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202:雪月華 2003/02/20(木) 10:39 烏丸征伐反省会 その3 〜呂布と張遼 −勝者と敗者−〜 剣道場に殺気が満ちている。凄まじい殺気の奔流を発している呂布。急流の中に屹立する岩のようにその殺気を押し返すでなく自然に受け流す張遼。呂布は相変わらず竹刀を右手に下げ、張遼は八双に構える。部員達は呂布の気に圧倒され、ほとんど背後の壁に背中を押し付けられるようにしていた。凄まじい緊張感。 不意に呂布がそのままの構えでスッと右側に一歩動いた。0.2秒前まで呂布の喉があった空間を張遼の竹刀が貫く(ちなみに中学生の剣道では喉への突きは禁じ手です。高校以上は有効。)。必殺の突きを外されて張遼は体勢を崩さ…なかった。刺突と同じ速さで手元に竹刀が引き戻され、すかさず胴を薙ぐ。呂布が跳んだ。3尺(約90cm)ほど飛び上がる。足の下スレスレを張遼の竹刀が通り抜けていった。呂布は着地と同時に面打ちに行く。張遼は流れた竹刀を引き戻さず、逆に竹刀のほうに体を寄せ、面をかわした。呂布の竹刀が床を打つ寸前に静止し、右膝をついた呂布は伸び上がりつつ右足を踏み込み、竹刀を凄まじい勢いで斬り上げる。体勢を立て直した張遼が袈裟懸けに斬り下げる。乾いた音がして、お互いの竹刀が中ほどから粉砕された。お互いに一歩飛び退る。張遼の突きからここまで2秒とかかっていない。 「竹刀を!」と張遼が叫ぶ。ようやく我に返った部員の一人が、立ち上がろうとして転び、また立ち上がると新しい竹刀を2本持ってきた。 最後の連続した斬り下げ、斬り上げは燕返し。佐々木小次郎が得意とした技であり、虎斬りとも呼ばれた。上段からの見せ太刀(かわされることを前提とした剣。)で体勢を崩した相手の股間を狙って斬り上げる。地面スレスレまで振り下ろした剣をすかさず斬り上げるのだから、強靭な筋力が必要とされる。佐々木小次郎は細面の美男であると同時に筋骨隆々の大男であったといわれている。 再び気が張り詰める。今度の対峙は長いものになった。呂布は相変わらず竹刀を右手に下げ、張遼は今度は上段にとっている。5分、10分と時が過ぎていく。一見、互角に見えるが、その実、張遼は押され始めていた。激流の中に屹立した岩はいずれ、外郭を削り取られ、ひびが張り、崩壊する。ただ、押され始めはしたが、張遼は汗もかいていなければ、震えてもいなかった。よりいっそう神経が研ぎ澄まされてゆく… 20分が過ぎたとき、今度は張遼が仕掛けた。 「エェェェェェェイッ!」 腹の底から裂帛の気合を発する。於夫羅でさえ聞いたことのない張遼の気合。剣道場内の時が止まった。 止まった時の中を張遼が動いた。 止まった時の中で呂布も応じた。 凄まじい踏み込みとともに張遼が面打ちに行く。呂布が左手に避けた。胸の高さで張遼の竹刀が滑らかに横移動し、呂布を追う様に薙ぐ。呂布はそのままの体勢で待ち、それを1cmで見切った。胴薙ぎの体勢に入る。張遼は流れた竹刀を剣尖を回しながら八双に戻し、少し体をかがめると、空気抵抗により発火しそうな勢いで斬り上げる。柳生新陰流「逆風の太刀」である。 もともと、戦場で使われた剣であり、唯一鎧で覆えない股間を狙って切り上げる。内股には動脈があり、それを狙う。狙う場所が場所だけに、現代の剣道では禁じ手とされている。 呂布は右手に下げた竹刀に左手を添え、無造作に胴を薙いできた。これも発火しそうなほどの速さだ。 だが、見事に張遼の読みどおりのタイミングである。あとは下から呂布の竹刀を擦り上げ、体勢を崩した呂布を打つ。 思いがけないことが起こった。張遼の竹刀が何の手ごたえも無く振り上がってしまったのである。自分の時間だけが0.5秒飛んだような感覚があった。タイミングは完璧だったはずで、自分の竹刀が呂布の竹刀を擦り上げていたはずである。しかし今ここには、胴が伸びきってがら空きになった張遼と、今まさに胴を薙ごうとする呂布の姿があった。(死んだ)、と張遼は思った。 呂布の竹刀が張遼の胴に叩き込まれた。息が詰まる。それでも必死の思いで体を伸ばし、鳩尾への直撃を外す。衝撃で自分の体が浮き上がる錯覚を覚えた。いや、錯覚ではなく実際に浮き上がり、背後の壁に向かって吹き飛びつつある。吹き飛ばされたときに汗よけの手拭がほどけ、セミロングの艶やかな黒髪が解放された。 ほとんど本能だけで体を半回転させ、両足をそろえて「壁に」着地し、態勢を立て直して床に降り立つ。姿勢が前に崩れた。前のめりになったところを咄嗟に左手をついて上半身を支え、すかさず右手に逆手に持った竹刀を杖に立とうとする。…が、中腰になった時点でそれ以上体が持ち上がらなかった。膝に力が入らないのだ。 「…腹への打撃は足に来る。5分は立てない。」 相変わらず竹刀を右手に下げたまま呂布が言う。不思議と嘲りには聞こえなかった。張遼は堪え切れなくなり、ぺたんと座り込んでしまう。それでも竹刀は放そうとしなかった。 呂布の右頬にわずかに血がにじんでいる。胴を打たれると同時に張遼が横面を狙って薙いだのだ。その分、回避が遅れ腹部へのダメージは大きくなった。すんでの差でかすり傷のみに終わったが、まぎれもない覚悟と執念の賜物であった。 「…全員倒すつもりだったけど、その子…張遼って言ったっけ。…張遼の「覚悟」に免じて帰ってあげる。」 呂布は竹刀を投げ捨て、身を翻すと入ってきたときと同じように無造作に出て行った。きちんと扉を閉めていったのは張遼への敬意だったのだろうか? 張遼が剣道部をやめたのはそのすぐ後だった。 「その後の1年間は私のトップシークレットです。たとえ会長でもお話することはできません。」 「え〜!なんで〜?!いいじゃんかさ〜。」 「ダメです!」 「…はい。」 于禁が感心したようにため息をついた。 「しかし中学生どうしの立会いとは思えん技の応酬だったな。呂布の強さも凄まじいが、その呂布に防具無しで立ち向かうお前もどこかキレていたとしか思えんぞ。」 「あの時は初めて自分と対等以上に戦える人に会って、どうしようもなく高揚してたものですから…つい100%の自分でぶつかってみたかったんです。」 「それで、最後に呂布が使った技、「無拍子」だろう。宮本武蔵が京都の一乗寺下り松の決闘で吉岡清十郎を破ったときに使った。」 「そうです。ぎりぎりの間合で故意に自分の動きをほんの一瞬中断させ、相手に隙を作り、そこを斬る。見切りと度胸が無ければできません。ただ、動きが中断するため威力は落ちます。私が今生きていられるのもそのおかげかもしれません。」 しばらく、于禁、張遼、徐晃の3者間で剣談に花が咲いた。 やや退屈そうに曹操が壁の時計を見る。5時52分。郭嘉の宣言した時刻まで500秒弱。 なにげなく許チョのほうに目をやると、許チョは天井の隅あたりを見上げて茫洋としている。 星でも見ているのだろうと解釈した曹操は新たな話相手を求めて、郭嘉のほうを向いた。 はっとした。様子がおかしい。目の焦点が定まっておらず、上半身がかすかに左右に揺れ始めている。気を失いかけているのだ。そのまま郭嘉は、ゆっくりと、右手側の徐晃に寄りかかった。 「え?何?ちょ、ちょっと郭嘉どうしたのよ?」 徐晃が慌てて郭嘉の肩をつかんで揺さぶる。于禁と張遼も郭嘉の異変に気づいたようだ。ややあって郭嘉の目の焦点が合い、ちょっと驚いたようにあたりを見回す。 「…え…あ、わ、わりぃ徐晃。最近、寝不足でさ…」 声にも力がない。ほんの2時間前とは別人のようだ。 「ホントに大丈夫?ほら、そこの席空いてるから横になりなよ。」 「心配すんなって。あんまり長ったらしい話が続いたから…」 ぴんぽーん (生徒会の郭嘉さん、冀州校区[業β]棟保健室の華陀先生から2番にお電話です。繰り返します・・・) 「華陀先生が?奉孝、あなたひょっとして…」 曹操はなにかとてつもなく悪い予感に襲われた。そしてこういう予感は例外なく的中するものである。 「わりぃ徐晃、ちょっと通して…。」 徐晃が立ち上がって廊下への道を空ける。廊下に出て3歩と歩かぬうちに郭嘉が膝をついた。それまで茫洋としていた許チョが機敏に駆け寄って肩を支える。たった三歩歩いただけなのにもう呼吸が荒い。 「すごい熱…」 「虎ちょ。内線まで連れてってあげて。」 「うん。」 曹操が真剣な口調になっている。 「…よけいなことすん…」 「いいからっ!!」 その声はほとんど叫びに近かった。周囲の数組の生徒達が何事かと視線を向ける。郭嘉もしぶしぶ承知したようだ。許チョが郭嘉に負担を与えないように注意して、レジスターの傍の内線まで連れて行く。3分ほど話が続き、許チョに支えられて郭嘉が戻ってきた。その間、曹操をはじめ4人とも一言も言葉を交わしていない。 「郭嘉、明日からしばらく絶対安静だって。放課後だけじゃなくて、授業も出られない。」 「どうして?どんな病気なの?どのくらいで治るの?」 「…言えない。」 「虎ちょ!」 「なんでもねえって…只の…風邪…だよ。3日も…すりゃ…。」 「うそっ!風邪程度でそんなにひどい症状が出るわけないよっ!」 「会長、落ち着いてください!」 「公明の言うとおりです。許チョ、君は郭嘉を寮まで送ってくれ。まだ路面電車の最終があるはず。」 6人の雰囲気が周囲の生徒に伝染し、深刻な雰囲気に包まれたティーラウンジ。そこに場違いなほど明るい声が飛び込んできた。 「やっほー!会長ー!会長ー!あっ!やっぱりここでしたか!吉報ですよ吉報!公孫…」 「「「やかましいっ!!!」」」 曹操、于禁、徐晃に同時に怒鳴られ、生徒会の1年生は何がなんだかわからず、床にへたり込んでしまった。あまりのショックに半べそをかいている。張遼が慌てて駆け寄り、なぐさめながら用件を聞き出す。用件を伝えた1年生は入室のときとは正反対のテンションでしょんぼり出て行った。 「会長。遼東棟長の公孫康からの封筒です。」 曹操は張遼から封筒を受け取り、封を切ると逆さにして振った。千円札をかたどったバッジが二個、高額貨幣章が数個。裏には袁姉妹とその主立った幹部の名が刻印されていた。誓紙が一枚。内容は以降、遼東棟および周辺の各施設は生徒会に従う。というものだった。意図せずして郭嘉を除く全員が時計を見る。6時ちょうど。本来なら小躍りして喜び、郭嘉を褒めちぎるところだが、誰も喜色を示さなかった。当の郭嘉はもはや喋る気力も無いようであり、許チョにもたれかかり、浅く、短い呼吸を続けていた。 「…反省会を閉会します。明日放課後、生徒会幹部全員は冀州校区〔業β〕棟、生徒会会議室(旧生徒会分室会議室)に集合。今後の戦略を話し合います。以上。解散。」 「幹部」の中に郭嘉が含まれることはしばらくないだろう。期待が大きかっただけに、曹操の声もどこか気落ちしていた。 その頃、荊州校区、襄陽棟近くの臥龍ヶ丘公園地下秘密実験室では… 「フフフフ…できた…できました!エキセントリック!これでワタクシの世界征服の夢は一歩前進…」 「お夕食ですよ孔明様ー。あれ?そのおっきな機械、なんです?」 「おお、これはマイ・リトル・シスター諸葛均。聞いて驚け、このマーヴェラスなマシーンは超弩級中性子ビームカノン!開発名R.E.N.D Ver.αだ!。プラズマを利用してニュートリノを核融合させ、そこから導き出される熱量を…」 「この赤いボタンを押すとビームが出るんですかぁ?えいっ!」 「うわあアあアあアぁ…」 「ああっ、孔明様がこんがりと黒焦げに。」 「だ、だいじょうぶです、ノゥ・プロブレム。身頭滅却すればマグマもまた一段とクール…」 「じゃあもう一発。えいっ!」 「うわあアあアあアぁ…………ぱた」 「あっ、倒れた。」 −−−−−−−−−−−−−−−−− ギリギリだったけどちゃんと入ったかな?お待ちかね決着編&急遽完結です。 郭嘉…。このしばらくあと、曹操の身内にも悲劇が待ってます。 「怒り、恐れ、嘆き、悶えるお前の”人の顔”を露にしてくれよう。」 とっても魯粛な気分です。あっ!いつの間にか孔明が!
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