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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
438:国重高暁2004/04/05(月) 16:12
■■ 小さな才媛 ■■
「公路お姉ちゃん、こんにちは!」
敷地中雪化粧した豪邸の、その母屋の表出入口に、一人の幼女の姿があった。
両手に大きな包みを抱え、ちんまりと立っている。
「はい、今開けますわ」
公路お姉ちゃんと呼ばれて返事をしたのは、年の頃十六、七の少女。
その声には品があるが、なぜか元気がない。
彼女はドアを開け、幼女と対面した。
「あら、あなたは……どこの子でしたかしら?」
「お姉ちゃん、あたしのこと忘れたの? わーん」
泣きじゃくる幼女を制止しながら、少女は懸命に自分の記憶をたどる。
「えーと、ちょっと待ってらして……ごほ、ごほ」
ただの咳払いではない。彼女はここ数日、風邪で四十度の熱に苦しんでいるのである。
「思い出しましたわ。確か……陸さんちの績ちゃんでしたわね?」
「よかったあ。ちゃんと覚えててくれて」
「ごめん遊ばせ。私、こういう体でございますから、ちょっと頭がぼけておりまして……」
大いに謝りながら、少女は持っていた絹のハンカチで、幼女の顔を丁寧に拭いてあげた。
この少女の姓名は袁術、字は公路。
ここ荊州でも他に比類なき豪家の令嬢で、蒼天学園高等部の生徒会副会長を務めている。
一方、やってきた幼女の姓名は陸績、のちに字して公紀。
今春から小学生になるところだが、既に微積分の知識を持ち、「小さな才媛」と評判の幼女である。
もとより彼女も深窓の生まれであり、したがって家族ぐるみの交流を持つ。
そんな陸績を自室に通すと、袁術は悪趣味なベッドに身をゆだねた。
「績ちゃん、私を見舞いにいらしたのね?」
「うん。だから、あたし、これ持ってきたの!」
こたつに入った陸績が包みを解くと、立派なかごに盛られたフルーツが姿を現した。
「お姉ちゃん、しっかり食べて、元気出してね」
「あら、フルーツなら、既にたくさん届いておりましてよ」
袁術は豪家の令嬢であるから、当然見舞い品の差し入れも多い。
現に、こたつの周りには、フルーツを盛ったかごが所狭しと並べられていた。
「そ、そんな……三十分もかけて、せっかく持ってきたのに……」
「泣かない、泣かない。私、あなたの分もちゃんといただきますわ」
再び涙目になる陸績を、袁術は丁寧になだめすかす。
「では、とりあえず……オレンジでもいただきましょう」
「お姉ちゃん、風邪にオレンジはあまり効かないんだけど」
「病は気合で治すものですわ。お黙り!」
医学的知識をひけらかす陸績を抑え、袁術は彼女の持ってきたかごからオレンジを一個取る。
そして、自らもこたつに入り、片隅に置かれていたナイフでこれを割いた。
「こたつミカン」ならぬ「こたつオレンジ」である。
「績ちゃん、あなたもお食べなすって」
オレンジの一切れを食べながら、別の一切れを陸績に勧める。
「いらない。せっかくあたしが持ってきたんだから、全部お姉ちゃんが食べて」
「うーん……しようがないですわ」
残ったオレンジを食べ終わると、件のかごからまた一個のオレンジを取り出す。
結局、袁術は陸績の持ってきた三個のオレンジを全部食べた。
「これ、人のかごに手をつけるんじゃありません!」
すさまじい怒号である。袁術は、陸績が突然、他人の贈ったかごからオレンジを三個取るシーンを見透かさなかった。
「お姉ちゃん、怒らないで。あたしの一生のお願いだから」
「怒りたくないのはこっちですわ! なんてはしたないことを……」
「はしたないけど許して。これには深いわけがあるの」
涙をこらえ、陸績は事情を説明し始めた。
「あたし、これから家に帰って、ママにもオレンジを食べさせてあげたいの」
「なるほど」
「今、あたしんちがどうしようもない状態なの、お姉ちゃんも知ってるでしょ?」
「もちろんですわ」
「だから、お姉ちゃんからもらったことにして、このオレンジをママにあげたいの。ねえ、いいでしょ?」
(な、なんとまあけなげな子……)
袁術は思わず涙腺を緩めた。この幼女が高校生並の知能だけでなく、並ならぬ孝心をも備えていようとは。
「わかりましたわ。では、私のことをよろしくお伝えくださいませ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
陸績は、三個のオレンジを先刻のかごと同じ包みに納め、これを懐にして去った。
一方、ベッドに戻った袁術の枕元には、彼女の持ってきたかごと並んで、先ごろ入手したばかりの「伝統の蒼天会印」が置かれていたのであった。
糸冬
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