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910:海月 亮 2006/04/13(木) 20:48 一方、そのころ。 「あたしの…全部あたしの所為なんです…」 呉郡寮の陸遜の部屋へ尋ねてくるなり、普段その少女には有り得ないほど悄気た表情で座り込み、黙りこくっていた丁奉が最初に発した言葉が、それだった。 その一言に、陸遜は何故彼女が急に訪ねてきたのか察しがついたようだった。 もっとも、丁奉は陸遜の妹達とも仲がいいから、急に訪ねてくるといってもそう珍しいことではない。珍しいというなら、この時のようにもうそろそろ寝ようかという時間に突然尋ねてきたということだろうか。 「あたしが…あたしが子明先輩にあんなこと…先輩が、あんなに酷いいわれかたしたのに、あたしがむきになって…」 「…いいのよ、あなたが気に病むことじゃないわ」 頭の上に手を載せられて、恐る恐る顔を上げると、そこには苦笑する陸遜の顔があった。 「あなたのことだから、きっとそういうこともあるんじゃないかな…って思ってたわ。そこがあなたの良いところでもあるし、悪いところでもあるのかもね」 「…あうっ…」 嗜めるようなその一言に、涙目のまま体を竦ませ俯いてしまう丁奉の姿に、陸遜も可笑しくなったのか少し笑った。 「それにね」 陸遜は、穏やかな笑みのまま視線を移した。 「私もきっと、根っからの長湖部員なのよ。子明先輩が"ただ一度だけ"っていうその心意気に、私はきっと飲まれてしまったんだわ」 「先輩…」 「だから、これはきっと私が最初で最後に見せる、唯一かつ最高の戦いよ」 その言葉に丁奉は、陸遜自身がこの一戦に自らの意思で立ち向かおうとしていることを理解した。 そして… (それに…もしかしたら先輩は…) 陸遜も気がついているようだった。 その手を取ったときの、呂蒙の体に何かしらの異変が起こっているであろうことを。 「つーわけだ。以後しばらく、あたしの軍団にアドバイザーとして参加してもらうぜ。無論部長命令だ」 呂蒙はその日のうちに丹陽棟に上がりこみ、朱治の権限を盾に虞翻を呼びつけると、その命令書を突きつけた。 傍らの朱治もにやにやと他人事のようにその様子を眺めている。 「……なんで」 それを見るでもなく、俯いたままの虞翻がぽつりと呟いた。 「なんで…私なの?」 不機嫌というよりは、なにか大いに困り果てた様子だ。 常日頃からその情け容赦ない毒舌と、ぶっきらぼうな態度からは想像も出来ない姿であるが、これこそ先代部長・孫策の一部側近しか知らない彼女本来の姿である。 一度心を許してしまうと、その相手には兎に角頭が上がらなくなる。呂蒙も朱治も、虞翻がこういう少女であることをよく知っていた。 「そりゃあ今江陵の津を固めている士仁を、懐柔出来なきゃあたしの戦略に齟齬が生じるしな。知ってるんだよ? あんたと士仁が顔馴染みなことくらいは」 「…君義(士仁)は武神・関羽に憧れて荊州入りしてるのよ…私の言葉でどうにかなるとは…」 苦し紛れなその物言いに、呂蒙はこれと解るくらい悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。 「そう、忠義に厚いはずの彼女が、何故こんなモノをあんたに送ったと思う?」 「!? ちょ、ちょっとっ!」 その懐から取り出された一枚の紙切れを見た瞬間、虞翻ははっきりと狼狽の色を示した。 声をあげると同時にその紙を奪い取ろうと飛び掛る虞翻にそれを奪うに任せ、呂蒙はもう一枚の紙切れを懐から取り出した。 「まぁ見せるからには何枚かコピーしてあるんだが」 「…っ…!」 怒ってるとも困ってるともつかない複雑な表情で睨みつけてくる虞翻を他所に、涼しい顔の呂蒙。 「…つかどっちも必死だねぇ…」 呆れたようにその様子を眺める朱治。 「あぁ…悪いがなりふりかまっちゃいられねぇんだ…あたしには、もうそんなに時間が残ってないみたいだしな」 「え?」 その様子に何か深刻なものを感じ取ったらしいふたりは、呂蒙の顔を覗き込んでいた。 よくよく考えれば何か違和感があった。冷静になってみると、顔色も随分悪いように見える…いや、憔悴しきった顔をしていることに、二人は気づいた。 そして…これは医者の娘である虞翻が気づいていた異変…。 「子明…もしかしてあなた…内臓のどこかを…?」 「おまえには隠し立てできないな」 呂蒙は自嘲気味に、少し笑った。 「…膵炎らしいんだ。医者の話じゃ、多分ストレスの所為だって…本来、ベッドの上に寝てなきゃいけないそうだ。あたしが長湖副部長として、現状の仕事に耐えられる時間は実質十日くらい…年末までもつかもたないかという話さ」 あまりにも穏やかな表情。一目見ただけでは、彼女の体がそう深刻な事態になっているのかどうかすら解らない。 しかし、付き合いの長いふたりには、呂蒙が嘘をつくような少女ではないことも知っていたし、こうして自分の状況を話してくれるときには余程の事態に追い込まれているということもよく知っていた。 普段はごんなことも笑って茶化そうとする朱治も、深刻そうな面持ちでその顔を見つめる。 「部長に…このことは?」 「…あんたたちにしか話してないよ。だからあたしの体がもつうちに、この大仕事だけは成し遂げたいんだ。あたしみたいなヤツにこの部を託してくれた公瑾や子敬の知遇に応えるために」 その真剣な眼差しを避けるかのように、窓の外へと目をやる虞翻。 その夕日の赤を、深く澄んだ濃紺の瞳に映し、そして大きく深呼吸して… 「…君…いえ、士仁を調略するということは、本当の狙いは南郡棟の糜芳の所持する兵力…そしてそれを利用しての江陵棟占拠…ということでいいんでしょ?」 振り向いたそこには、先ほどまで狼狽していた少女の表情はなかった。 かつて「絶対調略不可能」と言われた豫章の華キンを単身説得に向かった時の、穏やかながら自信に満ちた公証人としての彼女の顔が、そこにあった。 「やれやれ…丹陽周辺の不良どもも、仲翔のお陰でだいぶ鳴りを潜めたのにねー」 仕方ないなぁ、と言った風に、朱治がソファーに思いっきり体を預けた。 「悪いな。でもやるからには、すぐに終らせて来るさ」 生気を失いつつある呂蒙の顔にも、何時もの表情が戻ってきていた。
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