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909:海月 亮 2006/04/13(木) 20:48 長湖部の総本山・建業棟棟長執務室。 普段なら暇をもてあました幹部たちが屯し、長湖部長孫権を中心に賑やかに過ごしているこの場所は、この日に限っては不気味なほどに静かで…何処か重い空気に支配されている。 執務室の中に居たのは数人の少女。 執務室の机に腰掛けた、金の巻き髪と碧眼が印象的な少女は長湖部長孫権。 その背後に侍している、黒髪を頭の両サイドでお団子に纏めた小柄な少女は、その孫権第一の側近を自負して憚らない「長湖一の使い走り」谷利。 それと向かい合う形で立っているのは呂蒙。 場に居る少女たちの表情は固い。 −武神に挑む者− 第二部 原石と明珠 「…此度の荊州学区攻略においては、この名簿に加えた誰一人として外しても成立しません。また、この機会を逃せば永劫、荊州奪取はならないかと存じます」 淡々と言上する呂蒙。孫権はなおも黙ったままだ。 呂蒙にも孫権の沈黙の理由は解っている。 その名簿の一番下、そこには確かに陸遜の名前が存在していた。 丁奉の話から、陸遜の件は当然孫権にとっても他人事ではないことを呂蒙は知っていた。孫権の様子は、そのことを裏付けているといっていい。 「…本当に」 内心のさまざまな感情を抑えるかのような、震える声で孫権がつぶやく。 「本当に、伯言以外の適任者は居ない…そういうんだね?」 「ええ」 そこでさらにわずかな沈黙をはさむ。 孫権は流石に、誰から聞いたのかなどとは訊いて来ないようだ。丁奉の性格を考えれば孫権には話しているのかもしれないが…いや、おそらくは。 「子敬さんがね…自分の後任として、本当は最初伯言の名前を挙げていたんだ」 一度目を伏せ、そして寂しそうに笑う孫権。 「子敬さんが認めたあなただったら…もしかしたら何時かは気がついちゃうとも思ってたよ」 呂蒙にも言葉が出ない。 「…一度だけ、なんだよね?」 念を押す様に、彼女は問いかける。 「私の、命に賭けて」 呂蒙は真剣な眼差しでそれに応えた。 二人の視線が交錯し、やがて、 「解った。その代わり…無茶はさせないでね」 「はい」 呂蒙は拱手しながら、孫権の英断にただ感謝するだけだった。 呂蒙は続けて陳べる。 「そして願わくばもう一人…現在丹陽棟にて閑職にある虞仲翔を、アドバイザーとして同行させたいのですが」 「え?」 一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見せた孫権は、怪訝な表情を浮かべた。 「どうして…?」 呂蒙はその表情から、やはり最初自分が思ったとおり、虞翻が孫権に嫌われた為に放逐されたのだということを確信した。 「彼女の性格は周知するとおり。ですが、あの性格ゆえ力を持て余せば更なる毒気を吹くのみです。ならば、その毒こそ我々ではなく、外に向けてやるべきでしょう」 呂蒙は丹陽棟でその姿を見る以前より、荊州攻略の切り札として虞翻の"公証人"としての活用を考えていた。だが、中央で事務経理の中核をになう彼女を前線へ招聘するのは不可能、と半分諦めてもいた。 だからこそ、丹陽にいる彼女を見たとき、初めは自分の幸運を喜んだ呂蒙ではあったが…部内の"和"をを何よりも尊重するはずの孫権が、その名を聞くだけで不快な顔をすることに何か悲しさのようなものを感じていた。 「…部長、"奇を容れ異を録す"を規範とするあなたが、何故そこまで彼女を嫌うのか…あたしには少々解りかねます」 「う…でも、どうしてもあのひとがいると、みんな気まずくなって黙っちゃうんだよ…だからきっと、あのひとは幹部の中枢じゃない場所のほうが、その良さを引き出せるかと思って…」 現実、虞翻は後方支援や前線の活躍が目立つ経歴もある。現実に丹陽での風紀は厳格に守られ、治績を挙げている。 しかしその口ぶりからは、やはり結果論から来る取り繕いにしか聞こえない。 呂蒙はため息をついた。 「でしたら、ひとつ騙されたと思ってあたしに彼女の身柄も預けていただけますか? あいつの本性、見せて差し上げますから」 孫権は困ったような顔でしばらく考え込んでいたが… 「解った」 と、何処か釈然としない表情のまま呟いた。
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