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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
552:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:30 [nworo@hotmail.com] 「……ッ!」 「それは酷くないですか?」 曹騰が口を開こうとした、まさにその瞬間、後ろからの涼やかな声がやんわりと割って入る。 「それに彼女だって遊んでここまでこれたわけではないはず。先ほどの『カムロごとき』という言葉は取り消すべきだと思います」 係員はぱくぱくと金魚のように口を開け閉めさせて顔を青ざめさせている。 いい気味、と思いながら曹騰は天使の声の持ち主を見た。 天使だった。 腰まで届くような長い髪。 優しげな顔。 曹騰は今まで『美人』に会ったことならあったが『天使』に出会ったのは初めてだった。 惜しむらくは胸の大きさが曹騰と比べても遜色ないところだが……まぁ、これは好みが別れるところであろう。 天地がひっくり返ってもこんな娘にはなれない……曹騰は人知れず敗北感に浸った。 「なんとか彼女を寮に入れることはできないのですか?」 「し、しかし……規則は規則ですので……」 抗弁を試みる係員。 「わかりました。もう頼みません。彼女は私と同じ部屋に来ていただきます。私もちょうど1人部屋でしたからちょうどいいですわ」 「あぁーッ!? そ、それはいけません!」 「もう決めました」 真っ青になる係員。 彼女ってば……こんな傍若無人な係員が一発で恐れ入っちゃうくらい良家のお嬢様なのかな? 曹騰はそっと彼女の顔を盗み見る。 目があった。 恥ずかしくなって顔を伏せる曹騰に彼女はにっこりと笑いかけ、手を差し伸べる。 「これからよろしくお願いしますね……私は劉保、と言います」 劉…… 蒼天会長の家柄……この娘が誰だかよくわからないけどいいとこのお嬢さん、という推測は間違っていなかったようだ。 「りゅうほ……劉保ね。私は曹騰! 季興って呼んでね。これからよろしく!」 曹騰が彼女の差し出した手を握り締める。 そのときの彼女のなぜか、曹騰に対して驚いたような表情が印象的だった。
553:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:32 [nworo@hotmail.com] -Sakura- 第2話:琴平 「劉保ってお嬢様なんだよねぇ〜?」 「りゅ、りゅうほ……!?」 曹騰の言葉に劉保は目を白黒させた。 曹騰はくるくると逢魔が時の薄暗闇の中を回転しながら…… そして劉保はそれを楽しそうに眺めながらしずしずと、2人は並んで歩いていた。 「あっれ? 劉保って名前じゃなかったっけ? 違った?」 心底、不思議そうに曹騰が劉保に問う。 「いえ、劉保であってます。ただ……」 「ただ……?」 不思議そうな顔を浮かべる曹騰に劉保は苦笑を浮かべる。 「あまりそう呼ばれ慣れなかったものですから」 「呼ばれ慣れなかったって……」 自分の名前だろうに、と思いはしたがそれも家庭の事情なのだろうと思って言葉を飲み込む。 どういう事情だかはよくわからないが。 「……で、お嬢様なんだよね?」 露骨な曹騰の言葉に劉保は再び苦笑。 「そう、かもしれませんね」 思えば子供の頃から大事にされすぎて同年代の友達を得ることも出来なかった。 周りがみな自分の名前を知っているのだ。 近づいてくるのは自分の名前を利用して出世しようとするやつらばかり…… だから劉保にとって自分のことを知らないでいてくれる曹騰ははじめての興味深い存在だった。 「ねぇねぇ、劉保ってあだ名ってないの? あだ名」 「あ、あだ名!?」 劉保は一瞬、呆然としたがすぐににっこりと笑った。 「あだ名、というのはありません。私のことは劉保とだけ呼んでくれればそれで十分です」 「ふ〜ん……あ、そうそう……」 何気ない会話。 曹騰が振ってくる……彼女にとっては本当に何気ない話題なのだろうが……それは劉保にとってはとてつもなく新鮮な時間だった。 「……ってば! 劉保ってば!」 少しぼんやりしていたのだろう。 ふ、と気付くと曹騰の顔がほんの目の前にあった。 「は、はい?」 「あ〜、びっくりした。劉保ってば急に立ち止まるんだもん」 屈託なく笑う。 「ちょっと考え事をしちゃいました」 「わかるわかる」 なにがわかるというのか、曹騰は劉保の言葉にしきりに頷いてみせる。 それもまた……なにか嬉しかった。
554:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:33 [nworo@hotmail.com] 「で、どうかしましたか?」 劉保の言葉に曹騰は『あぁ、そうそう』と言った。手をポン、と打つアクション込みで。 芸の細かい娘である。 「劉保って何年生なの?」 曹騰は学生課の係員を明らかに圧倒する存在感から自分よりも1歳か2歳は年上だと思っていた。 胸は……まぁ、成長期には個人差がある。きっとこれからだ。大丈夫。 「今年から高等部です。曹騰さんと同い年ですね」 劉保の言葉に曹騰はぴしっ、と石化した。 「あ、あの……えっと……季興さん?」 まるまる30秒固まってから曹騰は目をぐるぐるさせながら喚いた。 「お嬢様で、キレイで、私よりも年上かと思ったら実は同い年でーッ!? 完璧超人か、あんたはーッ!?」 「え、えぇッ!?」 劉保にとっては……まぁ、当たり前であろうが……はじめてこんなことで怒られているわけである。 「天は二物どころか森羅万象をあんたに与えたかーッ!?」 「そ、そんなッ!?」 理不尽である。 目をぐるぐるさせていた曹騰は……しかし、ある一点を見やってからふむ、と考えこんだ。 「き、季興さ……わひゃあ?」 劉保が変な声をあげた。 曹騰が劉保の胸を前から揉みはじめたからだ。 「ごめんごめん。完璧超人じゃなかったね」 「あ、いや。やめてください……季興さん」 ふにふにふに。 顔を真っ赤にして悶える劉保。 「これが劉保の完璧超人っぷりを阻害してる、と思うと愛しく思えるねぇ」 「あ、だめ。そこ……や、やめて、ください」 ふにふにふに。 ちっちゃいが感度はいいようだ。いいからどうだ、というわけでもないが。 不意に曹騰の手が止まる。 「あ、ん……え?」 「へへ〜、劉保ちゃん、感じちゃった? 可愛かったよ〜」 胸を揉まれたときとは違う気恥ずかしさで再び劉保の顔が朱に染まる。 「もう、季興さんなんて知りません!」 ぷいっ、とそっぽを向く。 「ごめんごめん」 へらへらと笑いながら劉保に謝る曹騰。 「許しません」 しかし劉保の口元はその言葉とは裏腹に笑みを形作っていた。 ……こんな友達なんてはじめてだったからだ。
555:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:34 [nworo@hotmail.com] 「うっわぁ」 曹騰はその巨大な建物に驚きの声をあげた。 司州蒼天女子寮。 さすが学園都市の首都の寮である。 その威容はまだこの司隷特別校区に到着して間もない曹騰を驚かせるに十分なものだった。 「ふふ、どうしました?」 曹騰の驚いた顔を見て劉保はくすり、と笑った。 「びっくりしたよ〜。こんな大きいんだねぇ」 心の底からの驚きに劉保はまた笑みを漏らす。 「さ、お姫様。こちらが女子寮になりますわ」 「うん、苦しゅうない」 劉保の言葉に曹騰は尊大に頷き……吹き出した。 「く、くくく……劉保っておもしろいんだね」 「そんなことはありませんわ……さ、司州蒼天女子寮へようこそ」 劉保が曹騰を招き入れる。 そこも……曹騰が見たことがない別世界だった。 「ほぇ〜」 感嘆にもならないような声をあげる曹騰。 それを微笑ましげに見ていた劉保の顔が不意にこわばる。 「ここにおられたんですか」 「あ、えぇ……ただいま帰りました」 曹騰は劉保に声をかけてきた女性を横目で観察する。 背の高い、しかし目の細い女性である。 竹刀を片手に持っていることから恐らくは軍人なのであろう。 ぽわぽわとした喋り口調ながら劉保には礼儀を尽くしているようだ。 しかし……そう、親しそう、という言い方は少し違うような気がする。 どこかに遠慮が感じられる口調。 まぁ、無遠慮よりはいいだろう…… 自分のことを棚に上げて(曹騰の心には棚が108個ある)曹騰は女性の胸を見た。 でかい! いや、そうじゃない! 女性の胸には燦然と輝く二千円札階級章。 カムロの自分にとっては雲の上のひとである。 思わずびしっと気をつけをしてしまう。 というか…… 「劉保……ねぇ、このひと……」 誰? と聞こうとする曹騰の目の前になにかが突き出された。 目で追うと……女性の手元に……って、竹刀!? 「うわぁッ!」 跳び退る曹騰。 女性はにこにこと笑みを浮かべたまま竹刀を曹騰に向けたまま…… (こ、こあい……) 目の前の女性はとりあえず名前がまだわからないので曹騰の中で『ぽわぽわ暴力的二千円』と命名された。 そのまんまである。そうでもないか。 「そこのカムロ……この方を誰だと考えているのかは知りませんが呼び捨てにする所見をぜひとも伺いたい」 「え? ……えぇ?」 呼び捨てにする所見、ってあんた…… 「梁商さん、季興さんは……このひとはなにも知らないの!」 慌てて女性……梁商と呼ばれたか……の腕にすがる劉保。それでも竹刀の切っ先はピクリとも動かず曹騰に突きつけられたまま。 「なにも? ……なにも、とはどういうことです?」 劉保は梁商に答えず曹騰に向き直り、少し痛々しい笑みを浮かべた。 「隠していたわけじゃないんですけど……私、次期蒼天会長に指名されているんです」 劉保の言葉に曹騰は意識が遠くなりそうになった。 雲の上どころか大気圏の上のひとだ。すでに人間ではない……
556:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:34 [nworo@hotmail.com] 蒼天会…… 正式には『夏学園都市女子高等学校連合生徒会代表会議』。校祖である劉邦からはじまって以後、数十年もの伝統をもつ組織。 学園の学園であるための象徴的組織、そしてその頂点に……5万余にも及ぶ学生たちの頂点に君臨する存在こそ蒼天会長であった。 次期蒼天会長、ということは…… 曹騰は前を歩く劉保のあとをとぼとぼ歩く。 その後ろを牽制するように歩く梁商が怖いわけではない。 梁商のことは多少しか怖くない。 それよりも…… ぴたっ、と劉保が足を止めた。 びくっ、と曹騰も足を止める。 「なんで……隣を歩いてくれないんですか……?」 劉保の声は悲しみに満ちていた。 しかし曹騰にとってはもう取り繕うだけで精一杯である。 「え、いや、だって、ほら、次期会長サマの横を歩くなんて恐れ多い……」 「サマなんて呼ばないでッ!」 曹騰の言葉を切り裂くような劉保の悲鳴。 曹騰は梁商と一瞬、顔を見合わせる。 「季興さん……私のことを呼び捨てにしてくれたじゃない……それははじめてのことで……とても嬉しかったのに……」 劉保は泣いていた。 「いつだってみんな私のことを知っていた……だからなにも知らないでいてくれたあなたのことがすごく嬉しかった……でも、もうそれもおしまい」 歌うように呟く劉保。曹騰もカムロであるから差別を受けてずっと生きてきた。 無視される辛さはこの身に染みているはずだ、なのに……今、自分が劉保を傷つけてしまった…… 「ごめん、劉保」 悲しみに彩られたその口調に償いの言葉はすんなりと口の端に乗せられた。 この子を悲しませるくらいなら地獄の業火に焼かれてしまえ、とそう思った。 「申し訳ありませんでした。次期会長がそんなことを思い煩わされていたとは露知らず……しかしわたくしはもうずっとこの態度で慣れてしまいました。いずれお名前を呼び捨てにさせていただきますので今はこれでご勘弁を」 梁商も首をたれる。 「曹騰さん、さっきはごめんなさいね」 首をたれながら梁商は曹騰にもそっと呟く。 いいひとなんだな、と曹騰は漠然と思った。 「ホントにごめん。もうサマなんて言わない。ごめんね」 曹騰の言葉に劉保はようやく涙を流しながら笑顔を見せた。 「今度、サマなんて言ったら絶交、ですよ……」
557:北畠蒼陽 2005/02/10(木) 16:36 [nworo@hotmail.com] とりあえずあんまり連投もあれなので2話までです。 復帰したら続投の方向性でお願いします。 まぁ、引越しは土曜なのでそれまでに3話くらいまで投下するかもですが^^;
558:海月 亮 2005/02/10(木) 21:50 >北畠蒼陽様 (;;゚Д゚)曹騰キタ―――――!!! とか言いながら、実は党錮事件以前(しかも第二次以前)の知識はさっぱりな私_| ̄|○ とすれば今の私に残された道はひとつ、話そのもののよさに浸るしか…続きが楽しみであります! 一刻も早いオンライン復帰を心よりお待ち申し上げる! では、今度は私めが北畠様の後を追っかける形になりますな。 実は個人的に好きな人物である審配の最期SS、僭越ながら上梓致します。
559:海月 亮 2005/02/10(木) 21:55 -邯鄲の幻想(まぼろし)- 冀州校区、ギョウ棟。かつては邯鄲棟と呼ばれ、先代、先々代の学園混乱時代から、この地屈指の堅城として知られる棟だ。袁氏生徒会役員の残党と、曹操率いる蒼天会との戦いも、この地の陥落をもって一区切りのついた形だ。 「ようやく、落ちたな」 「そうね〜、こんなに梃子摺るなんて、思ってもみなかったなぁ」 そのギョウ棟がよく見渡せる小高い丘の上に、二人の少女が立っていた。その腕には、蒼天会役員であることを表す腕章と、その身分を表す紙幣章をつけている。片一方の、小柄で赤みがかった髪の少女のつけているのは、学園組織の中でも数名しか存在しない一万円章だ。 小柄な少女は、いまや蒼天生徒会を掌握する、蒼天会長の曹操。 その傍らに立つのは曹操幕下きっての参謀・郭嘉。 「会長、ギョウ棟の主将、ご命令通り捕縛いたしました」 「ん、ご苦労様」 報告に駆けつけた少女に労いの言葉をかけ、 「でさ、何人か集めて棟の執務室を掃除しといて。例の娘は、別の部屋で待ってて貰うように…くれぐれも、丁重にね」 「畏まりました」 命令を受けた少女は再び、本陣のほうへ駆け戻っていく。 「…会長、あんたマジであいつを口説き落とすつもりか?」 「もっちろん。アレだけの逸材、放っとく手は無いでしょ」 「…きっと無駄だと思うけどなぁ…」 呆れ顔の郭嘉を他所に、曹操はこれから会いに行く少女にどんな言葉をかけようか、どう用いようかと、そのことで頭が一杯になっているように見えた。 宛がわれた部屋で、少女は椅子に腰掛けたまま項垂れていた。 飴色の光沢がある髪を、スタンダートなツインテールに纏めている髪型は幼い印象を与えるが、その幼い顔立ちのせいか良く似合っている。笑えばかなりの美少女のように思えるが、その鳶色の瞳は虚ろで、何の表情もみせていない。 手は布で戒められているが、その布は手触りこそ柔らかだが恐ろしく丈夫な、学園の制服にも使用されている特殊素材だ。かつて「鬼姫」と恐れられた呂布の力を以ってしても、紐状に捻ってあるこの布を引き千切ることが出来なかったと言うウワサがある。 その少女の名は審配、綽名して正南。かつてこの地を治めていた実力者で、曹操との戦いに敗れて失意のうちに引退した袁紹の専属メイドのひとりであった。袁紹が学園に覇を唱えるべく動き出すと、その才覚を見出され、参謀として抜擢された逸材だ。自分を認めてくれた袁紹への忠誠心は正に鉄石、その遺志を奉じ袁尚の副将としてギョウ棟の守備を任されていた。 そう、「いた」のだ。 彼女はギョウ棟を追われてしまった主・袁尚の留守を護り、迎え入れるために必死に棟を護ってきた。曹操の腹心・荀揩ネどは彼女を「我が強くて智謀に欠ける」なんて酷評していたが、その指揮能力の高さは曹操も舌を巻くほどだった。 攻めあぐねた曹操は、審配が従姉妹の審栄をはじめとした同僚達と不仲であったことを利用し、離間の計で内部から切り崩したのだ。ギョウ棟を守った忠義の名将は、哀れにも身内の手によって戒めを受けることとなった。 「いい様ね、正南先輩」 不意に扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。 黒髪をポニーテールに結った、真面目そうな雰囲気の少女。先に袁氏を見限り、曹操の傘下についた辛(田比)、綽名して佐治である。邯鄲陥落の直前に、審配とも顔見知りだったことから、降伏勧告を呼びかけてきた少女だ。 審配は一瞥し、再び視線を戻す。 「知ってますか? あなたがあの時投げ捨ててくれたティーセット、アレは私の宝物だったんですよ?」 審配は何の反応も示さない。 「此処の初等部に入学した際、記念に祖母が贈ってくれた大事なものだったんです」 独白を続ける辛(田比)の顔にも表情は無い。いや、正確にいえば、感情を努めて押し殺しているように見える。 「…だから…何」 一拍置いて、審配はようやく口を開いた。 「宝物を壊された仕返しに、私をこの窓から放り投げてやるとでも?」 「…!」 相変わらず表情は無いが、抑揚の無い声には、明らかな蔑みの響きがある。辛(田比)の表情は、見る間に険しくなっていった。 「折角あんたの頭を狙ってやったのに、外したのが残念…」 「貴様ぁぁー!」 刹那、辛(田比)は怒りで顔を紅に染め、審配を無理やり立たせると、その顔面へ向けて思いっきり拳を振り下ろそうとする。 「はい、そこまで」 その拳が、寸前で止まる。手首を捕まれた辛(田比)が振り向くと、曹操を始めとした蒼天会幹部の面々が何時の間にか立っていた。手首を掴んでいるのは、曹操が最も信頼するボディーガード・許チョ。この緊迫した事態にあってもぽやんとした表情を崩さないあたりは、流石は許チョといったところか。 「曹操…会長」 「駄目だよさっちゃん。どんな事情があっても、捕虜の私刑はご法度なんだからね!」 そんな一連の事態の渦中にあっても、審配の表情は相変わらず、虚ろなままだった。
560:海月 亮 2005/02/10(木) 21:58 整然と片付けられた執務室。 部屋の壇上、曹操が卓に着き、その後ろには、ぼんやりした表情の許チョが立っている。 その左には夏候惇、張遼ら曹操幕下きっての猛将たちが揃い踏み、右には郭嘉、荀攸、程Gといった鬼謀の知者がずらりと並ぶ。その片隅には、先程揉め事を起こした辛(田比)の姿もあった。 壮観な風景である。この中央に立たせられ、曹操と面と向かい合って立つものの殆どは、その威風に居竦み、あるいはその名誉に打ち震え、あるいは己にもたらされる末路に恐怖する。 しかし、審配はそのどれにも当てはまらない。席を与えられ、腰掛けている彼女の表情は虚ろなままだ。 「っと、さっきのはごめんね。理由はどうあれ、あたしの監督不行き届きが招いたことだから」 気を取り直すように、曹操は努めて明るい口調でそう言った。 「いやぁ、この邯鄲棟を落とすのにそりゃあもう苦労させてもらったわよ。いくら棟内部を知り尽くしてるからって、あそこまで護りきれる人なんて滅多に居るもんじゃないよ」 「…何が…言いたいの?」 ようやく、沈黙を守っていた審配が口を開いた。相変わらず表情は無く、声に抑揚も無い。 学園で袁紹を見かけると、顔良や文醜といった輩に混じって、明るい笑顔を振り撒くこの少女の姿をよく見ていた曹操は、少し寂しい気持ちになった。しかし、それをおくびにも出さず、なおも明るい口調を崩さず、 「ようするにあたし、キミのこと気に入ったんだ…どうかな、蒼天会に協力してくれないかな?」 「…部下になれ、と?」 「ぶっちゃけて言えば、そういう事になるのかな。もちろん、ただでとは言わないよ。何か条件があれば…あ、もしかして袁尚たちのことが心配なら、可能な限りその立場は保障する。キミが彼女達を説得してくれるならそれでも…」 「ふざけた事言わないでッ!」 その瞬間、審配は怒声をあげ立ち上がった。ギョウ陥落以降、彼女が見せた初めての感情は、怒り。 「私は腐っても袁家の…ううん、袁本初の遺志に殉じる臣よ! そこの辛(田比)みたいな日和見主義者と一緒にされるなんて侮辱以外の何者でもないわ!」 その言葉に、辛(田比)の顔色が変わる。曹操は目配せをして、その両隣りに立たせていた徐晃と夏候淵に辛比を制させた。激昂する審配は、自分の階級章に手をかけると、それを無造作に引きちぎり… 「虚しく虜囚となった今、本初様に合わせる顔も無い…私の答えは、これだッ!」 「!」 ほんの一瞬前、曹操の顔があったあたりに何かが飛んできて、背後の黒板に当たって跳ねた。 床に落ちたそれは、審配のつけていた貨幣章だった。袁紹の寵を受けながら、富貴を求めず、ただ誠心誠意仕えたことを示す、その重責に似合わない低い階級章は、まこと彼女らしいといえる。 曹操の表情から、笑みが消えた。居並ぶ諸将の表情にも、緊張の色が浮かぶ。 「さぁ…放校だろうが、退学だろうが、好きになさい! もう、未練は無いわ!」 「そう…なら、キミに相応しい罰を受けてもらうよ…」 静かだが、内面に沸き起こる憤怒をこめた曹操の視線が、審配を射抜く。しかし、審配は気丈にも、それを睨み返していた。 どの位時間が経っただろうか。 あのあと審配は、最初に居た部屋に戻されていた。その手に、戒めはない。 (終わったのね…すべて) 彼女は、ジャージのズボンのポケットから何かを取り出し、手の上に載せた。それは小さなロザリオの着いた、銀のネックレス。 官渡公園での決戦が行われる直前、兵卒を預かる将の証として袁紹から下賜されたものだ。審配にとっては、敬愛する袁紹に認めてもらえた確かな証。殆どの袁氏生徒会役員達が自身の保身の為に打ち捨て、あるいは討たれて戦利品代わりに持ち去られていってしまった。 恐らくは、これを保持しているのは彼女のほかは、今なお戦い続けているであろう袁尚、袁熙姉妹か、高幹といった袁紹の身内連中くらい…いや、それも怪しい所だ。 (…申し訳ありません…私は、あなたの遺志を守ることは出来なかった…) 手の中のそれを、強く握り締めた。 彼女が見つめる窓の先には、リタイアしてのち、一般生徒として生活する袁紹が居るだろう学生寮が見えた。その瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。 (私は学園を、あなたの元を去ります…これで、さよならです…二度と、お会いすることは…) 「お待たせ〜」 先程とはうって変わって、実に能天気な調子の曹操と、郭嘉のふたりが部屋に入ってきた。慌てて涙を払い、再び気丈な表情で、曹操と向き合う。 「まぁ…いろいろ考えさせてもらったんだけどね。やっぱりこれしかないと思ってわざわざ来て貰う事にしたんだ。入って」 「えっ…?」 曹操が促すと、ひとりの少女が部屋に入ってきた。その人物を見た瞬間、審配の表情が凍る。 山吹色のヘアバンドで留めた、流れるような光沢のあるストレートの黒髪。多少やつれてはいるが、目鼻の整った気品のある美貌と、制服の上からでも解るスタイルの良い長身。その雰囲気は、深窓の令嬢という表現以外に出て来そうに無い。 彼女こそ、袁紹そのひとだった。 「たっぷり、叱って貰うといいわ…後は、彼女にキミの処遇を任せるから…じゃあね」 それだけ言うと、曹操たちは二人を残し、部屋を後にした。 閉じた扉の音が、何よりも残酷なものに、審配には思えていた。
561:海月 亮 2005/02/10(木) 21:58 「…あ…あの、私…」 沈黙を破ったのは審配だった。 「私…何も出来ませんでした…顕甫お嬢様を護るどころか、曹氏蒼天会に一矢報いることさえ」 袁紹は黙ったままだ。その沈黙が、自分を責めたてているように思えた。 「私にそんな力は無いのに…いきがってつまらない意地張って…こんなことに」 俯いた瞳から、涙が零れる。 不意に、抱き寄せられる感覚に審配は驚き、顔を上げた。 「…え…」 「御免ね…私が愚かなばかりに、あなたをこんなに苦しませてしまうなんて…」 「そ…そんなっ! 本初様は何も悪くないです!」 袁紹は頭を振る。表情はわからないが、その声は涙声だった。 「…私は、たくさんの娘達を…私を信じてついて来てくれたみんなを…裏切ったのよ。そして、残ったあなたたちに、すべてを押し付けて逃げた卑怯者よ…」 「本初…様」 「許してなんて言えないわ…本当に…ごめんね…」 審配は思い返していた。 この部屋に入ってきた袁紹の顔は、酷くやつれていた。官渡の決戦に敗れ、失意の引退宣言をした時よりもずっと、やつれているのが解った。覇道を断たれ、一線を退かなくてはならなかった無念がそうさせたのだと、審配は最初思っていた。 しかし、彼女はそれが間違いだったことを理解した。袁紹はずっと、自分の不明によって失ったかつての仲間達や、残った自分達の事を思い、それに罪の意識を抱き、苦しみつづけていたのだろう。恐らくは、ひとりで。 だから、彼女は思った。 「…大丈夫ですよ…みんなきっと、あなたの事を恨んでなんか居ません」 「…え?」 「考えたプロセスが違ったかもしれないけど、みんな同じ未来を目指して、あなたについてきたんですから」 自分は心底、この人のことが好きだからこそ、この人を見捨てることが出来ないから。 「だから、もうそんなに、ご自分を責めないで下さい…それでもあなたが、ご自分を許せないと言うなら」 それが自分の償いの道であると、そう思ったから。泣き笑いのその表情は、何処か吹っ切れたように見えた。 「私にも、その苦しみを、背負わせてください」 「…正南、さん」 泣き崩れた大切なひとの身体を、審配は強く、抱きしめていた。 部屋を立ち去り、屋上に上った曹操は、振り向きもせずに呟く。 「…どうして、なんだろうね」 「あん?」 「公台も、雲長も、あの娘も…どうして、あそこまでひとりのひとについて行けるんだろうね」 その背中は、酷く寂しそうに見えた。元々小柄な少女だが、郭嘉にはそれが一層小さく見えるように思えていた。 郭嘉は、口にくわえた煙草に火をつけ、その味を一度確かめる。そして、おもむろに言った。 「…そりゃあな、きっとあたし達があんたにくっついていくのと変わらないんだと思うぜ」 「え?」 「あいつ等にはあいつ等の信じたヤツと同じ未来しか見てないように、あたし達は曹孟徳と同じ未来しか見てないんだ…そういうもんさね」 「…そっか」 振り向いた曹操の笑顔は、何処か寂しげだった。 「さ、もう往っちまった連中は放っておいて、これからのことを考えようぜ。まだまだ、先は長いんだからな」 「ん…そだね」 眼下には、棟から去って行く二人の姿が見えた。 かつて課外活動で己の覇道を貫こうとした少女と、それを支えた名臣は、今や只の一生徒でしかない。しかし、彼女等はそれでも、よき友で在り続けることを選んだようだった。 いや、多分、これからふたりは本当の"友達"になるのかもしれない。 曹操の目には、それがあまりに寂しくも見え、羨ましくも見えた。 「ね、奉孝」 「何だ?」 「もし…もしもだよ、あたしが本初みたいになったら、キミはあたしについてきてくれるかな?」 一瞬、呆気に取られる郭嘉。次の瞬間、さも可笑しそうに笑う。 曹操は少し不機嫌そうに、 「な、なんだよ〜、あたしは真面目に話してるんだよっ!」 「ははは…そんなこと、させねぇよ…あたしの命に賭けても、会長を袁紹みたいな目に合わせやしないさ」 「もしもだって言ったじゃん」 「…その、もしも、もありえないさ。絶対に」 微笑んだ彼女が見上げる空は、何処までも青く澄みきっていた。 最期の言葉は、その身に待ち受ける、あまりに過酷な未来をも覆せるようにと…そんな彼女の願いもこめられているようだった。 (終わり)
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