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925:海月 亮 2006/06/04(日) 21:19 陸遜達が夷陵棟に腰を落ち着けて間もなくのこと。 「伯言ちゃ…いやいや、主将、江陵から電報来ましたよ」 「思ったより早かったのね」 大仰に敬礼しなおして部屋に入ってくる駱統の姿に苦笑しながら、受け取った電報にさっと目を通す。幼馴染であったゆえか、陸遜は駱統にこういう茶目っ気があることを良く知っていた。 「ところで公緒、周辺の状況は?」 「とりあえず宜都、秭帰、巫の各地区に散在する小勢力の制圧は完了してるわ。此処も元々少人数しか残ってなかったからさしたる抵抗もなし。一先ず任務完了ってとこかな」 そう、と一言呟くと、 「じゃあ私も最後の仕上げにかかるとしますか…軍団のうち、300を率いて関羽包囲に加わるわ。暫定的な軍編成はここに書いたとおりに、あなたに一任するわ」 手元の書類を封筒にしまいこんで、駱統に手渡した。 「ねぇ、伯言ちゃん」 退出しようとする陸遜の背に、駱統は問いかける。 「伯言ちゃんは、これが終わったらまた、元のマネージャーさんに戻るの?」 「…そういう、約束だからね」 そのまま振り向こうともせず、陸遜は「後はよろしくね」と一言残して、その場を後にした。 その場に取り残された格好になった駱統は暫くその場に突っ立っていたが… 「……惜しいなぁー」 と一言呟き、主のいなくなった部屋のソファーにひっくり返った。 江陵陥落から間もなく、その陣中には長湖の精鋭軍を引き連れてきた孫権の姿があった。 江陵にて後方守備軍に睨みを利かせていた潘濬は、江陵をあっさりと占拠されたという事実を恥じ、寮の一室に閉じこもっていたが、孫権は呂蒙の進言にしたがって彼女と直接面談し、その協力を仰ぐことに成功した。 余談ではあるが、孫権はこのとき、布団から出たがらない彼女を、布団ごと担架に乗せて連れて来させたらしいという噂もあったという。孫権を快く思わないか、潘濬の節度を惜しんだか、あるいはその両方を持ち合わせている誰かが、そんなことを言い出したのだろう、ということだった。 それはさておき。 「ボクとしても本気で帰宅部連合と事を違えるつもりはない。そもそも荊州は長湖部が帰宅部連合に貸与したものであって、しかも境界線を犯して備品を強奪するということ事態が言語道断のはず」 執務室で、潘濬を前にして険しい表情の孫権。 潘濬はあくまで無言だった。備品強奪の件についてはまったく彼女の与り知らぬ事であり、そもそもそんな事実が存在したのかどうかすら知る術がなかったからだ。 実際、関羽は于禁率いる樊棟救援軍を壊滅させると、そこで軍備不足となったため、夷陵棟から追加兵力を導入する際に湘関にある長湖部カヌー部のカヌーを無断で使用し、挙句に戦場にまで持ち出したままになっている。 危急の事態とはいえ、あまりに言語道断な話である。仮に関羽の指示ではないとはいえ、その卒に至るまでが長湖部という存在を下風に見ていたという証左だ。 そのことを聞かされた潘濬も(あぁ、そのくらいは仕出かしているだろうな)くらいのことは考えついていた。 関羽の独断専行は今に始まったことではない。現実に関羽は荊州学区における裁量の総てを帰宅部連合の本部から一任されており…そもそも今回の樊攻めも関羽自身の判断において実行されたものである。そこに潘濬や馬良、趙累といった関羽軍団の頭脳集団にその実行の審議を求めた形跡もなく…あくまで彼女の裁定に従い、各々与えられた職務を全うすることだけが求められた。 現実、関羽の裁定に非の打ち所がなかったことも確かだ。蒼天会との戦線を開くには、蒼天会が漢中アスレチックを放棄したこのタイミングをおいて、他にない。唯一懸念があるとすれば、関羽の"馴れ合い拒絶"に心中穏やかならぬはずの長湖部の動向のみだが、その主力はあくまで合肥に釘付けになっているはず…。 彼女にとっての大きな誤算は、やはり士仁や糜芳といった不平分子が予想外に多かったこと、そして、何よりもこの南郡という場所に対する長湖部の執念だろう。 彼女は孫権の表情から、単に関羽の言動に対する衝動的な感情だけで動いたのではないことに、気がついていた。 「貸主が借主の非礼に対し、相応の行動をとったということ…そのことを伝える使者に、キミに立ってもらおうと思う」 「…何故…私に?」 降伏組なら士仁や糜芳もいるし、使者として立つべき人物は長湖部員にも多くいるはず…特に士仁らの調略に関わった虞仲翔など、その際たるものであるのに…あるいは、やはり降伏者である自分への踏み絵とでも言うのだろうか。 その考えを読み取ったかどうか。 「…キミはここにいる中では、一番関雲長に対して敬意を払っている…そういう人になら、ボクの思うべきところをちゃんと彼女に伝えられると思ったからだよ」 そういって、孫権は微笑んだ。 その微笑みに、潘濬は関羽同様、孫仲謀という少女の器の大きさを見誤っていたことを思い知らされた。 (…そうか…最大の敗因は、私達の認識不足だったということか…) 彼女はこのとき初めて、決定的な敗北感を味あわされたような、そんな気がしていた。 その使者の命を拝領して、彼女が関羽の元へ出向いたのは間もなくのことだった。
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