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978:海月 亮 2006/10/28(土) 10:42 −武神に挑む者− 終節 ゆめのおわり 凛とした怒号とともに、変幻自在の杖捌きが関羽を襲う。 その突きの鋭さに、さしもの関羽も後退を余儀なくされた。 飛びのいて大きく間合いを取ると、二人は改めて向き合い、互いの姿を確認しあった。 「貴様は…?」 「…答える義理は無いわ」 にべも無い言葉とともに杖を構えるその姿に、達人特有の気配を感じ取った関羽も、構えを取り直す。 (…棒術…いや、これは杖術か…! …この娘、出来る…!) 一陣の風がふたりの間を駆け抜けていったその瞬間、その中間で剣と杖がぶつかり合った。 そのまま力で押し切ろうとする関羽の剣を受け流し、側面から少女は横薙ぎに杖を繰り出す。 紙一重でかわしたところへ、無拍子で直突きに切り替えてくるその一撃が、関羽の左肩を捉えた。 「…ぬ!」 当たる瞬間僅かに半歩引いてダメージをやわらげようとするも、さらに足元を掬い上げる強烈な一撃を喰らい、受身を取ってさらに後退させられる。 (………馬鹿な………甘寧なき長湖部に、まだこれほどの使い手がいるなど…!) 予想外の攻撃に当惑するのは関羽だけではなかった。 見守る長湖部員達にも、この状況でまさか関羽に一撃を加えられるほどの使い手がいることなど思いもしなかったのだ。 潘璋、蒋欽といったひとかどの猛将を悉く退けられ、戦意喪失していた部員達は、思わず歓声を上げた。 折りしもその場に到着した呂蒙も、どこかほっとした表情で呟いた。 「あいつめ…やっとその気になってくれたのかよ」 呆れてはいるようだが、こんな絶体絶命の状態になるまでその少女が出てこれなかったことを、少女が関羽に対する恐怖で逃げ回っていたというワケではないだろうことを、呂蒙は知っていた。 彼女が関羽の面前に立てなかった理由…そして、この局面において姿を現した理由は、ひとつしかなかったのだから。 その別の丘から、到着した孫権の軍団も姿を現していた。 関羽が巻き起こしたと一目でわかるその惨状の中心、暴威の如き武を振るう関羽を、単身食い止めている…いや、その見立てに誤りが無ければ…。 「…凄い…あの関羽を相手に、あそこまで戦える人が居たなんて…!」 目を輝かせて、感嘆の呟きを漏らす孫権。 傍らの周泰は、それを何処かやるせない思いで眺めていた。彼女も、眼下で死闘を繰り広げている少女の正体を知っていた…というか、一目見てその正体に気づいていた。 かつて共に孫策の元で共有した夢を実現するために戦ったその少女が、その不器用な性格ゆえに、周囲から浮いた存在になっていることも…それが孫権のことを大切に思うあまりにそうなってしまったことも。 (子瑜が髪形を変えてしまったときも気付いたほどなのに…お前の想いは、それほど伝わりにくいものだったのか…) 周泰には、そのことがたまらなく寂しいものに思えていた。 自分の疲労に気付いていないわけではなかったが、関羽は最後の最後まで、何処か"長湖部"という存在を甘く見ていた。 かつての呂布がそうだったように、己自身に敵なしとまでは思っていなかったが…少なくとも今の長湖部には、自分に比肩する武の持ち主など存在しえない、と思い込んでいた。 だから、信じられなかった。 …いや、認めるわけにはいかなかったのだ。 たとえ自分が万全の状態であっても…目の前の少女が、"武神"と呼ばれた自分をはるかに凌駕する武の持ち主であることを。 そしてその鋭い突きの一撃が、ついに武神の左肩を捕らえた。 「な…!?」 戸惑いの後、凄まじい衝撃が関羽の全身を襲う。 これが単なるまぐれ当たりではないことは、それまでの攻防で見せたその能力を鑑みれば解ることだった。彼女はインパクトの瞬間、一瞬の手首の返しと同時の強烈な踏み込みでその威力を倍化させ、その身体をさらに後方へと吹き飛ばした。 固唾を呑んで見守っていた長湖部員たちから、歓声が上がる。 関羽はその光景に、耐え難い不快感を味わっていた。義理人情に篤く、戦いに関しても常に敬意を忘れない彼女も、「武神」と持て囃させたことでそれを見失っていたのだろうか…あるいは、そのプライドから来る、今の自分に対する怒りからなのか。 (おのれ…長湖の狗如きに!) 眼前の少女に対して、このとき関羽が抱いていたのは、紛れもない憎悪だった。 大きく体制を崩した関羽めがけ、杖を脇に構えた少女が引導を渡すべく加速する。 関羽の目はなおも眼前の少女を見据えていた。 木刀を腰に構え、抜刀術の体勢をとる。そしてその闘気が一気に消えてゆく。 「…光栄に思え。まさか長湖部員相手如きに、これを使うとは思いもしなかった」 少女が異変に気づいた時には既に遅かった。 次の瞬間、少女の身体は血飛沫と共に中空を舞った。 直前まで歓喜の声をあげていた長湖部員たちから、その瞬間、総ての声が消えた。 少女の頭を覆っていた布が解け、その正体を示す銀の髪が中空で揺らめいた。 そしてその瞬間、その少女の正体を孫権もまた知ることとなった。 「…嘘…なんで、あのひとが…?」 呆然と呟くその問いに、応えるもののないまま。
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