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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
867:海月 亮 2006/02/19(日) 00:19 「後で知った話なんだけど、祖母が買ってきた袋入りの中に、ウィスキーボンボンが一個偶然に紛れ込んでたらしいの。しかも製作工程のミスで、全然アルコールが飛んでなかったらしくて」 「知ってた人間が言うのも何だけど…なんともありえない話よね」 呆れ顔の子瑜。でも現実に起こったものは仕方ない。 「一応、父さんがすぐ飛んできてくれてね。私の胃の中身まで出して検査してくれたカルテの写しがまだ残ってるけど…見てみる?」 「そんなものって…とってあるものなんですか?」 「裁判沙汰になったからね。証拠品として」 ぽかんとした顔で、はぁ、と相槌を打つ定公。 まぁこんな荒唐無稽な話、鵜呑みにするほうがヘンだ。事実は小説より奇なり、とも言うけど。 「それで三日ほど生死の境をさまよったトラウマでね、チョコの匂い嗅いだだけでも気持ち悪くなるの」 「それだったら仕方ないわね…とのコトですが、どうします部長?」 そうしてさっきから一言も喋らず、俯いている少女に問いかける子瑜。 金髪の少女…長湖部長である仲謀(孫権)さんが此処にきたのも、その手の中のものを見ればなんとなく察しがつく。ひとつは定公の分だろうが、やはりもうひとつは私のためにわざわざ用意してくれたものなのだろう。 もっと早くこのことを話してあげるべきだったと、申し訳ない気分だ。 「…知ってたもん」 「そうですよね〜知ってますよね〜…って、知ってたんですか?」 ようやく口を開いたその言葉に、子瑜だけでなく私まで面食らってしまった。 「伯符(孫策)お姉ちゃんから聴いたんだ。仲翔さんならどんなのを喜んでくれるか知りたくて…だからはじめからチョコなんて買ってないし作ってない」 そういった彼女の顔は至極不機嫌に見えた。 確かに私は、一昨年のバレンタインデーにチョコ交換会をやるって話になったとき、伯符さんや子明(呂蒙)、君理(朱治)など一部にそういう話をしたことがある。孫姉妹はきわめて仲がいいから、よくよく考えれば仲謀さんが最初から知っていても不思議ではない。 でも、だったらどうしてこんな表情を…? 「…本当はボクがいちばんにあげたかったのに…」 「え…」 その一言に、私の心臓がまるで口から飛び出してしまうんじゃないかと思う勢いで跳ねた。 次の瞬間、頬の温度が一気に上がっていく感覚に襲われる。 「あ…えっと…その…」 あとで思えば、自分でも可笑しくなるくらい狼狽している自分が居たと思う。 とても嬉しかった。 かつては決して受け入れてくれないかも知れないと思っていたひとが、今こうして私のことを想っていてくれた事に。 「順番なんて…そんなの関係ないです。あなたの気持ちが、私には、一番…嬉しいから」 「…仲翔さん」 驚いた風に私を見つめてくる彼女。 見る間にその頬が紅潮し、再び俯きながら、その胸に抱いていた包みをそっと、差し出してきた。 「うん…じゃあ、これはボクから。受け取って…もらえるかな?」 「…喜んで」 差し出された包みを受け取ると、彼女はようやく満面の笑顔を見せてくれた。 「…で、結局お前達もここに居るってオチなのか」 テーブルの前に胡坐をかいて、呆れたような眼差しで先客を見やる周泰。 「いやぁ…流石に今年も寒中水泳したら、多分死ぬし」 「つか最終的に頼りになるのは承淵しかいなかったってことでファイナルアンサー」 丁奉の部屋には甘寧のほか、ジャージ姿の凌統の姿もある。 周泰と陸遜は幸運にも暴徒達の目を逃れ呉郡寮に辿り着いたものの、陸遜が頼りとしていた陸抗も、親戚の陸凱、陸胤も夕食の買出しで不在という有様だった。それゆえ、丁奉の部屋に上がりこんでいた。 まぁそれもそのはず、生徒が自炊しているこの中等部寮においては、基本的に人数分の食糧しか用意されていないのだ。それゆえ、この三十分ほど前に命からがら逃げ込んできた凌統を迎え入れた時点で、これ以後も逃亡者が来るだろうことを見越して買出しに出かけたのである。 「まぁお陰で俺達はこうしてのんびりできるわけだがな。お、これで王手だな」 「え…うわ、そう来たかっ!」 流しではお茶の用意をしている丁奉を尻目に、先輩二名はのんびりと将棋を指していた。序盤は凌統の攻勢を許しながらも、残った駒で美濃囲いを完成させた甘寧が形勢を逆転したと言った風の盤面である。 「…てか客分を満喫しすぎじゃないですか?」 「…朝から追っかけまわされた身にもなってよ…あたし此処に来るまで五時間飲まず喰わずでトライアスロンやらされる羽目になったんだから」 陸遜の一言に、泣きそうな表情で反論する凌統。 「一応その代わりと言っちゃなんだが、連中が戻ってきたら俺達が夕飯を作ることにしてるんだよ」 「まぁ、そのくらいしてやらなきゃ罰が当たるな…ん?どうした伯言?」 甘寧が「夕食を作る」といったあたりでびくっと震え、真っ青になってかたかたと怯えている陸遜。 かつて合宿で炊事をやった際、陸遜は甘寧、魯粛、呂蒙の問題児三人組の班に放り込まれ、三人がふざけて作った超激辛スープ(豚汁らしい)の餌食になったことがあった。 それを思い出し、げらげらと笑う甘寧。 「まぁ安心しろって、一応俺様も以後はちゃんと料理作れるように勉強はしてるんだからよ!」 「…秋に紅天狗茸でキノコ汁作ったのは何処の誰だったっけ?」 「…う」 凌統の冷静なツッコミに言葉を失う甘寧。 「あぁ、あの時も大変だったな。仲謀さんと仲翔が完全に出来上がって…」 「傑作なことは傑作だったけどね〜」 「う、煩ぇ! 大体お前等だって美味しい美味しいって人一倍貪り食ってやがったクセに!」 「まぁまぁ、先輩が料理上手なのはうちらも良く知ってますから。あ、こういうのもなんですけど、一応バレンタインデーということでどうぞ」 居間へ戻ってきた丁奉の差し出した、菓子皿一杯の一口チョコレートに、一同は苦笑しながら顔を見合わせた。 「ちわっす。例のもの、回収しに来ましたよ」 しばらくして、交祉棟執務室に数人の少女が顔を見せた。 徳潤(敢沢)、子山(歩隲)の長湖苦学生コンビに、何故か文珪(潘璋)まで。 「あら、早かったわね…てかどうしてあんたまで居るのよ文珪」 しかも徳潤たちは制服着てるのに、文珪だけ何故かジージャンにジーパン、青のチェックが入った厚手のシャツという超私服…多分バレンタインの騒ぎに乗じて学校サボってたのかも知れない。 「チョコ嫌いなのにやたらとチョコを押し付けられてしまうヤツが居るときいて、そのおこぼれ頂戴に来たんだよ。文句あるか?」 しかもなんて言い草だよコイツは。 てかこうもストレートに欲求を言われると最早怒る気もしないから不思議なものである。まぁ確かに彼女の言うとおり、私はチョコを一切食べられない口なのだが。 「しっかし、今年はやけに多いですね〜」 「コレなら三人で山分けしても十分でしょ〜ね♪」 感心したような様子の徳潤に、まるでお宝の山を目にしたみたいに嬉しくて仕方ないといった感じの子山。実は去年もこのふたりにチョコを食べてもらったのである。 「ばっか言え、半分はあたしが戴く。あんた達はこっちひと箱」 「うっわ、なんかとんでもねー狼藉働いてる人が居るよおい」 やや多めに入った箱のほうを自分のほうに引き寄せ、しっかりキープする文珪と、ぶーぶーと遠まわしに文句を言う子山…浅ましいなオイ。 「あんた達ね〜、自分で買いも貰いもしないくせに、ひとのもらい物で…」 「まぁまぁ、私が持っていても仕方のないものだし…私がコレをくれた娘たちの気持ちさえ受け取っているなら、あとに残ったチョコレートはこの娘たちの胃袋に収めてもらったほうがいいわ」 「…そういうものなの?」 そう。大切なのは中身じゃなくて、それをくれたひとがこめてくれた想いだから。 私は中身のそれを食べることは出来ないし、どうしてこんなにも自分のために一生懸命作ってくれるのかは理解できないけど…それでも、その気持ちだけは無性に嬉しかった。 そして私の頭には、さっき貰ったばかりの、緋色のリボンが結いつけられている。 其処に刺繍されている"長湖さん"が、彼女の手によるものであることをちゃんと主張していた。 「大切に、使わせてもらいますね」 「うん」 おそろいの、紺色のリボンを結いつけている送り主が、柔らかな笑みを返してくれていた。 (終わり)
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