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266:雪月華 2003/05/03(土) 22:26 広宗の女神 第一部・洛陽狂騒曲 第三章 優しいヒト 全国の中規模以上の都市に、一軒は必ずある、大手ファミリーレストランチェーン「ピーチガーデン」。後日、劉備三姉妹の結義の場として、幽州校区店は、味やサービスとは無関係なところで、人気を得ることになり、それに便乗して、当日三姉妹が頼んだメニューが「桃園結義セット」とされ、おおいに話題を呼んだが、季節ごとにメニューの組み合わせが変わるため、本当に劉備三姉妹の頼んだものであるかどうかは、怪しいものであった。 客層の99.99%が女子高生であるため、通常にメニューに加え、サラダ系のダイエットメニューやデザートの種類が通常の店舗より豊富である。客層をかんがみてか、オーダーストップは午後八時半と早めで、午後十時には閉店となる。 皇甫嵩と盧植が司州回廊店に入ったときは、5時過ぎという時間帯のためか、あまり客は多くなく、奥の日当たりのいい席に、二人は向かい合って座ることができた。 まだ夕食には早いが、皇甫嵩は、数種類のパンとロールキャベツ、ザッハトルテ、アイスココアを。盧植はエビピラフといちごのタルト、エスプレッソ・コーヒーを注文する。 50分後、食欲を満足させ、取り留めの無い雑談を一区切りさせると、盧植は手提げカバンから数冊のファイルを取り出し、テーブルの上に広げた。すでに食器は片付けられている。 「随分、びっしりと書き込んであるな」 「文字は手書きが一番よ。なまじワープロを使っていると、読みはできても実際に漢字を書けなくなるから。それに、手書きに勝る暗記方法があれば教えてもらいたいものだわ」 「同感だな」 近視用の眼鏡をかけた盧植がこれまでの経過の説明を始めた。皇甫嵩も眼鏡を取り出して装着する。 二人とも、普段は眼鏡をかけてはいないが、授業中や読書の時には、少し度の入った眼鏡をかける。とくに盧植の文字は綺麗で細かい。罫線も引かれていない紙に、少しのずれも歪みも無しに、書き込むことができるのだ。 眼鏡をかけると、盧植は、より優しそうに見えるのだが、皇甫嵩はその逆できつめの顔がよりいっそうきつく見えてしまう。さながら頑迷な女教師のようであり、皇甫嵩も密かにそれを気にしていた。 傍から見れば、仲のいい優等生同士の勉強会に見えるだろう。実際、二人とも3年生では、トップクラスの秀才ではある。しかし、話し合われている内容は、数学や物理ではなく、各校区の黄巾党の動き、戦場に適した地形とその利用法、敵味方の主だった者の緻密な情報、「後方」への対策etc…etc…およそ女子高生同士の会話とは思えない内容である。これも、武と覇を実地で学ぶ、蒼天学園ならではであろう。 手書きの地図やグラフなども交えて、盧植が説明し、時折、皇甫嵩が質問をする。わかり易く筋道を立てて盧植が答え、皇甫嵩が頷き、分厚いノートにメモを取る。一通り終わったとき、すでにとっぷりと日は暮れており、時計の針は八時半を指していた。 「これまでの経過を聞くと、作戦自体は成功しているが、思ったように隊伍を動かせずに後手後手に回っていることが多いようだな」 「私は作戦立案や情報収集、分析は得意だけど、実際に他人に命令するのが苦手なの。義真がいればと、何度思ったことかしら」 「それは光栄なことだな。場合によっては、飛ばされて来いも同然のことを、部下に言わなければならないのも、将たる者のつらいところだ。ま、お前は優しすぎるからな、なかなか部下にきついことも言えないのだろう」 皇甫嵩はわずかに身じろぎし、すらりとした長い足を組み替えると、やや照れたように付け加える。 「それが、お前のいいところでもあるのだがな…」 「ふふ、ありがと。でもね、私は学業でも、戦略戦術でもあなたに負けない自信はあるのだけど…」 「随分とまた、はっきり言ってくれるものだな」 傷ついたように横を向いた皇甫嵩に、盧植がいたずらっぽく微笑みかけた。 「そう不貞腐れないで。それでね、あなたにどうしても勝てないことが3つあるの」 「伺おうか」 「第一に、実際に部下を指揮したときの動きの機敏さ。第二に自然に敬意を寄せられるカリスマ性。そして…」 「そして?」 「その優しさよ」 しばらく、二人の間を沈黙の神が支配した。ややあって、皇甫嵩が照れ隠しに硬い笑いを浮かべて口を開く。 「何を言うかと思えば…『鬼軍曹』と呼ばれたこともあるのだぞ?私は」 「あなたが部下に対して厳しくするのは、本当に大事に思うからでしょう?」 「厳しくしなければ、集団の規律が乱れる。規律の乱れた集団が真の意味で勝利を収めた例は、歴史上まず無いからな」 「厳しいだけだったら、一段高いところから、ああしろこうしろ命令するだけでしょう?あなたはいつもみんなと苦労を分かち合っているじゃない」 「遠くから見るだけでは小さなほころびを見逃してしまう。それに、部下と苦労を分かち合うのは将たる者の最低限の義務だ」 盧植は、さも可笑しそうに低い笑い声を立て、皇甫嵩は怪訝な顔で彼女を見やった。盧植は、友人として得がたい存在なのだが、思わせぶりな言動と態度で、他人を揶揄する癖はどうにかならないものかと、皇甫嵩は思った。 「ふふ…やっぱり評判どおりね。義真って」 「評判?どんな」 「見た目はキツそうでとっつきにくいけど、その実、愛情深く、慎重で、生真面目。人の上に立つ者がどうあるべきか心得ていて、常に、そうあろうと振舞う。下級生はみんな、義真を尊敬しているわ。悪く言うのは張譲たちくらいのものよ」 皇甫嵩は、やや呆然としていたが、我に返ると、無理矢理しかめつらしい表情を作ってみせた。 「…面と向かって褒めないでくれ。つい増長してしまうじゃないか」 「はいはい。あ、もうこんな時間。建ちゃんが、ある意味心配するからそろそろ切り上げましょう?」 「そうするか」 盧植は机の上のファイルを片付け始めた。皇甫嵩も、ノートを閉じてショルダーバッグにしまう。 「義真、寮まで送っていってくれる?」 「ああ、いいとも」 「そのさりげない優しさが、あなたのいいところよ」 「…やっぱり一人で帰れ!」 「あらあら、心にも無いことを言うのね。さては義真、照れてるのね?」 「誰が照れるか!」 やや乱暴に伝票を掴んで、皇甫嵩は椅子から立ち上がった。だが、それはどう見ても照れ隠しでしかなかった。 「あっ、義真。こんな遅くまで何やってたのよーっ!まさか…不純、不純よっ!」 「不純が服を着込んだような奴に言われたくないな」 盧植を寮の「玄関」まで送り届け、別の棟の自分の部屋に戻った皇甫嵩を、朱儁の軽口が迎えた。時刻はすでに九時を過ぎている。 「がっかりさせてすまないが、何もやましい事はしていない」 「ホントー?ま、そういうことにしとくわね。あれ?義真、そのネックレスどうしたの?」 皇甫嵩の胸にシンプルなデザインのロザリオが光っており、それは細い銀色のチェーンに繋がっていた。気づいた皇甫嵩が、慌ててブラウスの内側にしまいこんだ。 「ん、ああ、これか?…別れ際に子幹から預かった物だ…公偉、何をニヤニヤしている?」 「愛のしるしってやつ?」 「世迷言を。もともとは私が子幹に贈った物だ」 「やっぱり…」 「邪推するな。総司令就任の祝いとしてだ」 「お気の毒に、気に入らないから、つき返されたのね?」 「いいかげんに恋だの愛だのといった話題から離れてくれ。司令官職の引継ぎの証だそうだ。まあ、あの金モールのついた悪趣味な腕章よりは、よほど気分が引き締まるというものだな」 無論、それだけではない。参謀として同行できない自分の、せめてもの「代理」だそうだ。だがそれを話せば、余計な誤解を招くことになる。特に、この噂好きの朱儁に対しては… 「後任の総司令の発表がある、明日の放課後を楽しみに、ってやつね。あ、それから義真」 「何だ?」 「いつまで眼鏡かけてるの?」 そのときになって、皇甫嵩はファミレスからずっと、眼鏡をかけっぱなしだったことに気がついた。 1−1 >>259 ・1−2 >>260
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