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678:海月 亮 2005/06/17(金) 00:52 「本当に…これで良かったんですか、仲翔さん…」 「ええ…ごめんね、君や伯言にも不快な気持ちにさせてしまって」 そのパーティから数刻の後、荷をまとめる虞翻の元を敢沢が訪ねてきていた。 「構いませんよ。それにアイツには、折をみてあたしから事情を話すつもりだし」 「そんな必要はないよ。むしろ、私のことなんて忘れてもらったほうが良いかもしれない」 「そんな…」 実のところ、虞翻は予めこのことを敢沢に打ち明けていた。 彼女も思いとどまるよう口を極めて説得したが、結局は折れた。敢沢も一度決めたら梃子でも動かないという虞翻の性格を良く知っていたし、むしろ敢沢自身も夷陵回廊の時何も出来なかった無念があったため、虞翻の気持ちは痛いほど解ってしまったのだ。そうなると、もはや止めるべき言葉も出て来なかった。 「それに皆、僻地だというけど…高望みの受験をする場合、むしろ中心街から離れた静かなところのほうが受験勉強には良いかも知れないしね」 珍しく、冗談めかした台詞が、その口から飛び出した。 敢沢の瞳には、その寂しげな笑みが、柄にもない冗談が…その仕草の総てが、痛々しいものに映った。 さして多くもない身の回りのものを、一通りまとめ終わると、彼女は待たせてある配送屋にその荷物を託し、部屋を後にした。 「…徳潤、部長のこと…よろしく頼むよ」 「ええ…仲翔さんも、お気をつけて」 それきり虞翻は振り返ることなく、住み慣れた会稽の寮を後にしようとした…その時だった。 目の前に、ふたりの少女が駆けて来るのが見えた。 「…部長…それに子瑜まで」 「仲翔さんっ!」 飛びついてきた孫権の勢いに思わずよろけそうになったが、彼女は何とか踏みとどまってその体を抱きとめた。 その腕の中で泣きじゃくる孫権をなだめながら、ようやく追いついてきたクセ毛の少女−諸葛瑾を見やった。 「これは…どういう事、なんだろうね?」 「聞きたいのは私のほうよ…私はどうしてもあなたの交州左遷に納得がいかなかった。子布先輩や徳潤まで何も言わないし、それを部長に問いただそうとしただけよ」 諸葛瑾の表情は何時になく険しい。 「ねぇ、どういうことよ! 一体どうしてこんなことに…!」 「ごめん…これは、私の我侭なんだ。私も、自分の身を切り捨ててでもこの娘の…長湖部の力になりたい」 「…!」 その一言と、後ろにいた敢沢の表情から、諸葛瑾も何かを悟ったようだった。 「やっぱり…狂言だったのね」 「ええ。どうせ私がどうなろうと気にする人なんてそう多くないと思ったけど…念には念を入れて」 「…馬鹿よ、あなたは」 俯いたその瞳から、大粒の涙が地面へと吸い込まれていく。 「あなたは他人だけじゃなくて、自分自身も傷つけなきゃ気が済まないなんて…本当の馬鹿だわ…」 「否定はしないわ…それが、私だから」 口ではそう言ったが…虞翻はその心の中で、ただ純粋に自分のことを心配してくれていた者がいた事を嬉しく思うと共に…己の預かり知らぬところで、そんな存在を傷つけてしまったことに慙愧の念を禁じえなかった。 ただひたすら、心の中で謝り続けることしか出来なかった。 「私…先輩が部長に当てた手紙、見てしまったんです」 「え?」 「部長が長湖部を生徒会執行部組織として独立したとき、仲翔さんが部長に当てた手紙を、です」 その正体に気がついた虞翻は、思わず大声をあげてしまった。 「ちょっとちょっと…あの手紙見られたの? ていうか人様の手紙盗み見るのはあまりいい趣味じゃないわよっ」 「あ、やっぱり恥ずかしいモンなんですか? 確かにちょっと、ラブレターっぽかったですしね」 「あんたねー!」 顔を真っ赤にして、照れたような怒ったような口調で呂岱を責める虞翻。以前の彼女ならそれこそ人の肺腑をえぐるようなキツい一言が飛んで来るところだろうが…彼女の言葉が以前よりずっと丸くなったのも、余計な肩書きがなくなったせいだけでないのかも知れないと、呂岱は思った。 「あはは…すいませんってば。…でも、確かにあの手紙で私も、ずっと仲翔先輩のこと誤解してたんだって思いました。でも、それだけじゃなくて」 全然本気ではないけど、しつこく小突いてくる虞翻を宥め、呂岱は続けた。 「あのあと、私はふと気がついて、今まで子山先輩名義で届いていた手紙を引っ張り出したんです。あの手紙を見なければ、今まで子山先輩からだと思い込んでいた手紙の、本当の送り主も知らずにいたかもしれません」 「そう…私かなり練習したんだけどな、子山の筆跡」 「なんとなくですけど…字の運びとか違和感は感じてました。でも倹約家の子山先輩が、あんなマメに手紙を書く人だとは思ってませんでしたから、だからさして気にしてはいなかったんです」 「そっか…そうだったわね」 虞翻はそれを聞いて、ため息を吐く。 あまり親しくもしていないから、そんなちょっとしたことも忘れてしまっていた。そのことが少し寂しかった。 諸葛瑾のことにしてもそうだ。 彼女なら、どんな点からでも、どんな僅かな長所であろうと、見逃さずに褒めてくれる様な心の優しい少女だということを忘れていたのだから。 「私は…私が思っている以上に、周りに対して無関心に過ごしてきたんだね…」 そう呟いた彼女の表情は、涙こそないものの、泣いているように呂岱には思えた。
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