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679:海月 亮 2005/06/17(金) 00:53 -蒼梧の空の下から- 第三部 「還るべき場所」 「これって…どういう事?」 「さぁ…私はただ、部長にこれを届けてくれって頼まれただけなんですが」 交祉棟の執務室で、呂岱はそれを受け取ると、その意味をはかりかねて首を傾げる。 なんでもない、一通の手紙。 問題は、その宛名が部長・孫権宛だった事、そして、差出人の名前が…。 「あの虞翻先輩ってところが、どうも引っかかるのよねぇ…」 「ですよね」 虞翻が常々孫権の意向に反した言動を取り、ついには年度始め、帰宅部や蒼天会との悶着がひと段落ついたところで、孫権の怒りを買って交州流しにあったことを知らない長湖部員はいない。ただ、御人好しの権化ともいえる諸葛瑾ひとりが、最後の最後まで彼女のことを取り成した以外、誰も彼女を庇ってくれるものがいなかったという話も。 「とりあえずそのまま渡しに行くのも怖かったんで…此方にお持ちしたんですけど」 「好判断だわ。今、長湖部の独立政権樹立に向けての準備に忙しい折…こんな時に部長の機嫌を損ねられても困るしね…解ったわ、コレは私が預かっておくわ。もし行方を聞かれたら、もう出したとか何とか行って誤魔化しておいて」 「解りました」 手紙を持ち込んだ少女は、その手紙を呂岱に宛がうと、一礼して執務室を退出した。その顔が、来た時の困りきった表情から、あからさまな安堵の表情に変わったのを見ると、呂岱も苦笑するしかなかった。 「ったく…こんな僻地に居ても、周りの顔色変えさせ続けるなんてたいした先輩だわ」 その手紙をひらひらと弄ぶ。 今度はその手紙を宛がわれた呂岱が困る番だった。受け取ったはいいが、相手が相手だけに一体どんな内容なのかを考えるだけでも悪寒が走る。 孫権は相変わらず張昭と、年齢と立場の垣根を越えたバトルを展開する毎日。別に虞翻が張昭と仲が良いとかいう話も聞かないが、このふたりの言うこと成すことは何処か似ていから、どうせ碌なことは書いてなさそうだと、呂岱は思った。 (でもそう言えば、私はっきりと虞翻先輩が部長に何か言ってたの、見たことないのよね) そうである。 長湖幹部会のことなんて、それ以外の人間には噂話でしか聞こえてこないのが常だ。虞翻の毒舌ぶりだって、噂でしか聞いたことがない。 確かにとっつきにくそうな人ではあったが、直接何か言われたわけでもない。それどころか、口を利いたことすらなかった。 (…なんかそう思ったら、ちょっと見てみたい気が…) 人様の手紙の内容を覗き見るのはマナー違反のような気もするし、ちょっとは心も痛んだりするが…留まる所を知らない好奇心がそれを押し切った。 (これもこの地の風紀を守る総代としての責任…災いの芽を摘み取るためだからね) そんな建前をつけ、とうとう呂岱はその手紙の封を切ってしまった。 それを読んでしまったことで、深い感銘と、深い慙愧の念を同時に抱く事になるとは知る由もなく。 「そんな…そんなことって」 彼女は普段は整えていた本棚の中身をひっくり返し、その中心で呆然と呟いた。 その目の前には、数え切れぬほどの手紙をばら撒いて。 その宛名から、どれも同一人物によって書かれたものだと推測される。そして、件の手紙とは字の細さは全然違うが、その筆跡は同じことに気づいた。 今まで、その宛名を鵜呑みにしていた彼女は、それがまったく違う人物の手によるものであったことを知り、愕然とした。 それと共に、その手紙の真の差出人に対して、自分が今までとってきた態度を思い返し、自分の不明が情けなく思えてきた。 その人物は、己を殺し、あとからやってきた自分がやりやすいように、実に細やかな心配りをしていてくれたというのに…それを知ることさえしない自分がたまらなく恥ずかしかった。 (こんなに…こんなにも、誰かのために尽せる人だったなんて) 知らず、涙が溢れてきた。 (こんなにも…部長のことを、好きでいてくれているなんて) いてもたってもいられなくなった呂岱は、執務室を…交州学区を飛び出していた。 その手に、件の手紙を握り締めて。
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