下
★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
273:★玉川雄一 2003/05/04(日) 02:31 >>265から続き ▲△ 震える山(前編の2) △▲ 生徒会の狄道棟包囲軍は張嶷の先の奮戦を恐れて突入を一旦諦め、布陣を改めていずれ脱出するであろう連合軍の狙撃体制を整えた。ようやく雍州方面軍にも配備が始まった虎の子の長距離狙撃用ライフルは3挺。数こそ少ないものの、射撃精度が高く数発までの連射も利く。予想される脱出ルートは狭路であり、一度に大勢が突破することはあり得ないために採用されたのである。だが、狙撃班は長射程とはいえある程度は接近する必要があり、そのために護衛部隊が臨時編成された。メンバーは雍州方面軍で頭角を現しつつあった新進気鋭の女生徒たちであり、徐質を隊長に胡烈、牽弘、楊欣、馬隆の5人が選抜されて“第08特設小隊”と命名されたのだった。 パァン、と乾いた音が断続的に響くと、棟内から姿を現した帰宅部連合の生徒に命中したペイント弾が染みを作る。その生徒は痛みも忘れて信じられない、といった表情で自らの胸元を見遣るが、そこにはまごうことなく生徒会の識別カラーで彩られた擬似的な血痕が広がっていた。こうしてまた一人、帰宅部連合はその戦力を減らしていくのだった。 −現在のように「戦闘状態」にある場合には、原則としてサバイバルゲームのルールが適用されることが諒解されていた。これはかの官渡公園での一大決戦においてその有用性が認められた方式を援用すべくBMF四代目団長である張融(二代目団長・張燕の妹)が主張したのを受けてのことであり、各校区に常駐するBMF団員が審判として立ち会うことになっている。もちろん、改めて形式を定めたサバイバルゲーム以外の『決戦』が行われることもあった− 「おー、また命中♪ さすが新型は違うねェ」 バリケードの陰から双眼鏡をのぞき込んでいた楊欣が暢気な声を上げた。先程から狙撃班がテストも兼ねて狄道棟の連合部員への狙撃を行っており、第08特設小隊(以下『08小隊』)のオペレーターを務める楊欣はその弾着を確認していたのである。 「あんまり顔を出さないでくださいよ。向こうだってどこからか狙っているのかもしれませんし」 「おっと、そりゃ危ないわね。退避退避、っと」 いま一人のオペレーターで、最年少のメンバーでもある馬隆に諭されて楊欣は慌てて頭を引っ込めた。彼女らは狙撃班も含めて正門を突破し、校庭に築かれたバリケード地帯に前進してきている。隊長以下の3人はこの地帯を制圧するためにさらに先行しており、もう暫くで再集結することになっていた。 徐質はバリケードの陰に身を隠し、近づく足音を息を潜めて待ちかまえていた。胡烈、牽弘はある程度距離を置いて行動しており、足音の主が帰宅部連合の戦闘員であることは確かだった。こちらの狙撃班の存在を知ってその排除に動き出したようだが、護衛部隊の存在までには気が回らないものか… (来たッ!) 徐質の隠れていた角を抜け、姿を現したのはやはり連合の生徒! だがその視線は自身の前方に向いており、直角に交わる角に隠れた(とはいえもう横を振り向けば丸見えなのだが)徐質には全く気付いていない。徐質は迷うことなくその生徒のエアガンを持った手に軽く一連射を叩き込んだ。どこか運動部に所属しているのだろう、ジャージ姿のその女生徒は驚く間もなく銃を取り落とし、しかる後に手の痛みを、そして横合いからの射撃手の存在に思いを至らせる。だが既に最初の一連射で決着は付いていた。『BB弾の連続3発以上のヒット』は戦死判定となる。 「出てこなければ、やられることもなかったのにね…」 なおも呆然としている女生徒に声を投げかけた徐質だったが、その視界の隅、バリケードの一本向こう側の通路部分を人影が走り抜けるのを見逃さなかった。 「玄武、スカート付きだ! 速いぞ!」 「了解!」 今度は文化系なのか制服姿の女子生徒だった。おそらくバリケードの構築に携わり構造を熟知しているのだろう、地図を必要としようかという程の迷路を凄まじい速さで駆け抜けてゆく。ここからでは間に合わない… 徐質は胡烈に迎撃を委ねた。その胡烈はエアガンのグリップを握り直して待ちかまえていたが、直前の角から突如姿を現した女生徒は出会い頭に何かをこちらに向けてかざす。かと思うと目の前がフラッシュでも焚いたかのように真っ白になった。 −いや、本当にフラッシュを焚いていたのだ。胡烈は知るべくもなかったがこの生徒は写真部員であり、偉大なる先輩・簡雍から受け継いだ「拡散フラッシュ砲」なる目くらましの大技を繰り出してきたのだった。反射的に左手をかざしたためその光がまともに目に入ることだけは避けられたが、完全に写真部員からは視線が外れてしまう。気付いたときには− 「上かッ!」 バリケードを踏み台に利用して、写真部員は胡烈の上を飛び越えていた。そして空中でエアガンを構えたその先には− 「301が!」 狙撃班の一人、コードネーム“301”嬢がいた。胡烈は背中から地面に倒れ込みながら真上に銃をかざすとトリガーを引く。その弾は辛うじて写真部員のライフルに命中して手から弾き飛ばすことに成功しこそしたものの、着地した写真部員は小さく舌打ちしながら白兵戦用ナイフを手に取る。その隙に301嬢は退避することができたのだが、胡烈はといえば地面に大の字で寝転がっているようなものであり、絶体絶命のピンチに陥ってしまったのだ。 「どう撃ってもスカートの中に当たっちまう!」 飛び道具であるエアガンを手にしてこそいるが、下から撃ち上げた弾がもし、相手のスカートの中に命中してしまったら… いくらルールでは『体の箇所に関わらず、当たれば有効判定となる』と規定されているとはいえ、同じ女子として引き金を引くことができようはずもなかった。それと知ってか知らずか写真部員はゆっくりとナイフを振りかざす。もうだめか、と観念したその瞬間、きゃっ、という存外可愛い悲鳴と共に写真部員はすっ飛ぶように倒れ込んだ。起きあがった胡烈の目の前に、狙撃兵301嬢(仮名)がライフルを構えて立っていた。急遽引き返した彼女が胡烈に引導を渡そうとした写真部員を背中から(しかもかなりの至近距離から)撃ったのだ。 「大丈夫?」 「ああ、助かったよ」 至近距離からのヒットの衝撃に目を回してしまった写真部員に念のため“とどめ”をさしてから、胡烈は301嬢の手を握った。彼女は胡烈の顔をのぞき込むと、悪戯っぽく笑う。 「危なかったねェ、スカートの・ぞ・き・さん♪」 「あのなあ、のぞきはやめてくれ、のぞきは…」 胡烈は半ばゲンナリしながら服に付いた埃を払う。薄氷を踏む思いではあったがこれを最後に帰宅部連合の突撃は止み、08小隊前進部隊は狙撃班と共に集結地点へと向かった。 何度かバリケードの向こうから銃声が響き、楊欣、馬隆の留守番組は気が気ではなかった。…と、そこへ人の近づく気配がしたかと思うと、戦場ならではの緊張感を帯びた声が投げかけられた。 『諸君らが愛してくれた何進は倒れた、何故だ?』 あらゆる意味で思わず耳を疑うような文句であったが、楊欣はさもそれが当然であるかのように言葉を返す。 『ヘタレだからさ』 「よし、戻ったわよ。狙撃班も順調なようね」 当の何進−数年前の連合生徒会長であり、つい先だって失脚した何晏はその妹である−にとっては酷なこと極まりない以前にまったく脈絡のない応酬ではったが、要は合い言葉である。徐質を先頭に、なおも後方を警戒しつつ胡烈と牽弘が続く。08小隊の面々は再集結を果たすと、情報の整理と分析に入った。この結果をオペレーターが狙撃班に伝え、作戦の円滑化を図ることになっていたのである。 「さて、と。みんな配置に付いたわね。それじゃあ、一旦休憩にしましょ。孝興、貴女のところにコンビニの袋、あったわよね」 徐質が促すと、はいはいっ、と馬隆は足下の袋を取り出した。その中に入っていたものは差し入れ、陣中食、レーション等々呼び方は色々あれど要は“おやつ”である。馬隆が慣れた手つきで先輩達にスナックやらチョコやらを渡して回ったが、ひとり先程から難しい顔をして耳をそばだてている楊欣の姿を見ていぶかしんだ。 「あれ、楊欣先輩どうしたんですか? いまのうちに食べておきましょうよ」 「しっ、黙って! みんなも音、立てないで」 ガサガサと音を立てるメンバーを制した楊欣の声は緊迫感を帯びていた。特製の聴音装置を駆使してターゲットを捕捉するためのレシーバーは微かな足音を捉えていた。それは近いものではないが、何か無視できないものを感じさせる。 「来る、何か来る… どこだ、どこなんだ…」 「楊欣、何が…」 「隊長、おやつは後回しだ。こいつはヤバいかもしれない…」 楊欣は間違いなく何者かの存在を捉えていた。カンカンカン、と鳴る足音は、スチールの階段を上る時に発する音。ということは… 「上かッ!」 楊欣が見上げた視線の先、狄道棟本校舎に隣接した運動部室棟、その屋上に躍り出た一人の女子生徒。逆光に照らされたその姿は遠目にも見る者を圧倒する何かを放っていた。その存在を誇示するかのように光に映える濃淡二色のブルーを配したコスチュームに身を包み、眼下を睥睨するのは張嶷その人。一騎当千の強者が、今その持てる力の全てを解き放とうとしていた。 続く
274:アサハル 2003/05/04(日) 02:46 http://fw-rise.sub.jp/tplts/gls.jpg こんなもんでよろしーでしょーかー。 ていうか張嶷かっこええ…ええ漢や!! 感想の文章が思い浮かばないので(感動しすぎ) これをもって感想と代えさせて頂きます(無理!)
275:★ぐっこ@管理人 2003/05/04(日) 21:10 >義兄上 あひゃ、スマソ。すぐに続けるおつもりだったとは知らず…。 んー、やはりしょーとれんじスレも、html化した方がいいですね… 最近とみに大作ふえてますし。 そしてナニゲに強い徐質たんらカコイイ! スカート付きワロタ。 何となく元ネタのシチュを想像できるような。あと、合い言葉も。 ですが何と言っても張嶷キタ━━━(((( ;゜Д゜)))━━━━━ッ いよいよ次回クライマックスですな! ちなみに玉絵張嶷たん↓ カコイイ!玉絵の中でも一番バランスがいい気がする萌え絵。 >アサハル様 (;´Д`)ハァハァ 眼鏡っ娘二人、あまさず堪能いたしますた。 うわー、なんか二人ともオトナ〜。曹操たちなんかまるでガキですな。
276:★玉川雄一 2003/05/04(日) 22:28 前編>>265 前編の2>>273 ▲△ 震える山(前編の3) △▲ これまでに感じたことのないような高揚感に包まれつつも、張嶷の目もまた倒すべき目標をしっかりと見据えていた。敵は校庭に広がるバリケードの山の中に潜んでいるつもりかもしれないが、闘うものが発する独特の気配は隠しようがない。 「指揮者2、白兵3、狙撃手3、一人は真下か…」 そう、彼女の眼下には狙撃兵の一人が捉えられていた。校舎に最も肉薄しているコードネーム“303”嬢である。だがさしあたって張嶷はたった一人、対する生徒会側は指揮所の二人(楊欣と馬隆)を差し引いてなお三人ずつのの戦闘員と狙撃員を擁している。選りすぐりの精鋭であることを自負していた胡烈には少々面白くなかった。 「たった一人で…? ハッ、なめられたもんだ」 「ここからじゃ近すぎて死角だ、頼む玄武!」 牽弘は303嬢の護衛についてその近傍に占位していたため、張嶷は死角に入っている。比較的距離を置いた胡烈に狙撃を要請した。 「おうよ!」 間髪入れず胡烈は中距離射程のライフルを放つ。この射線ならば命中は確実− 「なにッ!?」 張嶷は僅かに立ち位置をずらした。それだけで、かわしてみせたのだ。まるで、弾道をはっきりと見切ったかのように… 必中の一撃を放ったはずの胡烈には信じがたい光景だった。 「白兵にも狙撃銃! 脱出部隊には脅威になる…」 自身が狙撃を受けたことについてはさして意に介するでもなく、張嶷は彼我の戦力を冷静に分析し対策を練っていた。屋上に設置された給水タンクにザイルのフックを引っかけると二、三度ワイヤーを引っ張って固定を確認し、やおら壁を蹴って降下を開始する。眼下では張嶷の出現を知った狙撃兵303嬢が退避しようと装備をかき集めている最中だった。 「もらった!」 08小隊の至上命令は狙撃班を守り抜くことである。長距離狙撃戦力を喪失してしまえば、連合残留部隊への攻撃は困難になる。一人として失うわけにはいかなかった。 「任せて、落下なら予測できるわ!」 ザイルを繰り出して部室棟の壁を蹴りながら降下してゆく張嶷に牽弘が照準を合わせる。高速で動く目標を狙撃する事は基本的に不可能であり、弾の無駄撃ちをなくすためにも避けるべきとされていた(そういう場合は弾幕をはるのだが、現在の状況では射程距離の問題上無理)。だが今回のように垂直降下の場合は軌道を予測することが容易であり、射程距離と降下速度を見越して撃てば命中させられる理屈である。エアガンの腕に覚えのある牽弘のこと、瞬時に弾き出したポイントに狙いを定めると躊躇わずトリガーを引く。 「いける!」 銃にしろ弓矢にしろ、およそ射撃の名手たるものは標的に命中する『手応え』を感じるものだという。射手と標的の間には、極めた者だけが感じ取ることのできる繋がりがあるのかもしれない。牽弘の手にもまた、BB弾がターゲットを捉えた時のあの確かな感触が伝わっていた。だが− 「………嘘ッ!?」 ペイント弾の派手な塗料は、張嶷のからだ一つ分下の壁面に花を咲かせていた。 …牽弘の狙いが外れたのではない。計算通りに降下していれば、間違いなく弾は張嶷にヒットしていたはずだ。張嶷がザイルを繰り出す手を止めて、降下に制動をかけたのである。 「もらった!」 08小隊の皆が唖然としている間に張嶷は壁に足をかけて体勢を整えると、銃の狙いを真下に定めてトリガーを引き絞る。 「ひとーつ!」 「きゃあああああああっ!!」 降り注いだBB弾の嵐が狙撃兵303嬢を包み込む。張嶷が姿を現してから、ものの一分と経っていなかった。 「アタシと牽弘が手玉に取られた…」 「あっという間に一人… こいつは、撃墜王(エース)だ!」 小隊の面々は自分たちが闘っている相手の実力に今更ながらに気付き始めていた。地面に降り立った張嶷はザイルの自分の腰側のフックをベルトから外すと、校庭に林立するバリケードの中へと駆け込み姿を消した。 彼我の戦力差は僅かではあるが縮まりつつあった。だが、有利・不利の差はまた異なるバランスの上に成り立っている。張嶷は単身であるため攻撃が集中するはずだったが、持ち前の機動力を生かして狙いを定めさせない。一方で、目標とする狙撃兵が数を減らせば減らす程、一人あたりの護衛は厚くなるはずだった。護衛部隊とまともに渡り合ってしまえば、狙撃兵を取り逃すことになりかねない。張嶷にとってみれば、できる限り各個撃破してゆくことが重要だった。 「しかし、奴らもヤキが回ったか… これでは、居場所をこちらに教えているようなものじゃないか」 生徒会側は、数を頼みに包囲しようと牽制の射撃を行ってくる。だがそれはおよそ見当違いの場所に命中してばかりだった。このバリケードには廃材やら使われなくなった机、椅子やらが使用されているようで、着弾の度に煙とも埃ともつかないような何かがもうもうとわき起こっていた。無論、校庭の乾いた砂地も事ある毎に砂煙を立て続けている。 「あの一撃が外れるなんて… 絶対、当たるはずだったのに…」 「牽弘、頭を切り換えなさい、飛ばされるわよ。悔しいけど、奴の方が一枚上手のようね」 「あ、ああ…」 先程の結果をまだ引きずっている牽弘に徐質は発破をかけた。あれはけして牽弘のミスではない。相手の運動能力が予想の範疇を超えていただけだった。空間を三次元のレベルでここまで使いこなす恐るべき機動性に今まで出会ったことはなかったのだ。 「どこだ、奴はどこにいる…」 狙撃兵302嬢を護衛している胡烈は、たった一人の刺客の動きを捉えかねていることに苛立ちと軽い焦りを覚えていた。302嬢を背後に控え、微かな兆候も見逃すまいとやっきになって前方を注視する。だが、得てしてそんな時こそ視野は狭くなるものである。突如としてわき起こった砂埃に意識の間隙が生じた瞬間− 「!? 左かッ!」 突如飛来した『何か』が彼女のライフルに直撃して持ち手に鈍い衝撃を走らせる。それは張嶷が二本目のザイルの先端部フックの重さを利用して、“鎖鎌の投げ分銅”の要領で放ったものだった。 「うっ、ぐうっ!!」 そして砂埃を突き破るかのように突進してきた張嶷のショルダータックルを食らって胡烈はバリケードに叩きつけられる。衝撃に息が詰まって一瞬気が遠くなりさえしたが、すぐに我に返ると張嶷がいるとおぼしき方向に向けてライフルを乱射した。 「こなくそーッ!」 だが、立ちこめた砂埃の向こうに人の気配は感じられない。無駄に視界を悪くしただけのことに気付いた胡烈が慄然としたその直後、最悪の事態が襲った。 「やッ、いやあああああ!」 「しまった!」 声を向く方に目を遣れば、彼女が守るはずだった狙撃兵302嬢が張嶷に背後から組み付かれている姿が飛び込んできた。302嬢はジタバタともがいてみせるが張嶷の膂力に叶いそうもなかった。もとより、狙撃班は白兵の装備を持っていない。本来は相手に素手で立ち向かうほどの格闘力が要求されるわけでもないため、接近戦に持ち込まれるとなす術がないのである。それを見越しての08小隊の護衛であったのだが、張嶷の戦闘センスはまたも彼女達を上回っていた。張嶷はチラリと胡烈の方に視線を向けると、誇示するようにナイフをかざして見せる。 「白兵戦で飛ばすつもりかッ!」 しかし胡烈の悲痛な叫びを嘲笑うかのようにナイフが振り下ろされ、峰打ちとはいえ相当な衝撃を受けたであろう302嬢は気を失ってカクンと崩れ落ちる。 「玄武、任せて!」 ようやく駆けつけた牽弘が一連射を浴びせるが、張嶷は気絶した302嬢のゼッケンを剥ぎ取ると横跳びに退いてバリケードの向こうに姿を消した。 次第に追いつめられてゆく生徒会勢。だが、次の目標は最後に残った狙撃兵301嬢ひとり。最終的に敵は彼女に近接せざるを得なくなるわけで、一人を三人で護ることも考え合わせれば敵の選択肢も少なくなってきているはずである。そして、指揮所の楊欣はついに張嶷の動きを捉え始めた。 「つかまえた… 中央6列目、長机の上!」 バリケードとして積み上げられた長机の上を張嶷は軽い身のこなしで駆け抜けてゆく。それが崩れることを考慮していないというよりは、たとえ崩れたとしても我が身を御する術を知っている故の大胆さであった。だが、狙撃によって足下をすくうことができれば、あるいは… 「301、撃てーッ!」 「このっ、当たれ、当たれ、当たれッ!」 今やただ一人となった狙撃班の301嬢が凄まじい勢いでライフルを連射する。その流れるような一連の動作には鬼気迫るものがあった。おそらくは散った二人の僚友の敵討ちに燃えているのだろう。しかしその執念をもってしても、あと少しというところで張嶷を捉えられずにいる。 「あと一人!」 張嶷の奮戦はいよいよ修羅の領域へと踏み込もうとしていた。 続く
277:★ぐっこ@管理人 2003/05/05(月) 20:23 ぐはッ!Σ(゚□゚;)!! 張嶷たんカコイイ! なんか単身で凄ェ活躍していますか!? 弾道を見切りつつ近接戦闘 で速射するシーンなんかもう燃え!張嶷もガンカタの使い手か!? 白兵戦闘でも、やはり牽弘・徐質など遠く及ばない! これで南中の荒くれ者たちをまったりと統治していた棟長だったとは… 帰宅部連合の人材も、まんざら棄てたモノではありませんな! そしてお絵描きBBSにアサハル様から神支援投下確認↓ 張嶷たんマイブーム…(;´Д`)ハァハァ…
278:岡本 2003/05/06(火) 22:23 GWは休養で寝倒していましたので、反応が遅れました。 お絵かき掲示板もそうですが、SSスレッドも豪華作品の林立 で圧倒されました。 >玉川様 この台詞で感想に換えたいと思います。 ”...直撃か、いい腕だ...”。 >雪月華 私は後漢書を断片的にしかもっていないので詳細な内容を追えないのが 心苦しいです。 理論家・盧植と実務家・皇甫嵩の性格が現れる会話がつぼにはまりました。
279:★玉川雄一 2003/05/07(水) 00:42 前編>>265 前編の2>>273 前編の3>>276 ▲△ 震える山(前編の4) △▲ 狄道棟内に置かれた帰宅部連合軍の臨時本部に詰めている姜維のもとに副官の倹盾ェやってくると、撤収の準備が整ったことを告げた。彼女は窮地にあって姜維を助け補佐の任をよく果たしていたが、さすがに精神的、肉体的両面の疲労はかなりのものになっているようだった。 「代行、いつでも出られます。あとは、張嶷主将の…」 「大丈夫、彼女なら必ずうまくやってくれるよ」 たとえ気休めだと分かっていても、今は希望を持たせることが大事だった。もっともグラウンドでの張嶷の実際の戦いぶりを目の当たりにしたならば、気休めどころか大逆転すら予測させていたかもしれない。だが実際には後方に控えているはずの生徒会勢の包囲網を突破するという難事も控えており、それこそ口に出すことさえ憚られるものの最終的にはある程度の、いやかなりの犠牲は覚悟しなければならないはずだった。 (伯岐、必ず還ってきてよ…) 姜維の願いは、張嶷に届くだろうか… バリケードの上を駆けてゆく張嶷に、狙撃兵301嬢の狙いが少しずつ合い始める。そろそろ潮時、とみた張嶷は積み上げられた机や椅子を派手に蹴り崩すと地面へと滑り降りた。 「やった、足を止めたぞ!」 崩れ落ちた残骸のこちら側に徐質が駆けつける。素早い動きを止めれば、数に優るこちらがイニシアチブを取ることができる。崩れ去ってなお目前にそびえるガラクタの山、その向こうに相手はいるはずだ。まずは回り込んで− と足を踏み出そうとした矢先。 ギッ、ギギッ、ギイイイッ…… 「え、な、なに……!?」 目の前に立っている巨大なテーブル −それは女生徒でも二人いれば運べるような折り畳み式の長机ではなく、会議室に鎮座しているような巨大な天板を持つものだった− が、ギシギシと軋みをあげながらこちらへゆっくりとせり上がってきたのだ! それはさながら“壁”とすら呼べるほどの広さを持ち、並の女生徒にはとてもではないが動かすことなどかなわないだろう。だが現実にその壁は今や直立に近い角度をとり、なおもこちらへと迫ってきた。このままでは− 「うそ、まさか、そんな…」 「そ、れっ…… そらーーーッ!」 「きゃっ!!」 ズッ、ズウウウウウン… 慌てて後ろに飛び退いた徐質の目の前で、轟音を立ててテーブルはこちら側に倒れ落ちた。バリケードの文字通り『壁』となっていた個所を無理矢理こじ開けたのだ。相手は、あの刺客は、あれほどまでのスピードに加えて、男子顔負けのパワーも併せ持つというのだろうか? 「な、なんて馬鹿力なのよ…」 激しくわき立つ砂埃の向こうにいるはずの存在に、徐質は今はっきりと恐怖感を覚えていた。あいつが単身で殴り込んできたのにはそれだけの裏付けがあったのだ。自分たちとは、完全にランクが違う… 「ふっ、ふふっ、はははははッ!」 「!!」 少しずつ晴れつつある砂煙の中から、勝ち誇ったような笑い声と共に張嶷が姿を現す。さすがに先程の大技で力を使ったらしく、ゆっくりとしてこそいるが却って力強さを誇示するような足取りで一歩一歩近づいてきた。 「あ、ああ、ああ……」 今の張嶷に先程までのスピードは皆無で、ただ真っ直ぐにこちらへと近づいてくるだけだ。エアガンを撃てば、徐質の腕前ならば軽く一連射は命中させられる距離でもある。だが、手が動かない。手だけではない。全身が凍り付いたかのように固まってしまっていた。 「おびえろーっ、すくめーっ! 山岳猟兵の恐ろしさを土産に、飛んで行けーッ!」 ことさら恐怖心を煽るかのように大喝を繰り出す張嶷は、自身が昂揚状態にあることを自覚しており、なおかつそれをコントロールできていることに内心驚いてもいた。これほどまでに心躍る戦いというのは今まで経験したことがなかったのだ。それを楽しめるということは自分は根っからの戦争屋なのではないかという思いもかすめたが、今は仲間のために戦っているのだと思えばいくらでも闘志を奮い立たせられるというものである。目の前の女生徒、腕前はなかなかのようだが完全に私の勢いに呑まれている。悪いがこのまま… だが、並の女生徒ならば逃げ出すか、腰を抜かすか、泣き出すかというような瀬戸際で徐質は踏みとどまった。大きく息を吸い込むと、恐怖心もまとめて飲み下す。両の手に再び力を込め、地面を蹴って吶喊を開始した。 「守ったら負ける… 攻めろーッ!」 「フッ、そう来なくっちゃ!」 エアガンを連射しながら突進する徐質に対し、張嶷はその射線を見切ると左腕に装備した小型シールドで弾を受け流す。そのまま右手のナイフで前方をひと薙ぎ。だが徐質はすんでの所で踏みとどまると、膝のバネを最大限に使ってバックステップを踏む。その勢いで再び間合いを取ろうと図ったのだが、背後にはバリケードが… ドズウンッ! 「うっ、ぐうっ!」 背中からモロに突っ込んで息を詰まらせたのも一瞬のこと、徐質は辛うじて取り落とさずに済んだ銃を振りかざすとトリガーを引き絞る。 「倍返しだーーーーッ!」 だが狙いもなにもあったものではなく、いずれも見当違いの場所でペイント弾の塗料をぶちまけ埃を巻き上げるだけだった。張嶷は全く動じたそぶりもなく、余裕すら混じった笑みを浮かべる。 「見た目は派手だが…」 そして視線を切った向こうには− 「狙撃手がガラ空きだ!」 「しまったッ!」 本来ならば徐質が立ちはだかっているべき通路の向こうには、蒼白な顔をした狙撃兵301嬢の姿があった! 張嶷との間に、遮るものは何もない。張嶷はその姿に狙いを定めると勝利を確信してトリガーに指をかける。 「終わりだ!」 「間に合えーっ!」 背後の山を蹴り飛ばし、やはり左腕に装備したシールドを振りかざしながら徐質は張嶷の射線上に飛び込んだ。 「なんと!?」 彼女たち白兵要員が装備するシールドは激しい運動にも邪魔にならぬようさして大きくはない。だからその限られた面積をいかに有効に使いこなすかが求められるのであり、腕の一部のように自在に操れて初めて一人前の戦闘員といえる。張嶷はもちろんのこと徐質もその有資格者であり、振り上げたシールドは見事に射線と交錯、すんでの所でその向きを変えることに成功し、倒れ込んでなお繰り出された牽制射撃で張嶷の好機は封じられた。しかし、向こうの角を曲がって消えてゆく301嬢と砂にまみれて息を付く徐質を交互に見つめる張嶷の表情に悔しさの色はなかった。むしろどこか満ち足りた笑みすら浮かべると、腰のベルトから信号弾代わりの小型打ち上げ花火を取り出し発射する。ポンッ、という音と共に舞い上がったそれは上空で破裂するとヒュルヒュルと激しく回転しながら赤い煙をまき散らした。 「伯約、どうやら合流はできないようだ。私は、死に場所を見つけたよ…」 張嶷の瞳に諦めの色はない。最大の目標を達成するための新たな決意が溢れていた。 「代行、張主将からの信号弾です!」 倹盾フ声に姜維はハッと我に返る。どうやら、疲れからか少々ボーッとしていたらしい。張嶷からの信号弾ということは、少なくとも今までは彼女が健在であったという証である。打ち合わせていた信号弾の色は二色。どちらが上がるかで彼女の命運は決する。 「色は、伯岐はなんと…?」 しかし、倹盾フ表情はかき曇る。悲痛な声で絞り出したその答えは− 「赤です…」 『合流できず、残存部隊は脱出を開始せよ…』 呆然と姜維はつぶやいた。張嶷は今、どんな状況にあるのだろうか。自らの命運が断たれたことを知ってなお、戦い続けることができるのだろうか? 『全部隊脱出地点への集結完了、以後は各指揮官の指示に従え』 校内放送を通じて最後の指令が送られ、直後にブツン、とスピーカーが音を立てた。ギリギリまで残っていた通信要員も撤退するのだろう。もはや逡巡している暇はなかった。 「私達も出るわよ… 倹潤Aついてきなさい!」 「はいッ!」 張嶷の奮戦を無駄にするわけにはいかない。姜維も自らの役割を全うするべく、皆の待つ場所へと足を速めた。 続く
280:★ぐっこ@管理人 2003/05/07(水) 23:40 むう、以外にも徐質の善戦…。 つうか、回を追うごとにハードボイルドな展開! 張嶷たん… 将の良なるは己の役割に徹することと いいますが、まさに今回の張嶷たんの奮戦は…・゚・(ノД`)・゚・
281:雪月華 2003/05/10(土) 18:49 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第一章 軍師人形 先日、黄巾党から盧植が奪回した冀州校区鉅鹿棟を発した生徒会軍550人は一路、黄巾党本拠地である鉅鹿棟付属施設の広宗音楽堂を目指していた。付属施設といっても、鉅鹿棟からは5qの距離があり、途中、両脇を切り立った崖で挟まれた山道を3qほど越えねばならない。指揮は新たに総司令官職についた涼州校区総代の董卓である。 董卓軍はある異名を持つ。コスプレ軍団というのがそれであり、董卓配下は放課後、常に何らかの仮装をしていなければならず、それはかつての盧植配下であった450人も例外ではなかった。董卓直属の100人はそれなりに気合が入っており、いずれもハイレベルな衣装であるが、かつての盧植配下は、それを噂には聞いていたものの、突然の命令と短い準備期間だったため、良くて学芸会レベルの者がほとんどであった。 「赤兎」のサイドカーに座する、董卓の衣装がふるっていた。荒事を覚悟してきたのか、いつもの朝服…ゴスロリファッションではなく、やや戦闘的な、ひとことで言えばベル○らのオ○カルの衣装である。ご丁寧に金髪巻毛のウィッグまで乗せている。一種異様な貫禄さえ漂わせており、そのインパクトたるや、宝塚ファンが見たら生涯立ち直れないほどの衝撃を受けるであろうことは疑いない。 「李儒、お茶おねがい」 「かしこまりました」 李儒と呼ばれたメイド、正確にはメイドの仮装をした女生徒が、歩きながら器用に紅茶を淹れ始めた。流麗な手さばきであり、ティーカップの周囲には、一滴のはねもとばさない。 李儒。董卓の懐刀であり、酷薄非情の参謀兼メイドとして名高い。くせのある緑がかったセミロングの髪、きめ細かい滑らかな白磁の肌、しなやかな均整の取れた肢体、整った顔立ち。美少女の条件は充分すぎるほどに備えている。だが、完璧と賞するには、喜怒哀楽を母親の腹に置き忘れて生まれてきたかのような無表情は、無機的に過ぎ、冷たい、というよりまったく「温度」というものを感じさせない瞳は、高級フランス人形の水晶でできた瞳を思わせた。皮肉にも、その人形然とした雰囲気に、茶色のエプロンドレスを基本としたメイド姿が、身もだえするほど良く似合っている。とにかく他人はおろか自分自身でさえ、物、駒と考える癖があり、おまけに罪悪感という「脆弱な」ものを持ち合わせていないため、どんな非情な作戦や陰謀でも、眉ひとつ動かさずやってのけることができる。故に、友人は皆無だが、それを気にしている風には見えない。 董卓は砂糖壺の蓋を開けると、李儒の淹れた紅茶にティースプーン12杯の砂糖を立続けに投入し、13杯目を掬ったところで「高血圧になるからね」と慎ましく呟き、とても名残惜しそうに砂糖壺に戻した。温かい「紅茶入り砂糖水」をゆったりした仕草で喫すると、董卓は満足げなため息をもらした。 「美味しいお茶ね。アールグレイ?」 「はい」 本当はアッサム茶なのだが、あえて訂正はしない李儒である。 「それで、今回の作戦はどうなってるの?」 「はい…賈ク」 李儒が呼ぶと、傍に控えていたOL、正確にはOLの仮装をした女生徒が進み出て、持参のモバイルPCから、サイドカーの前面に据え付けられた液晶モニターにLANケーブルを接続し、左手でモバイルを持ったまま、右手のみでキーボードを操作し始めた。 賈ク、あだ名を文和。涼州校区の一年生では、際立った知恵者であり、パソコンの扱いでは涼州校区で二番目である。ハードウェア、ソフトウェア双方に精通し、ネットの技術も一流。少々幼さは残っているものの、腰の辺りで切りそろえた艶やかな黒髪の佳人であり、キツめの目元と口元にたたえられた不敵な笑みが、なかなかの曲者という印象を与える。彼女も李儒のように冷たい印象を受けるが、その目にはいくらか人間味が残っていた。いくらか、という程度ではあるが。 やがて液晶画面に、戦場となる広宗音楽堂前自然公園を上空から俯瞰し、3D化した物と、青の矢印が4つ、音楽堂を背にするように黄色の矢印が2つ表示された。 李儒が無表情に作戦の説明を始める。機会音声のような、温かみもそっけもない声であるが、一部の者には、それがたまらなく萌えるらしい。 「まず、我が軍を4つに分けます。450の生徒会正規兵を150ずつ3つの集団に分け、それらを横に3つ並べて、賊軍に正対させます。董卓様と直属の100人はその後方で待機します」 李儒の声にしたがって、画面の中の矢印が動く。 「今までの戦歴から推測するに、黄巾党の戦術はただ一つ、正面突破しかありません。というより、戦術も用兵もあったものではなく、正面からの力押ししか知らないようです。広宗の賊軍は250人。ですが、50人は音楽堂の守備に回るのと考えられるので、実質200人程度しか出てこれないと推測します。まず、450人を正面から突撃させます。賊軍とぶつかったら、両翼の300は賊軍の左右を逆進し、後背で合流後、攻めかかり、そのまま包囲、殲滅します。容易に決着がつきそうに無い場合、待機の100は混戦を迂回し直接、音楽堂を衝きます」 「それで勝てるのね☆」 「100%、とは言いかねます」 「うみゅー、どうして?」 「まず、はじめにいた賊軍600が、盧植の働きで250まで減ったということは、飛ばされるべき者が、振るい落とされたということです。必然的に、残った者は精強であり、少ない分だけまとまりも強く、あとが無いため士気も高いでしょう。一方、我々、生徒会正規軍のほうは、険しい道を踏破した疲労と、突然の指揮官交代により、少なからず動揺していますので、盧植のときと同じ士気を保つのは難しいかと存じます。ですが、この作戦が最も有効であることに変わりはありません」 コスプレによる士気低下には、紅茶のときと同じく、あえて触れない李儒である。言わなくてもいいことがあるのを、彼女は心得ているのだ。やがて、考え込んでいた董卓が重々しく首を縦に振った。 「他にいい手はないようね。わかったわ。その作戦を諒承しちゃうことにするわね」 「ありがとうございます。すべては、董卓様の覇権のために」 うやうやしく、李儒が頭を下げる。その宣言の内容とは裏腹に、声には一片の熱意もこもっていなかったが、董卓は咎めようとはしなかった。もともとこういう性格であるのは、長いつきあいでお互い十分理解しているのである。 今ひとつ気勢の上がらぬまま、生徒会軍は進軍する。やがて山道が開け、パルテノン神殿を模した広宗音楽堂とその前に広がる自然公園が、彼女達を迎えた。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267
282:雪月華 2003/05/10(土) 18:51 広宗の女神 第二部・広宗協奏曲 第二章 天使の歌 広宗音楽堂。かつて冀州校区合唱祭が開催された場所であり、黄巾党蜂起に伴う合唱祭襲撃事件後は、黄巾党の本拠となっている。自らの意思に反する形で党首、天公主将に祭り上げられた張角は放課後のほとんどをここで過ごし、一時期のピンクレディー以上のハードスケジュールをこなしていた。音楽堂の前には800m四方ほどの野原が広がり、自然公園となっている。自然そのまま、といえば響きはいいが、何か施設を建てるほどの予算が、慢性的に不足している裏返しでもあるのだ。 今、そこに、西に生徒会軍550、東に黄巾党250が、互いに200mほど距離をおいて対陣していた。そろいのTシャツと黄色いバンダナに身を固めた黄巾党に対し、思い思いの仮装をした生徒会軍は、どこと無く秩序に欠け、魑魅魍魎、百鬼夜行の妖怪集団に見えなくもない。 両軍の中間地点から南に1kmほど離れた小高い丘に、2つの人影が現れた。皇甫嵩と朱儁。視察という名目で自転車を駆り、観戦にやってきたわけである。目立つとまずいので互いに一人の部下も連れていない。待機命令に違反しているが、留守番の雛靖には、厳重に口止めしているので、直接ここで見つかりさえしなければ、何も問題は無いのだ。 「やれやれ、間に合ったようだな」 「こんな映画顔負けのことがタダで見れるのも、後漢市ならではってところだよねー」 「それにしても、董卓軍は噂以上だな。盧植の元部下達も気の毒に」 「ホントホント。いきなり司令官が変わった上にこの仕打ち。やる気を出せというほうが無理よね」 抜け目無く持参した双眼鏡で、黄巾党のほうを見ていた皇甫嵩が、唐突に驚きの声を上げた。 「おい、あれって…張角じゃないか!?どうして前線に!?盧植のときは一度も出てきていなかったぞ!?」 200人の黄巾党前衛部隊の後方、50人の親衛隊に守られ、音楽堂の手前30m程の所にある国旗掲揚台に張角は立っていた。 白を基調とし、青で縁取りされた足首まである長衣。同じデザインのフード。さながら神に仕えるシスターのようだ。襟元から覗くトレードマークの黄色いスカーフ。そして見間違いようの無い金銀妖瞳。神々しささえ感じさせる美貌。紛れも無く張角本人であった。敵味方あわせて800人を超す人の群れを前にして、物怖じしたところは微塵も見られない。数々の舞台で場慣れしているからであろう。 「そんな馬鹿な…張角は平和主義者で戦いを望んではいないのではなかったのか?」 「はっきり、私たちを敵と認識したのなら厄介なことになるわね、何があったのかな?」 「生徒会ではなく、董卓個人に対する忌避であってほしいが…」 「妙なことに気づいたんだけど、あの歌が聞こえないのよね」 「黄巾のマーチか?確かに、今までの戦場ではうるさいくらい聞こえていたものだったが…というより音響関係の機材が一切見当たらないぞ?一体どうするつもりだ?」 「義真、敵の心配してどうするの?」 「敵…か。なあ公偉、張角は私たちの敵なのか?」 「組織だって学園の平和を乱してるよ。敵じゃなくて何なの?」 「そうか…そうだな」 頷く皇甫嵩の声には、納得以外の何かが含まれていた。 「黄巾党諸君。これより…」 張角は、親衛隊長である韓忠の演説を片手を上げて制止した。代わって、彼女が口を開く。 「…黄金の騎士達よ。今こそ決戦の時です」 決して声量は大きくはない。激しくもない。だが、拡声器を通していないにもかかわらず、その声は黄巾党全員にはおろか、1q離れたところにいる、皇甫嵩と朱儁のもとにもはっきりと聞こえた。張角が言葉を続ける。 「あの異形の軍団を撃破し、首領を討つのです。かの者こそこの学園を混乱させ、近い将来、学園を暗黒の奈落に落とし込む元凶。禍の根を今ここで絶つのです!」 もともと高かった士気は、張角の鼓舞で一気に最高潮に達した。必勝の意気高く、劉辟らの指揮というより煽動で、黄巾党は眼前で赤い布を振られた猛牛の如き勢いで突撃を開始した。 張角が、何故前線に出てきたのか、明らかにはされていない。張宝らに強制されたと言う説もあり、董卓の危険性を予感し、総力を持ってそれを討つべく自らの意思で出てきたと言う説もある。だが、真相が明らかになる前に張角は自主退学し、張宝、張梁らは廃人同様になってしまったため、真実は闇の中である。 黄巾党の突撃と共に、張角が目を閉じ、静かに歌い始めた。 一方、生徒会側でも董卓の演説が始まっていた。 「見果てぬ夢よ。永遠に凍りつきセピア色の…」 「あの、董卓様?」 李儒が怪訝な顔で、サイドカーの上に立つオスカ…もとい董卓を仰ぎ見た。 「メモを間違えちゃった。キャラも違ってたし。ええと…栄光ある生徒会の兵士達よ!これから黄色い賊徒に罪の重さを教え込んであげるのよ!生徒会の為に!そしてなにより、この董卓ちゃんの栄光の為に!あ、それから、賊徒に遅れをとるようなことがあったら、蒼天会長に代わっておしおきよっ!」 もともと、盧植の元部下450人の士気はそれほど高くなく、突然の指揮官交代とこの妙な仮装、演説によって、よけいに士気は下がり気味であった。だが、目の前の相手を倒さない限り、彼女達に未来はない。半ばやけくそで喚声を上げ、黄巾党へ向かって進撃を開始した。 「第一次広宗の戦い」の始まりである。 黄巾党と生徒会軍は広宗自然公園のほぼ中央で激突した。激突直後、生徒会軍の左右両翼は黄巾党の両脇を素早く逆進し、後背で合流して包囲を完成させる事に成功した。黄巾党も、もたつきながらも円陣を組んで、それに対抗する。激しい戦闘が展開された。喚声と悲鳴と竹刀をたたきあう音が幾重にも重なって、広宗自然公園に物騒な協奏曲を響かせる。 後世、群雄割拠、三勢力鼎立時代に行われた戦闘に比べると、この時代のそれは、武芸の華やかさにおいても、用兵の緻密さにおいてもいささか迫力不足であったことは否めない。個人個人の武芸の練度が低く、主将の指揮能力も不足気味であったからだ。 それでも、戦闘の始まる前に、黄巾党の敗北は決定していたようなものである。生徒会に比べ、数において劣り、戦術においても劣っていた。主要な道は生徒会に押さえられており、張宝、張梁は皇甫嵩たちにより手痛い打撃をこうむっているため援軍も出せない。おまけに本拠地に追い込まれているため、主将、つまり張角を討たれれば全ては終わりなのだ。戦う前に勝つ。盧植の戦略の凄みはそこにあった。 本来、張宝、張梁に痛撃を与えた直後、皇甫嵩、朱儁の両名と、その率いる精鋭を呼び寄せ、総勢800で決戦に臨む予定だったのだが、盧植は作戦始動直前に讒言によって解任されてしまったため、予定は未定で終わってしまった。 張角の歌が、優しく広宗の野に響き渡る。空を舞う鳥が羽を休めて枝に止まり、うっとりと歌に聞きほれている。生死をかけた追撃戦を演じていた猫とネズミが仲良く寄り添ってじっと聞き入っている。およそ戦場には似つかわしくない平和な雰囲気が辺りを包み始めた。心を揺さぶるのではなく、そっと包み込み、母親が乳児をあやすように、優しく、暖かく、心を癒してゆく。張角の天使声は絶好調であった。肉声で、しかも拡声器を通していないにもかかわらず、1km近く離れたところにいた皇甫嵩たちのもとにもその歌声ははっきりと聞こえた。 「戦場には似つかわしくない、優しい歌だな…ん?どうした公偉?」 「義真…これ、声じゃないよ!耳を塞いでても聞こえてくる!」 「初めて聞くが、これが『天使声』か…」 張角のソプラノは、世界トップクラスのオペラ歌手に匹敵する。天賦の才と、たゆまぬ努力によって、声量、声のツヤ、技巧、音程の幅広さ、いずれも高校生とは思えない程、高いレベルでまとまっているのだ。そして張角を異能者たらしめているのが、この精神感応音波「天使声」である。どういう仕組みかは不明だが、黄巾党には勇気を与え、敵対する者には脱力を強いる。その効果範囲は約700m。声自体は2q先まで届く。ただ、この超音波は現代の録音技術では拾えないため、この効果を得るには、張角自ら出向くしかない。 やがて、戦場の様子が目に見えて変化しはじめた。天使声の効果が現れ始めた為、黄巾党の圧力に抗することができず、生徒会側の包囲のタガが目に見えて緩み始めたのだ。 1−1 >>259 ・1−2 >>260・1−3 >>266・1−4 >>267 2−1 >>281
上
前
次
1-
新
書
写
板
AA
設
索
★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★ http://gukko.net/i0ch/test/read.cgi/gaksan2/1013010064/l50