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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
397:★教授2004/01/07(水) 00:29AAS
三角巾を頭に巻きつけマスクを付けて…ゴミ袋に不要な物品を放りこむ。
ある者は箒、ある者は雑巾…力のある者は机や椅子の運び出しに粗大ゴミの撤去。
どこにでもある学校の大掃除。それはこの蒼天学園でも同じだった。
舞台は益州校区成都棟演劇部部室。関係者以外知る事のない季節外れの春一番が開幕していた――
■■簡雍と法正 -仲良き事は美しき哉-■■
「やー…色んな衣装があるもんだな」
簡雍が衣装棚をごそごそと漁る。一つ手に取り、またもう一つ手に取る――先刻からこれの繰り返しだった。
「ちょっと憲和。掃除しにきてるんでしょ、衣装見てサボってる場合じゃないわよ」
真っ白な三角巾に白衣を着こんだ法正がぽんぽんとハタキで簡雍の頭を叩く。ジャージに身を包んだ簡雍が鬱陶しそうにハタキを払いのける。
「分かってるよ、だからこうやって衣装の整理を…」
「見てるだけじゃない。それに掃除を始めて一時間、憲和は箒の一本も持ってないのよ?」
「よく見てるな…」
「総代からしっかり面倒見てやってって頼まれてるのよ」
これ見よがしに大きな溜息を吐くと簡雍に雑巾を手渡す法正。
当の簡雍は雑巾を渡されると頭を掻いて少しだけ眺めて、周りでダンボール箱を片付けていた女子生徒に写真を添えて渡していた。勿論、法正の見ている目の前で。
当然、法正も黙ってるわけがなかった。簡雍の胸座を掴んでゆさゆさがくがくと揺らしはじめる。
「憲和! 何で他のコに雑巾渡すのよ! それに…今一緒に何を渡したの!」
「うぷ…やめろよー。昨晩から今朝にかけて呑み会やってたんだからー…」
揺らされる度に青くなっていく簡雍。一瞬、法正の脳裏に1分後の凄惨な現場がちらついた。慌てて揺らす手を止めると、簡雍はふらふらと椅子に座りこんでぐったりしてしまった。酒脱人とはいえ、やはり二日酔いになるのだろう。
「もー…一体何を渡したのよぅ」
肩を竦めて、雑巾を渡された女子生徒を見る――目が合う。と、その女子は顔を赤らめて顔を背けた。
そのリアクションを見た法正の頭に電気が流れる。ずかずかと女子生徒に近づくと、写真を脅し取る。そして――
「け、憲和ーっ!」
法正はコンマ何秒の世界で顔を朱色に染めると写真を放り投げ、ぐったりしてる簡雍をハタキでぺしぺし叩き始めた。
「何だろ…」
その辺で作業をしていた他の生徒達が放り出された写真を手に取り、眺める。
「…………」
10人前後の生徒が写真を見て、全員が同じリアクションを取っていた。
「…いや、でも法正さんだから…」
「黒下着って大人っぽいよね…ガーターだって…」
「胸なくてもこれはこれで…」
喧喧諤諤と写真に付いての考察まで始める始末。しかし目ざとい法正がそれに気付かないわけもない。
「お前等っ! 全員でてけーっ! その写真の事を忘れなきゃヒドイ目に遭わせるからなっ!」
ぶんぶんとハタキを振り回して女子生徒達を部室外に追い出す法正。簡雍も女子生徒達に椅子ごと運ばれて出ていった。
「はぁはぁ…憲和のヤツ、一体何処であんな写真撮ったのよ…」
大きく息を切らしながら写真を丸めてゴミ袋に投げこむ。
「これじゃ大掃除にもならないわよ…ったく」
深呼吸、溜息と続けると三角巾を外した。今日はもう大掃除は止めにしたらしい。汗を拭い鏡の前で髪を整える、こうしていると普通の女の子にも見えるかもしれない。
ふと、法正の視界に簡雍が物色していた衣装棚が飛びこむ。好奇心をそそられるのか徐に近づくと衣装を手に取って眺めはじめた。
「へぇ…憲和じゃないけど本当に色々あるんだ……あ、これ…」
一着の衣装を手にした時、法正の動きが止まる。少し考えた後、きょろきょろと辺りを警戒しながら部室の入り口に鍵を掛けた――
約10分後――
衣装チェック用の大きな姿見の前で自分の姿に感動している法正の姿があった。
「一度…着てみたかったんだよね…これ」
先ほどまで怒り爆発させていた女子と同一人物とは思えない笑みを浮かべる法正、余程着てみたかったのだろう。
「女の子だったら誰でも一度は…って感じかな」
姿見の前で軽やかに一回転。洋風の花嫁衣装…分かり易く言うとウェディングドレスの裾がふわりと浮かんだ。純白のドレスだけならまだしも、実は唇に薄紅を引いたりと化粧まで周到だった。
一人、鏡の前で悦に浸る法正。しかし、シンデレラに制限時間は付き物だった。
「何や…鍵かかっとるわ…」
部室のドアがガタガタと動くと同時に、外から関西弁が飛び込んできたのだ。一瞬にして青褪める法正。
「やば…総代が…」
慌ててドレスを脱ごうとする法正、しかし焦る気持ちが手に正確な情報を伝えない。
「総代、法正はもう帰ったのかもしれませんぞ?」
「んー…そうかもなぁ…」
ぼそぼそと聞こえてくる諸葛亮と劉備の会話が余計に法正の心をかき乱す。自分で蒔いた種とは言え、こんな姿は見られたくない――泣きそうになりながらドレスを脱ごうと必死になる。
「まぁ、でも鍵もあるさかいに…一応チェックだけはしとこ」
「そうですな。では…」
絶体絶命の窮地に立たされる、例えるなら一人分にも満たない足場の断崖絶壁で強風が吹き荒れる――そんな所だろう。法正はじたばたしながら脳をフル回転させた。
そして――部室のドアが開き劉備と諸葛亮が姿を見せた。
「なーんや…誰もおらん。法正、やっぱり帰っとるわ」
制服の上からエプロンを着こみ、ハリセン代わりの箒を持った劉備は広くはない部室を見渡すと踵を返した。
「ふむ…仕方ありませんな。この部屋の掃除は明日にでもやらせますか」
白羽扇の代わりにちりとりを扇ぎながら劉備に続いて部室から出ていく。
長い沈黙。静かでゆっくりとした時間が流れる。その静寂を破ったのはロッカーが開く音だった。緩々と開くロッカーの中から法正が出てきたからだ。
「あ、危なかった…」
冷や汗を流しながら安堵の息を漏らす。と、次の瞬間――
「いただき」
「え? うわっ!」
強烈な閃光、その向こう側に簡雍が立っていた。正にお約束。
「け、憲和…何でいるの?」
カクカクと口を動かす法正。フラッシュの眩しさ云々よりも簡雍がこの場にいる事の方がショックだったようだ。
「玄徳と一緒に入ってきてたんだよ。何かあるな〜って思って待機してたら…へぇ〜」
にやにや笑いながらウェディングドレス姿の法正を上から下まで眺める簡雍。法正はただ頬を染めて後ろを向くしかなかった。と、ある重要事項に気付いた。
「憲和!」
「な、何だよ…急に」
「そのカメラ寄越せ!」
「わわっ! やめろって!」
飛び掛かる様に簡雍に襲いかかる法正。無論、カメラを奪う事が目的だ。
しかし、簡雍も折角のスクープを無に帰す訳にはいかないから抵抗する。お互いに体力、筋力は似たり寄ったりの性能なので一進一退の攻防になっていた。しかもかなりの低レベル。
やがて、簡雍が疲れ気味の法正の隙を突いて押し倒してマウントポジションを取る事に成功。
「へへー…観念しろい」
「く、くやしーっ!」
勝ち誇る簡雍に本気で悔しがる法正。
「さーて…どうしてくれようかな?」
「な、何よ…」
意味深な動きで法正を翻弄する簡雍。まだ酔ってるのだろうか。
その時だった、部室のドアが開いたのは――
「憲和〜。鍵渡すの忘れ…て…?」
劉備が苦笑いしながら入ってきて…凍った。同時に法正も凍っていた。きょとんとしているのは簡雍一人だけだった。
「な、何してんのや…?」
劉備から見れば『簡雍が法正を押し倒して襲ってる』ようにしか見えない。堅い笑みを浮かべながら劉備が尋ねる。
「いや、見ての通り…私が法正を…」
簡雍が普通に答える。しかし、冷静さは時に悲劇を招く事もある。
「あ、アンタら…そんなイケナイ関係はあかんって! 同人だけにしときや!」
「は、はぁ? ち、ちょっと…玄徳! それは誤解…」
ここで初めて簡雍が動揺し始めたが、時既に遅し。劉備は猛烈な速度で部室を後にしていた。
マウントポジションのまま呆然とする簡雍と法正。我に返ったのはほぼ同時だった。
「ど、どーすんだよ! 玄徳のヤツ誤解したまま行っちまったぞ!」
「知らないわよ! 憲和が押し倒したりなんてするからこんな事になったんじゃない!」
「法正が襲い掛かってこなかったらこんな事にもならなかったんだよ!」
「私のせい!? 有り得ないよ!」
そのままの体勢でぎゃーぎゃー喚き散らす二人。
この口喧嘩の果てに得たものは大勢のギャラリーと二人に関するちょっと危ない噂だった――
数日後の夜――
簡雍と法正は劉備の部屋で弁解をしていた。
「そやから、二人が怪しい関係なんやっちゅー事は衆知の事実で…」
「違うって言ってるだろ! 玄徳は説明聞いてたのかよ!」
「そうですよ! 私が総代に嘘を吐くように見えますか!?」
二人して劉備に迫る。ちょっと恐くなってるので一歩後退する。
「そんな二人して真剣やと…余計に怪しいわ…」
苦笑いしながら二人を逆撫で。
「「そんな事はない!」」
簡雍と法正の声が重なると、今度は矛先が互いに向き合った。
「大体、憲和が余計なマネしなきゃこんな事にはならなかったの!」
「だーかーらー! 法正が襲いかかってこなきゃ在らぬ噂をかきたてられる事もなかったんだよ!」
弁解は何処吹く風、二人で責任転嫁を繰り広げ肥えた話術で戦闘している。こちらは高レベルな争いだ。この隙に劉備はいそいそと部屋から脱出した。ドアをゆっくり閉めて溜息を吐く。
「ふー…何やかんや言うても…あの二人、仲ええんよな…」
苦笑いを浮かべると論争巻き起こる自室を後にした。
それから数十分後、二人が疲れた顔をして出てくる。
「…コンビニ行く」
「私も…割引チケットあるから…使う?」
「使う…」
「じゃ、行こ…」
簡雍と法正の微妙に和やかな光景。劉備の言う通り、本当は仲がいいのかもしれない。
その答えは彼女達しか知らない。
「肉まん美味しいね…」
「うん…美味しい…。あ、これ法正の分のコーヒー…奢りだよ」
「ありがと…」
コンビニ前の二人、白い息は風に吹かれて儚く消える。
薄暗い外灯の光が缶コーヒーを持った二人に降り注ぐ。
この御話はここで終幕。でも二人の舞台はこれで終幕ではない。
脚本も観客もいない御話。続きが語られるのは、また別の機会――
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