★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
265:★玉川雄一2003/05/03(土) 21:41AAS
 ▲△ 震える山(前編) △▲

雍州校区の西の端、狄道棟。
棟長・李簡の帰宅部連合への内応に端を発した姜維四度目の北伐は、数で優る生徒会の反攻に遭いまたも頓挫。狄道棟一帯は雍州校区総代・郭淮の動員した生徒会実動部隊の重囲下に置かれていた。ここ数日は一般生徒に限って臨時休校となるほどの有様であり、帰宅部連合の立て籠もる棟内への突破口を開くべく生徒会勢の攻勢が開始されていたのだった。


「第11小隊突撃開始! 第21、24小隊は後方で待機せよ!」
バリケードで固められた正門を避け、裏門あるいは塀からの突入を図るべく生徒会勢が取り付く。後方からは支援射撃も行われているが、対する棟内からの応戦は至って僅かであり、戦力を既に喪失しているか、あるいはいまだ温存しているかのどちらにせよ大勢はあらかた決しているはずだった。そのことが油断を誘ったわけでもないのだろうが…
「う、わっ、きゃああああああッ!」
「ど、どうした− ああッ!」
突如矢のように躍りかかった人影から発せられたサバイバルゲーム用ゴム製ナイフによる斬撃で、二人の女生徒が倒れ伏した。思いも寄らぬ白兵による反撃に生徒会勢は混乱し、隊列が崩れる。ようやく後方からの支援班が射線を移し始めたが、この地方独特の複雑な地形を縫うように駆けてゆくその人影に追随しきれず空しく地面に、あるいは壁にペイント弾の染みを作るだけだった。それどころかその人影から打ち出されたエアガンの弾は恐るべき精度で生徒会勢にヒットしてゆく。狄道棟裏門付近を文字通り飛ぶように走り回り、生徒会の前進部隊をひとしきりかき回して潰走に追い込んだ少女は引き上げざまに振り向くと、苦々しげにつぶやいた。
「フラットランダーが、生徒会にも山岳部隊はいるだろうに…」
汗をひと拭いして、歓喜の声に迎えられながら棟内に姿を消した少女の名は張嶷、字を伯岐。帰宅部連合の盪寇主将を務める、いまや残り少ない武闘派の筆頭格である。


それまで南中校区越スイ棟長を長らく務めてきた張嶷は、帰宅部連合総帥代行・姜維の要請に応じて今回の北伐に随行していた。利あらずして窮地に立たされたものの、南中校区で一癖も二癖もある女生徒達と渡り合ってきた彼女は今なお戦意旺盛であり、姜維らが狄道棟からの脱出策を練る間に生徒会勢の攻勢を撃退したことで他の部員達もいくらか士気を取り戻すことができたのだった。だが、数に優る生徒会側がいつ総攻撃に訴えるとしても不思議はなく、益州校区への帰還は半ば絶望視されてさえいたのである。

棟内に引き上げた張嶷がクールダウンを終えて一息ついていたところへ姜維がふらりと現れた。他の部員達は皆それぞれに用事があるのだろう、辺りに二人以外の人影は見えなかった。
「お疲れさま。噂に聞いた以上の実力じゃない。惜しいわね、貴女をもっと早く招いていれば−」
「いや、私は南中での仕事が気に入っているよ。こんなのは性に合わないな」
姜維は苦笑した。性に合わぬと言いながらも遠征随行の要請は請けてくれた上にこの戦果である。それに噂に聞いたところでは元々彼女が名を知られるようになったきっかけはといえば、劉備が益州校区入りを果たした際のどさくさで彼女が本籍を置いていた南充棟が蜂起した反対派の手に落ちた際、単身乗り込んで副棟長を救出したからだという。その度胸を買われて抜擢され、反覆常ならぬ南中校区を剛柔両面を駆使して巧みに治めてきたその手腕は帰宅部連合の中でも抜きん出ていた。だが何故、彼女は北伐への随行を承諾したのだろうか…
「さあ、ね… ただ、引退するまでにもう一暴れしておきたかったのかもしれない。 …はは、結局はそういうことなのかな」
そう言うと張嶷は少し照れたような顔で笑って見せた。その顔を見て、姜維もどこか安心できたような心地がしたのである。 −すると、張嶷がやおら立ち上がると軽くジャンプを繰り返し、腕を二、三回クルクルと回して体をほぐすと姜維に向かった。
「さてと、それじゃ、出るか…」
「ええっ!? 貴女、どうするつもりよ」
「退路は私が開く。アンタは全員を連れて脱出するんだ」
そう言うと、腰に差したゴム製ナイフを取り出し軽く振るうと、肩から下げたエアガンの動作を確認し、予備弾倉のチェックを始めた。
「そんな、まさか一人で… 無茶だ!」
だが張嶷はその言葉を遮る。姜維に向けた瞳には決意の光を宿していた。
「私に任せろ。この狄道の山、南中の奇峰に比べればどうということはない。それに、あれも役に立つ」
そういうと窓の外を指差す。校庭には部員達が構築したバリケードがさながら迷路の様相を呈していた。なおも不安の色を隠せない姜維に向かい張嶷は言葉を継ぐ。
「蒼天学園での3年間の価値は、何をなしたかで決まる。アンタの役目は連合を導くために戦うこと、私はそれを助けることが今の役目だ」
そう言うと、もはや議論は不要と背を向けて歩き出す。姜維は呼び止めようと一旦は伸ばした手を、胸の前できつく握りしめた。
「止めることなんて、できない……」
何かを思いきるようにギュッと目を閉じ、しばらく後に開く。張嶷の背中は、もう届かないほどに遠ざかっていた。
「伯岐にもしもの事があったら、私のせいか… その時には、一人でいかせはしない……ッ!」
姜維もまた己の責務を果たすべく立ち上がると、振り返ることなく歩き出した。彼女には、導かねばならぬ仲間がいる。
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