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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
675:海月 亮2005/06/17(金) 00:49
-蒼梧の空の下から-
第一章 「追憶」
交州学区、蒼梧寮。
今でこそ長湖部の勢力範囲となっている僻地、交州学区に籍を置く生徒たちの多くが生活の場とする場所である。
かつては士姉妹を初めとして、長湖部の勢力拡大を良しとしないものたちが互いに覇権を競い合ったこの地だが、呂岱、歩隲の活躍によりその問題勢力は一掃された。
後世、交州統治といえば歩隲と呂岱(あるいは、稀にだが陸胤)の名が挙がるのは、それだけ彼女らがこの地の統治に心血を注いだ結果であったと言って良い。
加えてこの地は長らく、長湖部の中央で何らかの不始末を犯した者達の左遷先、というイメージも持たれていた。
しかし、一般的な記録では「左遷されてきた」者達の中にも、別の目的があってあえてこの地へ来ることを望んだ少女が居たことは、ほとんど知られていない。
それもそのはず。
それはあくまで、後世の学園史研究家の間で「もしかしたら…」程度に言われる説のひとつに過ぎない。
その実情を知るのが、その当人を含む、ほんの数人の少女だけしか居なかったのだから。
蒼梧寮の前庭。休みの日で昨日からその住人たちは学園都市の中心街に出払ってしまい、すっかり人気のないその場所に、ただひとりだけ、彼女はいた。
この地に住む人種としては珍しい、柔らかそうなプラチナブロンドの髪。スタイルも背丈も、歳相応と言ったところ。
その出で立ちは学園指定の体操服、夏用の半袖とブルマという姿。真冬の朝に外に出るには心ともない格好だが、彼女は意に介した風を見せていない。
手にはその背丈と同じくらいある木製の棍が握られている。
彼女はふぅ、と一息つくと、その棍をゆっくりと構えた。
様になっている、というどころの話ではない。その構えは堂に入っており、全身から達人特有の気迫が感じられる。
「はっ!」
気合とともに、踏み込みから一閃。
そして立て続けに、連続で払い、打ち下ろし、打ち上げと技を繰り出していく。
ただ闇雲に振り回しているのではない。彼女の動きは、型通りの演舞から、次第に乱調子の動きへ変化するが、その動きにはまるで無駄が感じられなかった。もし彼女の目の前に人体模型でも置いてあれば、そのすべての一撃がその急所すべてを打ち据え、薙ぎ払い、衝きとおしていることだろう。
そして彼女は渾身の横薙ぎを放つと、そのままの勢いのまま最初と同じように構えなおした。彼女はこうした演舞を、何回かに分けて、既に一時間近く行っていた。それゆえか、季節外れの薄着でも、気にならないのも当然である。
彼女は一息ついて、構えを解こうとした…まさにそのときだった。
「!」
僅かに風を切る音が聞こえた瞬間、彼女は反射的に振り回した棍で何かを叩き落し、それを地面に押さえつけてから視認した。その間コンマ何秒という世界である。
その目に飛び込んでいたのは、己の棍と地面のアスファルトの間できれいにつぶされていた空き缶…と思われるものだった。
「お見事ですね」
拍手とその声が聞こえてきた方向には、ひとりの少女の姿があった。
棍を構えていた少女と、背丈は同じくらい。色素の薄い髪の、あどけなさを残した温和そのものといった表情が特徴的な少女…彼女こそ、この交州学区現総代・呂岱、字を定公である。
棍を地面に突き立てたまま、少女は苦笑した。
「…毎度毎度不意打ちを食らわせてくるなんて…あまりいい傾向とは言えないわよ、定公」
「そんな事言わないでくださいよ、ほんの挨拶程度じゃないですか」
「それはまた随分なご挨拶ね。仮にも二年年上の人間に空き缶を投げつけるのが挨拶とは畏れ入るわ」
「それはあんまりじゃないですか〜。だって先に“隙があったら何時でも仕掛けて来い”って仰ったのは仲翔先輩のほうじゃないですか」
「…そうだったかしらね」
少女は缶のなれの果てを、見事な棍捌きでかち上げ、近くにあったくず入れに放り込んだ。
棍の少女の名は虞翻、字を仲翔という。
元は会稽棟にその名を知られた名士・王朗の副官であったが、この地を席巻した小覇王・孫策の眼鏡に適い、長湖部の経理事務を一手に引き受けたほどの人物である。
孫策が思いもがけぬ理由でリタイアすると、そのあとを継ぐことになった孫権に仕え、張昭らと共に長湖部の活動を裏方でバックアップしていたのだが…彼女生来の歯に衣着せぬものの言い方と、正しいと思うことを憚りなく主張するその性格が災いして孫権の怒りを買い、ついには孫権の個人パーティーの席で失態を犯して左遷させられたのだ。
しかし、彼女が交州の地に送られた頃は、丁度帰宅部連合との一大決戦があって、その事後処理で政情不安定だった時期である。いくら虞翻の性格が災いしたとはいえ、人使いに長けた孫権が一時の怒りに任せて彼女ほどの逸材を左遷してしまったことは、後世学園史研究者の疑問の種となった。
その多くは結局、「二宮の変」に代表される孫権の狭量さを表す一事例、として片付けてしまった。
しかし僅かながら、そこに何か別の意味を見出した者達も、確かに存在していた。
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