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559:海月 亮 2005/02/10(木) 21:55 -邯鄲の幻想(まぼろし)- 冀州校区、ギョウ棟。かつては邯鄲棟と呼ばれ、先代、先々代の学園混乱時代から、この地屈指の堅城として知られる棟だ。袁氏生徒会役員の残党と、曹操率いる蒼天会との戦いも、この地の陥落をもって一区切りのついた形だ。 「ようやく、落ちたな」 「そうね〜、こんなに梃子摺るなんて、思ってもみなかったなぁ」 そのギョウ棟がよく見渡せる小高い丘の上に、二人の少女が立っていた。その腕には、蒼天会役員であることを表す腕章と、その身分を表す紙幣章をつけている。片一方の、小柄で赤みがかった髪の少女のつけているのは、学園組織の中でも数名しか存在しない一万円章だ。 小柄な少女は、いまや蒼天生徒会を掌握する、蒼天会長の曹操。 その傍らに立つのは曹操幕下きっての参謀・郭嘉。 「会長、ギョウ棟の主将、ご命令通り捕縛いたしました」 「ん、ご苦労様」 報告に駆けつけた少女に労いの言葉をかけ、 「でさ、何人か集めて棟の執務室を掃除しといて。例の娘は、別の部屋で待ってて貰うように…くれぐれも、丁重にね」 「畏まりました」 命令を受けた少女は再び、本陣のほうへ駆け戻っていく。 「…会長、あんたマジであいつを口説き落とすつもりか?」 「もっちろん。アレだけの逸材、放っとく手は無いでしょ」 「…きっと無駄だと思うけどなぁ…」 呆れ顔の郭嘉を他所に、曹操はこれから会いに行く少女にどんな言葉をかけようか、どう用いようかと、そのことで頭が一杯になっているように見えた。 宛がわれた部屋で、少女は椅子に腰掛けたまま項垂れていた。 飴色の光沢がある髪を、スタンダートなツインテールに纏めている髪型は幼い印象を与えるが、その幼い顔立ちのせいか良く似合っている。笑えばかなりの美少女のように思えるが、その鳶色の瞳は虚ろで、何の表情もみせていない。 手は布で戒められているが、その布は手触りこそ柔らかだが恐ろしく丈夫な、学園の制服にも使用されている特殊素材だ。かつて「鬼姫」と恐れられた呂布の力を以ってしても、紐状に捻ってあるこの布を引き千切ることが出来なかったと言うウワサがある。 その少女の名は審配、綽名して正南。かつてこの地を治めていた実力者で、曹操との戦いに敗れて失意のうちに引退した袁紹の専属メイドのひとりであった。袁紹が学園に覇を唱えるべく動き出すと、その才覚を見出され、参謀として抜擢された逸材だ。自分を認めてくれた袁紹への忠誠心は正に鉄石、その遺志を奉じ袁尚の副将としてギョウ棟の守備を任されていた。 そう、「いた」のだ。 彼女はギョウ棟を追われてしまった主・袁尚の留守を護り、迎え入れるために必死に棟を護ってきた。曹操の腹心・荀揩ネどは彼女を「我が強くて智謀に欠ける」なんて酷評していたが、その指揮能力の高さは曹操も舌を巻くほどだった。 攻めあぐねた曹操は、審配が従姉妹の審栄をはじめとした同僚達と不仲であったことを利用し、離間の計で内部から切り崩したのだ。ギョウ棟を守った忠義の名将は、哀れにも身内の手によって戒めを受けることとなった。 「いい様ね、正南先輩」 不意に扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。 黒髪をポニーテールに結った、真面目そうな雰囲気の少女。先に袁氏を見限り、曹操の傘下についた辛(田比)、綽名して佐治である。邯鄲陥落の直前に、審配とも顔見知りだったことから、降伏勧告を呼びかけてきた少女だ。 審配は一瞥し、再び視線を戻す。 「知ってますか? あなたがあの時投げ捨ててくれたティーセット、アレは私の宝物だったんですよ?」 審配は何の反応も示さない。 「此処の初等部に入学した際、記念に祖母が贈ってくれた大事なものだったんです」 独白を続ける辛(田比)の顔にも表情は無い。いや、正確にいえば、感情を努めて押し殺しているように見える。 「…だから…何」 一拍置いて、審配はようやく口を開いた。 「宝物を壊された仕返しに、私をこの窓から放り投げてやるとでも?」 「…!」 相変わらず表情は無いが、抑揚の無い声には、明らかな蔑みの響きがある。辛(田比)の表情は、見る間に険しくなっていった。 「折角あんたの頭を狙ってやったのに、外したのが残念…」 「貴様ぁぁー!」 刹那、辛(田比)は怒りで顔を紅に染め、審配を無理やり立たせると、その顔面へ向けて思いっきり拳を振り下ろそうとする。 「はい、そこまで」 その拳が、寸前で止まる。手首を捕まれた辛(田比)が振り向くと、曹操を始めとした蒼天会幹部の面々が何時の間にか立っていた。手首を掴んでいるのは、曹操が最も信頼するボディーガード・許チョ。この緊迫した事態にあってもぽやんとした表情を崩さないあたりは、流石は許チョといったところか。 「曹操…会長」 「駄目だよさっちゃん。どんな事情があっても、捕虜の私刑はご法度なんだからね!」 そんな一連の事態の渦中にあっても、審配の表情は相変わらず、虚ろなままだった。
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