★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
515:海月 亮2004/12/20(月) 22:03AAS
「風を継ぐ者」
-第三部 風を待った日-

一体どれほどの者か…と期待していた幹部達にとって、それはあまりに意外すぎる人物の名前だったに違いない。満座、呆気にとられて開いた口が塞がらない様子であったが、皆一様に「何を言ってるんだ、コイツは」と言う表情をしている。
ただ一人、孫権を除いては。
「なんですって!!」
「ちょっと徳潤、あんた正気なの!?」
「………………!!」
満座の沈黙が発する圧力をなんとか押しのけた張昭、歩隲、顧雍が同時に非難の声をあげる。もっとも、顧雍の声は相変わらず、聞き取れないほどだったが。
「元歎ですら、何か悪いものでも食べたの、って言いた気よ…徳潤、いくらなんでも悪い冗談は止めたほうがいいわ」
そんな諸葛瑾の一言に、顧雍は少しむくれた表情に変わる。実は顧雍は「熱でもあるの?」と言っていたのだ。その表情は、正確に聞き取ってくれ、という非難の意味合いであるらしい。
「冗談? 子瑜さんまでんなこと言うとは心外だな。冗談や酔狂でこんなこと言うかい?」
それを受けて、虞翻も続ける。
「そう聞こえたからだ。もし仮に、陸遜にそれだけの才能があったとしよう。でも、あの娘が公瑾に相手にもされてなかったことを知ってる者は多い…彼女と仲が良かった承淵ならまだしも、とてもじゃないがあそこにいる連中を統率できるとは思えない。舐められて戦う前に軍団が四分五裂が関の山だ」
「まぁ…あれはな、子敬ねぇさんや興覇にも原因があるんだけどな…それに、子明は常日頃から2つも年下の伯言を尊敬してた。陸口棟長に仕立てたのは計略のせいもあっただろうが、計略とはいえ本当にどうでもいいヤツを自分の代わりにするなんて、子明がするとも思えない」
「でも、あの娘はこんな血なまぐさいことに向かない優しい娘よ! 危険だわ!」
議論の俎上に上がった陸遜にとっては従姉妹に当たる陸績すらそんなことを言い出す。それを受けて幹部達も孫権に対し、口々に「危険だ」だとか「自殺行為はするべきでない」と声を挙げる。
その様子を見ながら頬を掻き、苛立つような仕草をしていた(カン)沢は、おもむろに息を吸い込み「やかましい!」と一喝した。
その瞬間、幹部達の口の動きは一斉に止まった。今まさに何か言おうとしていた張昭すら、それに面食らって口を噤んだほどだったので、よほどの剣幕であったことが伺えるだろう。
「危険は承知! どうせ負ければ長湖部は終わりだ! 失敗したら階級章と言わず、あたしの命もくれてやる! 満座の中で腹でも首でも、リクエストどおりにかっさばいてやるよ!」
眼をかっと見開き、物騒な宣言をしてのける(カン)沢の気迫に満座は呑まれた。いつも飄々とした(カン)沢しか知らない幹部達は、半ば呆気にとられているようにも見えた。
何しろ、普段表情の読み取り難い顧雍でさえ、それと解るくらいに目を見開いて、きょとんとした表情をしていたほどだ。
「…徳潤の言う通りだよ…どのみち、このままじゃ長湖部がなくなっちゃうだけ…」
そのやり取りを真剣な目で黙って見ていた孫権は、意を決したように言葉を紡ぐ。その顔は、真剣を通り越して既に悲痛な表情だった…だが、その真意を知るのは、この場に当人と(カン)沢しか居なかった。
孫権の顔が、不意に厳しい表情に変わる。
「ボクは、伯言に賭ける。谷利、伯言を呼んで来て…すぐにッ!」
「は、はいっ、ただ今!」
主の放つ聞きなれないトーンの声に吃驚した谷利は、矢の如く会議室を飛び出していった。
もっとも、指示通りに陸遜を伴って連れて来るまで、三回ほど帰ってきては、張昭に怒鳴られていたが。

「現時点を以って…陸遜、キミ…いえ、あなたを長湖部実働部隊の総司令官に任命します」
「…長湖部存亡の時、辞すべき理由はありません…大役、謹んでお受けいたします」
こんな日は、来て欲しくないと願っていた。
でも、荊州学区を力ずくで取り戻し、そのために呂蒙が不慮の事故でリタイアの憂き目にあったことで、陸遜自身にも何となく予感はあったのかもしれない。
前任者の魯粛、呂蒙の時の例に倣い、長湖部創始者たる孫堅が陣頭で用いた大将旗を孫権は、何処か釈然としない表情で、それでも整然と並ぶ幹部達の列の間に立つ陸遜へと手渡す。
「畏れながら、部長」
それを恭しく両手で受け取り、一礼した陸遜はそう切り出した。
「私は未だ名声無き弱輩の身…恐らくは、前線の諸将はただ私が出向いたところで容易に諾する事は無いでしょう。そして、鬼才・諸葛亮や名将・趙雲を欠くとはいえ、相手は強敵です。更なる大将の増援と、信頼できる副将を頂きたいと思います」
「承知します。副将には駱統と、既に前線に居る丁奉を命じ、部長権限において宋謙、徐盛、鮮于丹らに出陣命令を通達し、駱統以外の諸将には陸口棟にて合流の手筈としましょう。駱統、いいですね?」
「は、はいっ、畏まりました!」
幹部列の最後尾にいた、亜麻色のロングヘアーに青のリボンをあしらった、大人しめの少女が進み出て、緊張した面持ちで深々と一礼する。
その少女…駱統は綽名を公緒といい、陸遜とは同い年の親友であったが、お互いにその才能を認め尊敬し合う関係にある。早くから文理にその頭角を顕し、一年生ながら既に幹部会の末席を与えられている俊才である。
若手の中では、丁奉や朱桓の武に対して文の逸材として期待されている存在だ。温和な性格は先輩受けも良く、見た目に反して芯が強く弁も立ち、しかも合気道の達人でもある。腕っ節の強い荒くれを制するにはもってこいの人物だ。
「では以上にて、総司令官任命の式を終了とします…伯言、公緒、直ぐに出立して」
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