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979:海月 亮 2006/10/28(土) 10:42 大地に倒れ付した少女を一瞥すると、関羽はゆっくりとした動作で孫権を見据えた。 「…これで私の道を遮るものは無い」 関羽の放つ鬼気にあてられ、少女たちは思わず後ずさっていた。 ただ一人、孫権を庇うようにその前に立つ周泰を除いては。 「此処で長湖部の命運は尽きる。身の程を弁えず、私の留守を狙ったことはその存在そのもので贖ってもらおう」 「勝手なことを…!」 しかし、周泰の言葉はそこで途切れていた。 何時の間にか振るわれた鋭い横薙ぎの一撃が、次の瞬間にその身体を数メートルも吹き飛ばしていたのだ。 「幼平っ!」 「幼平さんっ!」 呂蒙と孫皎が駆け寄ろうとするが、既に関羽の第二撃が、呆然とへたり込んでいる孫権の頭上に狙いを定めている。 「…終わりだ」 抑揚のない言葉と共に、その無慈悲な一撃は振り下ろされた。 総てがスローモーションに見えるその刹那の時間の中で、孫権は再度想像もつかないものを見ていた。 振り下ろされる刃と自分の間に割って入る、銀色の影。 それは常日頃から自分の傍にあって、あらゆる危難から守ってくれた存在とは別のものであったことに、彼女はすぐに気付いた。 「…どうして」 その剛剣を杖で受け止め、その身を盾に庇う少女に、孫権は問いかけた。 「…なんで…なんであなたは…そうまでして…」 彼女は振り返らない。 服に滲む赤い染みが、彼女の受けたダメージの大きさを何よりも如実に物語っている。本来は、立っていることさえ出来ない状態のように思えた。 しかし彼女はしっかりと両方の足で大地に立ち、身じろぎひとつせずその剛剣を受け止めていた。 守るべき、少女の為に。 「私は…私にとっても、あなたが…大切な人だから」 その姿は何よりも確かに、彼女の言葉が偽らざる真実であることを物語っている。 「私は、あなたを貶めたこの女がどうしても許せない…そして、あなたに嫌われることしか出来なかった自分自身も…」 その声が震えていたのは、そのダメージの所為ではないだろうことにも。 彼女は漸くにして、この少女がどんな思いで過ごしてきたのかを知るとともに…そのあまりにも哀しい心に気付けなかった自分の不甲斐なさを痛感した。 「だから…私はこの総てを…私の身を引き換えにしてでも…ここでその落とし前をつけます…!」 そのとき、ただ一度だけ、少女は背後の孫権の方に振り向き…微笑んだ。 寂しそうな笑顔だった。 胸が詰まって、声を出そうとすれば涙が出そうな気がした。 少女は再度、視線を前へ戻す。 「…この一撃で、尊大なる武神を仕留める!」 瞬間、少女の闘気が弾けた。 杖を返し、力の均衡が崩れて体勢を乱したその手から木刀をかちあげた。 強制的に諸手を挙げさせられ、がら空きになった胴に一撃、立て続けに背、鳩尾、大腿、左腕、右肩と乱調子の攻撃が武神と呼ばれた少女の体躯を打ち据え、限界を超えていたはずのその体から容赦なく体力を奪い取ってゆく。 よろめくその身体から距離を置き、再度脇構えに杖を構えた。 「…我が力の総てをかけ…唸れ天狼の刃よ!」 銀色の閃光が駆け抜けていく。 そして断末魔の悲鳴もなく、その身体は力なく大地に倒れた。 この乱世の始まりから学園を駆け抜け、「武神」と呼ばれた少女の、最期だった。
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