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903:弐師 2006/04/06(木) 19:26 ふうん、ここが南陽棟か。 玄関の前に立って、その姿を見上げる。 白亜の城、といったところか。 「お待ちしていました、公孫越さんですね?」 そうしていると一人の女性がこちらに歩いてきた。 ショートカットの艶やかな黒髪を持つその人、董卓と戦ったときに見た覚えがある。 ああ、そうだ、確か紀霊先輩だ。 高校柔道の「クイーン」と呼ばれる人だったっけ。 「あ、はい。どうも、よろしくお願いします。」 「ええ、では、こちらに。」 彼女に棟の中を案内される。外見のシンプルな美しさと異なり、至る所に金ピカのシャンデリアだとか、無駄に派手なカーテンが有ったりと、ここの棟長の性格がよく分かる内装だった。 そんな悪趣味な物の中を通り抜け、精神的苦痛を受けながらも棟長室にたどり着いた。 「じゃあ、私はここで・・・」 「はい、ありがとうございました。」 この悪趣味な空間の中で、私のそばにいた唯一のまともな感性の持ち主と別れると、一気に気が重くなる。 だけど、そんなことも言っていられない。 まず深呼吸して、私は棟長室のドアをノックした。 「失礼します。」 うわ・・・ 棟長室の中は、さらにお金のかかった・・・輪を掛けて酷いセンスのインテリアで構築されていた。 ねえ、先輩。 流石に床ぐらいは普通にしましょうよ。 何で其処まで金にこだわるんですか。金の床なんてテレビでしか見たことないですよ? 嗚呼、自分の顔が床に映る・・・ 「あら、公孫越さん、御機嫌よう。ほ〜ほっほ。」 だが、このセンスの伝染源は、更に・・・凄かった。 えっと、すいません、手の甲を口に当てて高笑いするのはどうかと思いますが。ベタすぎです。 このご時世にこんな人本当にいるんだ・・・ 「はい。ご無沙汰しております。」 「ええ、ところで伯珪さんから、何の御用かしら?」 「はい、私どもの誠意と言うことで、白馬義従の娘達と共に、私が及ばずながらご助力に参りました。」 「あら、それはそれは、ありがたいことですわ。」 そう言って、また高笑いする。 「これであの女の最後も近づきましたわ・・・」 しかし、その笑いはすぐ途切れ、呪いの言葉へと変わった。 「あの女」とは袁紹先輩のことだろう、まったく、悲しい人だ。 聞くところによると、昔は仲が良かったのだそうだ。家を継ぐときになって家が割れて、それ以来不仲らしい。 常に自分が一番でないと気が済まないのだろう、まあ、まだそのために努力してるだけ他の連中よりは何倍もましなんだろうけど。 「失礼しましたわ、それなら、早速で申し訳有りませんが私の部下の孫堅さんが今あの女の将と戦っておりまして、加勢していただけないかしら。」 聞けば、孫堅さんが袁術先輩の口利きで豫州総代になったのが気にくわなかったらしく、同じ反董卓連合の仲間の筈の彼女に攻撃を仕掛けているそうだ。 「はい。では失礼いたします。」 そう言って、私は南陽を去った。 まったく、あんな所にいたら悪趣味が伝染する。 外に出て、白馬義従の娘達と合流したところで思いっきり深呼吸する。 周りの娘達は不思議そうな顔をしていたが、誰だってあんな所から出てきたら深呼吸したくなるだろう。 ひとしきり、「外」の空気を堪能した後、皆に指示を出す。 「じゃあ、皆さん、孫堅さんの所に行きましょうか。」 私は、袁術先輩なんかとは違う。 私は、お姉ちゃんのためなら ――――――――どんな事も厭わない。
904:弐師 2006/04/06(木) 19:27 「ああ、あなたが公孫越さんかい?」 「はい。よろしくお願いします、孫堅さん。」 「はは、同い年だろ?気楽に行こう。」 ふうん、この人が孫堅さん? 少し癖のある茶髪、赤いリボンに、整った精悍な顔立ち。 お姉ちゃんとは少しタイプが違うが、それでも相当の美人だった。 よかった、袁術先輩の部下って言うから、どんな奴かと思っていたが、とてもさっぱりとして付き合いやすいタイプの人のようだ。 「いや、にしても凄いな、あなた達のバイクの動きは。しっかり統制が取れてる。」 「そう?」 「ああ、素晴らしい。それに私たちはあまりバイクは使わないから、尚更そう見える。揚州は川ばっかだし、長湖に面してるからね。」 「へぇ・・・」 長湖か。名前は聞いたことがあるけど、私は見たことがない。 いつか、其処までの道を遮る奴らを討ち滅ぼして、絶対に、見に行ってやる! ・・・そしてウォータースポーツし放題!なんてね。 と、ふざけた妄想をしているうちに、こちらに駆け寄ってきた女性がいた 「孫堅様、報告に参りまし・・・あら、あなたが公孫越さん?私は程普っていうの、よろしくね。」 背が高く、少々あか抜けない感じの人、まあ、幽州校区の私があか抜けないなどと言えた義理でもないのだが。 「越さん、実は彼女も幽州出身なんだ。」 「あはは、そうなの。しかも北平だよ。」 そう言って程普さんはVサインを作ってにこっと笑ってみせる。 うん、そりゃああか抜けないはずだね・・・幽州だもんね・・・ははは、はぁ・・・ ま、まあそんなことは置いといて・・・ここは、本当に活気にあふれたいい軍だ。一人一人がとてもいい目をして、実に生き生きしている。 ・・・そう、袁術先輩には勿体ないぐらいに素晴らしい軍。 今に袁姉妹なんて討ち滅ぼしてあげる・・・楽しみにねぇ?孫堅さん・・・ ふふ、まあそれは今は置いておこう。 今は、ね。 「そうなんですかぁ、意外だったなあ。」 「他にも韓当って娘はあなたと同じ遼西出身なの。」 「へえ!ずいぶんと遠くからみんな仕えてるんですね。」 「まったくだ、私の出身は呉だというのに。ところで程普、何の用だ?」 「あ、そうでした。あはは、すいません・・・。」 苦笑していた程普さんの顔が、少し険しくなる。少し視線もうつむきがちになった。 「袁紹配下の周昂が、部下を連れてこちらに向かっています、こちらより・・・大分人数は多いようです。」 「へえ、そうか、ありがとう。」 衝撃的な、報告。 しかし孫堅さんは顔色一つ変えずに私の方を向き、軽く笑いかける。まるで、「面白いじゃない?」と問いかけるように。 私は何も言わず、笑い返す。 それで、私の言いたいことは通じたのだろう。その笑顔のまま、よく通る声で命を下す。 「みんなー、袁紹の手先がこっちに遊びに来たみたいだ。しかも向こうさんは大人数と来てる。」 皆、彼女の前に隊列を組む。整然として咳一つ聞こえない。 その場にいた全員が、彼女の一挙一動に注目している。 「どうだ?面白いだろ!?お客さんが多い方がパーティーは盛り上がるってもんだ!さ、お出迎えにいってやろう!」 ぴんと張りつめられた空気を、彼女の一声が振るわせる。 「全軍、出陣!」 ――――――――彼女の清冽な声に応じて鬨の声が響き渡る。 ――――――――地の底から響くような衝動が私を揺さぶる。 ――――――――体の奥から喜びにも似た感情が込み上がる。 そして、全てが混ざり合い、迸る―――――――― ――――――――さあ、やっと面白くなってきた。
905:弐師 2006/04/06(木) 19:28 >雑号将軍様 越、気に入っていただけましたか。よかったですw なにやらいまいちキャラが固まりきってませんが、これからもよろしくお願いします。 あと受験!頑張って下さい! 年下の私が言うのも僭越ですが、是非、夢をつかんで下さい! >冷霊様 楊懐が素敵です!!! 「タマと……季玉といる益州校区が私達の居場所なんだ。私の中にある益州校区に君はいない」 って言葉にもうしびれちゃいましたよw続きが楽しみですw あと公孫サンは結構人間関係が凄いですよね、 越が孫堅と一緒に戦い 劉備とは同門で 単経、田揩はエン州と青州の境界のあたりで曹操とにらみ合ってた(らしい)というw >海月 亮様 いいですねぇ、将棋に例えた駆け引き。 呂蒙を認め、力を貸すことを決意した陸遜。 関羽を討とうとする緊張とプレッシャーが伝わってきます。 では、御無理をなさらず、頑張って下さいw
906:雑号将軍 2006/04/09(日) 22:32 >弐師様 おお、今度は袁術がお出ましだ!!なんというか、あのタカビー全快なあたりがちょっとキてて素敵ですね。 いえいえ、お気になさらずに。うまくいけばいいんですがね…。まあ、あがけるだけあがいてみせますよ。
907:北畠蒼陽 2006/04/10(月) 00:15 おう? なんかしばらく見ないうちにいろいろあがってますよ!? とまぁ、すっかり過去の人っぽいです、私(笑 >海月 亮様 お、ついに関羽包囲網始動ですか。 長湖部、というか呉は正直知識が薄いのでどう書かれていくのか楽しみにさせていただきまするよ! >弐師様 んふぅ…… 袁術好きなんですよ、袁術! (自分くらいは好きでいてあげないとかわいそうじゃない?の理論。王允とかが当てはまります) 袁術、私も書いてみたいなぁ…… まだ書いたことがなかったですよ。
908:海月 亮 2006/04/13(木) 20:46 ひさびさなので感想から。 >冷霊様 よく見たらまだ続くのですな・・・。 楊懐と高沛がどういう最期を遂げるのか・・・あるいは、更にそのあとどうなっていくのか気になります。 >弐師様 既に既出の話題ではありますが・・・袁術のキャラが本当に際立ってますね。 此処までお約束だとぐうの音も出ませんね。お見事と言うほかないです。 あと孫堅軍団。何気に私まだ孫堅軍団は手を出してないような・・・。 >北畠蒼陽様 いやー・・・何処まで史実に沿ってるかどうか解りませんよ、私の場合はww と言うわけで>>898-901の続きから。
909:海月 亮 2006/04/13(木) 20:48 長湖部の総本山・建業棟棟長執務室。 普段なら暇をもてあました幹部たちが屯し、長湖部長孫権を中心に賑やかに過ごしているこの場所は、この日に限っては不気味なほどに静かで…何処か重い空気に支配されている。 執務室の中に居たのは数人の少女。 執務室の机に腰掛けた、金の巻き髪と碧眼が印象的な少女は長湖部長孫権。 その背後に侍している、黒髪を頭の両サイドでお団子に纏めた小柄な少女は、その孫権第一の側近を自負して憚らない「長湖一の使い走り」谷利。 それと向かい合う形で立っているのは呂蒙。 場に居る少女たちの表情は固い。 −武神に挑む者− 第二部 原石と明珠 「…此度の荊州学区攻略においては、この名簿に加えた誰一人として外しても成立しません。また、この機会を逃せば永劫、荊州奪取はならないかと存じます」 淡々と言上する呂蒙。孫権はなおも黙ったままだ。 呂蒙にも孫権の沈黙の理由は解っている。 その名簿の一番下、そこには確かに陸遜の名前が存在していた。 丁奉の話から、陸遜の件は当然孫権にとっても他人事ではないことを呂蒙は知っていた。孫権の様子は、そのことを裏付けているといっていい。 「…本当に」 内心のさまざまな感情を抑えるかのような、震える声で孫権がつぶやく。 「本当に、伯言以外の適任者は居ない…そういうんだね?」 「ええ」 そこでさらにわずかな沈黙をはさむ。 孫権は流石に、誰から聞いたのかなどとは訊いて来ないようだ。丁奉の性格を考えれば孫権には話しているのかもしれないが…いや、おそらくは。 「子敬さんがね…自分の後任として、本当は最初伯言の名前を挙げていたんだ」 一度目を伏せ、そして寂しそうに笑う孫権。 「子敬さんが認めたあなただったら…もしかしたら何時かは気がついちゃうとも思ってたよ」 呂蒙にも言葉が出ない。 「…一度だけ、なんだよね?」 念を押す様に、彼女は問いかける。 「私の、命に賭けて」 呂蒙は真剣な眼差しでそれに応えた。 二人の視線が交錯し、やがて、 「解った。その代わり…無茶はさせないでね」 「はい」 呂蒙は拱手しながら、孫権の英断にただ感謝するだけだった。 呂蒙は続けて陳べる。 「そして願わくばもう一人…現在丹陽棟にて閑職にある虞仲翔を、アドバイザーとして同行させたいのですが」 「え?」 一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見せた孫権は、怪訝な表情を浮かべた。 「どうして…?」 呂蒙はその表情から、やはり最初自分が思ったとおり、虞翻が孫権に嫌われた為に放逐されたのだということを確信した。 「彼女の性格は周知するとおり。ですが、あの性格ゆえ力を持て余せば更なる毒気を吹くのみです。ならば、その毒こそ我々ではなく、外に向けてやるべきでしょう」 呂蒙は丹陽棟でその姿を見る以前より、荊州攻略の切り札として虞翻の"公証人"としての活用を考えていた。だが、中央で事務経理の中核をになう彼女を前線へ招聘するのは不可能、と半分諦めてもいた。 だからこそ、丹陽にいる彼女を見たとき、初めは自分の幸運を喜んだ呂蒙ではあったが…部内の"和"をを何よりも尊重するはずの孫権が、その名を聞くだけで不快な顔をすることに何か悲しさのようなものを感じていた。 「…部長、"奇を容れ異を録す"を規範とするあなたが、何故そこまで彼女を嫌うのか…あたしには少々解りかねます」 「う…でも、どうしてもあのひとがいると、みんな気まずくなって黙っちゃうんだよ…だからきっと、あのひとは幹部の中枢じゃない場所のほうが、その良さを引き出せるかと思って…」 現実、虞翻は後方支援や前線の活躍が目立つ経歴もある。現実に丹陽での風紀は厳格に守られ、治績を挙げている。 しかしその口ぶりからは、やはり結果論から来る取り繕いにしか聞こえない。 呂蒙はため息をついた。 「でしたら、ひとつ騙されたと思ってあたしに彼女の身柄も預けていただけますか? あいつの本性、見せて差し上げますから」 孫権は困ったような顔でしばらく考え込んでいたが… 「解った」 と、何処か釈然としない表情のまま呟いた。
910:海月 亮 2006/04/13(木) 20:48 一方、そのころ。 「あたしの…全部あたしの所為なんです…」 呉郡寮の陸遜の部屋へ尋ねてくるなり、普段その少女には有り得ないほど悄気た表情で座り込み、黙りこくっていた丁奉が最初に発した言葉が、それだった。 その一言に、陸遜は何故彼女が急に訪ねてきたのか察しがついたようだった。 もっとも、丁奉は陸遜の妹達とも仲がいいから、急に訪ねてくるといってもそう珍しいことではない。珍しいというなら、この時のようにもうそろそろ寝ようかという時間に突然尋ねてきたということだろうか。 「あたしが…あたしが子明先輩にあんなこと…先輩が、あんなに酷いいわれかたしたのに、あたしがむきになって…」 「…いいのよ、あなたが気に病むことじゃないわ」 頭の上に手を載せられて、恐る恐る顔を上げると、そこには苦笑する陸遜の顔があった。 「あなたのことだから、きっとそういうこともあるんじゃないかな…って思ってたわ。そこがあなたの良いところでもあるし、悪いところでもあるのかもね」 「…あうっ…」 嗜めるようなその一言に、涙目のまま体を竦ませ俯いてしまう丁奉の姿に、陸遜も可笑しくなったのか少し笑った。 「それにね」 陸遜は、穏やかな笑みのまま視線を移した。 「私もきっと、根っからの長湖部員なのよ。子明先輩が"ただ一度だけ"っていうその心意気に、私はきっと飲まれてしまったんだわ」 「先輩…」 「だから、これはきっと私が最初で最後に見せる、唯一かつ最高の戦いよ」 その言葉に丁奉は、陸遜自身がこの一戦に自らの意思で立ち向かおうとしていることを理解した。 そして… (それに…もしかしたら先輩は…) 陸遜も気がついているようだった。 その手を取ったときの、呂蒙の体に何かしらの異変が起こっているであろうことを。 「つーわけだ。以後しばらく、あたしの軍団にアドバイザーとして参加してもらうぜ。無論部長命令だ」 呂蒙はその日のうちに丹陽棟に上がりこみ、朱治の権限を盾に虞翻を呼びつけると、その命令書を突きつけた。 傍らの朱治もにやにやと他人事のようにその様子を眺めている。 「……なんで」 それを見るでもなく、俯いたままの虞翻がぽつりと呟いた。 「なんで…私なの?」 不機嫌というよりは、なにか大いに困り果てた様子だ。 常日頃からその情け容赦ない毒舌と、ぶっきらぼうな態度からは想像も出来ない姿であるが、これこそ先代部長・孫策の一部側近しか知らない彼女本来の姿である。 一度心を許してしまうと、その相手には兎に角頭が上がらなくなる。呂蒙も朱治も、虞翻がこういう少女であることをよく知っていた。 「そりゃあ今江陵の津を固めている士仁を、懐柔出来なきゃあたしの戦略に齟齬が生じるしな。知ってるんだよ? あんたと士仁が顔馴染みなことくらいは」 「…君義(士仁)は武神・関羽に憧れて荊州入りしてるのよ…私の言葉でどうにかなるとは…」 苦し紛れなその物言いに、呂蒙はこれと解るくらい悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。 「そう、忠義に厚いはずの彼女が、何故こんなモノをあんたに送ったと思う?」 「!? ちょ、ちょっとっ!」 その懐から取り出された一枚の紙切れを見た瞬間、虞翻ははっきりと狼狽の色を示した。 声をあげると同時にその紙を奪い取ろうと飛び掛る虞翻にそれを奪うに任せ、呂蒙はもう一枚の紙切れを懐から取り出した。 「まぁ見せるからには何枚かコピーしてあるんだが」 「…っ…!」 怒ってるとも困ってるともつかない複雑な表情で睨みつけてくる虞翻を他所に、涼しい顔の呂蒙。 「…つかどっちも必死だねぇ…」 呆れたようにその様子を眺める朱治。 「あぁ…悪いがなりふりかまっちゃいられねぇんだ…あたしには、もうそんなに時間が残ってないみたいだしな」 「え?」 その様子に何か深刻なものを感じ取ったらしいふたりは、呂蒙の顔を覗き込んでいた。 よくよく考えれば何か違和感があった。冷静になってみると、顔色も随分悪いように見える…いや、憔悴しきった顔をしていることに、二人は気づいた。 そして…これは医者の娘である虞翻が気づいていた異変…。 「子明…もしかしてあなた…内臓のどこかを…?」 「おまえには隠し立てできないな」 呂蒙は自嘲気味に、少し笑った。 「…膵炎らしいんだ。医者の話じゃ、多分ストレスの所為だって…本来、ベッドの上に寝てなきゃいけないそうだ。あたしが長湖副部長として、現状の仕事に耐えられる時間は実質十日くらい…年末までもつかもたないかという話さ」 あまりにも穏やかな表情。一目見ただけでは、彼女の体がそう深刻な事態になっているのかどうかすら解らない。 しかし、付き合いの長いふたりには、呂蒙が嘘をつくような少女ではないことも知っていたし、こうして自分の状況を話してくれるときには余程の事態に追い込まれているということもよく知っていた。 普段はごんなことも笑って茶化そうとする朱治も、深刻そうな面持ちでその顔を見つめる。 「部長に…このことは?」 「…あんたたちにしか話してないよ。だからあたしの体がもつうちに、この大仕事だけは成し遂げたいんだ。あたしみたいなヤツにこの部を託してくれた公瑾や子敬の知遇に応えるために」 その真剣な眼差しを避けるかのように、窓の外へと目をやる虞翻。 その夕日の赤を、深く澄んだ濃紺の瞳に映し、そして大きく深呼吸して… 「…君…いえ、士仁を調略するということは、本当の狙いは南郡棟の糜芳の所持する兵力…そしてそれを利用しての江陵棟占拠…ということでいいんでしょ?」 振り向いたそこには、先ほどまで狼狽していた少女の表情はなかった。 かつて「絶対調略不可能」と言われた豫章の華キンを単身説得に向かった時の、穏やかながら自信に満ちた公証人としての彼女の顔が、そこにあった。 「やれやれ…丹陽周辺の不良どもも、仲翔のお陰でだいぶ鳴りを潜めたのにねー」 仕方ないなぁ、と言った風に、朱治がソファーに思いっきり体を預けた。 「悪いな。でもやるからには、すぐに終らせて来るさ」 生気を失いつつある呂蒙の顔にも、何時もの表情が戻ってきていた。
911:海月 亮 2006/04/13(木) 20:49 「まったく…仕方のない娘ねぇ」 その書面を受け取ったその少女の第一声が、それだった。 二年前の、董卓の専横に端を発する一連の騒動により、打ち捨てられ廃墟になっていたはずの洛陽棟。 司隷特別校区…即ちこの広大な学園都市の中心であり、長らく蒼天生徒会の本拠であった場所。 最早名目と成り果てた感のある蒼天会長を擁した曹操が、その手によって再建したその場所で、諸葛瑾は先ずその威容に呑まれた。 (これが…今の蒼天会…いえ、曹孟徳の力なの…?) 彼女もかつて、司隷校区に招かれるほどの"神童"として、初等部の頃はこの場所で過ごしていた。 一度破壊されつくしたものが、前の面影を失ってしまうのも仕方がないことだということも解ってはいた…だが、これはそういうレベルの問題ではないような気がしていた。 新旧の趣を取り入れながらも、若き才能を感じさせる内装、外観の妙。 すれ違う生徒達から見られる、革新の機運に満ちた校風。 (今の私たちに、これに抗う術があるのかしら…) 孫権から、荊州攻防戦への援助参戦という名目の書面を預けられるとともに、それとなく洛陽の様子を探ってくるよう命じられた諸葛瑾だったが、果たしてこの有様を感じたまま伝えてしまって良いものか、迷わせるほどだった。 そんな彼女の思索を打ち破ったのは、目の前に呆れ顔をしている赤い髪の少女の次なる一言だった。 「こんなものをわざわざ送って寄越したということは、多分"関羽に手を出すな"といったところで聞かないんでしょうね」 「恐らくは、仰せの通りかと」 赤髪の少女…その蒼天生徒会の覇者・曹操その人の問いに、諸葛瑾は内心の様々な感情を億尾にも出さない涼しい顔でそう応えた。 「…ふぅん…」 その受け答えに何かか感じるところがあったのか、曹操の瞳はにわかに輝いた。 「…ねぇ、この文章書いたのは君?」 「え?」 思ってもみない問いかけに、諸葛瑾は一瞬その問いの意味することを理解できなかった。 だが、すぐにあることに思い至る。 「…いえ、長湖文芸部が副部長・皇象の手によるものです」 曹操の瞳がさらに輝く。 「"湖南八絶"のひとりだよね」 「はい」 「ね、今度こっちに遊びに来るように伝えてくれないかな?」 一瞬呆気に取られ、諸葛瑾は苦笑を隠せなかった。 この才覚に対する貪欲さ…才能のあるものたちと少しでも交わりたいと思うその希求が、曹操という少女の本質であることは彼女にも解っていたが…それでも、彼女は苦笑せざるを得なかった。 「なんでしたら、八絶全員寄越せるよう、部長にお伝えしましょうか?」 「ううん、占いの四人は要らない。文芸の皇象、幾何学の天才趙達、絵画の曹不興、ボードゲームの達人厳武…それと学園都市のジオラマを作り上げた葛衡って娘がいたよね? その五人、今度来るときに一緒に連れて着てくれないかな!?」 「確と、孫権部長にお伝えいたしましょう」 拱手しながら、満面の笑みを浮かべる曹操を見て諸葛瑾は思わずにいられなかった。 (この部分は、恐らく仲謀さんでは一生敵わない部分なのかもしれないわ…) 人材を求め、優れたものに敬意を払う孫権だが、その一方で性格の合わない者を遠ざけようとする一面があることを、諸葛瑾は痛いほどよく知っていた。 今丹陽に追いやられた格好にある虞翻が、仮に曹操の元にいたらどうなるだろうか… (多分この人なら、巧くその力を引き出せるのでしょうね。郭嘉、程G、賈栩といったそれぞれカラーの違う人たちを受け入れ、その力を十二分に発揮させてきたこの人であれば) そのことを考えると、少し淋しくもあった。 江陵棟。 執務室の主席に座す長身で艶やかなロングヘアの美少女が、どこか気の弱そうな緑髪の少女を見据えている。 「あなたが新任の陸口棟長ね」 「は、はい…陸遜、字を伯言と言います…以後、お見知りおきを」 言うまでもなく、言葉の主はこの棟の主関羽その人。 その両翼には、左に関平、王甫、廖淳、趙累ら関羽軍団の武の要が、右には馬良、潘濬ら知の要が。 (流石は武神・関雲長というべきだわ…この威圧感、並じゃない) 会見を申し込み、相手の油断を誘うために必要以上に下手に出る陸遜だったが、それを抜きにしても"関羽の存在"が大きな圧迫感として彼女にのしかかってきた。 彼女について着ていた数人の少女達は、一人を除いて真っ青な顔をして震えているが…これほどの威圧感の中ではそれも仕方ないだろう…と思っていた。 「そちらも知っての通り、我々はこれから樊棟の曹仁・満寵を討つ無双の手続きに奔走している真っ最中…何しろ多忙なので十分なおもてなしが出来なくて恐縮だわ」 「いえ、このような席を設けていただいただけでも…その、恐縮です」 だがその最中でも陸遜はその笑み…特にその切れ長の瞳に宿る何かを、見逃してはいなかった。 「もしそちらに助力の要あらば、私たち長湖部も、協力は惜しみません」 「それには及ばないわ。軍備は十二分に整い、我らの力を天下に示すには十分。あなた方長湖部は、あくまで長湖部のためのみに動かせばいいわ。余計な気遣いは無用よ」 深々と頭を下げながら、その笑みの中に、陸遜は関羽の最大の欠点がそこにあることを完璧に見抜いていた。 (この態度…私たちを下風に見ていると言うより、それだけ自分の能力に自身があると言う証拠だわ) 陸遜は尚も冷静に分析する。 (付け入るべき隙は…十分すぎる) 気弱な瞳の中に、一瞬だけ狩人の光を見せる陸遜の変化に、気づくものは誰もいなかった。 「あの呂子明の後任というと、相当に苦労も多いのでしょう?」 「え、ええ…今こうしているのも、その、緊張に耐えません…」 おどおどしているのは芝居のつもりではあったが、陸遜はそれでも関羽の持つ威圧感に圧倒されることを否めずにいた。 「ふふ…そう硬くなることはないわ。私にしても、後方に位置するあなたたちと喧嘩するつもりはないから」 「え…えぇ、そうありたいものです」 精一杯の作り笑いを向け、陸遜は拱手し、退出した。
912:海月 亮 2006/04/13(木) 20:49 「あれが…関羽か」 棟を出て、彼女はひとりごちた。 「でもすごいよ伯言ちゃん。私だったらきっと卒倒してるわ」 ブラウンのロングヘアに、大きなリボンをあしらった少女がため息とともに言う。 「そういうあなた、全然余裕のある表情してたじゃないの、公緒」 「そう?」 公緒こと、烏傷の駱統。先ほどの会見席で、陸遜以外で唯一平然とした顔をしていた少女である。 陸遜の顔なじみであり、陸遜が特にといって自分の副官として求めた人物である。おとなしそうな顔をしているが、その穏やかで人懐こい性格とは裏腹に合気道の達人という長湖部の俊英だ。このおっとりした性格ゆえか、恐ろしく肝が据わっている。 「で、伯言ちゃんはどうみる? 関雲長を実際目の前にして」 「流石に学園の武神と言われるだけあるわ。個人としての威圧感もさることながら、その手足となるべき人物にも英傑ぞろい…正攻法じゃ、正直どうにもならないわね」 まさしく、それは陸遜が正直に抱いた感想である。 「でも…切り込む隙はありそうだよね?」 「ええ。関羽のあの尊大さ…足元を省みないあの性格は、致命傷になるわ」 陸遜は見逃していなかった。 油断なくこちらの一挙一動を見据えながらも、何処かこちらを食って掛かるような目の光を。 「子明先輩の計画では、関羽の"打ち捨てていったすべて"をすべて私たちの武器に変える…あとは、関羽が動くのを待つだけだわ」 陸遜の瞳は、江陵棟のただ一点…先ほどまで自分たちがいた執務室の辺りを見つめていた。 関羽が江陵棟・南郡棟に一部の兵力を残して進発したという報が陸遜の元にもたらされたのは、その翌日のことであった。 陸口の渡し場に続々と集結する長湖部主力部隊。 その喧騒からひとり、呂蒙は対岸の江陵棟を眺めて佇んでいた。 「いよいよやね、モーちゃん」 「あぁ」 孫皎はそのまま、呂蒙の隣、艫綱を結ぶ杭の上に腰掛けた。 「昨日の大雨で、蒼天会が送り込んできた援軍部隊は壊滅…今頃関羽はさらに図に乗って樊棟攻略に躍起になってることだろうな」 「せやけど…曹子考を護りの要とする樊棟はそう落とせるもんやない。今朝入った知らせやと徐晃を総大将とする軍が樊に向けて進発、戦況次第で合肥の張遼・夏候惇の投入もありうる、っちゅー話や」 「…もしかしたら、関羽の本当の狙いはそこにあるのかもな」 「え?」 まじまじと見つめる孫皎に振り返ることもなく、呂蒙は相変わらず一点…江陵棟を眺め続けている。 「まさか…自分ひとりで蒼天会の主だった主将の動きを釘付けにするん…?」 「んや、始末するつもりなんだろう。劉備の北伐の障害にならないように」 「そんな…」 あほな、と続けようとした孫皎の言葉を遮って、呂蒙はさらに続ける。 「このまま放っておけば、やりかねないな。あの関羽であれば…」 色を失う孫皎を他所に、呂蒙はその拳を強く握り締める。 「だから、その前に関羽を叩き潰す。あたしのすべてを賭けて」 「モーちゃん…」 その悲壮とも思える決意の宣言に、孫皎は言葉に詰まった。 もしかしたら、彼女も薄々は感づいていたのかもしれない。 呂蒙がその体の中に、もうその刻限が近づいている時限爆弾を抱えているのではないか、ということに。 (モーちゃん…なんで本当(ほんま)のこと話してくれへんのかは今は訊かんどくで) (うちも友達(あんた)のために、この命預けたるわ) 孫皎の瞳には、まるで呂蒙がその命の灯火を、最後の力で燃えさからせているかのように見えた。 「…うちらには、ただ勝利しか先にあらへん。そういうことやな?」 「あぁ」 ふたりの瞳は、江陵棟の先…今まさに天下の覇権を決めんとする樊棟の決戦場を見ているかのようだった。
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