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965:海月 亮 2006/10/08(日) 00:12 関羽軍団は包囲した長湖部員の人海戦術によってその九割が既に打ち倒されていた。 後続の部隊と分断され、既に先鋒軍に残っているのは関羽ただ一人。後方では関平、趙累、廖淳三将の奮戦空しく、既にその残り兵力もごくわずかだった。 関平は必死に姉の元へ駆けつけようとする。だが、其処に待ち受けていた寄せ手の大将は…。 「おっと、此処から先には行かせないわよ」 セミロングで、襟がはねている黒髪の小柄な少女。 潘璋軍の後詰めを任されていた朱然が、使い込まれた木刀を一本手にしてその目の前に立ちはだかった。 「長湖の走狗が! 邪魔をするなッ!」 満身創痍、その制服ブラウスも所々無残に敗れ、片腕も負傷してだらしなく垂れ下がっていても尚、関平は鬼気迫る形相で目の前の少女を睨みつけた。 だが… 「走狗、ね。でも貴様等みたいな溝鼠に比べればはるかに上等だ」 いかなる時も笑みを絶やさない、孫権をして「季節を選ばないヒマワリ」と形容される朱然の表情が…そのとき夜叉の如き表情に変わった。 「仲謀ちゃんを…あたし達が培ってきた長湖部の誇りを穢した貴様等に、この荊州学区に居場所を残してやるほどあたし等が御人好しと思ったら大間違いだ…!」 その憎悪の如き憤怒を帯びた闘気に関平もたじろいだ。 だが、それでも彼女はなおも構えて見せた。恐らくは「長湖部恐れずに足らず」という風潮が染み付いていた…それゆえに見せることが出来た気勢だろう。 「何を…こそ泥の分際でッ!」 関平が片手で振り上げてきたその一撃を、彼女は不必要なくらいに強烈な横薙ぎで一気にかち上げた。 驚愕に目を見開く関平のがら空きになった脇腹に、さらに横蹴りが見舞われる。 「うぐ…っ!」 「こんなもので足りると思うなッ!」 よろめくその身体を当身で再度突き飛ばすと、やや大仰に剣を振りかぶる朱然。 体制を崩すまいとよろめく関平は、驚愕で目を見開いた。 彼女はこのとき、己が対峙していたものが想像を絶する"怪物"であったことを、漸く理解した。 「…堕ちろやぁっ!」 大きく振りかぶられた剣が、大きく弧を描いて物凄い勢いで関平の右肩口に叩き落された。竹刀ではあったが、遠心力で凄まじい加重がかかった剣の衝撃はそれだけで関平の意識を吹き飛ばした。 立身流(たつみりゅう)を修めた朱然が必殺の一撃として放つ「豪撃(こわうち)」…この一撃をもって、帰宅部の若手エースとなるはずだった少女は戦場の露と消えた。 「関平ッ!」 その有様を捉えた趙累はその傍へ駆け寄ろうとする。 だが、尽きぬ大軍の大攻勢に彼女にも成す術はない。 武神・関羽が見出したこの「篤実なる与太者」も、決して弱いわけではない…関羽直々に一刀流の手解きを受け、その技量を認められたほどであったが、それでもこの劣勢を一人で覆すにはほど遠い。 「くそっ…どけというのが解らんのかよッ…!」 この激しい戦闘の最中、彼女たちを守っていた軍団員も全滅し、残るは彼女位だという事を悟るのにも、そうは時間はかからなかった。 そしてまた、自分たちが"長湖部"というものをどれだけ過小評価していたかということも。 それゆえ、こうなってしまった以上、自分たちには滅びの末路しか存在し得ないであろうことも。 だが、それを認めてしまうことは出来なかった。 この局面において退路を探ることが出来なかった以上は、許されるのはただひたすら前を目指すことだけ…しかし、その想いとは裏腹に、彼女の身体はどんどん後方へ追いやられてゆく。 「…いい加減…往生際が悪いとは思いませんか…?」 「…!」 その声とともに、人波の間から鋭い剣の一撃が飛んでくる。 彼女は辛うじてそれを受け止め…そして、その主の顔を見て愕然とした。 「あんたは…!」 そこにいたのは、数日前に江陵で面会した気弱そうな面影のない…その生来の凛然さを顕したその少女…陸遜がいた。 「学園に名を轟かす関羽軍団…その将たる者の最後の相手が一般生徒となれば、余りにも不憫。僭越ながら、私がその階級章、貰い受けます!」 気弱そうなその風体に似合わぬ不敵な言葉に、趙累も苦笑を隠せなかった。 彼女の中にはそのとき、一抹の後悔が浮かんでいたのかもしれない。 呂蒙の影で動いていた者が、目の前のこの少女であるという確信すると同時に…趙累はあの時、これほどのバケモノを目の前にしていながら、何故あの時にその正体を見破ることが出来なかったのか、と。 そして、彼女は剣を交えた瞬間、己の運命も悟っていたかも知れない。 「ふん…粋がるなよ小娘ッ!」 しかしそれでも、彼女は最後まで強がって見せた。最早、それが虚勢でしかないとしても。 「このあたしを謀った罪、その階級章で贖ってもらうよ!」 彼女は正眼に構えた剣から真っ直ぐ、陸遜の真眉間めがけて剣を振り下ろす。 「…出来ないことは、安易に口走るべきではないと思います」 その顔に似合わぬ冷酷な一言の、刹那の後。 陸遜の剣は僅かに速く、その剣を弾き返し…返す剣で趙累の身体を逆胴から薙ぎ払った。 (そんな…!) がら空きになったわき腹に強烈な一撃を受け、彼女もまたうめき声ひとつ上げず大地にその身体を預けた。
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