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259:雪月華2003/04/27(日) 13:31
広宗の女神 第一部・洛陽狂騒曲 第一章 宿将たち
「…以上の証言、証拠から、盧植の備品横領の罪は明らかである。よって、対黄巾党総司令官職の罷免と二週間の謹慎を申し渡す」
執行部長、張譲の酷薄な声が洛陽棟生徒会室に響く。被告の席に立った盧植は、無駄だとわかりきっているからだろうか、うつむいたまま反論もしない。
何か違うな、と副官として生徒会長、何進の傍らに席を置く、書記長次席・袁紹は思った。
袁紹は公明正大、清廉潔白で知られる盧植を、生徒会の中では誰よりも、いや、蒼天会会長、劉宏よりも尊敬していた。1年生の時は何度か勉強を教わりに行ったことがあるし、生徒会に入って間もない自分の面倒を何かと見てくれたものだった。
対黄巾党総司令官として盧植が黄巾党の本隊600人を正規軍450人でじわじわと圧倒し、250人までその数を減らして黄巾党の本拠地、広宗音楽堂の攻囲に取り掛かったのは昨日のことである。攻囲の陣中に左豊という監査委員がやってきて露骨に賄賂を要求してきた。盧植は「陣中の備品は公のもの。あなたにそれを私物化する権利はありません!」と明言し、左豊を叩き出したのだが、唐突に翌日召還され、この結果である。少し握らせればおとなしく左豊は帰ったのだろうが、盧植にはそれができなかったらしい。
退室を命じられた盧植がうつむいたまま生徒会室を出て行く。今度食事にお誘いしてみようか、そう思ってしまうほど、盧植の背中は袁紹には頼りなく見えた。盧植の退室に続き、後任の総司令選抜の協議が始まった。が、協議とは名ばかりで、執行部、つまり張譲らの一方的な提案を何進がそのまま承認しただけだったが。
選抜された人物の名が、袁紹をますます暗鬱な気分にさせた。
うつむいたまま生徒会室を出た盧植を、皇甫嵩、朱儁、丁原の三人が心配そうに迎えた。三人とも、高等部進級以来の友人同士であり。皇甫嵩と朱儁、丁原と盧植は寮のルームメイトでもある。
皇甫嵩、あだ名は義真。体育委員会所属の格闘技術研究所所長と生徒会執行部員を兼ねる生徒会の重鎮中の重鎮であり、知勇の均衡が取れた生徒会随一の用兵巧者との名が高い。174cmの長身、誇り高い気質と、男性的な言葉遣いとがあいまって、一般生徒からの人望はきわめて高い。生徒会、蒼天会には絶対の忠誠を誓っているが、張譲ら執行部の上層部へは、あまり好意をもっていないようである。
朱儁、あだ名は公偉。皇甫嵩に次ぐ用兵の腕を持つ生徒会の宿将。機動性に富んだ速攻の用兵に定評があり、皇甫嵩を『静』とすれば朱儁は『動』。前髪のひとふさが天を向いて逆立っており、その速攻の用兵とあいまって、好意を持つ者からは「紅の流星」と呼ばれ、悪意ある者からは「シャ○専用」と呼ばれている。成績は中の上。噂好きで口は悪いが、人情家で屈託のない性格のため、あまり他人に恨まれることはない。皇甫嵩とは悪口をたたき合う仲ながら、小等部時代からの無二の親友である。
丁原、あだ名を建陽。匈奴南中学出身で、あの鬼姫・呂布と、後の生徒会五剣士筆頭・張遼の先輩にあたる。4人の中では一番小柄だが、特に武芸を嗜んでいるわけでもないのに、ケンカは一番強い。并州校区総番…もとい総代であり、部下を率いての突撃力は目を見張るものがあるものの、他の三人と違って、学業成績は壊滅的によろしくなく、三年生に進級するために、全教科の補習、追試を受けねばならなかったほどで、すべてを切り抜けることができたのも盧植の「3日連続徹夜猛勉強」によるところが大きい。なぜか近々統合風紀委員長に就任することが内定しており、様々な儀式や雑務のため、ここ数日は洛陽棟に詰めている。盧植とは蒼天学園高等部入学からの親友である。
「しーちゃん(※子幹)…やっぱ、コレ?」
丁原が手刀で首を切るジェスチャーをして尋ねた。
「階級章は何とか無事だけれど、2週間の謹慎よ」
盧植は力なく頷く。謹慎、とはいっても授業には出ることができる。ただ、階級章を剥奪された者と同様に課外活動への参加は厳禁される。言ってみれば、期間を限って「死んで」いることになるのだ。
「自分で自分の首を締めるとはこのことだな。生徒会も、そしておまえ自身も」
「シンちゃん(※義真)、言い過ぎだって!」
「いえ、義真の言うとおりよ建ちゃん(※建陽)。もう少し融通が利いていれば、今日にでも黄巾党を壊滅させえたのに…」
「ああ、惜しいことをした。そう思うよ」
執行部の策謀だな、と皇甫嵩は察した。本来、カリスマ性と集団指揮能力に秀でた皇甫嵩が総司令となり、盧植が参謀としてそれを補佐し、別れた敵に対しては遊撃隊として皇甫嵩に次ぐ指揮能力を持つ朱儁と、突撃力に優れた丁原がそれぞれあたる、というのが生徒会側にとっては最高の布陣であったはずだ。しかし、それでは常々執行部上層部に反感を持っている皇甫嵩ら4人の力が強くなりすぎ、張譲らに都合が悪い。そこで一番武官らしく見えない盧植を総司令とし、その下に皇甫嵩らをつけ、4人の分断を狙ったものだろう。しかし、盧植は意外に将才を発揮し、その配下となった皇甫嵩らも進んで協力したため、戦局が有利に運んだ。そのため執行部は左豊を送り込み、盧植を失脚させたのだろう。目先のことに気を取られて小細工を繰り返し、大局の見えない張譲らが皇甫嵩には腹立たしいかぎりである。
「義真…」
盧植が考え込んでいた皇甫嵩の手を取り、彼女を慌てさせた。
「な、なんだ?」
「後のことはお願いするわ。そして、あの子を、張角を救ってあげて。あの子はとても苦しんでる。私にはわかるの…」
盧植の手に力がこもる。力強くその手を握り返して皇甫嵩は頷いてみせた。
「わかった。この皇甫嵩、必ずこの乱を鎮圧し、あの子を救ってみせる。そう、誓おう」
「ありがとう、義真…」
そこまで言うと、堪えきれなくなったのか、盧植の頬に一筋の涙が光った。
突然、弾かれたように盧植が皇甫嵩の胸に飛び込んできた。
「お、おい、子幹!?」
あまりのことにあわてる皇甫嵩。盧植は答えず、皇甫嵩の胸に顔を埋めたまま、少女のように泣きじゃくっていた。
皇甫嵩はとりあえず、慰めるように盧植のふわふわの髪を優しく撫でた。さわやかなシャンプーの芳香が立ち昇り、皇甫嵩をますます困惑させた。皇甫嵩は学園内の一部腐女子から偏った人気を得ており、よからぬ噂もいろいろあったが、本人はそういうことはいたって苦手な真人間であった。一部の者には感涙ものであるこのシチュエーションも、本人にとっては、ただ迷惑なだけでしかない。
朱儁と丁原が顔を見合わせ、小声でささやきあった。
「あーあ、完全に二人の世界に入っちゃった…」
「マズイよ〜、こーちゃん(※公偉)…ここ結構人通り多いのに…やばっ!あの人達アタイら見てる!」
「えーと、あの、義真、子幹。あたし達これから用事あるから、これで…」
「シンちゃん、しーちゃんを寮まで送っていってあげて。あーそれから、くれぐれも成り行きで変なことしないように!」
「な、何だ!?変なこととは!?」
皇甫嵩は慌てて盧植を引き離す。盧植も我に返って赤面していた。
「じゃあ、ごゆっくり、ご両所」
「鳳儀亭なんか行っちゃダメだよー!」
朱儁と丁原は笑いながら走り去っていった。
「まったく、あいつらは…」
「あの、義真、これから二人で…」
「お、お前まで何を言い出す!私にはそのケはないと常々…」
「そ、そうじゃなくて…」
赤面してうつむいた盧植が消え入りそうな声で誤解を打ち消した。
「これまでのこととか、これからの戦略を引継ぎしたいから、これからファミレスにでも行こうかなと…」
「そ、そうか、そうだな。何を勘違いしたんだろうな、ハハ…」
「…」
「時間は…5時か。ちょっと夕食には早いが、とりあえずピーチガーデンに行くか」
皇甫嵩と盧植はややぎこちなく、連れ立って昇降口へ向かった。
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