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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
180:雪月華2003/02/15(土) 12:24
黄巾の落日 〜張角の夢〜
殺風景な部屋だった。部屋の西側に窓が一つ。その下にシングルベッドが置かれている。他にあるものといえば、勉強用の書き物机。机の上にはシンプルな作りの電気スタンドが孤独に耐えてたたずんでいる。机の隣には背丈ほどの本棚。西洋の古典音楽関係の書籍が目立つ。それと最低限の教科書と参考書。逆側の壁には服用のスタンドが一つ。蒼天学園の冬服がかけられており、小物入れには黄色いスカーフが一枚、きちんと折りたたまれている。そのほかには何も無い。客用テーブルも、テレビも、鏡すらも無かった。いや、鏡はクローゼットの扉の裏にある。しかしそれも顔を映すのが精一杯の小さなものであった。カーテンも無い。驚くべきことに天井の照明も無かった。
蒼天学園学生寮の一人部屋。今をときめく学園一のアイドル。張角の部屋である。5月のオペラ愛好会発足後、その天女声(霊波混入)とミステリアスな容姿で着実にファンを増やし、現在、学園でその名を知らぬものはいなくなった。全校生徒の過半数がファンのであると目され、そのうちの半数が親衛隊(古っ)と化している。届けられるファンレターは山を成し、プレゼントの量もまたしかり。張角はその全てを「わずらわしい」という理由で、妹達に処分させている。どうせ「崇高な理念」とやらの軍資金にされているのだろう。張角はそんなものに興味は無かった。部屋が殺風景なのは貧乏のせいではなく、いじめのせいでもない。彼女のスタンスなのである。
短い悲鳴と共に、眠っていた張角が跳ね起きた。目には涙を浮かべ、呼吸が弾んでいる。
「…ごめん、ママ。でも、私…」
それ以上は言葉が出てこなかった。
見たことのある夢。まだ幼い頃の自分になった夢。私が10歳の頃、交通事故で死んだママの夢。周囲の風景ははっきりしない。でもママの顔だけがはっきりしてて、ママが私にほお擦りして、優しくささやいた。
「いい?あなたの声には人を元気にさせる力があるの。」
「ぱぱもままの『がんばって』ってこえをきくとげんきになるよ?」
「それとはちょっと違うわ。それはそんな気がしているだけ。元気になるきっかけにすぎないのよ。」
「?」
「あなたの声は直接心に響く。それによって心が沸き立つの」
「ふーん。わたしってすごいんだ?」
「いい?あなたが大きくなって、何かを諦めた人や、悲しそうにしている人にあったら、優しく慰めて。『がんばって』と言ってあげればその人はすぐに元気に立ち直るわ。」
「ほんと?」
「ママが嘘ついたことある?でもこれだけは気をつけてね。」
ママの目が真剣になった。
「その声をけんかや人を傷つけることに使っちゃ駄目。他人にそれをやらせるのも駄目よ。いい?」
「うん!」
その夢を見たのが1月のはじめ。まだ2年生で合唱部に在籍していたとき。その時から声に不思議な力が宿るようになった。そして6月の終わりの今、見た夢も似たような風景だった。だが…。
ママの目はすごく悲しそうだった。責めているという感じではない。怒っているわけでもなく、押さえつけるように厳しいというわけでもない。ただひたすら悲しそうだった。その目を見て、私は心にえぐられるような痛みを感じた。
目を背けることができなかった。体を動かそうと思っても何者かにがっちりと握られているように動かせなかった。長い間見つめあい、やがてママが口を開いた。
「かわいそうな子。」
ママの目がいっそう悲しげになった。それを見て心の痛みはさらに大きくなった
「あなたはママとの約束をやぶったわ。無意味に人の心を煽り立てて。今はあなたの学校は傷つけあい、罵り合い、騙しあい、裏切りあう人たちであふれてるのよ。」
ようやく口が動いた。だが、出てきたのはあまりに弱々しい声だった。
「でも…あれは妹達が勝手に…」
「張宝と張梁はやってはいけないことをやったわ。でもあなたはそれを止めることをしなかった。いえ、できたはずなのに、みんなの前で歌うことができなくなることが怖くて、止めなかった。どちらがより悪いのか今のあなたにわからないはずはないでしょ。」
何も言い返せなかった。うつむくこともできず、悲しげなママの目を見つめ、ただ心の痛みが大きくなっていくのに耐えるしかなかった。不思議なことに涙も出てこない。涙の分も心の痛みに加わっているようだった。
「あなたは近いうちに、死ぬより苦しく、辛い目に会うわ。ママが死ぬときに味わった苦痛の何倍もの痛みと苦しみを。でも逃げるなとは言わない。負けるなともいわない。約束をしても無駄になるならしないほうがいいもの。」
違う!と叫びたかった。でも声が出てこなかった。心の痛みは今の言葉で耐え切れないほどに大きくなった。胸を抑えようとしても腕が動かない。膝をつきたくても、足が動かない。
ママとの誓いを守らなかった。その代償として私はママに見捨てられた。その思いが心を冷たく犯し始めた。
「さようなら。生きる道があればそれにのって生きなさい。見つからなければ、ママのところへ来るのもいいわ。でもそれが何を意味するのか、ちゃんと考えてからよ。」
ママが身を翻して歩き去ってゆく。その姿が次第にはっきりしなくなり、やがて、消えた。
不意に恐怖が襲ってきた。ママの言っていた死をこえる苦しみとはなんだろう?学園を騒乱に巻き込んだ事件の首謀者としての処罰より苦しいのだろうか?いや、私にとって一番大切なものが失われることを、ママは予言したのではないだろうか?
はっと気がついた。止めようも無い震えが襲ってきた。私にとって一番大切なこと。それは歌うこと。心の中の声を音楽に乗せ、歌として表現すること。歌うことができなくなる。しかもみんなの前ではおろか自分ひとりのときですら歌えなくなる!
絶望が全身を覆った。誰かにすがりたかった。しかし今の自分には「同志」はいても「友人」はいなかった。心を開いて話せる「人」はいなかった。心を開いて話せる友。それは自分の歌を黙って聞いてくれる空であり、大地であり、風だった。それが喪われようとしている。
しかしまだ光は見えた。現実という光だった。張角はパジャマのすそで涙をぬぐってベッドから降りるとクローゼットを開け、この部屋の唯一の鏡に向かった。
張角は鏡を見るのが好きではなかった。見れば自分の金銀妖瞳がいやでも見える。黒い右目、黄色の左目。両親は共に黒い目だった。
親衛隊の連中が(;´Д`)ハァハァだとか萌え〜だとか勝手にチャームポイントにしているが、張角は自分の金銀妖瞳が嫌いだった。この目のせいで友人ができなかったといってもいい。誰もが一歩引くのである。それを踏み越えようとする人にはついに出会えなかった。いや、一人いた。名を確か関羽といった。ずば抜けて背が高く、きれいな長い黒髪の佳人だった。今まで出会った人で、彼女だけが自分の金銀妖瞳を直視しても引かなかった。今は生徒会に協力して黄巾党を飛ばして回っているらしい。程遠志を飛ばしたのも彼女という報告だった。このような状況でなければいい友人になれただろうか?いや、金銀妖瞳を理由にして人を避けてきたのは自分ではなかったのか?避けられたのではなく、避けてきたのではないのか?本当は人が怖かったのだろうか?
『夢は夢に過ぎない。気にするほうがどうかしている。』
鏡の中の黒い左目が嘲る。鏡の中なので実際とは反対の色だ。
『その「力」は1月に見た夢で見についたものだ。今の夢だけが嘘であるという証があるのか?』
黄色の右目がつぶやく。
「やめて…」
そうつぶやいてクローゼットを閉め、ベッドに戻った。張宝の言葉が思い出された。
(明日は大事な日。黄巾党の逆転をかけての最後の啓発。張曼世が飛ばされつつも、蒼天会長室に極秘でTVケーブルをつないだ。側近の一人を買収してある。タイミングを合わせてチャンネルを変えれば、劉宏は必ず姉貴の虜になる。そうなれば後は思いのままだ。)
どう考えても悪あがきにしか思えなかった。劉宏はkaiの熱狂的ファンである。そういう人種に自分の声が効果の無いことが、数度の舞台ではっきりしていた。
眠りに落ちた。もう夢は見れなかった。
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どうも。人物設定で引っ込みがつかなくなったので張角タンSSage。
「張角、南華老仙の叱責を受け、太平要術三巻を失う」を学三風にアレンジしてみました。下書き無しで一気に書くとやはり文法に粗が。
この後、最後の舞台で声帯損傷して華陀先生の下へ搬送。絶人のメスで何とか3年後にはしゃべれるようになるものの、病室に乗り込んできた皇甫嵩一統に階級章を剥奪されてしまうんです。
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