★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
980:海月 亮2006/10/28(土) 10:44
「関羽が討たれた」
その報告は間もなく学園中を駆け巡ることとなる。
情報封鎖によって丸三日、それを知らされずじまいだった帰宅部連合を除いて。


王甫が防衛していた襄陽も、突如侵入した長湖部勢によって瞬く間に制圧された。
王甫は辛くも脱出に成功し、血路を開いて益州学区へ帰還することが出来たが…その道中において漸く、関羽が飛ばされたということを知る事となった。
あの死闘の最中、唯一逃げ切ることが出来た廖化と合流したことで。


その報告を受けた曹操にも、何の言葉も思い浮かばなかった。
長湖部から送って寄越されたのは、紛れもない関羽の階級章。しかし関羽の行方は、戦後処理を待たずに杳として知れないとのことだった。
関羽が何処へ去ったのか…この時点で知る者は誰もいなかった。



一通りの報告を受け、曹操は訝る蒼天会幹部に「…悪いけど、ひとりにして」と言い残し、覚束ない足取りで執務室を後にしていた。
彼女は、洛陽棟の屋上…丁度荊州学区が見渡せる場所を眺めていた。
「…とりあえず、当面の危機は去った…んじゃないのか?」
その声にも振り向こうとせず、曹操はただ、遠くに映る荊州学区のほうをぼんやりと眺めていた。
声の主…夏候惇はその隣に、手すりに寄りかかるような形でついた。
「まぁ…おまえは大分あいつのことを気に入ってたみたいだから…」
「…そんなんじゃないよ」
曹操は手すりに預けたその腕の中に、自身の顔を埋める。
「ちょっとだけ…雲長のことが羨ましいと思った」
「羨ましい?」
思ってもみなかったその一言に、夏候惇は鸚鵡返しに聞き返した。
「形はどうあれ、雲長は自分のあるべきところで学園生活を終えることが出来た…その間いったい、あたしはなにやってたんだろうな、って」
そのとき初めて振り向いて見せたその表情は、ひどく哀しげなものに見えた。


劉備や関羽が長きに渡って学園の動乱時代を、自らの足で駆けずり回ってきたように…曹操もまた、この動乱時代を先頭きって駆け抜けてきた少女である。
学園組織でその身が重きを成すようになっても尚、彼女は自らの足で戦場に赴き、常に飛ぶか飛ばされるかの危難に遭いながら、その総てを乗り越えてきた。

しかし「魏の君」という肩書きに縛られ、彼女の課外活動における行動範囲はこれまでの比でもなく狭められてしまっている。

それが彼女の行動の結果だとは言え、それが本当に彼女の望むものだったのか…。
その「羨ましい」の一言が、その思いの総てを物語っているように夏候惇には思えた。


「…そろそろ、あたし達も潮時なんじゃないかな?」
「え?」
夏候惇の言葉に、今度は曹操が驚いて聞き返す番だった。
「あまり忙しいと忘れがちになるけど…あたし達もそろそろ学園に別れを告げなきゃならない時だ。ここまできたら、もう十分やったんじゃないかな?」
夏候惇もまた、その責任の重さから既に戦場へと赴かなくて久しい。
単に従姉妹同士という以上に、常に曹操と最も近しい位置にいた彼女にも、その思うところは初めから手に取るように解っていたのかもしれない。
「まぁしばらくは大騒ぎになるかも知れんが…事後処理の面倒なところは、あたしや子考(曹仁)、子廉(曹洪)でしばらくどうにかしてやるから…残り3ヶ月の間くらいは、好きに学園生活を送ってみたらどうだ?」
「…うん」
少しだけ微笑んだ彼女の脇を、晩秋のそよ風が吹きぬけた。


こうしてまたひとり、学園史を彩った風雲児が、その歴史上から姿を消そうとしていた。
この一週間後、曹操の引退宣言でまたしても学園中は上へ下への大騒ぎとなるのだが…その影で、ひとつの悲劇がまた進行しつつあった。
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