恐らくはかなり痛い目にあわせられることだろうなぁ……
でも……こうして最後の戦いに立ち会ってくれる親友に心からの感謝を。
毋丘倹は……今までで一番澄み切った境地に立っていた。
風が吹く。

2人が同時に動いた。
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