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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
654:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 17:56 [nworo@hotmail.com] 「全員、まだよー」 少女が微笑みすら口元に浮かべながら目の前の敵を睥睨する。 彼女の前には1000人にも届こうかという敵の一団が、そう、彼女に向かって突進してくる。 その迫力たるや無様に泣き叫んで許しを乞うても誰からも批判されることはないだろう。 それが戦場のプレッシャーというものである。 だが彼女は微笑み…… 「はい、よく我慢したね。んじゃ撃とうか」 軽い調子でタクトを振るかのように自分の後方に控えていた少女たちに指揮を飛ばす。 我慢に我慢を重ねた少女たちは手にしたエアガンを一斉に放つ。 策もなにもなく、ただ1人の少女だけを目標に突撃を敢行していた一団はそれだけでパニックに陥り…… 「た、退却だー」 やがてその声に従うように隊列を崩したまま撤退していく。 「追撃しますか?」 「んー、こっちも陣形を整えるのに時間かかるでしょ。今は撤退させてやろっか」 部下の言葉に気楽に言い放ち、そしてふと気づいたようにわざとらしく額の汗をぬぐうふりをした。 「あー、緊張した」 少女……王昶はににっと笑いながら言った。 策を投じる者〜王昶の場合〜 長湖部は揺れていた。 絶対的なカリスマである部長、孫権もその長きに渡る統治により水を淀ませている。 のちに二宮の変と呼ばれる事件により陸遜という稀代の名主将は放逐され、また部長、孫権ももはやすでに引退時期を考えている、という風のうわさすら流れていた。 そんな時期、荊・予校区兵団長の王昶が生徒会に1つの提案をした。 「孫権って最近、能力持ってる人間を次々トばしちゃって、しかも後継者争いなんかさせちゃってる状況みたいなんですよー。今のうちに長湖部を攻めたらいけるとこまではいけると思うんですよね。白帝、夷陵の一帯とか黔、巫、シ帰、房陵のあたりなんて全部、長湖のこっち側ですからね。あと男子校との境目だから混乱も起こしやすいし。今が攻め時、お得ですよ!」 生徒会はその進言を受け入れ、荊州校区総代の王基を夷陵へ。荊・予校区兵団長の王昶を江陵へ進撃させた。 荊州校区に熱風が吹き荒れる。 「しまったなぁ」 王昶は頭をかきながらぼやいていた。 眉間にはしわ、しかも相当深い。 「大失敗だぁ」 誰にともなく呟き、ため息をつきながらがっくりとうなだれた。 彼女の眼前には江陵棟の威容がそびえていた。 王昶は緒戦で長湖部の施績を完膚なきまでに打ち破った。 施績はそれにより江陵棟まで撤退せざるを得なくなった、それはそれで完全勝利といえる。 精神的優位に立った王昶はそのままの勢いで攻め続ける……そのつもりだった。 「まさか校舎に閉じこもったまま出てこないとわ……」 本日何度目かのため息。 王昶は撤退した敵はそのままある程度持ち直したら逆襲してくると考えていた。 そのまま校舎に閉じこもるなど思いもよらなかった。 だがそれはそれで正しいといえる。 一般的に篭城を打ち破ろうと思えば10倍の兵力が必要といわれる。 しかもそれで勝ったとしても多大な犠牲込みである。 兵力に劣り、さらに策謀に劣ったとしてもこうしてひたすら閉じこもり援軍を待たれれば疲弊するのは王昶の側である。 当然、王昶としても疲弊を望んでいるわけではない。 だからこそ…… 「しまったなぁ……多少、強引でも追撃して校舎に立て篭もらせないようにすべきだったか」 ……なのであった。
655:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 17:56 [nworo@hotmail.com] 「ん〜」 少しだけ考えて…… 「よし!」 王昶はパシンと両の頬を自分で叩き気合を入れる。 このあたりの切り替えの速さは名将の素質といえるだろう。 そのままアウトドア用の折りたたみいすに前後逆に座り両の頬に手を当てたまま目をつぶって前後に動いた。 「お姉ちゃ〜ん」 不意に響くどピンクのその声に王昶はびっくりしてバランスを崩す。 そして受身も取らずにいすに座ったまま後ろに倒れ、後頭部を地面に打ち付けた。 結構いい音がした。 「……っ……っっ……!?」 後頭部を抑えてうずくまる。 これは痛いですよ、実際。 「ど、どしたの、お姉ちゃん。なにやってるの」 「な、なにやってるように見える?」 痛みがようやく引いたか、しかし涙目になって王昶は自分のことを『お姉ちゃん』と呼び心配そうに見下ろす少女……王昶の妹で名前を王渾、あだ名は玄沖という……を据わった目で見返した。 「えっと……遊んで、ないよね?」 「当たり前でしょ」 不機嫌に勢いをつけて上半身だけ起こしながら王昶は王渾を見た。 「玄沖、あんた、ここは公の場所であって私は主将、あんたはその部下なんだから『お姉ちゃん』はやめなさい。ほかのひとに示しがつかないでしょ」 「う、うん。ごめんなさい、お姉ちゃん、じゃない。主将」 王渾の受け答えに王昶は転んだせいではないたぐいの頭痛を覚えた。 「……で、なんだって?」 眉間を揉みほぐしながら王昶は王渾に尋ねる。 「うん〜。おね……主将がこれからどうするのかなぁ〜、って」 「どうするのか、って?」 王昶の反問に王渾は少し困ったような顔をした。 「う〜んと、ほら、校舎って攻めづらいから……う〜んと、なんで攻めづらいのかって説明しにくいけど……う〜。もしおね……主将が校舎をそのまま攻めるつもりなら止めなきゃって思ったの」 王渾のたどたどしい説明。 しかし悪くはない。 もしここで校舎攻め強行なんぞを提案してきたらはったおしているところだ。 「じゃ、具体的にはどうする?」 「え、う……え〜と」 そこまで考えていなかったらしい。王渾は目を白黒させた。 まぁ、いいか…… 校舎攻めが下策ってことを看破しただけでここのところは及第点としておいてやろう。 「玄沖、見ておいで。『お姉ちゃん』が戦い方を教えてあげる」 地面から上半身を起こしたままの格好で王昶は不適に微笑んだ。 施績は江陵棟の執務室で落ち着き払いタンブラーに入ったブレンドコーヒーを飲んでいた。 戴烈と陸凱の救援隊が今、江陵に向かっていることは知っていたし、諸葛融にも援軍を要請していた。 敵がある程度の能力を持っているやつらなら援軍到着前に撤退するだろうし、もしなんの取り柄もない無能モノが敵の主将なら大きい勲功を上げることが出来る。 私の役目はそれまでずっと校舎に立て篭もっておくことだけだ…… 施績は余裕の笑みでタンブラーを傾け…… 「し〜せきちゃ〜ん、あ〜そ〜ぼ〜!」 ……思わずタンブラーを手から滑らせた。 「な、なに!? なに、さっきの声は!?」 床で転がったタンブラーを踏みつけ、転びそうになりながらなんとかバランスを保つ。 「誰か状況を説明しなさい!」 取り乱した施績の言葉に部下の鍾離茂が駆け寄る。 「え、っと……説明するより窓の外をご自分で見ていただいたほうが……」 なにやら言いにくそうな鍾離茂にクエスチョンマークを頭に浮かべながら施績は窓の外を見る。 敵主将、王昶がたった1人で拡声器を持っていた。
656:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 17:57 [nworo@hotmail.com] 「し〜せきちゃ〜ん、あっそびっましょ〜」 遊びましょ、って…… おびき寄せるにしてもあまりにも幼稚な方法に苦笑を禁じえない。 これは敵は無能だわ。援軍到着と同時に大勲功かなぁ…… ここで大出世しちゃうのは悪くないなぁ…… 施績は頬の辺りが緩むのを感じた。 「もぉ〜、しせきちゃん、いけずだね〜。遊んでくれないんだったら帰っちゃうぞ〜」 帰るの? だったらそれはそれで悪くはない。 敵壊滅には劣るけど江陵棟を守りきるだけでも十分な功績だ。 「それにしてもここらへん湖が近いからかな? 寒いね〜」 寒いか? 施績は校舎を守りきった人間の余裕で王昶を見る。 あいつはしょせん敗残者だ。 ここを守りきった私の足元にも及ばない。 「あ〜、鼻水出てきた……ハンカチハンカチ」 ……いや、そんなことをいちいち拡声器を通していわなくても。 苦笑する。 「チーン」 鼻をかむ音がやけにリアルに響く。 施績は吹き出しそうになった。 「ん? なにこれ?」 王昶の不思議そうな声が拡声器を通してあたりに響く。 なにがなんだというのだ? 「ん? ……んー?」 ハンカチ、にしてはやけに大きい…… 「あー」 ハンカチ、のようなものを広げた王昶が照れの混じった声を出す。 施績はすでにそんな声など聞いていなかった。 王昶が鼻をかむのに使ったのは長湖部のジャージだった。 施績の頭が真っ白になる。 泣き笑いのような表情のまま…… 「鍾離茂、全軍特攻準備を」 「……はい、わかりました」 鍾離茂も真っ白な頭のままで無表情に言う。 あいつらは長湖部の魂を踏みにじった。 この罪はトんでも償えない。 王渾は手近な建物に身を潜めながら姉の言葉を聴いていた。 「おね……主将いじわるだよぉ」 敵ながら長湖部の連中がかわいそうになる。 敵が校舎から総攻撃をかけようと出てくるのが見えた。 「……ふぅ」 息をひとつ大きくつき心を落ち着かせる。 戦場が頭にリアルに思い浮かんだ。 「じゃ……とっつげき〜!」 王渾の指揮で伏兵が熱い奔流となり、指揮系統のない狂乱の群れの横っ腹に突き刺さった。 凱旋。 圧倒的勝利を収め帰途につきながら…… 王昶は遠く長湖を眺めた。 あれだけ混乱した状態でありながら結局は湖を渡ることが出来なかった。 本格的に湖を渡るには……時間が必要か…… 横で嬉しそうににこにこ笑う妹を見る。 「玄沖、長湖はお姉ちゃんの代じゃ渡れないかもしれない」 王渾は笑いを収めて敬愛する姉を見た。 「もちろん私だって出来る限りの手は打つつもり……でももしお姉ちゃんが長湖を渡れなかったら……玄沖が渡るんだよ」 一瞬、王渾は不思議そうな顔をし…… 「うんっ!」 元気に頷いた。
657:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 17:58 [nworo@hotmail.com] 雑号将軍様が投稿しようとかいってらっしゃる空気を読まずに『策を投じる者〜王昶の場合〜』です。 タイトルの前に1シーンあるのはちょっとアニメっぽく、って感じですかね。 というか3つに分けたのに3つ目だけ省略されてしまった……orz 嘉平2年(250年)のこの戦いは赤壁なんかと同じで魏と呉でまったく書かれ方が違うんですよねぇ。 魏書だと戴烈&陸凱とか出てこないし!(戴烈&陸凱の記述は呉主伝参照のこと) 呉側から見た場合は……海月様に書いていただくとしましょうか(笑 あ、ちなみに王渾ちゃんはのちに呉討伐戦で建業一番乗りを王濬ちゃんにとられちゃったのでダダをこねちゃうんです。 「私が〜! 私が建業一番乗りしなきゃいけないのに〜! 私が〜!」 机をバンバン叩きながら超涙目。かわいいデス。 次回は『策を投じる者〜王基の場合〜』です。 ホントは当時、同時行動した州泰の場合も書きたいんだけど〜……州泰はねぇ〜…… 資料がなさすぎで…… とりあえず州泰が戦った相手やら、なんか情報お持ちの方がいたら教えてほしいのデスよorz
658:海月 亮 2005/06/14(火) 22:25 >王昶 「どおきのきづな」でもいい味出してましたが…やってることがエグくていいですな。 史実では馬に奪い取った鎧と兜をつけた首を乗っけて城の周りを駆けさせたらしいですが…。 >呉側で… 王昶伝では挑発に乗って出た朱績(施績)の軍を散々に打ち破ったってありますが、朱績伝だと逆ですからね。 朱績は退却する王昶の軍を追撃したんだけど、諸葛融の軍が来なくて不利に陥ったって書いてあったし。 そういえばおいらは東興堤しか書いてないや。 >州泰 一応魏書昜伝におまけで州泰伝がありますぜ御大。 それによれば、裴潜がまず従事として召し出したのですが、孟達が反逆した時司馬懿の軍に従軍して、そのとき軍を先導してたんだそうです。 当時州泰は両親と祖父を立て続けに亡くして喪に服してたようですが、司馬懿は彼の喪が明けるのを待って新城太守に抜擢したんだとか。 司馬懿は宴会で鐘ヨウに州泰をからかうよう仕向けたんだけど、州泰は見事に言い返して見せて喝采を浴びたとか。 後にはエン州、豫州刺史を歴任して高い治績を上げたとあります。 字が伝わってないのは、彼が平民の出だったせいみたいですが。 おいらも一本書いてる途中だけど…小分けして出してもあれなんで自粛するかな。 交州でのある人のお話。多分に異論が出そうです(^_^A
659:海月 亮 2005/06/14(火) 22:36 >州泰補足 結局州泰伝も、そのくらいしか書いてないわけでして。 州泰が出向いたところに誰がいたか、なんて話は呉書にも書いてなかったですし…。
660:北畠蒼陽 2005/06/14(火) 22:45 [nworo@hotmail.com] >王昶 いっや、彼女、それくらいやるだろう、と(笑 エグいのダイスキデス!(笑 ま、実際、兵書を書いてる程度には軍事に精通してるみたいなんで曹操のすでにいないあの時代では屈指の指揮官だったと思うのですよ。 >州泰 おー、さっそくチェック! ……なるほど、確かに司馬懿に新城太守に任命されてますね。 ただ問題はこの250年の戦いでは州泰はすでに新城太守なんですよね(王昶伝参照) この戦いのことが書いてある資料はないのかー! ないのかー! とりあえず調べていただきありがとうデスよ。 まさか昜伝に書いてあるとは^^; >交州 あのひとか!? それともあっちか!? わくわくしながら待ってますデスよ♪
661:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:44 ■影の剣客 その一 この年の一〇月、この蒼天学園を根本から揺るがす大事件が起こった。 なんと張角をはじめとする「オペラ同好会」の会員が蒼天学園東部で一斉に蜂起したのである。それはもはや革命だった。 参加者は「オペラ同好会」の会員にだけにとどまらず、一般生徒も加わり、その数は見当がつかないほどだ。 この集団は「黄巾党」と呼ばれた。それは指導者である張角がいつも黄色のスカーフを巻いていたのにあやかって、参加者全員がどこかに黄色のスカーフを巻いているからである。 そして、その黄巾党の大軍が蒼天学園の首都ともいえる洛陽棟まで迫ろうとしていた・・・・・・。 そしてそんなある日の早朝 「皇甫嵩。そなたに左軍主将の位を与える。この学園の平和を取り戻すのだ」 「はっ、我が身に変えましても」 静まりかえった会場に、マイクを通した声が響き渡る。ここは司隷特別校区、洛陽棟の第一体育館。床には真っ赤なカーペットが敷き詰められ、その中央に大きな舞台が設けられている。 その舞台に立つのは二人の少女。ひとりは無表情で渡された文章を棒読みしている少女。彼女はこの蒼天学園の象徴である蒼天会会長・霊サマ。そして、いま一人・・・・・・皇甫嵩と呼ばれた少女は屹立して、それを聞いていた。 そして、少女はうやうやしく、任命書と金の勲章を受け取り、一礼した。 同時に一般生徒は少女にわれんばかりの拍手を送る。 この少女の名は皇甫嵩。親しい者は義真と呼ぶ。蒼天学園一の用兵巧者との誉れ高い人物である。今の蒼天学園を救うことができるとしたら、彼女、以外には考えられないだろう。 しかし、与えられたのは「黄巾党」討伐の総司令ではない。彼女に与えられたのは一方面軍の指揮官という役職で、総司令となったのは、また別の人物であった。 皇甫嵩は謀略だと気づき、自身の左前側に立っている、おかっぱ頭の女生徒を鋭い目つきで睨み付けていた。 その鋭い眼光で睨み付けられている、少女はすくんだ身をなんとか動かし、皇甫嵩から目をそらすことに成功した。 この皇甫嵩という少女は、このおかっぱ頭の少女たち、つまり蒼天会秘書室と正面から対立している。そのため、秘書室としては皇甫嵩の名声を高めるようなことは極力したくないのだ。 自らの地位を守ることしかできない。そんな秘書室に皇甫嵩は憤りを感じていた。 しばらくすると、皇甫嵩は憤りを押さえ込んで、一般生徒の方に振り返り、微笑を浮かべ右手を挙げてその拍手に答えようとした。 そのとき。まさにそのとき―― キャーという黄色い悲鳴が一斉に沸き起こったのである。なかには、涙を流している者さえいる。 皇甫嵩はこの歓声に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 彼女のすらっとした長身から発せられる男口調は一部の腐女子から偏った影響を受けているため、今日みたいなことがあると、こういうことになる。 もちろん皇甫嵩にその気はないのだが・・・・・・。 会場からでできた皇甫嵩を待っていたのは、最愛の友たちであった。 「義真、頑張ろうね!」 「ああ、もちろんだ!公偉」 皇甫嵩が多少顔をほころばせ、赤髪の少女としっかりと握手を交わす。 面倒な行事が終わりほっとしているのだろう。 彼女は朱儁。親しい者は公偉と呼ぶ。彼女もまた、黄巾討伐の一方面軍の指揮を任された逸材である。 皇甫嵩は朱儁の横にいた、もう一人の少女を見た。 「義真・・・・・・」 腰までありそうな緑色の長髪を赤いバレッタで結んだ少女が、力なく言う。その少女はただただ地面だけを見つめていた。 彼女は盧植。親しい者は子幹と呼ぶ。彼女こそが今回の黄巾討伐軍の総司令であった。 「どうした、子幹。顔色が良くないぞ?」 盧植を見た皇甫嵩があわてて言う。 それに盧植はうつむいたまま、呟くように答えた。 「・・・・・・私に司令官なんて、できるわけない・・・・・・。義真と公偉は別働隊で行っちゃうし、建ちゃん(丁原)は食中毒で倒れちゃうし・・・・・・。どうすればいいのかわからないの・・・・・・」 「そんな顔をしていてどうするんだ。それじゃあ、指揮に関わるぞ」 「・・・でも・・・・・・」 皇甫嵩の励ましはなんの効果もなかった。盧植はがっくりと肩を落とし、その声は今にも消えそうだった。 「子幹・・・・・・不安なのはわかる。私だって今回の作戦が成功するか不安だ。だがそんなことは言ってられない。ここで逃げたら、いったい誰がこの学園を守るんだ?だからお願いだ、子幹。今はその不安を押し隠してでもいい。総司令として、頑張ってはもらえないか?」 皇甫嵩は子どもをあやすように優しく語りかけた。 盧植は顔を上げて、皇甫嵩を見つめた。距離にして30センチ強。その潤んで光る盧植の両目を皇甫嵩はしっかりと見つめ返した。 そして、盧植が恐る恐る、口を開いた。 「・・・・・・ええ、そうね。私は総司令。弱音なんか吐いちゃいけないのよ・・・・・・。わかってる、わかってるの・・・・・・だけどっ!」 ついに堪えきれなくなった盧植の身体は地面から離れ、そして皇甫嵩にもたれかかってきた。 「おっ、おい!子幹!」 なんとか盧植を受け止めた皇甫嵩だったが抱きしめる形になり、あたふたしている。 皇甫嵩の狼狽ようは尋常でなく、眼をキョロキョロさせ、顔を真っ赤にして盧植から視線をそらす。 もちろん確信犯の盧植は離れる様子など無い。 「ごめんなさい・・・・・・。義真。帰ってくるまではもう絶対、弱音なんか吐かない・・・・・・だから、今だけ、泣いてもいいよね・・・・・・?」 盧植の嗚咽が自分の顔のすぐ側から聞こえることに皇甫嵩はますます困惑して、顔をしかめた。 しかし、皇甫嵩にはどうすることもできなかった。 「あ、ああ・・・・・・」 皇甫嵩はそれだけ言うと、盧植の長い髪をゆっくりと撫でてあげた。 盧植はただただ泣きじゃくっていた。 このとき、カメラのシャッターを切る音がしたのには、だれも気づいてはいなかった。 「・・・・・・義真に子幹。わ、私、兵の訓練をしなきゃいけないから、さ、先に行くね!そ、それじゃっ!」 居たたまれなくなった朱儁はそれだけ言うと、その場から逃げ出すように、猛スピードで走っていった。 それから、数分後。 「ありがとう。義真。おかげで楽になったわ。ごめんね。変なことしちゃって・・・・・・」 顔と眼を真っ赤にした盧植がそう言った。皇甫嵩は咎める様子もなく、ポケットから何かを取り出した。 「私からの総司令就任祝いだ。・・・・・・その、なんだ、一緒に戦場に行ってやれないせめてもの償いというやつだ。それなら、寂しくはないだろ?」 皇甫嵩は自分の言葉に恥ずかしさを感じ、口元を手で覆うようにして、照れ隠しした。 そして盧植の後ろに回り込むと、持っていたあるものを盧植の首からかけてあげた。 それは細い銀色のチェーンに繋がったロザリオだった。 「これ・・・。ありがとう、義真。これなら私、頑張れそう!・・・・・・でも、義真、知ってたの?自分が総司令になれないこと・・・・・・」 盧植は目を光らせ、大事そうにロザリオを両手で包み込んでいる。 「ふっ、薄々とはな。今の蒼天学園は秘書室が支配しているようなものだ。 そんな世界で、秘書室と仲の悪い私が総司令に慣れるはずもないだろう」 皇甫嵩は苦笑しながら言う。 その眼は雲一つ無い青空を見つめていた。 「そうね。変わってしまったのね。なにもかも。・・・・・・義真、私もそろそろ行くわ。このロザリオ大事にするからね。今日はありがとう。おかげで楽になったわ。公偉(こうい)によろしく」 「元気になったならよかった。さっきも言ったが、子幹ならできる。頑張れよ。子幹。絶対に飛ばされるなよ」 「義真も・・・・・・」 二人はそう言うと、皇甫嵩は東側に、盧植は西側へと歩いていった・・・・・・。
662:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:50 ■影の剣客 その二 グランドの前にある何かのクラブの部室で待っていた朱儁はニタニタしながら、現れた皇甫嵩に話しかけた。 「あっ、もう、子幹との愛の誓いは済んだの?」 「なっ!何を言う。そんな誓いなどしていないっ!断じてない!そんなことよりも、黄巾党の動きはどうなんだ?」 戦況不利と判断した皇甫嵩が無理矢理話題を変える。朱儁もしぶしぶ、それを聞き入れると、話し始めた。 「今、あたしたちが倒さなきゃいけない敵は豫州学院校区にいる。その数は報告によると三〇〇人。義真とあたしの兵がそれぞれ四00ずつ。それからたった今、秘書室から作戦が通達されたのよ。これよ」 皇甫嵩は「秘書室」という言葉に顔をしかめて不快感をあらわにした。 そして、朱儁からその命令及び黄巾賊の情報がまとめられた書類を受け取ると、皇甫嵩は近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。 皇甫嵩は一通り目を通すなり低い声で言った。 「『敵は少数。そのため朱儁隊を先鋒とし、敵を壊滅させ、皇甫嵩隊は洛陽棟で命令あるまで待機』か・・・・・・。公偉。どうやら私たちの敵はどうやら黄巾の連中だけではないらしいな」 「あたし、一つのことしかできないからさ。今は豫州にいる、あいつらをどうにかしなくちゃいけない。それだけよ」 「前だけを見つめている公偉らしい意見だな。そういう公偉は好きだ」 皇甫嵩は少し恥ずかしげにそう言うと、足を組み、椅子にもたれかかった。 「ありがと!・・・それで作戦だけど、命令に逆らうわけにはいかないから、あたしが先鋒隊として四〇〇人を引き連れて出るよ。義真は許可が出たら来てくれればいいよ」 皇甫嵩は迷った。報告通り黄巾党の数が三〇〇人ならいいのだが、もし増えていたとしたら・・・・・・。だからといって、今出陣しなければ黄巾党の思うようにされてしまう。 「・・・・・・わかった。公偉、頼むぞ!私も許可がおり次第、直ちに援軍に向かう。それまで持ちこたえてくれればいい」 ここまできたら、これは賭だった。味方の報告を信じるしかなかった。 「まかせといてよ!黄巾賊なんかあたし一人でなんとかしてみせるよっ!」 そんな皇甫嵩の悩みに気づく様子もなく、朱儁は親指を上げてそれに答える。 そして、朱儁は愛用の深紅のリボンを結ぶと、部室から出て行った。 (頼むぞ、公偉。絶対に飛ばされるな) 皇甫嵩はそう願うよりほかになかった・・・・・・。 それから約一時間後・・・・・・ 「なっ、なんだと!公偉が敗れと!?」 部室で事務処理をしていた皇甫嵩に届いたのは突然の悲報であった。 「そ、それで、公偉・・・いや右軍主将はどうなったのだ?それ以前に敵はどうやって我が軍を打ち破ったのだ?」 皇甫嵩がいつになく動揺した様子で、報告に来た伝令に詰め寄る。 伝令は一歩後ずさりすると、息も絶え絶えに話し出した。 「敵はあらゆる所に兵を隠していたようで、我が軍勢は広場に差し掛かった所を賊軍に包囲され、朱儁主将はなんとか敵の包囲を脱しましたが兵の半数が飛ばされました。賊軍の将は波才。その数は一〇〇〇人に上るとのこと」 皇甫嵩は天を仰いだ。怖れていた事態が起こった。 しかし、皇甫嵩は怖れてなどいられなかった。 (十年来の友を助けねばならぬ!) 皇甫嵩は即座に決断した。 「悪いがもうひと働きしてもらいたい。これからこの場所に行って、そこにいるメンバーを一人残らず連れてきて欲しいのだ。私が呼んでいると言えば、納得してくれるはずだ。頼めるか?」 伝令が頷くと皇甫嵩は地図を手渡した。地図を受け取った伝令は、皇甫嵩に一礼する。そして、振り返って走り出そうとしたとき、それを皇甫嵩が呼び止めた。 「腕から血が出ているぞ。ちょっと待っていろ・・・・・・」 皇甫嵩はそう言うと、ポケットから消毒液を取りだし、傷口を洗うと、今度はまた別のポケットから大きめのばんそうこうを取りだし、その伝令に張ってあげた。 「これでよし・・・・・・と。悪いな、怪我しているというのに」 皇甫嵩は若干視線を下げるとそう言った。 伝令はぶんぶんと顔を横に振ると、一目散に地図に書かれた方へと駆けていった・・・・・・。 一〇分としないうちに、四〇〇人の女子生徒がグランドに集まった。 「これから、我らは豫州学院校区にはびこる黄巾賊を討ちに行く!しかし、我らの出陣は生徒会からは認められてはいない。これは私の独断である。故にこの出撃に異議のある者は待機していてくれればいい。もし私を信じて着いてきてくれるならば私と共にこれより出陣して欲しい!」 皇甫嵩が彼らの正面に立ち演説する。 彼女から滲み出る風格、威厳は蒼天学園に籍を置くいかなる者も上回ることはできないだろう。 しかしながら、そんな皇甫嵩といえども、軍律違反はとなればその罪を免れることはできない。 それでも皇甫嵩はやめようとはしない。学園を護るためには自分の階級章など惜しくはないということだろう。 この皇甫嵩の決死の覚悟は四〇〇人の生徒の心を大きく震わせた。 四〇〇人の生徒は歓声を上げると共に、一斉に竹刀を天に向けて突き上げたのだ。そして一人の女生徒が一直線に皇甫嵩を見つめ、問いかける。 もうこれは睨んでいるといった方が正しいのだろう。 「義真!なに三年間も一緒に剣道やって来て、水くさいこといってんの!私たちはみんな義真のことを友だちだと思ってるのよっ!義真は私たちを友だちとは思ってくれないの?」 その声には怒気が込められていた。 皇甫嵩はしばらく黙り込んだまま何も言わない。悩んでいるのだろう。 (友だちだと思っていないはずなどあるか。友だちだからこそ、こんないらない罪を着せるのは嫌なんだ。私はどうすれば・・・どうすればいい?) 耐えきれなくなったさっきの少女が皇甫嵩の胸ぐらにつかみかかる。 「なに迷ってるの!そんな暇があれば早く命令出しなさいよ!私たち義真のためだったら階級章なんか捨ててやるよっ!」 女生徒は皇甫嵩を見上げ、睨み付ける。 二人の睨み合いがしばらく続いたが、ついに皇甫嵩が声を上げて笑った。 「はっはっはっは!お前たちも馬鹿な奴だ・・・・・・」 「・・・・・・義真にはかなわないけどね」 二人はそう言うと、声高らかに笑った。もう皇甫嵩に迷いはなかった。 一つ深呼吸すると断を下した。 「よし、全軍、出陣するぞ!」 こうして皇甫嵩とその兵四〇〇人は出撃していった。 皇甫嵩隊四〇〇人は驚異的なスピードで行軍し、通常三〇分はかかる司隷特別校区から豫州学院校区までの道のりをたった一五分でやってのけてしまったのだ。 その甲斐あって、黄巾党が到着する一歩前に、彼女たちは豫州学院校区に数多く存在する校舎の一つである長社棟に立てこもることができた。 外に陣を張らなかったのは皇甫嵩が数的不利だと判断したからだ。 そして、防戦準備を整え終えたのと同じ頃、ついに正面のグランドに一〇〇〇人を超える人の群れがあらわれたのである。 そして、なにやら何人かの生徒が拡声器を手に取って歩いてくる。 「やーい、へなちょこ。くやしかったらでてきてみなさ〜い!」 罵声だった。それにまた数人の生徒が続く。 「あんたたちみたいな、おこちゃまなんか、家でおままごとでもしてなちゃ〜い!」 「あら〜でてこれないの〜?それとも腰が抜けちゃったのかなあ?え〜!おしっこ、ちびっちゃたの?もうだめね〜!」 罵声はやむどころかどんどんエスカレートしていく。 要は長社棟に籠城されて攻めあぐねた黄巾党は挑発して皇甫嵩たちを誘い出そうというわけだ。 ついに耐えきれなくなった一人の女生徒が、屋上からその光景を眺めていた皇甫嵩のところに詰め寄った。 「義真っ!もう頭、来た!今すぐ出撃の許可を出してちょうだい!」 皇甫嵩は首を二度、横に振った。 「いいか、戦とは実と虚の二つしかない。だからこそ、これら二つの組み合わせが肝要だ。あのような子どもにでもできる挑発しかできない奴らだ。後、二時間もすれば、おそらく彼らの語彙も尽き果てて、ぴくりとも動かない私たちに油断しているころであろう。我らがその隙をつき、そして、援軍を引き連れた朱儁隊が四方から攻め立てれば賊軍共は・・・・・・壊滅!する」 そう言うと、皇甫嵩は左手を腰に当てたまま、右手で竹刀を大きく振り上げ、そして、振り下ろした。 (公偉、頼むぞ。お前なら、私の作戦・・・・・・理解してくれるよな) 皇甫嵩は目を閉じ、後ろから吹いてくる風に髪をゆらせながら、そう自分を納得させると、棟長室へと戻っていった・・・・・・。
663:雑号将軍 2005/06/15(水) 21:51 ■影の剣客 その三 そして約二時間後・・・・・・ 時間は午後五時四〇分。沈み駆けた夕日のまばゆいばかりの光を背中に浴びながら、一人の少女が屋上からグランドを見下ろしていた。 彼女の見える光景は、もはや挑発の語彙が尽き果て、ただ馬鹿騒ぎをして挑発している者と、することもないので、弁当を食べている者のいずれかであった。 皇甫嵩は右目と上唇をつり上げ、そして、ニヤリと一流の殺し屋のような笑みを浮かべる。 そのニヒルな笑みが夕日のバックには面白いようにマッチする。 そして、皇甫嵩は決断した。 (今こそ攻める!) このときに備えて、皇甫嵩は二時間前から長社棟の倉庫にあった、百本近いロケット花火に爆竹と煙玉をセットし屋上に配置させていた。 屋上から戻った皇甫嵩は四人の部隊長を集めて作戦を発表した。 「まず、棟長は元々この長社棟にいた一〇名と共に屋上にセットしておいた、ロケット花火を遠慮無く賊軍の陣に打ち込んでくれ。打ち尽くした後は背後から敵の強襲を受けないように注意!では、棟長は直ちに準備にかかってくれ!」 棟長は皇甫嵩に一礼すると、準備のため屋上に駆け上がっていった。 それを見送った皇甫嵩は話を続ける。 「我らは賊軍が混乱を始めたと同時に敵陣に斬り込む!我らが『抜刀隊』の剣技を見せつけてやるぞ!我らは出撃まで昇降口で待機する」 皇甫嵩は両手でバンと机を叩いて立ち上がると、そう言いはなった。 午後六時 長社棟周辺が轟音に包まれた。ついに皇甫嵩の反撃が開始されたのだ。 屋上からは無数のロケット花火が流星雨となり黄巾党の陣に降り注いだ。 着地するたびにドーンという炸裂音が鳴り響く。 黄巾の将・波才は仮眠を取っていた急造仕様の小屋から飛び出してきた。 状況を確認しようにも煙のおかげで一メートル先も見えない。 波才はとにかく、敵の襲撃に備えなければならないと考え、小屋においてあった木製の薙刀を掴むと、必死に声を張り上げて事態を収拾しようとする。 しかし、彼女の声はロケット花火の轟音にかき消されて、味方の兵たちには届かなかった。 そんな、黄巾の陣を静かに見守っているものたちがいた。皇甫嵩率いる四〇〇人の精鋭部隊である。 「伝令!ロケット花火は全弾打ち尽くしました!」 屋上から一人の生徒が駆け下りて来るなり皇甫嵩に報告する。 皇甫嵩はこくりとそれに頷くと、声を張り上げて言った。 「これより我らは敵陣に斬り込む!全員藍色の鉢巻きは巻いているな。間違っても同士討ちはするな。よし、打って出る!」 皇甫嵩は竹刀を右手で握り直すと、四〇〇人の先頭を切って、走り出した。 正面にいた門番役の黄巾の兵士の胴を薙ぎ払うと、皇甫嵩を始めとする四〇〇人は一斉に斬り込んだ。 彼女らは目の前にいる黄巾の兵たちをばったばったと切り倒していく。 なかには竹刀を振りかぶり打ち合ったのだが、その竹刀が自分の顔面に跳ね返って脳震盪を起こし気絶する者さえいた。 皇甫嵩とその兵四〇〇人のだれもが黄巾党の兵三人を同時に相手にしていた。 それから数分後、五〇人ばかりのマウンテンバイクに乗った軍勢が戦場に現れた。その指揮を執っていた小柄な少女が戦場の光景を見渡す。 彼女の見た光景は凄まじいものであった。 脇腹を押さえてもがき苦しむもの。竹刀で滅多打ちにあっているもの。顔が腫れ上がっているもの、恐怖に泣き叫ぶもの。 その中で暴れ回っているのが皇甫嵩を中心とする部隊だと、その少女は気がついた。 少女はこの光景に足が震え、前に進むことができなかった。 「あ、圧倒的じゃない!こ、これが、皇甫嵩先輩の用兵・・・・・・」 そう言った少女の目は視点が合っていなかった。一種の錯乱状態に陥っていたのかもしれない。 そのとき、放たれた矢のような物体が凄まじいスピードで少女に迫ってきたのである。 その少女がそれに気がついたとき、それはもう数メートルの所まで迫っていた。 少女は身体が動かなかった・・・・・・いや動かせなかった。戦場にうごめく恐ろしいまでの気迫に少女は飲まれてしまっていた。 流星が少女にぶつかるほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ早く、後ろに控えていた長髪の少女がそれを自らの竹刀で弾き飛ばした。 「げ、元譲!」 「何ぼやっとしているんだ、孟徳!敵は乱れている。今が攻め時だろ?」 「そ、そうだよね!全軍攻撃!あたしたちの力見せつけてやるよ!」 正気を取り戻した少女は一度深呼吸をすると、一斉攻撃を告げた。 援軍が到着した頃、皇甫嵩は敵陣深くまで斬り込んでいた。理由はもちろんこの軍勢の指揮を執っている波才を飛ばすためだ。 皇甫嵩はただただ奥へ奥へと進んでいると、視界に数人の生徒を従え、薙刀を構える少女が飛び込んできた。 「貴様が波才か!?」 「そうよ!この計略は見事だった。けどね・・・・・・まだ終わったわけじゃないわよ!」 波才がそう言うと、小屋の中から数十人の生徒が飛び出してきたのである。 そうして、皇甫嵩の周囲は瞬く間に黄色の集団に囲まれてしまった。 「ふふふ・・・・・・。形勢逆転ね。冥土のみやげにその名前を聞いておくわ」 腕を組んだ波才が不敵にそう言う。 「私か・・・私は皇甫嵩。貴様ら悪しきものを破るために生まれてきた剣だ」 「なによ。かっこつけちゃって!みんな、やってしまいなさい!」 波才が断を下すと、まず三人の少女が皇甫嵩に斬りかかってきた。 皇甫嵩は大上段から斬りかかってきた少女の竹刀に合わせるようにして、下段から竹刀を振り上げた。 すると少女の竹刀は根本から砕け散ったのである。次に少女が目にした光景は皇甫嵩の竹刀がめり込んでいる自分の胴だった。 さらに体勢を立て直した皇甫嵩は右肩に向かって振り下ろされた竹刀を持ち前の見切りでかわすと、前のめりになった少女の首に皇甫嵩は手刀を見舞った。 そして左からの浮かび上がってくる竹刀は左手で持った竹刀を振り下ろして叩き折ると、間髪容れずに少女の脇腹に回し蹴りを決めた。 ここまでわずか6秒。皇甫嵩を囲んでいた少女たちは恐怖に顔をゆがめた。 「どうした。もうお終いか・・・・・・。貴様らにはもう、うんざりしていてな・・・・・・決めさせて貰うぞ!」 皇甫嵩はそう言うと、正面に突っ立ていた少女を逆袈裟に切り上げると、同時に横にいた少女の腹に蹴りを入れた。 そうして、皇甫嵩は流れた竹刀を引き戻すと、右手で自然に振り上げた形に左手を添えるようにして、上段に構えた。 辺りにぴりぴりとした緊張感が漂っている。竹刀を上段に構えた皇甫嵩の頬からついに汗が流れた。 (どうする・・・・・・。敵はざっと見て二〇人。周りに味方はない。多勢に無勢というやつだな・・・・・・。まったく、あの将軍様はいつもどうやってこの修羅場をくぐり抜けているのか問い詰めてやりたいところだ・・・・・・) 皇甫嵩が頭の中で皮肉を漏らす。 確かに今、皇甫嵩が置かれた立場は某時代劇番組に出てくる将軍様によく似ている。悪代官の屋敷で多数の手下に囲まれた将軍様・・・・・・敵将の陣近くでその配下に囲まれた皇甫嵩。そっくりである。 皇甫嵩が考えていると、ついに前後から二人の少女が斬りかかってきた。 前から向かってきた少女めがけて、皇甫嵩は竹刀を振り下ろす。少女は慌てて受けをとろうとしたのだが、気がついたときには右肩に重い衝撃を受けて、地面に叩きつけられていた。 そうして後ろから迫ってきていた少女の胴を振り返る際の回転力を利用して薙ぎ払おうとした。 しかし、皇甫嵩の竹刀は大きく空を斬った。なんと皇甫嵩は向かってきた少女は腰を曲げ、皇甫嵩の両足を掴もうとしていたのだ。 皇甫嵩は体勢が崩されていたので両足を掴むのは容易であった。両足を掴まれた皇甫嵩は、そのまま地面へ押し倒されてしまう。 そして、少女が皇甫嵩の階級章に手を伸ばした。 そのとき・・・・・・ 少女は首に衝撃を受けて皇甫嵩に倒れ込むようにして気絶した。 皇甫嵩がその少女をどかして、顔を上げる。飛び込んできたのは真っ赤な髪の少女。さらに髪のひとふさが逆立っている。 こんな少女は皇甫嵩の知り合いに一人しかいなかった。 「助かったぞ、公偉!」 朱儁だった。朱儁は皇甫嵩に気さくに笑いかける。 「なんの、なんの。義真、立てる?」 差し出された朱儁の手につかまるようにして、皇甫嵩は立ち上がった。 皇甫嵩が辺りを見渡すと、皇甫嵩を囲んでいた少女たちがばたばたと倒されていく。 戦っているのは朱儁が連れてきた援軍だった。 「ごめんね。義真。遅くなって。兵を集めてたら時間かかっちゃったっ!」 そう言って朱儁が舌を出す。 「構わんよ。さすが公偉だ。私の作戦に間に合うように来てくれたのだから・・・・・・」 「残念でした〜!義真の作戦に気がついたのはあたしじゃないのよね」 「なに!・・・・・・そうか、蒼天学園もまだまだ捨てたものではないようだ」 皇甫嵩は朱儁の答えを聞くと一瞬驚いたような仕草を見せたが、すぐに微笑を浮かべてそう言った。 「義真、あたしたちも行こっ!まだ敵は残ってるんだから」 「そうだな。よし!行くぞ!」 皇甫嵩はさっきの揉み合いで手放してしまった、愛用の竹刀を拾い上げると朱儁と共に地面を蹴って走り出した。 この戦いで皇甫嵩軍は大将の波才こそ討ちもらしたものの、七〇〇人あまりの黄巾党員を飛ばすことに成功し、その半数以上が骨折などで入院生活を余儀なくされた。 そして戦場には根本から折れた一〇〇〇本近い竹刀が残されていたという・・・・・・。
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