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900:海月 亮 2006/03/26(日) 00:01 呂蒙は様々な折衝事を孫皎に任せ、たまたま陸遜が出張ってきている丹陽棟を訪れていた。 その棟内に足を踏み入れてすぐ、廊下の向こうから出てきた一人の少女が呂蒙に気づき、駆け寄ってきた。 「や〜、また珍しいお客さんが来たもんねぇ」 「これはこれは君理棟長殿。あんた自らの出迎えとは恐れ入るな」 襟にかかる程度の柔らかなショートカットの黒髪を揺らし、その少女…丹陽棟切っての顔役・朱治が笑う。 「まぁこんなところで立ち話もなんだし、ちょっと寄ってく?」 「うーん…そうだな、たまにはゆっくりさせてもらおうかな」 呂蒙とてそう暇があったわけではないが、そもそも彼女は此処へ人探しに来ていたわけだから、それなら顔役である朱治に話を聞いたほうが早いと判断した。 「そーかそーか。ね、ちょっとお茶用意してもらっていい?」 「はい」 傍らに寄り添っていた少女が恭しく一礼して立ち去ると、呂蒙も朱治に伴われるまま階段を上っていった。 「随分、規律が整っているもんだな」 周囲をざっと見回し、思わず感嘆する呂蒙。 棟内に落書きのようなものは一切なく、廊下で無駄話しているような生徒もいない。そしてすれ違う少女達も軽く会釈し、挨拶して立ち去っていく様子は、長湖部の本部がある建業棟にも見られないものだった。 「コイツもやっぱり、あんたの人徳のなせる業かい?」 「いやいや、とてもじゃないけどあたし一人じゃこうはならないさ。ほとんど仲翔のお陰さね」 「仲翔だって?」 意外な人物の名前を聞き、呂蒙は鸚鵡返しに聞き返した。 仲翔…即ち会稽の虞翻も、呂蒙や朱治と並ぶ"小覇王"孫策時代からの功臣の一人だ。確かに彼女みたいな"キレるとコワい"タイプの文治官僚(ビューロクラート)がいれば、このくらいの状況を作り出すのも朝飯前だろうが…。 「確かあいつは幹部会にいたんじゃなかったのか?」 「それがねぇ…」 朱治は苦笑いして、 「あの娘、どういうわけか知らないけど、唐突にこっち寄越されたのよ。別に幹部会で何かやらかした話は聞かないんだけど…どうもあの性格だからね、丹陽の風紀更正の名目で厄介払い食らわせられたのかもしれないわ」 と肩を竦める。 虞翻は確かに経理に強いし、仕事振りも真面目なのだが、その生来の真面目さゆえか自分が正しいと思ったことは梃子でも曲げない性格だ。孫権も孫権で同じくらいに意地っ張りなものだから、普段何気ないところからでもかなりの軋轢が生じているだろうこと位は、容易に想像できた。 「なるほど…確かにそういう理由付けされたら、流石の子布(張昭)さんも何も言えないだろうな」 「まぁ、お陰で私は助かってるんだけどねぇ…」 ふと、校庭の方へ目をやると、一人の少女とすれ違った二人組の少女が、眉をひそめてこそこそ言っているらしい様子が目に映る。 すれ違ったプラチナブロンドの少女は、それを意に解するでもなく、そのまま歩き去ってしまう。 「相変わらずだなぁ…仲翔のヤツも」 その様子には流石の呂蒙も苦笑せざるを得なかった。 「…陸伯言? まぁ確かにあの娘も此処にいるけど」 執務室の一角、朱治の趣味で設置された畳三畳のスペース、お茶の用意されたちゃぶ台に二人は向かい合う形で胡坐をかいていた。 そこで思いもがけぬ名前が呂蒙の口から出たことに、朱治は小首を傾げた。 「どうしてまたあの娘の名前が? 確かによく働く娘だけど、そんな目立って何かすごいトコもないような気もするけど…」 「そいつは悪いけど詮索無用で頼むわ。で、今あいつは何処に?」 「うーん…あの娘そこらじゅう動き回ってるからねぇ…呼び出す?」 あぁ頼む、という言葉が喉まで出掛かった呂蒙だったが、何故かそうしてしまってはいけないような気がして止めた。 冷静になって考えてみれば、陸遜の件に関する証言は丁奉からしか得られていない。 合肥では確かに彼女の指揮振りを実際目にしているものの…まだまだ自分の中では彼女に対する評価材料が少なすぎる。 「いや…今日は余裕があるし、散歩ついでに探してみるよ」 「そお?」 丁奉の言葉を疑うわけではないが…だがその言葉を信じればこそ、いきなり面と向かってしまえば、陸遜は警戒し、その本音を明かそうとはしないだろうと呂蒙は思った。
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