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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
616:海月 亮2005/03/16(水) 21:23
-銀幡流儀-
そのさん 「果てしない青空に誓う」
まるで雷鳴のような音がした。
しかし、痛みのようなものは何処にもない。目を開けたふたりが見たのは、鮮やかな一対の羽飾り。
「…間一髪、だな」
「興覇先輩!」
甘寧は振り向いてふたりの無事な姿を確認し、口元を緩めた。次の瞬間、猛獣のような咆哮とともに、力任せに張遼の身体を後方へ突き飛ばした。
「…ぐ…!」
不意を突かれた張遼は大きく間合いを離されたが、それでも難なく踏ん張ってみせていた。
間髪いれず、茂みの中から飛び出してきた"銀幡"の少女達が、凌統と丁奉のふたりを護るように集まってきた。
「よし、そのまま行けッ!」
「おのれッ…!」
甘寧の合図とともに少女達が凌統と丁奉を抱えて逃げ出すのと、体制を立て直した張遼が再び踏み込んできたのはほぼ同時だった。
甘寧はその前に立ち塞がるように滑り込むと、再び覇海を縦に構えてその剣を受け止めた。
「そうはいかねぇぜ大将、ここからは俺様が相手だ」
「ふ…そう言えば貴様にも、蒼天会旗奪取の屈辱の件で、叩きのめす理由があったな…甘寧!」
「報恩と報復、それが俺達"銀幡"のモットーだ…てめぇがかましてくれた上等の礼、気にいったか?」
「ほざいてくれる…」
膂力は互角。少女同士の立ち合いとは思えない鍔迫り合いは、張遼が不意に力を緩めて後方へ飛びのいたことで均衡が崩れた。
「…!?」
勢い余ってバランスを失った甘寧。
その隙を逃すことなく、張遼は踏み込みと同時に袈裟懸けの一撃を繰り出してきた。
茂みの中でその様子を見た丁奉が堪らずに叫んだ。
「先輩!」
「ちっ…甘ぇんだよ!」
驚異的なバランス感覚で踏み止まった甘寧は辛うじてその一撃を払い返した。
しかし張遼は怯むことなく、その刹那の間に剣を柳生天に構え直す。
(!)
甘寧の背筋に一瞬、悪寒が走った。
先に放った"仏捨刀"はオトリ。本命は、この構えから繰り出される"逆風の太刀"。
「これで、終わりだッ!」
火の点くような速度と勢いで、逆風に切り上げられた竹刀の一撃が、甘寧のがら空きになった左脇腹へと吸い込まれていった。
かしゃん、と音をたてて、グラスが床で砕けた。
「わ! 仲謀様っ、大丈夫ですか!?」
「あ…う、ううん」
谷利が慌てて箒と塵取りを持ってきて、破片を手際よく片付ける。
「ダメですよぼーっとして…仲謀様、どうかなさったんですか? 顔色、良くないです」
孫権のただならぬ様子に気づいた谷利が、心配そうに主の顔を覗き込む。
「あ、えと…大丈夫だよ…ごめんね阿利」
「…そうです、大丈夫ですよ…興覇さんだったら、きっと巧くやってくださいますよ」
あわてて取り繕ってみせる孫権の心中を悟ったのか、谷利はそう言って元気付けようとする。
「うん…」
しかし、孫権の胸騒ぎは収まる気配を見せようとしない。
窓の外を眺める孫権の表情は、今にも泣き出しそうなくらい、不安に満ちていた。
ふたりは技の極まった体制で、ピクリとも動かない。
少女達も茂みの中で立ち止まり、その光景に釘付けにされている。
「…捕まえたぜ」
「な…!」
見れば、甘寧は技を極められた状態で、脇腹と肘で竹刀を受け止めている。
甘寧は技の極まる一瞬、僅かに前へ踏み込んで、鍔元を受けたことでダメージを減殺したのだ。
「今度は、こっちの番だ…喰らえッ!」
甘寧は張遼が見せた隙を逃さず、その肩口を掴んで思いっきり頭突きを食らわせた。
「ぐあ…!」
直接、脳へダイレクトに伝わった強烈な衝撃に、さしもの張遼も大きく体制を崩した。
軽い脳震盪を起こした彼女の膝が地に付く。
「よし、今のうちにずらかるぞ!」
「くっ…待てッ!」
「待てと言われて待つバカはいねぇよ! あばよ、張遼!」
甘寧が茂みに飛び込み、少女達とともに逃げ去るのを、張遼はただ眺めていることしか出来なかった。
それから数刻、凌統と丁奉の救出に成功した甘寧ら"銀幡"軍団は、引き上げにかかっていた周泰の軍団と合流し、誰一人欠けることなく濡須棟へ帰還してきた。その際、甘寧は帰路に立ちふさがった蒼天会の一軍を散々なまでに討ち散らし、その将と思しき少女を負傷させるという活躍を見せた。
その討ち漏らした少女が何者だったかなどと言うことは、甘寧以下誰も知ることはなかった。ただこの日の一戦で、蒼天会でも夙に名の知られた良将・李典が帰還中の長湖部軍と遭遇し、それとの戦闘によって受けた怪我が元で引退を余儀なくされたという記録が残っている。
この二つの記録に整合性があるのか否か、はっきりはしていない…何しろ、その記録もいわゆる風説の類であり、その根拠として信用できる史料がないのだから。
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