★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
350:★玉川雄一2003/11/09(日) 21:24
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 ▲△ 震える山(前編の6) △▲

(あ、ここは…)
朦朧とする意識の中、徐質はある光景を『思い出して』いた。そう、これは現実ではない。半覚醒状態にある意識が辛うじてその事だけは気付かせている。
(そうだ、これは主将の任命式ね)
無数の女生徒で埋め尽くされた大講堂。その壇上に横一列に並んだ女生徒の、さらに筆頭に彼女はいた。蒼天学園生徒会による主将の任命式で、徐質はこの度の首席たる栄誉を担ったのである。通常は各校区、あるいは各所属組織単位で行われる主将位の授与だが、この時は折しも夏侯玄、張緝、李豊らによる執行部中枢でのクーデター未遂が発覚した直後であり、生徒会長である司馬師が自己の権勢を誇示するデモンストレーションの一環として大々的に執り行ったものだった。そんな中、雍州校区代表であった徐質はその成績優秀なるをもって全校区(とはいえ現在蒼天会および生徒会の威令が及ぶのは学園の半分に過ぎないのだが)から選抜された任命者の首席として式に臨むことになったのである。
(あの場所で、あの人たちの前で… 私の実力を、認めて貰えたんだ)
彼女は高等部に進級して以来、いささか腕に覚えのあることもあって体育会系を志していた。進級する以前より高等部の先輩たちのさまざまな活躍の噂は流れてきていたが、彼女の心を捉えたのはやはり『武勇伝』の数々だったのだ。

学園史上最強とも評された孤高の戦士・呂布。
王道を夢見てひた走った顔良と文醜。
万人の敵と称された関羽と張飛。
長坂を単騎駆け抜けた趙雲。
義心あふれる神箭手・太史慈。
湖上を駈ける無頼の女夜叉・甘寧。
無双のファイター・許チョ。
長湖部の心胆を寒からしめた張遼。

中でも張遼の活躍は中等部を席巻し、「夜更かししていると張遼が竹刀持ってシバきにやってくるぞ!」と喧伝されたものであり、皆がその噂を冗談半分に楽しむ中で徐質は一人、“鬼姫”の名に似合わぬお下げ髪だという姿が本当に現れはしないかと密かに期待を抱いてみたりもしたのだった。だが、今やこういった人々はみな既に学園を去っており、『伝説』として語られるのみである。そして昨今の学園においてはといえば、残念ながらあの頃に匹敵する伝説を築くべき者は見られなかった。
(それならば、私がなってみせる!)
徐質は己の鍛錬に務めて主将の座を勝ち取った。そして、あの晴れの場において生徒会長の司馬師から直々に主将の任命書と徽章を授与されたのだった。
『おめでとう。貴女の力、存分に発揮してね。 ……期待しているわ』
『は、はいっ! 頑張りますっ!』
今をときめく学園の支配者の言葉は、いまだ夢見る少女の心をどこかに持ち続けていた徐質に染み渡った。この時の晴れがましい気持ちは強く心に刻み込まれ、支えとなったのである。しかし、あくまでそれは彼女にとって通過点として位置づけられるべきものだった。目指す高みは遥か先にあり、その途中には挫けそうになることもあるだろう。だが、それを乗り越えた者こそが伝説を残す資格を許されるのである。

(だから、こんな所で負けるわけにはいかない…!)

徐質は強く念じた。そしてそれが彼女のスイッチを再び入れる。澱んでいた意識が急速に鮮明化してゆく。辛うじてエアガンを保持していた手がピクリと震えると、それに気付いた張嶷は待ちかねたように不敵な笑みを浮かべた。
「あら、ようやくお目覚めのようね?」
「くっ…… そっ、れーーっ!」
闘争本能を急速に再充填し、全身にくまなく行き渡らせる。異常なく身体が動くと認識できた瞬間、景気づけとばかりに抑え込まれた体勢のまま両脚を跳ね上げると、背後の張嶷に向けて思いきり蹴り飛ばした。予想以上の再始動に思わず二、三歩後ずさった張嶷だが、そうこなくっちゃ、とばかりに体勢を整え、先程放り投げたナイフを回収する。その間に徐質は左腕から半ば外れかかっていたシールドをもぎ取ると、それを振りかざしてしゃにむに打ち掛かった。
「私はっ、勝つッ!」
「くっ… ふんッ!」
この時、徐質の攻撃は技量うんぬんというよりは気迫に支配されている。それだけに先を読むことは困難であり、張嶷はしばし防戦に徹していたのだが、何度目かの打撃とともに徐質の放った言葉が彼女をとらえた。
「勝ち抜いて… 学園の頂点を極めるッ!」
「なにっ!?」
昨今ついぞ耳にしたことのなかったその言葉に思わず張嶷の動きが止まりかける。学園の頂点を? 己の腕一本で? 数年前ならばともかく、この膠着した情勢下で… いや、今であればこそその『若さ』が輝くというわけか…
恐らくは深く意識して発せられた言葉ではなかっただろう。だが、その偽らざる覇気が老練な張嶷に空隙を作った。あるいは彼女もまた、入学当初の自分の姿に重ね合わせていたのだろうか。しかし、その空隙は徐質にとって好機以外の何物でもなかった。続いて繰り出された一撃が張嶷の側頭部を捉える。
「くうっ…!」
もとより決定打とはなり得なかったが、頭を揺らされた張嶷は一旦退いて体勢を立て直すことにした。あるいは、先程の徐質の言葉が思いのほか後を引いていたのかもしれない。
(自分の腕前で、やれるところまでやってみる、か… そういうの、最近忘れてたかもね…)
張嶷が姿を消した後、牽弘と胡質が徐質の元へと駆け寄る。土壇場からの復活を喜び合う三人だったが、楊欣の声がそれを遮った。
「みんな、まだ終わってないわよ! 本隊のお出ましだわ…」
「ええっ!?」
その一言で粛然とする08小隊の面々。帰宅部連合に対する脱出阻止体勢が大幅に崩れつつある今、再包囲を行わなければ大魚を取り逃がす事になりかねなかった。だが、以前その包囲網を単身押し返した張嶷はいまだ健在である…

 続く
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